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めざせ、ライオン岬

周りに誰もいなくなってしまうと、ヤスノリはミツアキとライオン岬まで自転車で遠乗りをする約束をした。

ライオン岬は黒潮洗う南にあるこの島のさらに南の果てにあり、水平線の向こうまで果てしなく広がる紺碧の太平洋に細長く突き出していた。横からの眺めが、まるでライオンが寝そ

べっているように見えるところからこう呼ばれていたのだった。

この岬の周辺の海へは網を入れることも船で近づくことも昔から禁じられてきた。岬の先端は行者の頭にあたるから、とか、月の女神が今でも岬の海に自分の姿を映して行者をしのんでいるから、とか、その「禁」についての理由はいろいろと言われていたが、島に伝わる歌で、今では歌詞だけが「呪文」と呼ばれて伝わっていることからも歴史がうかがえた。


 はばかりや はばかりや

 お月さん いつも桜色

 行者様をしのんでか


 島の少年たちは遊びなどを始める前に、よくこの「呪文」を唱えた。


 ヤスノリは島の小さな村で暮らしていて、家は農家で、父と母の三人暮らしだった。ミツアキの父は島の駐在で、両親の他に二人の弟、ヒロシとマサルがいて、ミツアキの母ミチとヤスノリの父ユーイチは姉弟の間柄だった。

卒業記念に岬までの遠乗りをする、というのは、ヤスノリの一方的な思いつきだったが、ミツアキは二つ返事でオーケーしてくれた。密かに思いを寄せていたハナがこの春からいなく

なってしまうやるせなさを持て余していたのはミツアキも同じだったのだろう。この計画は二人の少年の胸に火を点けた。


 少年たちが行こうとしているライオン岬の頭にあたる高台には、昔、本土からやって来たえらい行者が修行したという洞窟があったが、島の子供たちの中でその洞窟に入った者はまだ誰もいなかった。

そこは「行者の岩屋」と呼ばれていた。岬の高台にはまわりを天狐森に囲まれた古ぼけた天狐森神社があり、神社の本殿横の小屋の中には「行者の岩屋」へ続く秘密の階段がある、とささやかれていた。

 遠い昔の八月の満月の夜。本土から来た行者の後を追うようにして天の使いの狐が島にたどり着いた。狐は洞窟で修業中の行者を陰ながら見守り、島の子供たちと遊んだりした、と伝えられており、後にその狐を祀ってできたのがこの天狐森神社だった。

代々この神社には神主がいたが、一番最後の神主が今は亡きヤスノリの祖父セイチと幼なじみで、子供のなかった神主が亡くなって以来ここは無人の神社となっていた。

神主は亡くなる前に後の安全を考えて、それまで自由に出入りできた本殿横の「行者の岩屋」の入口を小屋を建ててふさぎ、小屋の戸には鍵を掛けてしまった、と伝えられていた。

神主が元気だったころには行者をしのんで岩屋を訪れる人もいたようだが、今は蜘蛛の巣の張った本殿と壊れかけた小屋だけが残っている。

 

 いったいあの小屋の中は? 「行者の岩屋」は今、どうなっているんだろうな……。

 ヤスノリは一年生だった時、その頃まだ行われていた卒業生を送るお別れ遠足で、一度だけ天狐森神社まで来たことがある。その遠足の時、誰かが小屋の引戸に手を掛けようとしてすぐに担任だった市原先生が止めに入ったことだけは覚えている。そういうことがあったせいか、以来ライオン岬はお別れ遠足の行き先から外されてしまった。

 神主が亡くなり天狐森神社が無人の神社となってからは、大人ですら近づくことのなく

なったライオン岬へは子供だけで行くことは禁止となっていたが、ヤスノリたちにとって今回のこの岬への遠乗りには学校が定めた「禁」からの卒業、という意味も込められていた。


遠乗りの約束をした時、ヤスノリは昔の遠足の記憶、誰かが小屋の戸を開けようとして先生に止められたことをミツアキに話した。

話を聞くとミツアキは思い出したように言った。

「ああ、たしかそんなことがあったな」

「それでさ、今、気がついたんだけど、あの小屋の戸って、実は開くんじゃないのかな。あの時、戸に手を掛けようとした奴も直感で開きそうだと思ったからそうしたんじゃないのかな?」

 それを聞くと、ミツアキは白い歯をこぼれさせて、

「そうだ、きっとそうにちがいない。あの小屋はもう、ずいぶんと古いし、入口の戸だって何かの拍子で開くようになったんだ。もし鍵が掛かっていたとしても、あの戸は壊れかけていたから無理にでもこじ開ければなんとかなるさ」

と言い、ボールを打つ時の打者のようにバットを振る真似をしてみせた。

 ヤスノリたちは自分たちの直感力には自信があったが、それはゲームやインターネットと

いった文明の利器とはおよそ無縁なこの島での暮らしによって培われたものだった。

「だけど問題は中に入ってからのことだよな」

「真っ暗だろ? 懐中電灯がいると思うぜ」

「いや、ロウソクの方がいい。ほら、いつか理科の時間に先生が言ってたよね。洞窟の中は自然にガスなんかが噴き出している場合があるから、中にちゃんと酸素があるのか確かめるには、ロウソクやたいまつを持って入る方がいいって。もしも酸素がなかったら火が消えてしまうから危険に気づける、って」

「でも、昔、入口がふさがれる前は行者をしのんで岩屋の中に入る人もいた、って聞いたぜ。だったら中は大丈夫のはずだろ?」

「何十年も前の話じゃないか。今は中の空気はどうなっているのかはわからないよ。それにロウソクの方がやっぱり洞窟探検、って感じが出ていいと思うけどな」

 と、ヤスノリが言うと、

「わかった。その時までに、ロウソクを上手く立てるものを考えておくよ」

 手先が器用なミツアキは身を乗り出すようにして言った。

「ああ、たのむな。必要な材料ならうちにあるからさ。ところでこの計画は僕らだけの秘密だ。父さんたちには言わないでおこう。もし知ったら止めるに決まってるから」

「そうだな……。で、遠乗りのことなんだけど、うちの弟も連れて行くけど、いいかな?  あいつらには口外しないように釘を刺しておくからさ」

 ヤスノリはミツアキの二人の弟、四年生のヒロシと二年生のマサルを思い出した。どっちも明るくて元気いっぱいのやつらだった。

「ああ。で、遠乗りの決行はいつにする?」

「もちろん今月の終わりの三十一日だ。次の四月一日からは春休み中であっても俺たち中学生の扱いで本土への連絡船もしっかり大人料金取られるんだぜ」

「えーっ、そんなのありかよ」

 ヤスノリは初めて聞くその事実に納得がいかないと思いながら聞くのだった。

「まだ中学校に入ってもいないのに……。四月一日から? それってエイプリルフール

なんじゃないの?」

 ヤスノリは冗談交じりに言ってミツアキを見た。

「いや、本当にそうなんだってさ」

 ミツアキはまじめな顔で答える。

「ああ、それでか。それでお前は小学生最後の一日を遠乗りで飾ろう、ってことにしたいのか」 

「そういうことだ」

「だったらさ、お前たち、その日の夜はもう、うちで泊まっちゃえよ。そんなの父さんに言えば一発でオーケーだからさ」

「いいな、それ。俺も母さんに頼んでみる。家を空けられるように……。ただし洞窟探険のことは悟られないようにしなきゃな」

 ああ、そうだな、とヤスノリはうなずく。

「ミチおばさんなら、きっとオーケーしてくれるさ。それにお前の父さんだって……」

 ミツアキの両親は、子供は自立心を身につけるべし、という考え方の持ち主だった。そのことをよく知っていたヤスノリとミツアキは顔を見合わせて笑った。




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