第16話:常識は知るべきだが、囚われてはいけない
ここ数日、サリアと街へ出掛けるため、仕事は午前中で切り上げていた。
素材や商品に対する常識を磨きたいと願う彼女に付き合うためだ。
その一環で今日は彼女と共に冒険者ギルドを訪れていた。
「うーん……」
サリアは掲示板の前で、腑に落ちない表情を浮かべる。
「どうした?」
「この調達依頼さ、報酬がおかしいよね?」
「いや、普通だろ」
サリアが指差す依頼はゴールデンビーストの毛糸を調達してくれという内容だ。
その報酬は妥当なものであり、変なところは一切ない。
「えー、高すぎるじゃん!」
「お前、俺がルーナから買い取ってる価格を基準にしてないか?」
「そうだよ。おかしいの?」
「あいつとの取引を基準に考えるな」
俺がルーナから素材を買うときは、買い取り相場の5割未満だ。
どう考えても基準にしてはいけない。
サリアが新たな気づきを得る機会は他にも度々あった。
「わーっ、すっごい綺麗な洞窟!」
この日、サリアと共に訪れていたこの場所は水晶の洞窟だ。
きらきらと輝く水晶がそこら中にあるため、洞窟内は非常に明るい。
それはいわば、天然の照明器具だ。
さらに空間も広々としている上に、俺たちでも十分対処できる魔物しか住んでいない。
明るく危険度が低いため、新人冒険者でも気軽に探索できる場所として知られていた。
「これって循環水晶だよね?」
「ああ、よく覚えてたな」
「うーん?」
「どうした?」
「どうしてこんな雑魚しかいない場所に、100gで2万ゴールドもする素材があるの?」
「珍しいからだよ」
循環水晶はまとまった量を採掘できない一方で、使い道は多く供給が全く追いついていない。
「高価な素材の産地と、凶暴な魔物の生息域は、必ずしもイコールとは限らない」
「そうなんだ」
そもそも凶暴な魔物が原因で素材に高値が付くのも、その根本は供給が不足するからだ。
周辺に生息する魔物の強さで素材の価格を考えるべきではない。
フィールドワークをしばらく続けていると、サリアも次第に常識を学んでいった。
もっとも、対人常識は欠如したままだが、いずれ身に付くことだろう。
相手の立場に立った提案をする企画書を書き続けていれば、社会が求めていること──すなわち常識的な価値観も分かってくるからだ。
「よぉ、エルネスト。なんか久しぶりだな」
「ああ、そうだな」
サリアと共に露店街を歩いていると、すれ違いざまにラウゴが声をかけてきた。
「最近仕事はどうしたんだ?」
「普通に続けているが?」
「はぁ?最近お前が露店を開いてんの見たことねぇぞ!」
俺が中央市場で露店を開いてることを知らないのか。
まあ知らなくてもいいのだが、定位置にいなくなっただけで仕事をしていないと決めつけるな。
「最近は中央市場で露店を開いてるんだよ」
「ほぉ、俺を差し置いてもう中央市場に進出しやがったのか」
俺が中央市場で露店を開いていることを告げると、生意気な後輩だと言わんばかりに笑う。
ラウゴなりの祝福表現なのだろうか。
「このおじさんって中央市場から出禁を食らってるの?」
サリアが俺に問いかける。
中央市場は市場ルールを破らない限り、誰でも露店を開くことが許可されている。
もちろんラウゴにだってその権利がある。
だから彼女は、俺を羨むラウゴが中央市場を出禁にされたと勘違いしたのだろう。
「んなわけあるか!」
サリアの質問が耳に届いていたラウゴは、即座に否定した。
「あと小娘!俺はおじさん呼ばわりされるような年齢じゃねぇよ!エルネストより3つ上なだけだぞ!」
「えーっ!」
サリアが驚くのも無理はない。
俺は低身長で童顔なだけに、実年齢より若く見られやすい。
一方のラウゴは長身で髭が濃い上に、顔のしわも目立つ。
俺とラウゴの年齢が近いと思う人はあまりいないだろう。
「絶対嘘だっ!パパよりもおじさんに見えるもん!」
サリアの年齢からして父親は30代後半から40代前半か。
ラウゴはまだ27歳なんだけどな。
「はははっ」
「確かにラウゴは老け顔だもんな!」
サリアのストレートな言葉に、周囲の人々が笑いだす。
「こいつっ!」
サリアの言葉にムキになるな。
精神年齢が実年齢より幼く見られてもいいことはない。
「この小娘、相変わらず失礼なやつだな」
「それは同意する」
「つーか、エルネストもこいつに社会常識を叩き込めよ!」
「その必要性を感じたらな」
「今がまさに必要だと感じる場面だろ!」
「別にお前を怒らせても、俺たちに損失は発生しない」
お得意様や取引先の人間を怒らせなければ、事業に悪影響は出ない。
そもそも彼女が外出するときは、基本的に俺が同行しているのだ。
そうそう問題は起きないだろう。
「エルネスト、お前の判断もおかしいだろ!」
ラウゴの言い分は分かっている。
彼は利益を得ることよりも、常識的な正しさを優先する人間だ。
損得抜きで正しくあろうとする彼にとっては、俺も常識を逸脱した人間にカテゴライズされる。
「常識ばかりを教育したところで、ただの凡人にしかならないんだ。なんなら、その教育過程でせっかくある才能の芽を摘んでしまうことにもなりかねない」
「常識を損得で考えるのは相変わらずか」
「当たり前だ」
常識は知る必要こそあれど、囚われたら損失でしかない。
それが俺の価値観だ。
常識に囚われていたら、サリアをビジネスパートナーとして拾うことはしなかった。
仮に拾っていても才能を引き出せなかった。
それにルーナと取引関係になることもなかった。
だから、ラウゴのように常識を妄信するのは損としか思わない。
「このおじさんは常識のせいで損してるの?」
サリアは俺に問いかける。
「お前を拾って活かす機会があったのに、パン一つでムキになってただけだぞ。どう考えても損してるだろ」
もっとも、ラウゴの性格じゃサリアと上手くやれたとは思えない。
もし彼がサリアを拾っていたら、お互い不幸になっていたことだろう。
「おいエルネスト!俺を小物扱いすんじゃねぇよ!」
小物なのは事実だろ。
「つーかエルネストはその小娘を拾ってから、きちんと稼げてるのか?」
「おかげさまでな」
「資産はどのくらいになったんだ?」
あまり他者に資産をひけらかすものではないが、俺の手腕を証明できるちょうどいい機会だ。
サリアに自分たちは上手くいってると意識させるためにも、ストレートに伝えてしまったほうがいいだろう。
「320万ゴールドだ」
加えてエンチャント事業を始めた報酬として、近々アネットから100万ゴールドを受け取る予定だ。
だから実質420万ゴールドだ。
「はっ?」
ラウゴはその言葉と共に表情が固まった。
彼の想像を遥かに超えていたのだろう。
「3年以上商売している俺の資産だって、まだ120万ゴールドだぞ!」
「やっぱり常識を大事にしてると稼げないんだね!」
「お前なぁ!!!」
悪気のないサリアの発言に、ラウゴは怒りを抑えるのに必死だ。
さすがに一言入れておくか。
「知識としての常識は大事だから、無知を美化するなよ」
「うん!」
知らないのと囚われるのは全く違う。
そこを履き違えてはいけない。
「エルネスト、お前はその小娘の発言そのものを注意しろよ!」
「ラウゴ、そんなに常識教育が大事だって主張するなら、その利点を企画書に書いてくれ」
俺は何も書かれていない一枚の紙をラウゴに差し出す。
「何でだよ?」
「自分の主張を押し通すなら、その利点を納得いくように説明すべきだ。常識のあるお前なら、相互利益を大事にできるはずだろ?」
「お前もお前だな……」
常識的な判断を第一とするラウゴと話していて気づいたことがある。
社会との調和よりも、自身の主張や利益を優先する俺とサリアは案外似た者同士だったのかもしれないと。




