第18話:新居と共に動き出す関係性
中央市場の物件を買った俺は、どの部屋にどんな役割を持たせるかを思案していた。
何せこの物件は大人数で住むことを想定して建てられた店舗併用住宅だ。
俺とサリアだけで住むには広すぎるくらいだ。
中央市場にある物件の中でも、最大級と言っていいだろう。
「エルネストさーん、私のベッドは!」
「新しい家具の調達はもうちょっと待ってくれ」
新しい家具は借金の返済を終えてからだ。
それよりもまずは部屋ごとの役割を決めるのが先決だ。
「サリアの個室はここでいいだろう」
俺は奥の広々とした部屋を、サリアの個室に指定する。
「個室?」
「自分用の部屋だ。就寝のときも一人のほうが落ち着くだろう」
「えーっ……」
サリアは露骨に嫌そうな態度を取る。
選んだ部屋の問題ではなく、単に俺と一緒のほうがいいらしい。
「一緒じゃダメなの?」
「少なくとも寝室は分けるのが普通だ」
「なんで?」
「俺たちは家族じゃないし、恋人関係でもないからな」
これまでの小さな家とは違うんだ。
寝るときまで俺と同じ部屋である必要はない。
「みんなで一緒に寝るのっておかしいの?」
「……」
そういえばサリアは父親と俺以外に、まともに関わった異性がいないんだったな。
現状は特に問題ないが、今後のことも考えて異性間の距離を教えておくべきか。
「家族同士でなければ、普通は部屋を分けるもんだ」
「なんで?」
「異性との距離感を保つためだ」
「うーん、それって利益になるの?」
「利益にはならんが、損失に繋がることはある」
利益の有無で反論するのは、完全に俺の教育のせいだな。
まあいい。
「今後お互いに恋人を作って、結婚することもあるだろう?」
「うん」
「それなのに距離感の近すぎる異性がいたら、裏切ったと思われるんだよ」
「面倒くさいね」
度が過ぎれば実際に面倒でしかない。
けれど、お前は無頓着すぎるんだよ!
「……というか、サリアは恋愛小説を読んだことないのか?」
彼女は対人関係こそ希薄だが、小説で物語を読んだ経験は俺よりもずっと豊富だ。
だから、なんとなくは理解していてもおかしくはないはずだが……
「あるよ」
「だったら、浮気の問題や距離感がなんとなく掴めないか?」
「読んでも分からなかったよ」
「そうか」
常識だけじゃなくて、感性も欠けているのか……
「んー、私たちが恋人関係になればいいってこと?」
どうしてそうなる。
「お前、恋人関係ってどういうことか分かってるのか?」
「子供を作るんだよね?」
いきなり子供を作る発想が出てくるって、お前が読んでいたのは官能小説かよ!
「子供を作るのは結婚してからだ。その前にもっと色々あるだろ!」
「手を繋いで、キスするんだっけ?」
「そういうのもあるがなぁ……」
こいつ、恋愛感情を根本的に分かっていないな。
でも、どうやって教えればいいのか……
試しにサリアが嫌いそうな人間と一緒になることを想像させてみるか。
「サリアはお前からお金を騙し取った男と結婚することにも抵抗がないのか?」
「あのおじさんは嫌!」
「ならラウゴは?」
「あの人も嫌!」
さすがにこのくらいは理解できるか。
サリアには『嫌い』の感情はあっても、『普通』と『好き』を切り分けることがないのだろう。
この説明をどうすべきか……
「エルネストさん、企画書の用紙をちょうだい」
俺が言葉を詰まらせていると、サリアは唐突に企画書の用紙をねだる。
「えっ……」
これまでの話から、何で企画書の話になるんだ。
俺はサリアの言葉に困惑しながらも、彼女に白紙の企画書を手渡す。
「ちょっとまとめるねー」
そう言うと、サリアは企画書をすらすらと書き出す。
それから20分後、彼女は企画書を書き終えたようだ。
「これでどう?」
俺はサリアの書いた企画書に目を通す。
その内容は俺たちが恋人関係になることで、どんな利益があるかを伝える文章だった。
私たちが恋人関係になれば、以下の利点がある。
寝室を共同にすることで、他の部屋を別の用途に使える。
距離感を遠ざけないことで、話しやすさが維持される。
実際に恋愛を体験することで、恋愛感情を学べる。
お互いに他の人と結婚をしたら、住む家も変わってしまう。そうなれば、素材や商材の受け取りに無駄な手間が増えるので、私たちで恋愛関係を結んでしまったほうがいい。
要約すると、こういった内容だった。
……今まで書かせた企画書の中で、一番出来がいいのは気のせいだろうか。
「なるほど」
だが、問題点もある。
サリアが世間知らずなのは、初対面でもすぐに露呈する。
そんな彼女と付き合っている男はどんな人物だと思われるか。
自分の都合の良いように洗脳する男だ。
自分に自信がないから、何も知らない少女を選んだとも捉えられる。
単に人を見る目がないという扱いを受けるかもしれない。
年齢差の問題もある。
俺が24歳なのに対し、彼女はまだ14歳だ。
ただでさえサリアの格好は少女趣味なところがある。
俺がロリコンだと思われる可能性が高い。
「……という懸念があるんだが、お前はどう思う?」
俺はこれらの問題点を指摘し、サリアに意見を問う。
「もう洗脳してるって思われてるよ!」
「えっ?」
「だってルーナさんから素材を買い取るときは、ずっと相場の半額以下なんでしょ?」
「それはあいつ自身が判断すべきことを、俺に丸投げするからその手間賃を差し引いてるんだよ!」
ルーナとの関わり方でそう判断したのか。
お前に洗脳されている自覚があるのかと思ったよ。
「エルネストさんが自信がなさそうに見えることは絶対ないよ」
「どうしてそう思う?」
「だって、すごい自信に溢れてるもん!」
それもそうか。
「見る目がないって判断する人は、その人に問題があるよ!」
「ほう?」
「だってエルネストさんが稼げてるのは、私が頑張ってるからだもん!」
稼げれば偉い、稼げれば正しいか。
人を評価する指標は、収入が全てではないんだけどな。
とはいえ、そんな言葉が出てくるのは、間違いなく俺の教育が原因だ。
「それは間違いないが、人を評価する指標は一つじゃないぞ」
「あのうるさいおじさんが言ってたことだよね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ教えて!」
「いいだろう」
今から学べばいいと考えたか。
まあ、特に問題はない。
「最後の指摘だけどさ」
「どうした?」
「ロリコンって何がダメなの?」
また答えにくい質問だな。
なんとなくの風潮で成立している文化に論理的な説明を求められると、簡単には答えられない。
「……」
俺は少し考えてから、彼女に返答する。
「世間が子供と大人で役割を分けているからだ」
「役割で分けなきゃいけないんだったら、エルネストさんはすでにロリコンだよ!」
「なんでだよ!」
「だってエルネストさんは、錬金術を仕事って言ってるじゃん」
仕事を与えることと、ロリコンは関係ないだろ!
ロリコンは子供を性的対象として見る人物に限定されるんだよ!
しかし、こう言語化されると、すでにアウトじゃないかという彼女の言い分も理解できる。
検討の余地はある。
俺は恋愛や結婚と、利益の問題は切り分けたいと考えていた。
純粋な恋に憧れていたからだ。
しかし、俺のように損得勘定で動く人間ほど、純粋な恋愛体験を遠ざけてしまう。
そもそも損得を考えない純粋な恋とは、衝動のままに突き動かされてこそ成立するものだ。
俺自身がそんな純粋になれるとは思えない。
「解釈に粗はあるが、お前の案を採用しよう」
今の俺の財力ならば、恋人を作ることに困らないだろう。
だが、財力を理由に寄ってきた女性たちが、俺の求めていた幻想を満たしてくれるとは思わない。
むしろ純粋な期待を寄せてくれるサリアのほうが、よっぽど俺の求めていた幻想に近しいだろう。
「やったー!」
俺の返答を聞いたサリアは、満面の笑みを浮かべる。
「そんなに嬉しいのか?」
「うん!だって初めて企画書を通してもらえたんだもん!」
喜んだ理由はそこかよ!




