第20話:営業存続の危機
中央市場で営業を始めてから二ヶ月が経った頃、俺たちは店の存続を揺るがす事態に直面していた。
それはサリアの両親──アルケライト夫妻の来店がきっかけだった。
「失礼、質問よろしいかな?」
「なんでしょう?」
「私たちの娘と思わしき子が、度々この店に出入りしていると聞き及んでいるのです」
アルケライト夫妻と対面した直後の俺は、娘を心配している優しい両親だと思っていた。
サリアから聞いていた話でも、アルケライト夫妻に悪印象を抱いたことはなかった。
しかし、いざ両者が対峙すると、俺はアルケライト夫妻の本性を知ることとなった。
「サリア、やっと見つけたよ」
「さあ、シャルル様がお前を待っているよ」
「シャルル様って誰?」
「お前の婚約者だよ」
サリアに婚約者がいたとは初耳だ。
「ヤダ!私はエルネストさんと結婚するの!」
サリアは俺の体にしがみつく。
結婚相手は一人であるということを分かっていたようだ。
俺はその常識を身に付けていたことに少し安心した。
「サリア……」
だが、この状況はまずいかもしれない。
本人の合意なしに決めた婚約者ともなれば、アルケライト夫妻の狙いはほぼ間違いなく政略結婚だ。
彼女の結婚相手次第では、俺の仕事を請け負うことすら認めないだろう。
そうなってしまえば、この店の存続が危ぶまれる。
「君がサリアと?」
サリアの父親が俺に問いかける。
「付き合っているのは事実です」
「サリアは次期領主の妻となる身です。そんな娘を略奪したともなれば、あなたはシャルル様に処刑されるかもしれませんよ」
「……」
アキナイ領の次期領主か……
現在の領主オルバス・フレッドバーンは善良な人物として領民に親しまれているが、その息子に関する噂はろくでもないことばかりだ。
そもそも次期領主として仕事している姿を、領民の誰もが見たことすらない。
大方噂通りの人物だろう。
俺はそんな人物がサリアと上手くやっていけるとは思えなかった。
「次期領主のことはよく知りませんが、耳に入るのは悪い噂ばかりです」
俺は話を逸らし、次期領主シャルルの人物像を聞き出すことにした。
「ええ、その噂は本当よ」
サリアの母親はシャルルの悪い噂を、あっさり真実だと暴露した。
シャルルがどんな人物か、よく知っているようだ。
「どうしてそんな男に娘を嫁がせるんですか?」
「オルバス様は信頼の置けない息子よりも、私たちに実権を委ねるはずだ」
「シャルル様は地位にしがみつくだけで、政治に関心のない暗愚ですから」
サリアはアキナイ領を簒奪するための道具か。
アルケライト夫妻の言い分だと、実権を握ることさえできれば娘はどうなってもいいのだろう。
まるで醜い貴族のお手本だ。
こういった手合いを説得することは不可能だ。
どうあっても俺とサリアを引き離すつもりだろう。
だが、何も手を打てないわけではない。
オルバスとシャルルを説得すればいい。
幸いシャルルが領主の息子だと分かっているのだ。
対話の機会を作ることは、そう難しくないはずだ。
「サリア、ここは両親の言う通りにするといい。今後の対策は俺が練っておく」
「……」
サリアは泣きながら、俺から離れようとしない。
サリアは俺たちの話を聞いていたとはいえ、シャルルのことをよく分かっていなかった。
それなのにこうまで嫌がるとは、俺を特別視してくれるようになったのだろうか。
……だとすれば、なおさら見捨てるわけにはいかないな。
「ほらサリア、シャルル様に会いに行くよ」
「ヤダー!」
アルケライト夫妻はサリアを強引に俺から引き離した。
「こればっかりはお前のわがままを聞き入れられないよ」
必死に抵抗するサリアだったが、非力な彼女が両親を相手に腕力で敵うはずもない。
彼女は程なくして、アルケライト夫妻に連れ去られてしまった。
俺への配慮は一切ない。
アルケライト夫妻の器が知れるな。
「あの子は大丈夫なのか?」
「シャルルって結局どんなやつなんだ?」
「なんか嫌な奴らでしたね」
「私はアキナイ領のこれからが心配ですよ」
店内の客がざわつき始めた。
アルケライト夫妻の言葉を聞いて、アキナイ領の未来を不安に思ったのは俺だけではなかったらしい。
それはともかく、ひとまず店内の客に俺から一言入れておくべきだろう。
「えー、お騒がせしてすみません。当店の商品製造に携わっていたサリアが不在となったため、しばらく休業とさせていただきます」
俺は店内にアナウンスを行う。
「えっ、この店の商品ってあの子が作ってたの?」
「やべぇ、錬金術製品が値上がりするぞ!」
「エレメンタルクロース5個と、エーテルプレート3個を頼む!」
アナウンスを聞いた客たちは、慌てて商品を買い込もうとする。
……俺はそんな目論みがあって、発信したわけじゃないんだけどな。




