第24話:憧れが駆り立てる大物との戦い
「ねぇ、黒竜の心臓ってまだ入手できないの?」
「ああ、まだみたいだ」
俺たちはサーチヒュームを作るべく、冒険者ギルドに黒竜の心臓の調達依頼を出していた。
しかし、10日が経過しても一切の進展はない。
市場相場よりも2割増しの価格を提示しているにも関わらずだ。
「エルネストーー!」
そんな時、俺たちの元へ訪れたのはルーナだった。
「どうした?」
「アタシに装備をくれ!」
「何でだよ!」
防具に無頓着なルーナが装備を求めることは喜ばしい。
けれども、何の理由もなしにやるわけないだろう。
それに俺の経営するこの店は武具屋ではない。
頼む相手を間違えているだろう。
「黒竜の心臓を取ってきてやるからさ!」
「お前はまだCランクだろ!」
冒険者ギルドの判断では、黒竜の討伐は冒険者ライセンスAランク以上推奨とされている。
それだけ危険な相手だからだ。
つまりCランクのルーナが挑むべき相手ではない。
そのくらい冒険者じゃない俺だって理解できる。
「精神安定剤が必要か?」
死に急ごうとしているなら、必要なのは装備じゃなくて精神安定剤だ。
「なんでそうなるんだよ!」
「それは俺のセリフだ!」
お前はまず自分の冒険者ランクを理解しろ。
「きちんとした装備があれば、アタシだってAランク冒険者として認められるかもしれないじゃん!」
要するに「まずは装備を融資してくれ、支払いは黒竜の心臓で対応する」ということか。
「それに試験官がお前の防具じゃ危ないからって、昇格試験を受けさせてくれねぇんだよ!」
「……妥当な判断だな」
Bランクの昇格試験官よ、よくぞ正しい判断をした。
どう考えてもルーナは防具に対する意識を改めるべきだ。
ルーナは武器こそそれなりのものを使っているが、防具はGランクの冒険者と大差がない。
そもそも彼女は軽やかな身のこなしを優先するあまり、動きやすい防具以外は身につけたがらない。
防具そのものを軽んじている節さえある。
「お前は動きが鈍るとか言って、防具を新調することすら拒否してるだろ」
「だからエルネストに頼みたいんだよ!」
「は?」
「アタシに合う防具を選んでよ!」
「お前は素材の価値だけじゃなくて、自分に合った防具の判断すらできないのか?」
「うん……」
Bランクへの昇格を目指している冒険者の口から出る言葉じゃないだろ……
Gランクの冒険者ですら、そんな奴そうそういないぞ。
「アタシにぴったりの装備を見つけてくれそうなのって、お前しかいないもん」
「……まあいいだろう」
ビジネスパートナーであるルーナを失わないためにも、きちんとした防具が必要だ。
だから俺は面倒でも彼女の申し出を断らなかった。
「まずは戦闘訓練している様子を見せてくれないか?」
俺はよくルーナに護衛を頼んでいるが、彼女の戦闘スタイルを熟知しているわけではない。
大抵は何事も起きずに終わるからだ。
そのため、まずは戦っている姿を見せてもらうことにした。
「分かった」
俺はルーナと共に訓練場まで足を運ぶ。
猛々しい掛け声が響き渡る訓練場では、基礎訓練を積むべく日々冒険者が汗を流していた。
実戦さながらの模擬試合は、観戦する冒険者たちを沸かせていた。
そんな訓練場に入ると、ルーナはすぐに休息中の冒険者に声をかけた。
「なあそこのお前、アタシの訓練相手になってくれ!」
「えっ、俺ですか?」
ルーナが指名した相手は、どうやらAランクの冒険者ライセンスを持っているらしい。
訓練用の武器で戦う以上、心配する必要はない。
……でも、どうして格上を選んだのか。
暇そうにしていた同格の冒険者がいただろう。
そう思っていたが、いざ試合が始まると勝負は拮抗した。
「お前、何でまだCランクなんだ?」
「昇格試験を受けさせてもらえないんだよ!」
装備が不十分で昇格試験を受けられない冒険者は稀にいるが、大半は酒や異性に溺れて金がないだけだ。
ルーナのように自分で防具を選べないCランク冒険者なんて、世界中どこを探しても他にいないだろう。
彼が困惑するのも当然だ。
お互い一歩も引かない戦いを繰り広げていたが、消耗しきったルーナがついに倒れた。
「うっ、さすがにもう無理……」
ルーナは試合に敗れたものの、その実力はAランク相当とまで評価された。
きちんとした装備があれば、黒竜に挑むだけの実力が実際にあったのかもしれない。
……とはいえ、黒竜の討伐は余裕をもって戦える人物に任せたい。
自分の依頼が原因で、犠牲となる者は出ないでほしいからだ。
ましてや親交の深いルーナとなればなおさらだ。
「うぅ……」
試合でボロボロになったルーナはしばらく動けそうにない。
そのため、防具屋巡りは明日行うことになった。
「エルネストーー!」
翌日、再びルーナが俺の元を訪れた。
彼女の隣にはなぜかレネもいた。
そもそもこの二人、面識があったのか。
「へぇ、ここがエルネストの新しい店なんだー」
「レネ、なんでお前がここにいるんだ?」
「せっかくだから私の装備もエルネストに選んでもらおうかなって!」
「お前は自分で選べるだろ!」
そもそもレネが請け負っている依頼は、病気や怪我の治療がほとんどである上に、冒険者の仕事は副業だ。
そのため、魔物の討伐に向かうことはほとんどない。
はっきり言って防具を整える必要すらない。
「別にいいじゃん」
「本業を考えたら、お前は杖を優先すべきじゃないのか?」
レネの本業は医療治癒師だ。
医者のような知識や技術はないが、治癒魔法による救助実績は誰よりも豊富だ。
「この杖でもスペック不足?」
「えっ!」
レネが取り出した杖は聖杖ヒュリナスだ。
一本で600万ゴールドもの値がつく最高峰の杖であり、ヒュリナスを超える逸品はそうそうない。
「悪い、俺の判断が間違ってた」
まさかヒュリナスを持っているとは思わないだろう。
「レネさんの杖ってそんなすごいものなのか?」
ルーナは俺に問いかける。
「ああ、お前でも分かる言い方をすればエアレンディル以上のものだ」
ルーナにとってすごい武器といえば、アネットの愛用している魔剣エアレンディルだ。
そのエアレンディルを超えるものといえば、杖に興味がない彼女でも理解できるだろう。
「まじで?」
俺の言葉にルーナは驚く。
彼女にとっての憧れといえばアネットだからだ。
なんとなく一緒にいたレネが、まさか憧れの人物よりもすごい武器を所持しているとは夢にも思うまい。
「それじゃ行こっか」
レネは俺たちの先頭を歩き、防具屋へと足を進める。
何で防具を選んでもらいたい人間が、先頭を歩くんだよ!
……お前はもう買うべき防具を心に決めているだろ。
レネに連れられて来た店は、最高級の防具を取り扱っている店だ。
平均販売価格は約150万ゴールドであり、今の俺だって気軽に手の出せない商品ばかりだ。
「エルネストが私だったら何を選ぶ?」
レネは問いかける。
治癒師であるレネが冒険者として活動することを想像するなら、近接戦闘は不意打ちへの備えだけ考えればいい。
そのことを考えると砲撃や魔法に強く、周囲の気配を察知しやすい防具がいいだろう。
「メルティエンブレイス、心眼の帽子かな。盾は使わないだろう」
「やっぱそうだよね」
意見は全く同じだった。
やっぱり俺の判断はいらなかったろ。
レネは俺の選んだ2品を手に取ると、カウンターへと向かう。
その足取りは軽く、全く迷いが見られなかった。
「なあ、レネさんっていくら持ってるんだ?」
ルーナが疑問を口にする。
レネの資産が気になるのも無理はない。
メルティエンブレイスの販売価格は350万ゴールドで、心眼の帽子は100万ゴールドだ。
普通ならおいそれと手出しできるものじゃない。
「多分今の俺よりも持ってる」
「うっそだろ……」
レネが医療治癒師の仕事を始めたのは、首都で聖女候補争いをしていた頃からだ。
中央市場に店舗を構えたばかりの俺より資産を持っているのは当然だろう。
おまけに彼女はSランクの冒険者ライセンスまで取得している。
「なんかアタシが場違いみたいじゃん」
一方のルーナは5万ゴールドも持っていない。
俺たちと同行していたら、場違いだと感じるのも当然だろう。
「この店にいる時点で場違いだから安心しろ」
俺は冗談半分に返答する。
「それは分かってるよ!」
ルーナと歓談を交わしているうちに、レネが買い物を終える。
「ルーナさんは何にするの?」
レネはルーナもここで買い物をする前提で問いかける。
「いや、この店で買うのはちょっと……」
至極真っ当な判断だ。
俺が融資してやるにしても、ここの店の商品はいくら何でも高過ぎる。
そのため、俺は二人と共に別の防具屋へと移動した。
「この店の商品がちょうどいいだろう」
「黒竜の心臓を持ち帰れば、お釣りが返ってくるくらいの値段だな」
ルーナはまだ俺の依頼を考えていたのか……
「防具代は出してやるから、無茶はやめておけ」
「えっ、いいの!エルネストらしくないじゃん」
「お前に死なれたら、防具選びに費やした時間が無駄になるからな」
「あっ、やっぱいつものエルネストだ」
俺はルーナと話しながら、店内を見て回る。
「これとかいいんじゃない?」
「ああ、確かに良さげだな」
レネがルーナの装備にと選んだのは、暗夜の衣だ。
Bランクへ昇格しようとする彼女にはぴったりの防具だ。
「あとこれは?」
レネが次に選んだのは、変幻の兜だ。
多少の重みはあるが、これまたルーナの戦闘スタイルに適した装備だ。
それからも店内を見て回ったが、俺とレネの判断は全て一致していた。
……結局俺が一人で判断したのは店選びだけか。
ルーナは装備を買い与えてもらうと、10日後に行われた昇格試験ではライセンスを飛び級で取得した。
そう、一気にCランクからAランクへと駆け上がったのだ。
「へっへへ、エルネストも見直したでしょ!」
「まあな」
これで自分の防具を選べないAランク冒険者が爆誕したのか……
「黒竜の心臓はまだ手に入らないのか?」
ルーナは俺に問いかける。
防具代は俺が出してやると言ったのに、まだ気にしているのか。
「ああ」
「実はアタシさ、最近黒竜を見たんだよね」
「お前が俺の依頼に執着する本当の理由はそれか」
このあたりで黒竜を見かけることは滅多にない。
だから彼女は自分の知っている情報を活かしたかったのだろうか。
「それもあるんだけどさ、黒竜って最近アネットさんが戦った大物じゃん」
「憧れか……」
「そうそう!」
どうあっても黒竜に挑みたいのか。
「あ、心配はいらないからね。レネさんが同行してくれるし」
「レネが同行してくれるなら安心だな」
レネならば回復に限らず、補助魔法も幅広く扱うことができる。
それに彼女が得意としている光魔法は黒竜の弱点だ。
「じゃあ、吉報待ってろよ!」
そう言ってルーナはレネと共に黒竜の討伐に向かった。
それから3日後──ルーナは黒竜の心臓を手にして、俺の前へと現れた。
だが、彼女の表情は暗い。
まさかレネに何かあったのか。
彼女が遅れを取るとは思えないが……
「報酬はいらない」
ルーナはそう言って黒竜の心臓を俺に手渡した。
「何があった?」
「まともに戦えなかった……」
彼女の口ぶりからすると、レネに何かあったわけじゃないらしい。
その点は一安心だ。
「あの人さ、アタシが近寄る前に一撃で終わらせちゃったんだよ!」
「……」
ルーナは腕試しすらできないまま、黒竜が討たれたのか。
レネ、さすがにちょっとは空気を読んでやれよ……




