第15話:エンチャント事業と企画書
「エンチャントって簡単なんだね」
「初心者向けの装備だからな」
エンチャント作業の練習を着々とこなすサリアは、その工程を簡単だと言い切った。
その認識の甘さに危うさを覚えるが、作業自体は順調そのものだ。
サリアが全ての作業を終えてから数時間後、マアティスの使いの者が俺たちのもとへやってきた。
「マアティスさんの指示で来たんですが、作業状況はどうでしょうか?」
「とっくに全部終わってる」
「早いですね。それじゃあ、全部持って行きますね」
「ああ、頼む」
使いの者はエンチャントの済んだ装備を回収すると、すぐに帰っていった。
今回発注した練習用の武器10種へのエンチャントは全て成功したが、利益は1ゴールドも出ていないどころか赤字だ。
なぜなら今回の企画はサリアに練習させることが目的で、利益を出すためではないのだ。
そのため、今回の赤字分は全て俺が負担していた。
「エルネストさーん、もっと難しいのでやってみたい」
「いいだろう」
サクサクとエンチャントをこなしている今のサリアなら、二段階くらい飛ばしてもいいだろう。
俺はサリアの作業状況を見ても、習熟度が分かるわけではない。
けれども大丈夫だと俺の勘が告げていた。
エンチャントは通常の調合と比べて、明らかに作業時間が短い。
そのことを踏まえると、時間あたりの収益性は意外と良いのかもしれない。
エンチャント事業を始めてから2週間。
最初の試作こそ赤字だったが、本稼働してからの資産は順調に増えていった。
ここ2週間で得た収益の3割をエンチャント事業が占めるほどになっていた。
サリアの仕事ぶりは安定しており、エンチャント作業に失敗したのは約2%に過ぎない。
これだけ安定しているなら、もっと高価な装備で挑戦してみても悪くないだろう。
そう考えていたのだが、俺たちは想定外の問題に直面していた。
「ねぇ、エルネストさん。次の仕事はないの?」
「悪い、どういうわけか急に企画が通らなくなったんだ」
「えーっ!」
企画が悪ければ、没にされるのは当然だ。
しかし、それまで9割は採用されていた俺の企画が、3日前から一切通らなくなっていた。
その原因は果たして企画の質なのだろうか。
俺はそうとは思えなかった。
ただ原因が何であろうと、数日間はエンチャント事業は滞ってしまう。
それだけは揺るがない現実だった。
「事情の確認は、明日行う予定だ」
「わかった」
不採用判断を下した武器商人は、俺の企画に不信感を覚えたのだろうか。
翌日、俺は不安を感じながらも、仲介役であるマアティスの元へと相談に向かった。
「その件ですか。申し訳ありません」
俺が質問するなり、マアティスは深々と頭を下げる。
彼を責めたつもりはないのだが、いきなり頭を下げるとは何事だろうか。
「えーっと、どうしたんですか?」
「エンチャント済みの装備在庫が捌けないことを理由に、全て没にしていたそうです」
「……」
おい、ふざけんな!
在庫超過を理由に断るなら、企画書の受付を停止しろよ!
俺が必死に企画書を書いていた時間を返せ!
「マアティスさんは取引先の武器商人をどう評価していますか?」
俺は無能としか思えない武器商人に苛立ちを募らせながら、マアティスに問いかける。
取引先と意思疎通ができないのは論外だろう。
「商才がないわけではないんですが……」
彼は申し訳なさそうに答える。
もう彼の言いたいことは分かった。
「人間性はエルネストさんの想像通りかと……」
やっぱそうだよな。
他に取引できる武器商人がいるなら、今すぐ切り替えてくれというのが本音だ。
世間知らずでわがままなサリアと上手くやっている俺でも、マアティスの仲介なしでは取引先の武器商人と付き合っていける気がしない。
しかし、アネットから依頼を受けている件もある。
そのためエンチャント事業はしばらく停止となるが、終了するつもりはない。
企画書が通らなくなった原因を突き止めた俺は、サリアに明日以降の方針を伝えるべく早々と家へと帰ることにした。
「エルネストさーん!」
家に戻ると、サリアが何か言いたげに駆け寄ってきた。
「どうかしたのか?」
「固定タスクを減らして!」
「なんでだよ!」
「もっと色々やりたいんだもん!」
またサリアの飽き性が出たか。
固定タスクが増えているのは、安定して利益を出せる商材が増えた証だ。
彼女への負担は減るし、俺が指示する手間も減らせる合理的な対応だ。
ただ、そんな合理化された対応が飽き性なサリアとは相性が悪かった。
彼女の飽き性は好奇心でもあり、目覚ましい成長を支えている原動力でもある。
それゆえに安易な矯正をすべきではない。
「……」
サリアにも企画書を書かせてみるか。
企画が全く通らずに心を折られる者も多いと聞くが、その心配はないだろう。
企画書ごっこをしながら、学びを与えるのが目的だ。
そんな厳しいことを言うつもりはない。
「先に話しておきたいのだが、エンチャント事業が停止になった」
エンチャント事業の停止で、空き時間が作れたのだ。
固定タスクを削らずとも、企画書を書く時間は十分だ。
「えっ、なんで!」
「取引先の事情だ」
「じゃあエルネストさんは悪くないの?」
「ああ、俺が判断を誤ったわけではない」
俺はエンチャント事業停止の件を踏まえて、空白時間が生まれたことをサリアに説明する。
「だから固定タスクを削らずとも、新しいチャレンジをする時間がある」
「んー、まあいいよ」
上から目線の返答をするな!
まあ、実際は何も考えずに返答しただけだろうし、わざわざ指摘するつもりもない。
「今回やってほしいのは企画書の練習だ」
「企画書?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
奥の部屋に書きかけの企画書があったはずだ。
サンプルとして見せるのにちょうどいいだろう。
俺は机の上に置かれた一枚の企画書に目を通す。
うん、この企画書でいいだろう。
まだ二枚あったはずだが、サンプルとして見せるのは一枚で十分だ。
「これは俺がエンチャント事業の商品企画で書いたものだ」
俺はサリアに企画書を見せる。
「こうやって利益が期待できる企画を文章化して相手に伝えるんだ」
「んー?」
サリアは企画書に視線を落としており、俺の言葉が耳に入っている様子はない。
「おーい」
俺はサリアの肩を叩き、話も同時に聞くよう求めた。
「先に全部読みたい」
「わかった」
読みながら聞くことはできないのか。
どうやらマルチタスクは苦手なようだ。
「うーん……」
「どうした?」
企画書を読んでいたサリアが、どこかに違和感を持ったようだ。
読めない文字でもあったのだろうか?
「トライデントって何?」
「槍の商品名だが?」
「絵がないと何のことか分からないよ!」
良い着眼点だ。
企画書は読ませるべき相手に伝わらなければならない。
「本来この企画書は武器屋の店主に見せるものだったんだ。だからトライデントと書いてあれば十分伝わる」
「そうなんだ」
サリアと取引する目的で書いた企画書だったら、トライデントは槍であるという情報も必要だ。
だから彼女の指摘は的外れではない。
「ただ、相手に伝わるように書くべきっていう指摘自体は至極真っ当だ。自分で書くときもそのことを意識してくれ」
「うん。でもどうやって書くの?」
「それは今から説明する」
「分かった」
何をどんな方法で作るのか。
誰がどういった理由で買うのか。
既存製品、サービスと差別化できる独自性はどこか。
俺はそれらを文章化する必要があることを伝えた。
「あとは「これは売れる!」と相手に思わせる文章を添えるんだ」
「分かった!早速書いてみていい?」
「ああ、好きに書いてみろ」
俺はしばらく使う機会がないであろう、エンチャント事業で使う予定だった用紙をサリアに手渡す。
すると、サリアはすらすらとペンを動かす。
彼女のことだから、また絵で表現しているのだろうか。
俺は彼女が企画書を書いている間、在庫の確認作業をすることにした。
だが、確認作業を始めると、すぐにサリアは声を上げる。
「書けたよー!」
まだ5分も経ってないぞ!
あまりにも早すぎる。
書き慣れている俺だって、20分はかかるんだ。
どんだけ適当な企画書を書いたんだ。
俺はサリアの企画書に目を通す。
「お前なぁ……」
自分で魔物を狩れば素材費用は無料。
さらにその素材を使って自分で生産すれば無料。
かかる時間のコストを、完全にゼロと見積もっていた。
さらにルーナに手伝ってもらえば無料といった記述まであり、サリアは人件費の概念が完全に抜け落ちていた。
まさか需要や相場が分からない以前の問題だったとは……




