第19話:そして新店舗での営業が始まる
新居に引っ越した俺たちは、翌日からすぐに営業を始めることにした。
贋金の流通に伴い、商品価格の値上げも考えたが、一旦据え置きとした。
まずは店舗に客を集めることを優先するためだ。
「全然人が来ないねー」
サリアは今日の来客状況を口にする。
「そうだな」
今日は風が吹き荒れているとはいえ、客が誰一人来ないのはさすがに異常だ。
その原因を探るべく、店の外に出るとある異変に気付いた。
「あっ……」
立て看板がない!
どうやら強風が原因で、飛ばされてしまったようだ。
これではただの民家と見分けが付かない。
道理で誰も来ないはずだ。
そもそも立て看板一つに頼らず、パラペット看板を準備すべきか。
パラペット看板とは建物の入口上部や、屋上外周の低い立ち上がり壁部分に設置される看板だ。
中央市場にある店舗の9割以上は、このパラペット看板が設置されている。
俺はその日の営業を早々に終え、パラペット看板の製作手順を思案する。
商材の一つであるエーテルプレートに、絵の具を乗せればすぐに出来上がるだろう。
……まずは店名を決めることからか。
販売商品の一部と値段だけが書かれた立て看板と違って、パラペット看板は店名を第一に強調する。
店名が決まっていない状態では、デザインも定まらない。
「これから店名を決めようと思うのだが、サリアはどんな店名がいいと思う?」
「アルケライト商店!」
「却下!それはまずいだろ!」
アルケライトはサリアの家名だ。
当主である彼女の父親から許可を得ずに、名前を借りるのはどう考えてもトラブルの原因になる。
「うーん、じゃあなんだろ?」
「錬金術の店であることと、魅力が伝わればいいんだけどな」
「そんなお店ってある?」
「……ないかもしれない」
全体の5割くらいは、何を販売しているか伝わる店名だ。
しかし、どの店も魅力まで伝わるとは思えなかった。
「エルネストさんの店でいいんじゃない?」
「随分あっさり考えることを放棄したな」
「だって私、エルネストさんの店のことよくわからないもん。それにルーナさんから仕入れたものなんかも販売してるじゃん」
「まあ、確かに錬金術製品以外も販売しているな」
店名に自分の名前を入れるか。
選択肢としては悪くない。
それから俺たちはしばらく店名の議論を重ねた。
「それで結局どうするの?」
「エル錬!これでいいだろう!」
正式名称はエルネストの錬金術専門店だ。
しかし、長ったらしい名前では覚えてもらえるはずがない。
だから覚えやすい略称名を強調することにしたのだ。
本当はサリアの名前も入れたいところだが、エサ錬では動物や魔物の餌を販売している店と勘違いされる可能性が高い。
エルサリ錬では略称としては長すぎる。
そういった観点から、最終的に俺の名前だけを使うことにした。
「どんなデザインにするのー?」
「ああ、こんな感じだ」
俺はささっと紙にレタリングした文字で店名を書く。
強調すべき「エル錬」の文字サイズを、他の文字より4倍の大きさにする形だ。
「地味!」
「文字を派手に見せるのって簡単じゃないぞ」
「じゃあ私に貸して」
「ああ」
サリアに用紙を手渡すと、すでに脳内でイメージが浮かんでいたのかすらすらとデザイン案を書き上げた。
俺のデザインよりずっといいな。
看板作りはサリアに任せた方がいいか。
「看板の大きさってどのくらい?」
「ちょっと来てくれ」
「うん」
俺はサリアと共に店の外へと出る。
「この店に合うサイズにするんだ」
「おー!」
サリアは外壁を見るなり、すぐに配置後の光景が想像できたらしい。
そして同時に疑問も浮かんだようだ。
「看板はどうやってセットするの?」
「取り付け作業はルーナに頼むつもりだ」
看板に使うエーテルプレートは比較的軽い素材とはいえ、力仕事になるのは間違いない。
その上、脚立に乗って作業をする必要がある。
どう考えても俺には不向きな作業だ。
自分でやるわけがない。
「あとは、せっかくだから他店の看板を見に回るか」
「わかった」
俺はサリアと共に他店の看板を見て回った。
やはりマアティスの金色商店は目立つ。
店名こそどんな店かが分かりにくいが、金色に輝く看板はインパクトが強い。
「どんな感じで作ればいいかイメージできたか?」
「うん」
「じゃあ、看板作りは任せよう」
「分かった」
俺は看板作りをサリアに任せ、翌日は市場の調査に出かけた。
そして、ある店を訪れたとき、店内で噂話をしていた客に遭遇した。
「贋金を流通させてた連中が捕まったらしいぜ」
「思ったよりも早かったな」
「ああ、何でもナスダック領の凄腕錬金術師が、総力を挙げてとっつかまえたらしい」
これ以上の贋金を増産される心配はなくなったか。
だが、流通していた贋金が処理されるまでにかかる時間を考えると、まだ物価は上昇するだろう。
「あのおっかねぇお嬢ちゃんか」
「知ってるのか?」
「ああ、たまにこの中央市場でも見かけるぜ」
「へー、初めて知ったわ」
ナスダック領の凄腕錬金術師か。
どんな人物なんだろうな。
俺はそれからも噂話に耳を傾けながら市場の調査を続けた。
贋金を流通させていた犯人たちは、やはり俺の読み通りワラント領の出身だったらしい。
動機までは分からなかったが、大方俺の想像通りだろう。
市場の調査を終えると、俺は真っ直ぐに自宅へと帰宅した。
「サリア、様子はどうだ?」
「できあがった分は机の上に置いたよ」
「ほう」
俺は机の上に置かれた看板の一部へと視線を向けた。
その出来は俺の想像を遥かに超えていた。
「すごいな」
「でしょ!」
「でも高価な素材や商材を使うなら、先に確認を取ってくれ」
元々使う予定だったエーテルプレートは問題ない。
だが、商品として売り出す予定だったエレメンタルクロースに加えて、100gで2万ゴールドもする循環水晶を勝手に使うのは明らかに問題だろ!
「だって、エルネストさんが外出しちゃったんだもん」
「そう言われてもな……」
俺はエーテルプレートに絵具で看板デザインを描くだけだと思っていたのだ。
錬金術の工程を挟むことは、想定すらしていなかった。
しかも用いた錬金術は既製品のない完全なオリジナルだ。
こうなる可能性を考えろというのは無理がある。
「しかし、よく思いついたな」
「エンチャント作業と同じ要領だよ」
「なるほど」
組み込まれた循環水晶の煌めきは、強調したい文字を輝かせており、夜でも看板を目立たせてくれる。
視認性は抜群だ。
「コスト以上の価値は期待できるから、残りの作業も同じようにやってくれ」
「はーい!」
看板が完成した翌日から、俺は営業を再開した。
最初の1週間こそ順調とは言えなかったが、俺たちの新しい店はすぐに軌道に乗ることができた。
競合の少ない錬金術製品を中心に売り出しているのだ。
稼げないほうがおかしいとも言える。
それから月日は巡り、贋金事件による市場の混乱はすっかり落ち着きを取り戻した。
物価上昇の恩恵はあまり得られなかったが、治安の悪化を招かなかっただけ良しと考えるべきだろう。
そして借金返済の目処が立った俺は、マアティスの元へと返済に訪れていた。
「これでマアティスさんからお借りしていた分は、全て返済できたと思います」
「随分早かったね。さすがはエルネストさんだ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
俺は中央市場の物件購入に伴い、融資してもらっていた分を全て返済し終えた。
この瞬間をもって、俺は本当に中央市場へと店舗進出を達成したのだと実感する。
不安定だった独立直後の頃を思えば、考えられないくらいの躍進だ。
これもサリアやルーナのおかげだろう。
やはり埋もれた才能は掘り起こすに限る。
俺の判断は搾取呼ばわりされることもあるが、これからもやり方を曲げるつもりはない。
彼女たちにとっても、利があるのだからな。




