第17話:不動産は最強の贋金対策
現在の資産は750万ゴールドだ。
サリアと共に着実に資産を積み重ねていった俺は、もうすぐ中央市場に店舗を構えることができると意気込んでいた。
魔導具連合会の指定商材25品目も、今や半数以上にあたる15品目を開発済だ。
エンチャント事業も再開し、現在1日あたりの収益は15万ゴールドを超える。
しかし、俺の蓄えてきた資産価値を脅かす事件が起きていた。
「あー、またじゃねーか!」
「さっきのガキか」
「手触りに違和感があったけど……」
「よく似せてやがる!」
露店街、中央市場問わず、贋金を掴まされる事件が頻発していたのである。
そのため、俺はルーナに贋金問題の調査を依頼していた。
「おーい、エルネストーー!」
「何か分かったのか?」
「贋金は貧困街を中心に広まってるみたい」
「やはりか」
まずいな。
貧困街の連中が、贋金の利用を自制できるとは思えない。
このままでは、せっかく蓄えた資産の価値が半分以下になってしまうかもしれない。
貧困街には衛兵や役人がおらず、その地に住む人々の自治によって成り立っている。
そうした背景もあり、貧困街以外への悪影響を取り締まる意識が欠如していた。
「ルーナは今どれくらいゴールドを持っている?」
「うん?5万ゴールドもないけど」
「お前ならそうだよな……」
俺は急いで中央市場に店舗を構えたかった。
このまま贋金の流通が止まらなければ、ゴールドの資産価値が失われていくからだ。
だから今すぐ中央市場の物件を買うためルーナから借金することも考えたが、計画性のない彼女がそんな大金を持っているはずもなかった。
貸してくれといったら、気軽に貸してくれそうなんだけどな。
俺は大金を持っていそうな人物を思い浮かべる。
レネなら相当の資産を持っているだろうが、彼女には極力頼りたくない。
面倒事を増やされるのが目に見えている。
ルベルトは黒竜の心臓を取引して以来、一度も姿を見ていない。
アネットは数日前に深紅の凶鳥の討伐へ向かった。
ルベルトと同じく、会うことは困難だろう。
もっとも、彼女が資産価値の下落を理由にお金を貸してくれるとは思えない。
個人的な損得を理由とした取引に、手を貸すタイプではないからだ。
アイゼンはお金の貸し借りを嫌う人間だ。
まず断られるだろう。
頼れそうなのはマアティスか。
彼ならばお金の価値が希薄化することの怖さを理解しているはずだ。
「今日は露店の営業を中止にするか」
「貧困街の調査をするのか?」
「ああ、護衛は任せたぞ」
「わかった」
贋金流通の程度によって、対応を変える必要がある。
だから、まずはこの目で貧困街で何が起きているのかを直接確認しておきたい。
「そういえばエルネストは、自分の資産価値が希薄化するって言ってたよな?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「よく分かんないんだけど」
世の中に流通しているお金は、信頼によってその価値が成り立っている。
そのため、贋金の蔓延は今手元にある本物のお金の価値さえも脅かしてしまう。
それだけのことだが、お金の価値が変動することを意識していないルーナには実感しづらいのだろう。
「お金の価値が薄れていくと、1個200ゴールドだったパンが、400ゴールド、600ゴールドってどんどん値上がりしていくんだ」
「それってパンが値上がりしてるだけじゃん」
「パンだけじゃなくて、全ての商品がそうやって値上がりするんだよ」
「そんなことあるの?」
「あるんだよ。お前はワラント領で5年前に発覚した事件を知らないのか?」
「前の領主がお金を刷りまくってたって話か?」
「そうだ」
あの事件が発覚して以降、アーキンド王国では紙幣、硬貨が全て一新されることとなった。
ゴールドの信頼を取り戻すための処置だ。
そして国民が新紙幣、硬貨への交換を終えるまでの3年間、ワラント領に住んでいた人々は他領へ出ることが一切許されなくなった。
インフレの原因となったワラント領で刷られた旧紙幣を、無価値とするための処置だ。
そのため、ワラント領の人々はアーキンド王国の国王を恨む者も多い。
「あのときのワラント領みたいに、アキナイ領から出られなくなるってこと?」
「そこまではいかないだろう」
元々流通していた紙幣の何十倍も増産して、資産価値を希薄化させていたワラント領の事件は次元が違う。
何度も贋金を掴まされたラウゴでさえ、その被害金額は15万ゴールドだ。
贋金を掴まされた者は自己責任とした上で、役人たちが回収することで事態を収束させる流れとなるだろう。
「とりあえず俺は贋金が流通する前提で、中央市場の店舗を今すぐ買ってしまいたい」
「いや、マジで意味が分からないんだけど」
自分で拾った素材の価値すら学ばないルーナに、贋金が及ぼす影響を理解させるのは困難か。
猿に算盤を弾かせるほうが、まだ現実的かもしれない。
「まあ、お前なら分からなくてもなんとかなるだろう」
冒険者としての実力がある彼女なら、狩った魔物を食すサバイバル生活でも生き延びられるはずだ。
あまり心配する必要はない。
「それよりも一度、家まで帰らせてくれ」
「荷物を置いていくのか?」
「ああ、そうだ」
俺は商材を置きに戻るため、一度自宅へと引き返した。
治安の悪い貧困街で、累計30万ゴールドもの商材を持ち歩いているのは危険すぎる。
「んー、その格好じゃ狙われると思うよ」
ルーナは俺の格好を指摘する。
貧民らしくない格好だからだ。
「これ以上に地味な服がない」
「んー、じゃあ仕方ないか」
準備を終えた俺たちは貧困街へと向かった。
子供の頃以来、足を踏み入れなかった貧困街だが、久々に見たその光景は想像を絶する。
雨風をしのぐことすらままならない廃墟同然の家が幾つも立ち並び、不衛生な水場には何人もの人々が順番待ちをしている。
壁を背に寝る少年たちの近くに、見守る大人の姿はない。
ゴミ同然の錆びた金属を磨く男の姿に、その行為が収入を得る貴重な手段なのだと突きつけられた。
「ほんとに貧困街で贋金が蔓延しているのか?」
目に付く人々は贋金どころか、金銭のやりとりすらしている様子がない。
「貧困街も広いんだって」
「そうか……」
鼻を突く異臭や不快な光景は、俺の心身を蝕む原因になりかねない。
さっさと状況確認を済ませて帰りたい。
そう思いながらも、俺たちは貧困街の市場へと足を運んだ。
「へっへっへ、若いのよ。ちょっくら買い物を頼まれてくれねぇか?」
みすぼらしい格好をした男が、大量のゴールドをチラつかせながら俺たちに声をかけてきた。
「贋金ですか」
もはや確認するまでもない。
貧困街に住んでいる人間が、見せびらかすような金額じゃないからだ。
「おめぇ、ここらじゃ見ねぇ顔のくせに一瞬で見抜きやがったな」
「……」
お前は住んでいる場所を考えろ。
場に合わない大金をチラつかせるのは、自分から贋金ですと主張しているようなものだ。
「その道のプロだからな」
こう言っておけば納得するだろう。
「おめぇ、若いのにあっち側の人間とは驚いたねぇ」
商人としてプロを名乗ったつもりだが、贋金を増産する側と勘違いされたか。
まあいい。
「エルネスト、こっちこっち」
ルーナは俺を人目につきにくい場所へと誘導する。
「エルネストさー、即座に贋金だって言い切るのは危ないって!」
「俺だって驚いたよ。ここの連中なら得ようがない大金をチラつかせているのに、誤魔化すつもりがあるとは思わなかったんだ」
「お前さぁ……」
ルーナは俺に呆れていた。
仕方がないだろ、相手の知性が想像を遥かに下回っていたんだ。
それからも俺たちは貧困街の人々に買い物を求められた。
もちろん差し出してきたのは贋金だ。
「犯人像が読めてきたな」
「えっ、手掛かりなんてあった?」
「ああ、贋金の掴ませ方がみんな似たり寄ったりだったろ?」
「そうだね」
彼らは全員贋金を手にしていると自覚していた。
だから、俺たちに買い物を頼んだのだ。
明らかに知性の足りていない人間ですら、見知らぬ俺たちを利用しようとしたのだ。
誰かから扱い方を教えられたとしか思えない。
さらに贋金を手にしていた人々は、恵んでもらったらしい。
つまり黒幕は利益を求めているわけではない。
だとすれば……
「おそらく犯人はワラント領の出身だ」
「えっ?」
利益を望まない黒幕が、どうして贋金を流通させるのか。
それはゴールドの価値を貶めるためだ。
ワラント領の人々は国の方針で約3年間領外へ出ることを許されず、貧困生活を強いられていた。
贋金の流通はそのことに対する復讐手段ではないだろうか。
「でも、黒幕の居場所は全然分からないよね」
「別に分かる必要もない」
俺はゴールドの価値がどう推移するかだけ分かればいい。
あとは衛兵や、冒険者ギルドに情報を流しておけばいいだろう。
「よし、帰るぞ」
俺はそう判断すると、ルーナと共に貧困街を後にした。
そして冒険者ギルドに簡潔な情報を提供した後、マアティスの元へ赴き事情を説明した。
「なるほど、贋金への対応ですか」
「ええ、そのため足りない分をマアティスさんにご融資いただきたい」
返済は市場が安定してからだ。
もちろん彼への見返りとして利息は払う。
「エルネストさんならば信頼に値する。その取引に合意しましょう」
「ありがとうございます」
これでようやく中央市場に店舗を構えられる。
そして物件を買うべく、俺は領主館へ向かう。
「どこいくの?」
ルーナは疑問を口にする。
「どこって店舗となる建物を買いに行くに決まってるだろ!」
「今日はもう閉まってない?」
「あっ……」
購入の申請ができるまで、あと約15時間。
この間にゴールドの価値が暴落するのだけは勘弁な!




