第22話:敵味方を判別するレッテル貼り
「うっ……」
シャルルの個室は想像していたよりもずっと汚かった。
整理整頓されていないだけではない。
食い散らかした食事の跡がそのまま残っており、異臭さえ漂ってきたのだ。
「きたなっ」
サリアは思ったことをそのまま口にする。
せっかく上手く取り入れられそうなんだから、そういうことは言わないでくれ。
……というか整理整頓ができないのは、お前も大差ないからな。
「そう思うなら片づけてくれ!」
すごい聞き覚えのあるセリフだな。
片付けができない人間の考えることはみんな同じなのか。
「ヤダ!めんどくさいもん!」
「従者は片づけてくれないのですか?」
俺は疑問を口にする。
シャルルは仮にも領主の息子だ。
部屋の片付けができなくても、従者がなんとかしてくれそうなものだが……
「従者の小言を耳に入れたくない」
「そうですか」
要は小言を言われたくないがために、従者の入室を拒絶しているのか。
その結果がこの部屋の惨状とは、従者たちにもだいぶ問題があるな。
……いや、小言を言わせている──教育するよう指示を出しているのはオルバスと考えるべきか。
「ところで私のことを聞きたいと言ってたが、何を話せばいいのだ?」
「領主になった後のビジョンが聞きたいのです」
「……」
シャルルは黙り込む。
気に障る発言だったのだろうか。
「どうしました?」
「私は何もする気がないんだ」
「えっ?」
シャルルは政治に興味がない──そう言っていたアルケライト夫妻の言葉は真実だったらしい。
それでも次期領主であることにしがみつくのは、それ以外の生き方を知らないからだろう。
「それならばアルケライト夫妻が実権を握っても困らないのでは?」
「いいや、大問題だ!あの二人が実権を握ったら、私を追い出すに決まっている」
「そうかもしれませんね」
俺は相槌を打つ。
あの夫妻の性格を思えば、彼の判断は正しいだろう。
だが、アルケライト夫妻が介入しなくても、彼の辿る末路は大差がないだろう。
領民の血税で生活している立場にいながら、何もする気がないと宣言しているのだ。
そんな彼の未来は、暴徒化した領民に反乱を起こされるか、酒に溺れた暴君になるかの二択だろう。
どちらの未来を歩んでも、不幸にしかならない。
彼が今後どうなろうと知ったことではないが、アキナイ領の秩序が崩壊することだけは避けたい。
もはや商売どころではなくなるからだ。
「私はずっと領民第一と言われて、蔑ろにされたんだ。なのに領民のために働くなんて冗談じゃない」
それが領民を恨む理由か。
オルバスはとんでもないモンスターを育てたものだな。
しかもオルバスは、今も領民のために彼をなんとかしようとしている。
領主としては立派なものだが、父親としてはあまりにも無能だ。
さらに世論はオルバスの味方だ。
幅広い層の領民に支持され、従者たちの信頼も厚い。
もはや完璧といっても過言ではないくらい、シャルルが孤立する環境が整えられている。
「私の想いを分かってくれるか!」
シャルルは俺に同調を求める。
「はい」
次期領主の主張としては論外だ。
しかし、俺は彼の思想が否定されるべきだとは思わなかった。
自分の人生を自分のために生きたいと思うのは当然だからだ。
「そうかそうか」
シャルルは俺の言葉に嬉々と返事をする。
彼の心は上手く掴めたと思っていいだろう。
あとはこれから少しずつコントロールするだけだ。
彼にはいずれ自分から次期領主の地位を投げ出してもらう。
それが彼自身を含む全ての人々にとって最善の選択だ。
「だから、あのクソ親父はな──」
彼は俺に心を開くと、いつまでも一人で話し続けた。
ずっと孤独だったのだろう。
実に分かりやすい男だ。
「すぅー」
シャルルが独り善がりに喋っていると、サリアは当然のように居眠りをしていた。
彼の機嫌を損なう発言をしなかっただけよしとすべきか。
「それではこれで失礼します」
「ああ、また来るといい!」
彼が話すことに満足したところで、俺は別れの言葉を告げた。
「おい、サリア帰るぞ」
「すぅー」
目を覚まさないな。
……彼女の体重なら、非力な俺でもなんとかなるか。
俺は寝息を立てるサリアを背負い、領主館を後にした。
帰り道、俺はすれ違う人々と目が合う度に気恥ずかしさを覚えた。
微笑ましいと言わんばかりの視線を度々向けられたからだ。
サリアはそんな人々の視線に気づくこともなく、すやすやと眠っていた。
「あれ、エルネストさん?」
帰宅してから、しばらくするとサリアが目を覚ました。
「帰ってきたの?」
「ああ」
サリアは周囲を見渡すと、俺たちの店に帰ってきたことを理解する。
「ねぇ、エルネストさんって洗脳魔法が使えるの?」
「どうしてそうなる?」
急に何を言い出すのか。
そんな高度な魔法を俺が使えるはずがない。
そもそも戦場以外で洗脳魔法を使うのは犯罪だ!
「だってあのおじさん、ケロッと態度を変えたじゃん!」
シャルルの態度を見て、俺が洗脳魔法を使ったと勘違いしたのか。
「それともあの館に住んでる人ってみんなバカなの?」
極端な解釈をしすぎだろ!
「いや、それはないだろう」
「じゃあなんで?」
「シャルルは大半の人間に、オルバスの仲間っていうレッテルを貼っていたからだよ」
「レッテル?」
オルバスが教育者として無能なのは間違いないが、他の従者たちがそうだとは思わない。
では、どうしてシャルルは従者を拒絶したのか。
それはオルバスの息がかかっているからだ。
従者が雇用者の子供へ教育を施せば、指示せずとも雇用者の思想に寄せようとするのが普通だ。
シャルルはそうした教育を受けているうちに、「従者はそういう連中だ」「オルバスの味方は自分の敵だ」と負の学習を──すなわちレッテル貼りをするようになってしまったのだ。
そのため、彼は教育係を名乗っただけで拒絶するようになったという。
つまり、俺の話術が特別優れていたわけではない。
会話の出だしを誤らなかっただけだ。
「俺がシャルルに自己紹介するとき、どうしてアルケライト夫妻の敵だと名乗ったか分かるか?」
「あのおじさんがパパとママを嫌ってたからだよね?」
「そうだ。レッテル貼りを逆に利用、すなわち敵の敵は味方と思わせたんだよ」
「へー、洗脳魔法ってそうやって使うんだ!」
「どうしてそうなるんだよ!」
何で俺は洗脳魔法の使い手というレッテル貼りをされているんだ……




