第27話:浪費癖を戒める罰ゲーム
アキナイ領の領主の息子シャルルと出会ってから数か月、俺はついに彼を商売の道に誘い込むことにした。
仕入れたものをより高い価格で販売すればいい。
俺が彼に求めたことは至って単純だ。
おまけに仕入れ元は俺だ。
標準となる価格も提示して、クレーム対策の警備もこちらから手配した。
その甲斐もあって、初日は大きなトラブルもなく一日を終えられた。
「調子はどうですか?」
自分の店を閉めた後は、彼の様子を見に行った。
「ああ、ちょっとは売れたよ」
……だいぶ売れ残ったな。
見慣れない露店商よりは、顔馴染みであったほうがよく売れる。
それは当然のことだ。
しかし、彼の取り扱っていた商品はいずれも錬金術製品だ。
連合会の指定した25品目でないとはいえ、競合相手はほとんどいない。
その上、販売価格は中央市場で最安値の設定だ。
なのに売れ残り過ぎだ。
俺はシャルルが帰宅したあと、警備を任せていた者に事情の確認をすることにした。
「エルネストさんの指示はきちんと守っていましたよ」
「それは良かった」
問題を起こすことはなかったか。
場を離れるときは警備の者に声をかけており、盗難への対策もばっちりだった。
「どうしてこうも商品が売れ残ったか、お前は分析できるか?」
「はい。呼び込みをしてなかったからだと思います」
……呼び込みをしなかったのか。
とはいえ、初日はまず慣れることからだ。
あまり気にしなくていいだろう。
それから一週間、俺は営業終わりにシャルルと警備担当の者から話を聞き続けた。
そうした中で分かったことがある。
シャルルは興味のあることには熱心だが、苦手なことは極端に避ける傾向にあることだ。
彼は求められた商品説明ができなかったときは、営業終わりに俺を訪ねる勤勉さがあった。
その一方で、2日目以降も呼び込みは頑なにしなかったのだ。
「シャルル様は呼び込みが嫌いなんですか?」
「呼び込みというか、声を張るのが苦手なんだ」
「そうですか」
長年怯えるように生活していた彼は、大声を出すと裏返ることが多かった。
そのため、声を張りたくないようだ。
「だったら、他の人に任せましょう」
「それでいいのか?」
「本来は良くないですけどね」
俺はシャルルにまっさらの紙を渡す。
「これをどうしろと?」
「呼び込みを任せるなら、どんな言葉で引き寄せるかマニュアルを作ったほうがいいでしょう」
他人を動かすなら、どう動いてもらうかのマニュアルは必須だ。
錬金術製品を販売するなら、なおさらだろう。
何せ錬金術製品は主に武器や防具の中間素材や、庶民には手の届かない魔導具が中心だ。
知識のない人からすれば、用途さえ分からないものが多い。
それは客に限らず、雇用される者だって同じだ。
「ああ、それなら私にも準備できるさ」
シャルルは俺からペンを受け取ると、さらさらと文字を書き連ねていく。
「こんな感じでどうだ?」
「商品知識はしっかり学んでいると分かりますが、呼び込みには向かない文章ですね」
「ど、どういうことだ」
シャルルの書いた呼び込みマニュアルは、単なる商品説明になっていた。
セリフ一つ一つが近くを通り過ぎる間に説明しきれる文量ではない。
「商品に興味のない人が近くを通り過ぎるのは一瞬です。呼び込みはその間に惹き付ける必要があります。しかし、シャルル様の書いた文章では、興味を引いてもらう前に去ってしまうでしょう」
「ああ、それは……」
シャルルは俺の指摘を受け、マニュアルを書き直す。
「これなら大丈夫でしょう」
俺は再度受け取ったマニュアルを見て、上出来だと判断する。
彼は物事を学び、組み立てるだけの能力がある。
対人関係の希薄さから、あり得ない結論を出すこともあったが、時間が解決してくれるだろう。
しかし、この時の俺はまだ気づいていなかった。
常識の欠如や、困難を避けようとする考え方よりも、もっと大きな問題を抱えていたことに……
その問題が明らかになったのは、さらに一週間後のことだった。
シャルルの叩き出した売り上げは、やはり俺の想定をずっと下回る。
そもそも商品在庫が足りていないのに、仕入れる量が明らかに少なかった。
俺はそのことを問いただした。
「いやー、お酒が美味しくて……」
シャルルはばつが悪そうに答える。
仕入れに必要なお金を酒につぎ込んでいたのだ。
売り上げを落としてしまえば、いずれ酒を飲めなくなる。
そのことは彼も分かっていた。
「我慢できないんだよ」
彼は典型的な自己管理ができない人間だった。
これまでずっと社会のために生きるべきだと言われ続けていたからだろう。
だから、いざ自分の稼いだお金で好きなものを買えるとなると、抑制ができなかったのだ。
「こちらで管理しましょうか?」
「いや、それは……」
シャルルは俺の提案を拒否する。
我慢するつもりさえないらしい。
彼から地位への執着を取り払うには、自立させることが絶対条件だ。
だから、彼には生活費以上の収入を維持してもらう必要がある。
さらにクレーム対策を自分でする気がない彼には、警備員の人件費も支払えなければならない。
しかし、現状は一人分の生活費すら稼げていない。
それなのに焦る様子すらない。
そんな状況に俺は頭を悩ませていた。
俺は自己管理できない人間──そもそも自分を律するつもりがない人間を想定していなかったのだ。
このままではシャルルを連合会に取り込む計画が台無しになる。
「エルネストさーん」
寝室でどう対応すべきかと考えていたとき、声をかけてきたのはサリアだった。
「どうした?」
「なんとなく!」
「用があったんじゃないのかよ……」
頼むから思考を中断させないでくれ。
「何を考えてるのかなーって」
俺が悩んでいることに気づいていたのか。
……せっかくだから、彼女にも案を出してもらうか。
俺はシャルルが自己管理できないせいで、計画が頓挫しかねないことを説明する。
「エルネストさんが強制的に管理しちゃえばいいじゃん」
「強制管理をしようものなら、敵と判断されかねない」
サリア、お前は自分がされたら嫌なことを平気で勧めるんだな……
無論一般的な対応としては、間違っていない。
だが、シャルルへの対応としては間違っていた。
シャルルはサリアと同様に、「生きるため」という動機では我慢や行動をできない人間だからだ。
「じゃあ、ミカクスティーラーを使ってみるとか?」
その手があったか!
ミカクスティーラーとは、味覚を奪う魔導具だ。
つまりサリアはシャルルの味覚を奪うことで、飲酒から遠ざける──すなわち浪費を防げばいいと考えたのだ。
なお、ミカクスティーラーは比較的手頃な素材で作れるが、需要はほとんどない。
たまにダイエット目的で欲しがる者がいる程度だ。
「なるほど。だが、シャルルが同意するとは思えない」
俺の言葉を聞いたサリアは首を傾げる。
どうせ勝手に使えばいいと思っているのだろう。
「ミカクスティーラーを使用するなら、相手の同意を得る必要があるのは知ってるか?」
「えっ?」
「勝手に使ったら傷害事件になるんだよ!」
「ええーっ!」
案の定サリアは法律を理解していなかった。
相手を害する可能性がある場合、正当防衛もしくは相手の同意を得なければならない。
ミカクスティーラーのような魔導具を用いるとなれば、なおのこと単なる悪戯では済まされない。
「じゃあ罰ゲームにしようよ」
「えっ?」
「エルネストさんのノルマを達成できなかったら、一週間味覚を奪う罰ゲームにするの!面白そうじゃん!」
なるほど、罰ゲームという発想は面白い。
「良い案だ。サリアも参加してもらっていいか?」
「ヤダ!」
当たり前の反応か。
彼女にメリットがない。
「売り上げ目標を達成したときに、罰ゲームを受ける相手が俺ではな……」
「なんでエルネストさんじゃダメなの?」
「罰ゲームの基準を決める俺が参加者だったら、他の参加者が理不尽に思うだろ!」
罰ゲームはまず参加の同意を得ることが絶対条件だ。
そのため、俺が参加者になるわけにはいかない。
だから俺はサリアに参加してもらおうかと考えていた。
「新しく警備に来た怖いおじさんは?」
「ルベルトじゃ罰ゲームにならん」
ルベルトなら迷わず引き受けてくれるだろう。
しかし、彼は食を楽しむ意識に欠けている。
罰ゲームを受けても、なんとも思わない態度を取るはずだ。
どう考えても場の空気がしらける。
まず大前提としてシャルルを楽しませる必要があるため、罰ゲームを受ける人間は味覚を奪われたくない者でなければならない。
「じゃあ、あのうるさい常識おじさんで!」
「ラウゴか。良い人選だ!」
ラウゴはシャルルと同様に大の酒好きで、罰ゲームを盛り上げるには最高の人選だ。
彼の資産が増えていないことを煽った上で、仕事を与えるといえば食いつかせることは難しくない。
さらにサリアはラウゴのことが嫌いだった。
だから彼が罰ゲームを受けるとなれば、サリアがきゃっきゃと笑う姿が容易に想像できる。
彼女に場を盛り上げてもらえば、シャルルをより楽しませられるだろう。
「じゃあ、早速作るね!」
「ちょっと待て、明日シャルルの同意を得てからな」
「うん、わかった」
サリアとシャルルは共に〇〇しなければならないという義務感では動けない人間だ。
だからこそ良いアイディアが出せたのかもしれない。
俺も彼女から学ぶべきことがあるみたいだ。
翌日、俺はサリアの発案した罰ゲームをシャルルに伝える。
「……ということで、味覚を賭けた罰ゲームの導入を検討しています」
「うっ、まさかそうくるか」
どうやら彼は売り上げが落ち込んでいることを、いずれは責められると思っていたらしい。
相手が普通の新人だったら、責める前に突き放していたよ。
自営業は自己責任の世界だからな。
……とはいえ、シャルルはまだなんとかなる範囲だ。
なぜなら彼は安い酒でも十分満足できていた。
さらに異性関係には依然として怯えているし、賭け事には興味がない。
だから浪費癖が抜けないままでも、一定の収入額を超えてしまえば問題ない。
「分かった」
味覚を賭けた罰ゲームへの参加はすんなりと同意を得られた。
彼にも罪悪感はあったからだ。
おまけに体重が急増していたことも、気にしていたらしい。
罰ゲームのルールは簡単だ。
双方に同程度のノルマを課して、達成率の低かった側が罰ゲームとなる。
シャルルとラウゴ、二人ともノルマを達成した場合は互いに一週間罰ゲームはなしだ。
逆に互いにノルマの半分も満たせなかった場合は、双方とも罰ゲームとなる。
「シャルル様へのノルマは、次の10日で営業開始時に持っていた資産を取り戻すこととします」
「えぇ……」
最初だけは両者共に罰ゲームありきで、きつめのノルマを出しても許されるだろう。
何しろ魔導具の製造責任者として、俺かサリアが機能の検証義務を果たさなければならない。
……つまり、まずは俺自身が「味覚と無縁の一週間」を体験し、安全性を証明する必要があるのだ。




