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第八話 魔法使いの帰る場所

リーネ湖畔都市を出る朝。


「……本当に行くの?」


 宿の前で、ルナが荷物を抱えながら聞いた。


「うん」


 俺は頷く。


「昨日まであんなに湖で遊びたがってたのに」


「遊んだからいいんです」


 ミレイアが答える。


「それに、次の街にも面白いものがあるかもしれません」


「切り替え早いな」


「旅はそういうものです」


 ミレイアは笑った。


 俺たちは今日、この街を出る。


 目的地はまだ決まっていない。


 とりあえず西へ向かう。


 大きな街があるらしいから、そこを目指すつもりだった。


 旅なんて。


 最初はもっと大変なものだと思っていた。


 野宿。


 魔物。


 盗賊。


 危険な道。


 そういうものばかりだと思っていたのだが。


 実際には。


「レオン、これ持って」


「何?」


「果物」


「……なんで俺?」


「私の荷物が重いから」


「昨日自分で買ったやつだろ」


「お願いします」


「はいはい」


 こんなものだった。


 荷物を持ったり。


 飯を食ったり。


 街を見たり。


 たまに魔物を倒したり。


 平和で。


 悪くない。


「レオンさん」


「ん?」


「西へ向かうなら、一つ寄り道してもいいですか?」


「どこ?」


「私の故郷です」


「……」


 俺はミレイアを見る。


「故郷?」


「はい」


 ミレイアは頷いた。


「この街から、馬車で半日くらいの場所にあります」


「じゃあ、そこに寄ってから行こう」


「本当に?」


「別に急ぐ旅でもないし」


「ありがとうございます」


 ミレイアが嬉しそうに笑う。


「久しぶりに家族に会える?」


「……」


 その瞬間。


 ミレイアの笑顔が。


 ほんの少しだけ曇った。


「……そうですね」


「?」


「会えると思います」


 その言い方が。


 少しだけ引っかかった。


 * * *


 街を出て。


 しばらく歩く。


 湖が見えなくなり。


 代わりに広い草原が続いていた。


「いい天気だな」


「そうですね」


 ミレイアが隣を歩く。


 杖を背負って。


 髪を風になびかせている。


「故郷ってどんなところ?」


「小さな村です」


「魔法使いの村?」


「普通の村ですよ」


「ミレイアの家族も魔法使い?」


「……父が」


「へえ」


「母は普通の人です」


「じゃあ、ミレイアだけ?」


「いえ」


 ミレイアが少し考える。


「兄も魔法を使います」


「兄貴がいるのか」


「はい」


「仲いい?」


「……」


 また。


 ミレイアが黙った。


「昔は」


「昔は?」


「仲が良かったです」


 それだけだった。


 ルナが少し前を歩いている。


 俺は声を落とした。


「何かあった?」


「……」


「話したくないならいいけど」


「いえ」


 ミレイアはしばらく黙ってから。


「兄は、私のことを嫌っているんです」


「……」


「嫌っているというより」


 ミレイアは苦笑する。


「許してくれていない、という方が正しいかもしれません」


「何を?」


「それは……」


 ミレイアは空を見る。


「村に着いたら分かります」


「そっか」


「はい」


 それ以上。


 俺は聞かなかった。


 * * *


 昼を少し過ぎた頃。


「止まって」


 ルナが言った。


「どうした?」


「前」


 道の先。


 木々の間から。


 何かが見えた。


 倒れた馬車。


 その周囲に。


 数匹の魔物。


「ゴブリン?」


「たぶん」


 ミレイアが杖を構える。


「数は八」


「じゃあ俺が行く」


「一人で?」


「うん」


 俺は剣を抜いた。


 別に剣が得意なわけじゃない。


 でも。


 反射の能力があれば。


 近接戦闘でもある程度は戦える。


「気をつけて」


「分かってる」


 俺は走った。


 ゴブリンがこちらに気づく。


「ギャッ!」


 棍棒を振り上げてくる。


 俺は横へ避ける。


 棍棒が地面を叩く。


 その瞬間。


 俺は剣で棍棒を弾いた。


 反射。


 金属と木がぶつかる。


 棍棒が跳ね返る。


 その勢いを利用して。


 ゴブリンの手から武器が飛んだ。


「よし」


 次。


 後ろから別のゴブリンが飛びかかってくる。


「レオン!」


 ミレイアの声。


 俺は振り向かない。


 背後から迫る棍棒。


 俺は反射を意識する。


「反射」


 棍棒が俺の背中に触れる直前。


 方向が変わった。


 ゴブリン自身の腕が。


 あり得ない方向へ弾かれる。


「ギャッ!?」


 俺はその隙に距離を取った。


 なるほど。


 直接攻撃を反射するだけじゃない。


 攻撃の「向き」を変えることもできる。


 俺が能力を使うたび。


 少しずつ分かることが増えている。


 残りのゴブリンは。


 ミレイアの風魔法で吹き飛ばされた。


「終わりましたね」


「うん」


 ルナが倒れた馬車へ近づく。


「人がいる」


「怪我は?」


「大丈夫」


 馬車の中には。


 村へ向かう途中だったらしい商人が二人いた。


「助かった」


「いえ」


 話を聞くと。


 この先の村まで行く予定だったらしい。


「どこの村ですか?」


 ミレイアが聞いた。


「アルネ村だ」


 ミレイアが。


 固まった。


「……」


「どうした?」


「私の故郷です」


「え?」


 商人がミレイアを見る。


「……お嬢ちゃん、アルネ村の出身か?」


「はい」


「そうか」


 商人は笑った。


「なら、村長に伝えてくれ。今日中には帰れそうだってな」


「村長……」


 ミレイアが小さく呟いた。


 * * *


 夕方。


 アルネ村が見えてきた。


 小さな村だった。


 畑。


 家。


 井戸。


 木造の建物。


 村の中央には小さな広場がある。


「……」


 ミレイアが立ち止まった。


「久しぶり?」


「はい」


「何年ぶり?」


「三年くらいです」


「そんなに?」


「学院にいたので」


「そっか」


 ミレイアは深呼吸した。


「行きましょう」


 村へ入る。


 すると。


「……ミレイア?」


 一人の女性が振り返った。


 四十代くらい。


 ミレイアによく似ている。


「お母さん」


「……!」


 女性が駆け寄ってくる。


「ミレイア!」


「お久しぶりです」


「久しぶりじゃないでしょう!」


 女性はミレイアを抱きしめた。


「もう……!」


「お母さん、苦しいです」


「知らないわよ!」


 泣きながら。


 何度もミレイアの背中を叩いている。


 俺は少し離れて見ていた。


 ルナも。


 なんとなく黙っている。


「この人たちは?」


 母親が俺たちを見る。


「旅の仲間です」


「……」


 母親が俺を見る。


「あなたが?」


「レオンです」


「ミレイアと一緒に?」


「はい」


 すると。


 母親の表情が。


 少しだけ変わった。


「……そう」


「?」


「よろしくお願いしますね」


「こちらこそ」


 俺が頭を下げる。


 母親はミレイアを見る。


「それで」


「はい?」


「兄さんには会った?」


「……まだ」


「そう」


 母親が少しだけ困った顔をした。


「今日は家にいると思うわ」


「……」


 ミレイアの顔が。


 再び固くなる。


 * * *


 家へ案内される。


 村の中でも少し大きな家だった。


「お邪魔します」


「どうぞ」


 中へ入る。


 暖かい空気。


 料理の匂い。


 どこか懐かしい。


 俺には。


 懐かしいはずがないのに。


 なぜか。


 妙に落ち着いた。


「座っていてください」


 ミレイアの母親が料理を用意してくれる。


「お兄さんは?」


「畑に出てると思う」


「……」


 ミレイアが俯く。


「ミレイア」


「はい」


「大丈夫?」


「大丈夫です」


 笑っている。


 でも。


 無理をしているのは分かった。


 やがて。


 玄関の扉が開いた。


「ただいま」


 低い男の声。


 足音が近づく。


 そして。


「……」


 一人の男が入ってきた。


 二十代後半くらい。


 ミレイアより少し年上。


 茶色の髪。


 背が高い。


 体つきもしっかりしている。


 魔法使いというより。


 戦士に見える。


 男は。


 俺たちを見る。


 そして。


 ミレイアを見る。


「……帰ってきたのか」


「兄さん」


 それだけ。


 男は。


「そうか」


 と言った。


 感情がない。


「久しぶり」


「三年ぶりだな」


「うん」


「……」


 沈黙。


 俺は。


 いたたまれなくなった。


「レオンです」


 俺が自己紹介すると。


 男は俺を見る。


「アレンだ」


「ミレイアの兄?」


「そうだ」


「よろしく」


「……」


 アレンは俺の目を見る。


 しばらく。


 何も言わない。


「お前が」


「?」


「ミレイアを連れているのか?」


「一緒に旅しています」


「そうか」


 アレンは。


 ミレイアを見る。


「また誰かを巻き込んでるんだな」


「……」


 ミレイアの顔から。


 笑顔が消えた。


「兄さん」


「何だ?」


「それはどういう意味?」


「そのままだ」


「……」


 空気が重くなる。


「アレン」


 母親がたしなめる。


「客の前よ」


「分かってる」


 アレンはそう言って。


 俺を見る。


「悪いな」


「いえ」


 だが。


 俺には分かった。


 この兄妹。


 ただ仲が悪いわけじゃない。


 何か。


 過去にあった。


 * * *


 夕食。


 誰も。


 あまり喋らなかった。


 母親だけが。


 何とか話題を作っている。


「レオン君はどこから来たの?」


「遠いところです」


「そう」


「今は旅をしてます」


「そうなの」


「はい」


「ミレイアとはどこで?」


「リーネ湖畔都市です」


 アレンの手が止まった。


「リーネ?」


「はい」


「魔法学院にも行ったのか?」


「今日行きました」


「……」


 アレンがミレイアを見る。


「先生に会ったか?」


「うん」


「何を話した?」


「昔のことを少し」


「そうか」


 アレンが食事を続ける。


「……」


 俺は気になった。


「何かあるんですか?」


「レオンさん」


 ミレイアが止める。


 アレンは。


「いや」


 と答えた。


「ただ、昔の話だ」


 それ以上は。


 誰も話さなかった。


 * * *


 夜。


 俺たちは客間を借りた。


「今日はここで寝てください」


 母親が言う。


「ありがとうございます」


「ミレイアも」


「はい」


 母親が去る。


 俺はベッドに座った。


「……」


 ミレイアが窓際に立っている。


「ミレイア」


「はい」


「兄さんのこと」


「……」


「聞いてもいい?」


「はい」


 ミレイアは。


 しばらく黙った。


「兄は」


 ゆっくり話し始める。


「昔、私を守ってくれていたんです」


「へえ」


「私が魔法を覚えたばかりの頃も」


 ミレイアが笑う。


「ずっと教えてくれました」


「仲良かったんだな」


「はい」


「じゃあ何で?」


「……三年前」


 ミレイアの声が。


 少し震えた。


「私が村を出ることになったときです」


「学院へ?」


「はい」


「兄は反対した?」


「違います」


 ミレイアは首を振る。


「兄は、最初は応援してくれました」


「じゃあ」


「私が」


 ミレイアが。


 拳を握った。


「魔法の実験で失敗したんです」


「……」


「村の近くで」


「何を?」


「禁じられていた魔法です」


「禁じられてた?」


「はい」


 ミレイアは俯く。


「古い魔法でした」


「それで?」


「……事故が起きました」


 ミレイアは。


 それ以上言わなかった。


「誰かが怪我した?」


「……」


「ミレイア」


「兄です」


「……」


 俺は黙った。


「兄は」


 ミレイアが続ける。


「私を庇って」


「……」


「右腕に大怪我をしました」


 俺はアレンを思い出す。


 しっかりした体。


 農作業をしていた。


 だが。


 よく見ると。


 右腕の動きが。


 少しだけ不自然だった。


「治らなかった?」


「魔法では治せませんでした」


「だから」


「はい」


 ミレイアが頷く。


「兄は、今でも魔法を使えません」


「……」


「私のせいです」


「それで俺たちにも……」


「はい」


 ミレイアが苦笑する。


「私がまた誰かを巻き込むんじゃないかって」


「でも」


 俺は言う。


「それだけじゃないだろ」


「え?」


「兄さん」


「……」


「たぶん怒ってるだけじゃない」


 ミレイアが俺を見る。


「心配してるんじゃないか?」


「……」


「だから旅に出たことを許せないんだと思う」


「……そうでしょうか」


「俺にはそう見える」


 ミレイアは。


 しばらく黙っていた。


 そして。


「……ありがとうございます」


「何が?」


「そう言ってくれて」


 ミレイアは小さく笑う。


「私も」


 目を伏せる。


「そうだったらいいなって」


「うん」


「ずっと思ってました」


 そのとき。


 廊下から。


 足音が聞こえた。


 ミレイアが振り返る。


 扉の向こう。


「……」


 アレンが立っていた。


「兄さん?」


「……」


 アレンは。


 俺を見る。


「少し話せるか」


「俺?」


「お前にだ」


「分かった」


 ミレイアが心配そうに俺を見る。


「大丈夫」


 俺は立ち上がった。


 * * *


 外へ出る。


 夜の村。


 月明かりだけが畑を照らしている。


「ミレイアから聞いた」


 俺が言う。


「……そうか」


「三年前のこと」


「そうか」


「怒ってるんですか?」


 アレンは黙った。


「ミレイアに」


「……」


「それとも」


 俺は続ける。


「自分に?」


 アレンが。


 初めて俺を見る。


「お前」


「はい」


「ミレイアから何を聞いた?」


「魔法の実験で事故があったこと」


「それだけか?」


「兄さんが怪我したことも」


 アレンは。


 しばらく黙った。


「……あいつは」


 拳を握る。


「昔からそうなんだ」


「?」


「自分が悪くなくても、自分のせいだと思い込む」


「……」


「三年前もそうだった」


「え?」


 アレンは空を見る。


「俺が怪我をした原因は、あいつだけじゃない」


「どういう意味です?」


「魔法の実験に使った場所が悪かった」


「……」


「そこには」


 アレンの声が低くなる。


「昔から魔物が寄ってくる場所があった」


「魔物?」


「魔力の流れがおかしかったんだ」


 俺は黙って聞く。


「ミレイアは知らなかった」


「じゃあ」


「俺も知らなかった」


「……」


「だから」


 アレンは右腕を見る。


「事故そのものは、誰か一人の責任じゃない」


「なのに」


「あいつは全部、自分のせいにした」


「……」


 アレンがため息をつく。


「俺が一番腹を立てているのは」


「はい」


「ミレイアが、今でも何も分かっていないことだ」


「何も?」


「三年前の事故の原因」


 アレンは。


 俺を見る。


「本当の原因を」


「……」


「俺たちは、あの事故を魔法の失敗だと思っていた」


「違う?」


「分からない」


 その言葉。


 俺は引っかかった。


「分からない?」


「ああ」


「じゃあ」


「一つだけ」


 アレンが言う。


「事故の直前」


「はい」


「村の周囲で、奇妙な現象が起きていた」


「どんな?」


「音だ」


「音?」


「ああ」


 俺の頭に。


 昨日の夜のことが蘇る。


 湖の底から聞こえた。


 あの。


 妙な音。


「どんな音です?」


「遠くから聞こえる」


 アレンは。


 耳を澄ますように顔を上げる。


「何かが何度も跳ね返っているような音だった」


「……」


 俺の背筋に。


 ぞくりとしたものが走った。


「反響みたいな?」


「そうだ」


「三年前にも?」


「三年前も」


「……」


 俺は黙った。


 反射。


 音。


 湖。


 そして。


 ミレイアの事故。


 偶然なのか。


 まだ。


 分からない。


「それから」


 アレンが続ける。


「もう一つ」


「何です?」


「事故の後」


「はい」


「村の外れにある古い祠が」


「祠?」


「壊れていた」


「何の祠です?」


「知らない」


 アレンは首を振る。


「昔から村にあるものだった」


「誰も?」


「調べた者はいない」


「……」


 俺は考える。


 もし。


 そこに何かがあるなら。


 ミレイアの事故と。


 何か関係があるのかもしれない。


 そのとき。


「ただ」


 アレンが言った。


「一つだけ」


「はい」


「あの事故の後」


 アレンが。


 俺の目を見る。


「祠の近くで、妙な魔石が見つかった」


「魔石?」


「ああ」


「どんな?」


「黒い」


「黒?」


「そして」


 アレンは少し間を置いた。


「光を当てると」


「……」


「何度も何度も光を返した」


 俺は。


 言葉を失った。


「……反射?」


「ああ」


 アレンが頷く。


「異常なほどの反射だった」


 俺は。


 自分の手を見る。


 無限化。


 反射。


 そして。


 この世界に存在する。


 何か。


 俺の能力と関係があるのか。


 それは。


 まだ分からない。


 だが。


「その魔石」


「今は?」


「……村にはない」


「どこへ?」


「分からない」


「誰かが持っていった?」


「そうだ」


 アレンが言う。


「三年前の事故の直後」


「誰が?」


「分からない」


 沈黙。


 夜風が吹く。


「レオン」


「はい」


「ミレイアを連れて旅をするなら」


 アレンは。


 真剣な顔で言った。


「一つだけ頼む」


「何です?」


「あいつを守ってやってくれ」


「……」


「魔法の才能はある」


 アレンは続ける。


「だが、あいつは自分の力を信じすぎる」


「分かります」


「だから」


「はい」


「無茶をしたら止めてくれ」


「分かりました」


 アレンは頷いた。


「それだけだ」


「……兄さん」


 背後から声。


 ミレイアだった。


「聞いてたのか」


「途中から」


 ミレイアはアレンを見る。


「兄さん」


「何だ」


「私」


「……」


「また何かあったら」


 ミレイアが。


 少しだけ笑う。


「今度はちゃんと頼ります」


 アレンは。


 何も言わなかった。


 ただ。


「……そうしろ」


 それだけ言った。


 * * *


 翌朝。


 俺たちは村を出る準備をしていた。


「レオンさん」


「ん?」


「ありがとうございました」


「何が?」


「兄と話してくれて」


「俺は何もしてないよ」


「それでもです」


 ミレイアが笑う。


「兄も」


 少しだけ。


 嬉しそうだった。


「昨日より優しかったです」


「そう?」


「はい」


「じゃあよかった」


 ルナが荷物を背負う。


「そろそろ行くよ」


「うん」


 俺たちは村を出る。


 振り返る。


 ミレイアの母親が手を振っている。


 アレンも。


 家の前に立っていた。


 ミレイアは。


 何度も振り返りながら。


 歩いていく。


「また来ます」


 そう言って。


 村を離れた。


 * * *


 街道を歩く。


 しばらく。


 三人とも無言だった。


「……」


 俺は考えていた。


 昨日聞いた話。


 三年前の事故。


 反射する黒い魔石。


 謎の祠。


 奇妙な音。


 リーネ湖で見たもの。


 そして。


 俺の能力。


 反射を無限化する。


 偶然。


 そう思うこともできる。


 だが。


「レオンさん」


「ん?」


 ミレイアが俺を見る。


「どうしました?」


「いや」


 俺は笑った。


「何でもない」


 まだ。


 話す必要はない。


 俺自身。


 何も分かっていない。


 だったら。


 今は旅を続ければいい。


 いつか。


 全部分かる日が来る。


 そんな気がする。


 その日の昼。


 街道の先に。


 一台の馬車が見えてきた。


「馬車?」


 ルナが目を細める。


「誰か乗ってる」


「商人かな」


 ミレイアが言う。


「……」


 俺は。


 何となく違和感を覚えた。


 馬車の周囲に。


 人影がない。


 なのに。


 馬だけが。


 道の真ん中で立ち尽くしている。


「止まって」


 俺は言った。


「どうした?」


「分からない」


 俺は目を凝らす。


 馬車の車輪。


 地面。


 荷台。


 そして。


 その下。


「……血?」


 赤いものが。


 地面に落ちている。


 ルナが剣に手をかける。


「近づく?」


「慎重に」


 俺たちは。


 ゆっくりと馬車へ近づいた。


 その瞬間。


 馬車の影から。


「――助けて!」


 少女の声がした。


 俺は。


 反射的に剣を抜いた。


「誰だ!」


「お願い!」


 少女が這い出てくる。


 服は破れ。


 泥だらけ。


 腕には血が滲んでいる。


 だが。


 その目だけは。


 鋭かった。


「追われてるの!」


 少女が叫ぶ。


「何に?」


 答えを聞くより先に。


 森の奥から。


 大量の足音が聞こえた。


 ザッ。


 ザッ。


 ザッ。


 そして。


 木々の隙間から。


 武器を持った男たちが現れる。


「見つけたぞ!」


「逃がすな!」


「盗賊……?」


 ルナが剣を抜く。


 ミレイアも杖を構える。


 少女が。


 俺の服を掴んだ。


「お願い」


「……」


「私を助けて」


 その声は。


 震えている。


 でも。


 ただ怯えているだけじゃない。


 何かを隠している。


 そんな目だった。


 俺は。


 彼女を見る。


「分かった」


 剣を構える。


「とりあえず」


 俺は笑った。


「話はこいつらを片付けてから聞こう」


 少女の目が。


 大きく見開かれた。


「……あなた」


「ん?」


「その剣」


「これ?」


「……変な人」


「よく言われる」


 盗賊たちが。


 一斉に走り出した。


 俺は一歩前へ出る。


「ミレイア」


「はい!」


「魔法を撃って」


「分かりました!」


「ルナは右側」


「任せて」


 そして。


 俺は正面を見る。


「来い」


 剣を握る。


 反射を。


 無限化する。


 次の瞬間。


 ミレイアの風魔法が。


 俺の横を通り抜け。


 盗賊たちへ向かっていった。


 ――ドンッ!


 盗賊が吹き飛ぶ。


 だが。


 一人だけ。


 その風を避けた男がいた。


 男が。


 俺へ向かって短剣を投げる。


 俺は。


 動かない。


 短剣が。


 俺の目の前へ。


 そして。


 ――キィン。


 反射。


 短剣が跳ね返る。


 男の足元へ。


 地面に突き刺さる。


「な……」


 男が怯む。


 俺は。


 そのまま距離を詰めた。


「終わりだ」


 剣を振る。


 男が倒れる。


 静寂。


 残った盗賊たちは。


 逃げていった。


「……終わった?」


 ルナが周囲を見る。


「たぶん」


 ミレイアが息を吐く。


「怪我はありませんか?」


「大丈夫」


 俺は少女を見る。


「で」


「……」


「今度はちゃんと話してもらおうか」


 少女は。


 少しだけ笑った。


「……分かった」


 そして。


 彼女は。


 自分の胸元に手を当てた。


「私の名前は――」


 そこで。


 言葉を止める。


「……」


 少女の瞳に。


 一瞬だけ。


 鋭い光が宿った。


「まずは」


 少女は言った。


「この街道の先にある王都へ連れていって」


「王都?」


「そう」


「何のために?」


「それは……」


 少女は俺を見る。


「あなたたちなら」


 少しだけ。


 意味深に笑う。


「話してもいいかもしれない」


 俺は。


 まだ知らない。


 この少女との出会いが。


 これから始まる旅を。


 大きく変えることになることを。


 そして。


 彼女が追われている理由が。


 ただの盗賊騒ぎではないことも。


 ――知らなかった。

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