第21話:領主は後継者問題に頭を抱える
アルケライト夫妻が店を訪れた翌日、俺はシャルルと交渉すべく領主館を訪れていた。
もちろんサリアを取り戻すためだ。
「すみません。シャルル様とお話がしたいのですが……」
俺は領主館で番をしていた衛兵に用件を告げる。
「もしかして、エルネストさんですか?」
「はい」
どうして俺の名前を知っている。
俺がサリアを取り戻しに現れることを前提に、アルケライト夫妻が手を回していたのか。
だとしたら厄介だ。
シャルルと対話することすらままならなくなる。
「ちょっと待っててくださいね」
「分かりました」
衛兵は館の中へと入り、用件を伝えに行ったのだろう。
門前払いは避けられたようだ。
しばらくすると、衛兵が戻ってきた。
隣にはサリアの姿もあった。
「えっ?」
「エルネストさーん」
サリアは俺の胸に飛び込んできた。
容姿、声、服装、振る舞い、どう見ても本人だ。
警戒していただけに拍子抜けだな。
「えーっと、シャルル様は?」
「エルネストさんが来たら、その子を引き渡して帰らせろと」
「は、はぁ……」
やはりシャルルではサリアの手綱を握れなかったか。
それにしてもこうも簡単に手放すとは、彼もサリアとの結婚を望んでいなかったのだろうか。
……ここへ連れて来られたサリアなら、詳しい事情を知っているか。
帰ってから彼女に話を聞けばいい。
「サリア、疲れているか?」
「全然!ずっと暇だったもん!」
店へと帰宅した俺は、すぐさま領主館で何があったのか事情を確認した。
どうやらサリアは客室に軟禁されていたらしく、退屈な時間を過ごしていたようだ。
「シャルルはどんな男だった?」
「なんかすごい怯えてた」
「えっ?」
「自己紹介したら、すぐに出ていけって言われたの」
「お前の家名を聞いて怯えたのか」
シャルルはアルケライト夫妻の思惑を知っていたのだろう。
そうでなければ、サリアが家名を名乗っただけで怯える理由がない。
「領主とは会話を交わしたか?」
「会ってもないよ」
「そうか」
アルケライトの家名を聞いただけで怯える男が、自分からサリアと婚約を結ぼうとしたはずがない。
サリアとの婚約を結び付けたのは、間違いなくシャルルの父親である領主オルバスだ。
このまま黙っていたら、オルバスとトラブルになるかもしれない。
サリアを連れ出す許可を出したのは、シャルルであってオルバスではないからだ。
ならば事情を確認しに行くという建前で、一度話を付けておいた方がいいだろう。
「サリア、明日もう一度領主館に向かう」
「なんで?」
「領主の思惑を確認しておきたい」
オルバスには確認しておきたいことがあった。
それはアキナイ領の未来についてだ。
シャルルとアルケライト夫妻、どちらが実権を握ってもろくなことにならない。
まともな後継者がいないというのなら、俺がその地位を手にしてやる。
それがアキナイ領のためであり、俺のためだ。
翌日、俺たちは再び領主館へ向かう。
「領主様と話がしたい」
俺は番をしていた衛兵に用件を告げた。
「どうぞ、こちらへ」
俺たちは応接室へと招かれると、サリアと共に椅子に腰を掛けた。
それからしばらくすると、オルバスが姿を現した。
彼はまだ70歳にも満たないはずだが、あまりにも老けて見えた。
……いや、先が長くないように思えた、というべきだろうか。
白髪や顔のしわが理由ではない。
数年前に演説していたときとは、まるで別人のように覇気がなかったのだ。
「随分お疲れのようですね」
「……そう見えるか」
「はい」
オルバスはまだ元気であると見せたかったのだろうか。
俺に疲労を心配されたことに気落ちしているようだった。
「お疲れのところ、あまりお時間を取らせるわけにもいきませんので、すぐに本題へ入りたいと思います」
俺たちが訪ねてきた理由は、もう確認せずとも分かっているはずだ。
わざわざ訪問理由を説明する必要はない。
「まず最初に確認したいことは、アルケライト夫妻の思惑を把握していたかです」
「ああ、分かっておった」
「そうですか……」
あの夫妻を実質的な後継者にしようとしていたのか。
失望したよ。
人を見る目がなさすぎる。
「シャルル様のことは次期領主にふさわしくないと判断しているのですね?」
「ああ、領民を恨んどるあいつに政治を任せられない」
領民を恨んでいるとはどういうことだ。
シャルルが領民とトラブルを起こしたという話は聞いたことがない。
そもそも彼の名前すら周知されていないのだ。
恨む理由が分からない。
「何かあったんですか?」
「ワシにも分からん」
本人から聞き出さない限り、真相に辿り着けそうもないな。
「シャルル様のことはどうしたいのですか?」
「なんとかしてやりたいとは思っている」
オルバスは無能な息子に実権を委ねたくないらしいが、追放する非情さがあるわけでもなかった。
彼の態度からして、シャルルとサリアを結ばせようとしたのは純粋な善意からだろう。
しかし、不器用な善意はシャルルの人間不信を悪化させ、アキナイ領の次期統治者を決めることもできないままだ。
さらに本人は心労でいつ倒れてもおかしくない。
アキナイ領の未来はあまりにも危うい。
「逆効果だよ!」
オルバスは間違っている。
そう言わんばかりにサリアが口を挟んだ。
「あの人、私が自己紹介しただけで怖がってたんだよ!」
「ワシはサリア殿のような純粋な子になら、心を開いてくれると思ったのだ……」
打算のないサリアの純粋さを求めて、シャルルと結び付けたかったのか。
その考えは分からないでもない。
だが、シャルルはサリアをすぐに拒絶した。
不器用なオルバスのことだ。
アルケライト夫妻に実権を握らせると伝えていたのだろう。
しかも、そのことが原因で拒絶したことにすら気づいていない。
「シャルル様とお話させていただけますか?」
シャルルはオルバスを嫌悪しているとしか思えない。
その上、オルバスはあまりにも無理解だ。
だから詳しい事情を知ろうとするならば、シャルルに直接話を聞くしかない。
「どうするつもりなのだ?」
「領主様の善意は伝わりましたが、シャルル様への理解が足りないように感じました。だから直接話を伺いたいのです」
「理解が足りないか……」
俺はオルバスと話しているうちに、レネのことを思い浮かべていた。
シャルルへの対応は独り善がりの善意──まさにレネと同じだ。
「構いませんか?」
「構わぬが、あいつが許可をしないだろう」
「そうですか」
オルバスから許可を得られれば問題はない。
シャルルが俺を拒絶したのならば、彼と近しい者を通して事情を探れば済む話だ。
「以上でよろしいかな」
「はい。ありがとうございました」
俺は席を立ち、オルバスとの対話を終えた。
そして館内にいる者たちから話を聞き、シャルルとの対話方法を探っているときだった。
「あ、あの人!」
サリアが突然、館内にいたみすぼらしい格好の男を指差し声を上げる。
「うわぁ、なんでお前がまだいるんだよ!」
だらしなくヒゲを伸ばした小太りの男は、慌てて俺たちの元から立ち去ろうとする。
あの男がシャルルと見て、間違いないだろう。
領主の息子とは思えない身なりをしていた彼は、不潔感さえ漂っていた。
どう見ても領主になるべき人間とは思えない。
「待てーっ!」
サリアはシャルルを追いかける。
客室に軟禁されていた腹いせだろうか。
「近寄るなっ!」
シャルルは逃げようとするが、動きの鈍い彼がサリアから逃げ切れるはずもない。
「なんで私を閉じ込めたのーっ!」
「う、うわあああ!」
サリアに服を引っ張られたシャルルは、その勢いでバランスを崩し転倒してしまった。
役人を呼ぶ様子はないが、場合によっては大問題になってしまう。
急いで制止したほうがいいだろう。
「おい、サリア。問題になる前に離れろ!」
「分かった」
しかし、サリアを相手に大の大人がここまで怯えるとはな……
あまりにも情けない。
俺はシャルルに話を伺うべく、彼に近寄った。
「シャルル様、あなたのことをお聞かせ願えますか?」
「誰だよ、お前は!」
「アルケライト夫妻の敵です」
人間不信な彼に取り入るなら、味方であることを主張しても逆効果になる。
だから俺は、彼の地位を脅かすアルケライト夫妻の敵であるとアピールした。
「そっ、そうなのか。ついてこい」
シャルルは俺の言葉を聞くと、態度を一変させて俺たちを自室へと招いた。
思った以上に単純な男だ。
やはりこの男を領主にしてはいけない。
駆け引きの場面に遭遇したら、絶対に相手の思う壺だろ!




