第12話:抜け目がない新たな取引先
魔導具連合会の方針に従うことになった俺は、サリアに新レシピの開発を求めていた。
クアドラプルスレッドに匹敵する利益率の商材を展開するためだ。
そのため、市販のレシピ書は全て買い揃えた。
これらのレシピ書に利益率の良い商材は載っていないが、新商品の開発に必要な基礎を学ぶために必要と判断したからだ。
「これは作れないかも?」
「ああ、釜のサイズの問題か」
「うん」
「そういうのは飛ばしてもらって構わない」
「分かったー」
大型サイズの商品は市販のレシピ書に載っているものでさえ、比較的利幅が大きい。
その点では魅力的だ。
しかし、クアドラプルスレッドのように一度に複数生産することはできない。
さらに製作時間も非常にかかり、労力の消費も激しい。
「そもそも30cm以上の大型製品は全部作らなくていい」
「どうして?」
サリアは首を傾げる。
「成形作業は錬金術と相性が悪いからだ」
「んー?」
「要はレシピそのものが非効率だからだ」
錬金術は素材同士を混ぜ合わせることに長けているが、素材の形を加工する作業はあまり向いていない。
鍛冶師や裁縫職人の仕事がなくならない一番の理由はそこにある。
錬金術で作る大型製品は、単純な素材の加工にかかる作業時間が非常に長い。
特に雛型作りは他の方法で加工したほうがよっぽど早い。
さらに大型製品は俺が市場へ持ち運ぶ手間もかかる。
ただでさえ俺は非力なのだ。
下手すれば商品を市場に運ぶためだけに、毎日ルーナの手を借りることになるかもしれない。
「他に気になることはあるか?」
「大丈夫!」
「ならば良し」
俺はサリアに今日の指示内容を伝えると、いつものように露店営業へと向かった。
今日の営業は昼前に切り上げた。
午後から連合会の会議に出席するためだ。
そしてその時間が近づくと、俺は連合会のアキナイ支部へと向かった。
会議室にはすでに何人もの同業者が集まっており、見覚えのある顔ぶればかりだった。
いずれも錬金術製品を販売している店主たちだ。
彼らの店によく訪れていたことから、俺の顔を覚えている者もいた。
「お前も連合会の一員として、商品を取り扱うことになったのか」
「ええ、そうですね」
俺は軽く返事をした。
会議室に集まった商人たちは、世間話に花を咲かせていた。
連合会に搾取されているという悲観的な様子はない。
むしろ恩恵を受けているといった態度だ。
彼らの様子からして、連合会の実態は俺の想像と違っていたのかもしれない。
「これより魔導具連合会の会議を行う」
所定の時間になると、会議が始まった。
会議の進行を務めるのはカタインだった。
どう考えても警備員のする仕事ではない。
彼はおそらく連合会の創設者に雇われた元冒険者だ。
だから多岐にわたる役割を一人でこなしていながら、きちんとした肩書きがないのだろう。
会議の内容は素材の相場変動と、指定商品の最低販売価格の再確認だ。
今回は特に最低販売価格を変更することはないらしい。
「では、いつもの通り発注書の記入をしてもらいたい」
「ん?」
俺は唐突に発注書の話を出されたことに困惑する。
何を発注するというのか。
周囲の商人たちは次々発注書に記入していく。
そして、発注書は俺にも配られた。
俺は発注書に目を通す。
これは仕入れたい錬金術製品を記入しろということらしい。
つまり受注者──すなわち連合会の創設者は大物の錬金術師だ。
そしてここにいる商人たちは、その錬金術師にあやかって商売していることになる。
道理で彼らが連合会に感謝しているわけだ。
俺は特に記入する必要もないのだが、何か書いておくべきだろうか。
そんなことを考えていると、カタインが俺に声をかけてきた。
「仕入れの必要がなければ、白紙のままで構わない」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
カタインは俺の疑問を察して答えてくれた。
それでも俺はあえて2品ほど発注することにした。
新たに開発したい商材のサンプルとしてだ。
何より全く発注しないことは避けたかった。
俺は錬金術師であるサリアと個人的に接点を持っていることを、周囲の商人たちに悟られたくなかった。
発注書の回収が終わると、それから20分ほどで会議は終わった。
ほとんど一方的に伝えられただけで、会議と呼べたものではない。
発注書の記入以外は単なる全体報告だ。
だが、そのおかげで無駄な時間を使わされることもなかった。
単なる報告会だったことは、むしろ評価すべきことだろう。
「新入りのお兄さん、ちょっといいかな?」
「どうした?」
会議の参加者が続々と帰宅する中、優しそうな風貌の商人が俺に声を掛けてきた。
のんびりとした口調で話す男だが、雰囲気で油断してはならない。
彼は中央市場で店舗を構える金色商店の店主だ。
「君は以前私の店で連れの子とクアドラプルスレッドを観察していた姿を見かけてね」
「よく覚えてますね」
あのときは特に目立つやりとりはしていなかったはずだ。
それなのに覚えられていたのは、サリアの格好が目立つからだろうか。
「あの仕草は錬金術師特有のものだからね」
「!?」
さすがは中央市場で店舗を開いている商人だ。
観察眼が鋭い。
「えーっと、つまり俺との取引が目的ですか?」
「その通りだ。話が早くて助かるよ」
連合会は指定された商材の販売上限を定めており、個人取引であってもこの制限が適用される。
そのため、彼に直売しても販売数の上限は増やせない。
ただでさえお抱えの錬金術師がいる俺は、連合会にとって都合が悪いはずだ。
だからこそ、危うい選択を取りたくない。
「俺たちが秘密裏に指定の商材を取引するのは、連合会への背信行為になりますよ?」
俺は連合会の秩序に則る姿勢を見せることにした。
秘密裏の取引を持ち掛けるふりをして、罠に嵌めようとしている可能性もあるからだ。
「その心配はいらないよ。私が仕入れたいのは指定外の商材なのでね」
「なるほど、それならば安心ですね」
まさか、連合会が指定しない商材を求めてくるとは……
錬金術師と提携している俺と個人的なコネを作りながらも、連合会を敵にしない立ち回りをするこの男はやはり賢い。
「互いに利のある取引ができそうなときは、ぜひともよろしくお願いします」
「うむ。こちらこそ頼むよ」
俺たちは名刺交換を行うと、互いに別れの挨拶を済ませた。
家に帰る途中、俺は彼から受け取った名刺を確認する。
どうやら彼はマアティスという名前らしい。
「うわわっ!」
突如すごい勢いで俺の横を誰かが走り去った。
その勢いにも劣らない力で名刺が引っ張られ、そのまま奪われてしまった。
ひったくりだ。
まさか名刺を盗まれることになるとは……
「へっへーん!ばーか!」
俺を挑発するひったくり犯の少年は、すでに5mほど先にいる。
俺の脚力では追いかけても無駄だろう。
でも何で名刺を盗んだ?
俺は少し戸惑ったが、結論はすぐに出た。
こいつ、名刺を紙幣と勘違いしたな。
「バカはお前だろ。名刺を盗んだところで1ゴールドにもならないぞ!」
「えっ、名刺って何だ?」
名刺も知らないんだな。
それならば教えてやろう。
社会の厳しさも一緒にな!
「あそこのおじさんが詳しく教えてくれるぞ!」
「おぅ、サンキュー!」
少年は俺の言葉を何も疑わずに駆けていく。
そのおじさんが犯罪者を取り締まる役人とも知らずに……




