第11話:立ち塞がる魔導具連合会
ありえない稼ぎだ。
錬金釜を使うようになってクアドラプルスレッドを10個同時に作れるようになったサリアは、単純に10倍の利益を生み出すようになっていた。
時給換算で1600ゴールドだったのが、1万6000ゴールドだ。
日給換算で約11万ゴールド、俺とサリアで半分に分けても5万5000ゴールドだ。
この調子で稼ぎ続けられれば、たった100日前後で中央市場に店舗を構えられる計算になる。
毎日10万ゴールド以上稼いでいる商人は、そこら辺にごろごろいる。
それでも俺がこの状況をありえないと断じるのは、その収入手段がクアドラプルスレッドを量産しているだけだからだ。
どうしてもっと供給されないのか。
俺はその答えをすぐに知ることになった。
「あなたは先程までクアドラプルスレッドを販売していた方ですね?」
「ああ」
露店を畳んで家に帰る最中、重そうな鎧を身に着けた大男が俺に声をかけてきた。
物腰は丁寧だが、その佇まいからはただならぬ威圧感があった。
おそらくかなりの実力者だ。
「私は魔導具連合会の警備を務めるカタインという者です。以後お見知りおきを」
「魔導具連合会の方が、俺に何の用があるんですか?」
「連合会の規定を明らかに逸脱したあなたへの警告です」
なるほど、これが異常なまでの収益を得られたカラクリの正体か。
連合会が何らかの圧力をかけて、競合相手を市場から排斥していたのだ。
魔導具連合会は主に錬金術製品の価格協定や生産上限の取り決めをする役割を担っている。
つまり表向きは真っ当な組織だ。
だからこそ俺は怖かった。
利益を独占するために、互助組織の体裁を保ちながら暗躍しているのだ。
適当なチンピラを雇って、雑な暴力に訴える小物とは明らかに違う。
連合会の創設者は、かなりのやり手に違いない。
「そもそも俺はその連合会に所属してないのだが……」
「では所属してください」
「一応確認しておきますが、所属しない場合はどうなりますか?」
「あなたが不利益を被るだけです」
カタインは具体的に何をどうするとまでは言わなかった。
しかし、どうなるかは容易に想像できた。
「分かった」
俺は不服だったが、連合会に所属する決断をした。
断ればこの身に危険が及ぶと考えたからだ。
中央市場、もといアキナイ領は決して無法地帯ではないが、対応には限界がある。
表向きは真っ当な組織でいる連合会は取り締まりにくいだろう。
だから自衛するしかないのだ。
「それではこちらへどうぞ」
俺はカタインに連れられて、魔導具連合会アキナイ支部を訪れる。
丸みのある真っ白な外観の建物は、内部も真っ白だった。
事務的な作業をこなすためだけにあるかのようなこの無機質な空間は、賑やかで活気のある中央市場とは対極の冷たさを感じさせた。
この場には人もほとんどいない。
今いるのは俺とカタイン、他は2人の受付嬢がいるだけだ。
視界の外にまだ誰かいたとしても、片手で数えられる人数だろう。
「受付で手続きを済ませてください」
「分かった」
カタインはそう言うと、すぐに建物の外へ出ていった。
俺は彼の指示通り、受付へと進む。
「手続きに来たのですが……」
「こちらの書類を記入してください」
慣れた様子の受付嬢は、戸惑う俺にすぐさま書類を手渡した。
俺は指示に従って書類を記入する。
書類には連合会の設立目的、規定が記されていた。
設立目的は表向きに掲げられた理念がそのまま書かれていた。
特にめぼしい情報はない。
注目すべきは指定された錬金術製品の取り扱いについてだ。
例えばクアドラプルスレッドは一日の販売上限は1000g──数にして10個、最低販売価格は5000ゴールドと定められている。
重さで定められているため、一個あたりのサイズを大きくして販売するといった抜け道は存在しない。
事細かに定められた市場管理規定には、俺も思わず感心してしまうほどだ。
「質問はありますか?」
「ああ、販売場所を変えた場合はどうなる?」
「領土を跨ぐ場合は、その領土ごとに上限まで販売することが可能です」
「なるほど」
考えようによっては、他領への出店も視野に入れる必要ありか。
……とはいえ、中央市場から他領へ出向くとなれば丸1日以上かかってしまう。
そのため、他領へ進出するならば誰かを雇うのが大前提だ。
なお、連合会の影響が及ばない領土ならば、制限は一切かからないらしい。
「この一覧に載っているもの以外は、特にルールが定められてないと判断して構いませんか?」
「はい。今後追加されることはありますが、そのときは書類と共に通知致します」
連合会が取引ルールを定めている指定商材は全部で25品だ。
全商材の相場状況を把握しているわけではないが、大体は原価に対して利幅が大きいものばかりだ。
連合会が供給と相場をコントロールしてきたのがよく分かる一覧だ。
「その書類はどのように渡されますか?」
「概ねひと月ごとに開催される連合会の会議に出席してください」
「出席しなかった場合は?」
「後日こちらへ改訂事項の確認に来てください」
「なるほど」
連合会の会議は強制参加でないものの、出席することを推奨された。
不利益を被らないためだ。
連合会に所属する同業者の人物像を把握しておくためにも、参加しない選択肢はない。
「この組織の創設者が誰かを伺っても構いませんか?」
「それは私たちも把握しておりません。ですが、カタインさんなら知っているかもしれません」
「そうか」
受付嬢が知らないのならば、あまり露骨に詮索しないほうが身のためだろう。
従わない部外者をなんらかの手段で潰しているのだ。
正体を探られたくないのだろう。
「質問は以上でよろしいでしょうか?」
「ああ、何かあったらまた質問させてもらいます」
窓口が開いている時間は短いようだが、時間帯が分かれば特に困ることはない。
必要な情報のやり取りを終えた俺は、魔導具連合会アキナイ支部を後にした。
夜の冷たい風が吹く中、俺は自省の念に駆られていた。
悪目立ちすれば、厄介事を引き寄せる。
俺はサリアにいつもそう言っていた。
そんな俺が悪目立ちした結果、この有り様とは笑えてくる。
「ただいま」
「おかえりー」
家に帰宅すると、サリアはクアドラプルスレッドを大量生産していた。
せっかく大量生産に慣れたのに、俺の判断ミスで予定の変更を求めるのは正直心苦しい。
それでも伝えなければならないことだ。
「サリア、明日からの予定を変更する」
「え、いいの?」
「……何で嬉しそうなんだ?」
「だってずっと同じもの作るのって飽きちゃうんだもん!」
本格的な量産体制を整えてから、まだ3日しか経ってないだろ!
もしかして俺は連合会に目を付けられずとも、生産計画を見直すことになったのだろうか。




