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第六話 湖畔の街で、魔法使いと出会った

エルグランドを出て、三日目。


 俺たちは西へ向かう街道を歩いていた。


「……暑い」


「まだ朝だよ?」


 隣を歩くルナが呆れたように言う。


「朝だから暑いんだよ」


「意味分かんない」


「日が昇ってる時点で暑い」


「じゃあ夜に歩けば?」


「魔物に襲われるだろ」


「昼も襲われるときは襲われるけど」


「それはそう」


 俺は肩に背負った荷物を持ち直した。


 エルグランドを出てから三日。


 今のところ、大きな問題は起きていない。


 ガレスとはエルグランドで別れた。


 俺たちはそこから、次の街を目指している。


 目的地は、リーネ湖畔都市。


 巨大な湖を中心に発展した街で、観光地としても有名らしい。


 宿も多く、商人も集まり、冒険者も多い。


 そして何より。


「湖か……」


 俺は遠くを見る。


「泳げるかな」


「泳ぐの?」


「せっかく異世界に来たんだぞ。異世界の湖だぞ?」


「普通の湖じゃない?」


「そこにロマンがあるんだよ」


「分からない」


 ルナは小さく笑った。


「でも、楽しそうではあるね」


「だろ?」


 こうして他愛もない話をしながら歩く。


 そんな時間が。


 俺は嫌いじゃなかった。


 むしろ。


 かなり好きだった。


 前世では、こんなふうに目的地も決めず、誰かと歩きながら話すなんてことはほとんどなかった。


 学校。


 仕事。


 家。


 決められた場所を往復するだけ。


 それが今では。


 異世界を歩いている。


 隣にはルナがいる。


 そして。


 自分には。


 「反射を無限にする」という、とんでもない力がある。


 ……人生、何が起きるか分からないものだ。


「レオン」


「ん?」


「さっきからニヤニヤしてる」


「してない」


「してるよ」


「してないって」


「じゃあ、何考えてたの?」


「旅って楽しいなって」


「……」


 ルナは少しだけ黙った。


 そして。


「うん」


 小さく頷いた。


「私も」


 その言葉が。


 妙に嬉しかった。


 * * *


 昼を少し過ぎた頃。


 街道の先に、小さな集落が見えてきた。


「休憩しようか」


「賛成」


 俺たちは集落の入り口にある小さな店へ向かった。


 簡単な食事を取る。


 パン。


 干し肉。


 野菜のスープ。


 どれも素朴だが、旅の途中で食べるには十分だった。


「そういえば」


 ルナがスープを飲みながら口を開く。


「レオンの能力って、どこまで試したの?」


「まだ全然」


「炎は?」


「できた」


「剣は?」


「できた」


「魔法は?」


「反射できた」


「風は?」


「まだ」


「音は?」


「……」


 俺は少し考えた。


「神様には、できるって言われた」


「実際には?」


「試してない」


「光は?」


「それもできるって言われてる」


「熱は?」


「同じ」


「じゃあ、分かってるのは?」


「反射を無限にできるってこと」


 俺は自分の手を見る。


「それだけは間違いない」


 これは分かっている。


 俺が選んだのは。


 「反射」という概念。


 それを。


 「無限化」した。


 ただし。


 その反射が。


 具体的に何を対象にできるのか。


 どこまで成立するのか。


 俺自身にもまだ分からない。


「でも」


 ルナが言う。


「炎や剣は反射できたんだよね?」


「うん」


「じゃあ、かなり便利じゃない?」


「かなりどころか、相当便利だと思う」


「自覚あるんだ」


「あるよ」


 俺は笑う。


「自分で選んだ能力だからな」


「それもそうか」


 ルナも笑った。


 そのとき。


 外から。


 ドンッ!


 という音が響いた。


「……?」


 俺たちは顔を見合わせる。


 もう一度。


 ドォン!


 今度はさっきより大きい。


「何だ?」


 店の外へ出る。


 集落の奥から、黒い煙が上がっていた。


「火事?」


「違う」


 ルナが目を細める。


「あれ、煙じゃない」


「じゃあ?」


「魔法」


 次の瞬間。


 集落の外から。


「きゃああああっ!」


 悲鳴が響いた。


 俺たちは顔を見合わせた。


「行こう」


「うん」


 走る。


 集落の外れ。


 そこでは。


 一人の少女が。


 巨大な風の渦に追いかけられていた。


「助けてくださーい!」


「……」


 俺は立ち止まる。


「何あれ?」


「私にも分からない」


 少女が叫ぶ。


「魔法が暴走しましたー!」


「原因は!?」


「詠唱を間違えましたー!」


「どうしてそんなことであんなことになるんだよ!」


「私にも分かりませんー!」


 巨大な風が木々をなぎ倒しながら近づいてくる。


「レオン!」


 ルナが叫ぶ。


「分かってる!」


 俺は少女の前へ出た。


「こっちに来て!」


「はい!」


 少女が走ってくる。


「止められる?」


「分かりません!」


「分からないの!?」


「初めての魔法だったので!」


「初めてで使う魔法じゃないだろ!」


 俺は迫ってくる風を見る。


 風。


 直接触れることができない。


 けれど。


 それでも。


 何かに当たれば。


 風の流れは変わる。


 そして。


 俺の能力は。


 「反射」を無限にする。


「……やってみるか」


 俺は手を伸ばした。


「反射・無限化」


 風が。


 俺の手に触れる。


 次の瞬間。


 風が跳ね返った。


「……!」


 そのまま。


 別の方向へ流れていく。


 木にぶつかる。


 反射。


 地面にぶつかる。


 反射。


 別の木へ。


 反射。


 さらに。


 反射。


「……できた」


 風が止まらない。


 無限に反射し続けている。


 ただ。


 竜巻そのものを無限化したわけではない。


 風がどこかにぶつかり。


 反射する。


 その反射が。


 終わらなくなっている。


「面白い……」


 俺は思わず呟いた。


「レオン!」


「分かってる!」


 俺は能力を解除する。


 風が。


 ふっと消えた。


 静寂。


「……」


 少女が俺を見る。


「すごい」


「ん?」


「今の」


 少女は目を輝かせていた。


「風を反射しましたよね?」


「たぶん」


「たぶんじゃありません!」


「いや、俺も初めてだから」


「もう一度お願いします!」


「危ないから嫌だよ」


「お願いします!」


 少女が俺の腕を掴んだ。


「ちょっと待って」


「お願いします!」


「近い」


「そうですか?」


「ああ」


 顔が近い。


 かなり近い。


 少女は俺の顔を覗き込むようにしている。


 栗色の髪が肩から落ちる。


 少し甘い匂いがした。


「……」


「レオン?」


「いや」


「顔、赤いですよ?」


「暑いだけ」


「そうですか?」


「そう」


 ルナが隣で咳払いした。


「……二人とも」


「何?」


「近すぎない?」


 少女が俺から離れる。


「あ」


「……」


 ルナが微妙な顔をしている。


「何?」


「別に」


「何か言いたそうだけど」


「何もない」


「そう?」


「うん」


 少女は俺たちを交互に見た。


 そして。


「もしかして」


「何?」


「お二人は恋人ですか?」


「違う!」


「違う」


 俺とルナの声が重なった。


 少女が笑う。


「息ぴったりですね」


「……」


「……」


 俺とルナは顔を見合わせた。


「そういうことじゃないから」


「そうそう」


「ふふっ」


 少女は楽しそうに笑った。


 * * *


「改めまして」


 少女は俺たちの前で頭を下げた。


「ミレイア・アーデルです」


「ミレイア」


「はい。魔法使いです」


「やっぱり」


「はい」


 背中には一本の杖。


 先端には青い宝石が埋め込まれている。


「一人で旅してたの?」


「はい」


「危なくない?」


「危ないです」


「即答なんだ」


「でも、魔法がありますから」


 ミレイアは胸を張る。


「私は魔法が得意なんです」


「さっき暴走してたけど」


「……」


「詠唱間違えてたけど」


「……」


「初めて使う魔法だったけど」


「そこまで言います?」


「事実だし」


「私は優秀な魔法使いです!」


「分かった分かった」


 ミレイアは頬を膨らませた。


 だが。


 ルナが杖を見る。


「でも、本当に魔力はすごいね」


「分かりますか?」


「うん」


「魔力感知ができるんですか?」


「少しだけ」


 ミレイアは嬉しそうに笑った。


「そうなんです。私、魔力だけは人より多いんです」


「だけ?」


「……」


「そこは否定しないんだ」


「魔法は得意です!」


「はいはい」


 俺は笑った。


 こうして話していると。


 変な奴ではあるが。


 悪い人ではなさそうだった。


「どこへ行く予定だったの?」


「リーネ湖畔都市です」


「俺たちもそこへ行く」


「本当ですか?」


「うん」


 ミレイアの顔が明るくなる。


「では!」


 少し間を置いて。


「一緒に行ってもいいですか?」


 俺はルナを見る。


 ルナは肩をすくめた。


「いいんじゃない?」


「そうだな」


 俺はミレイアを見る。


「じゃあ、一緒に行こう」


「ありがとうございます!」


 ミレイアが笑った。


 こうして。


 俺たちの旅に。


 二人目の仲間が加わった。


 * * *


 午後。


 三人で街道を歩く。


「それで、レオン」


「ん?」


「もう一度、反射を見せてください」


「嫌だ」


「どうしてですか?」


「危ないから」


「今度は安全な魔法にします」


「本当に?」


「はい」


「絶対?」


「絶対です」


 ミレイアが杖を構える。


「では」


 小さな火が灯った。


「ファイア」


 小さな火球が俺へ飛んでくる。


 俺は手を出した。


「反射・無限化」


 火球が手に当たる。


 跳ね返る。


 地面へ。


 そこから空へ。


 また地面へ。


 また空へ。


 火球は消えない。


「……」


 ミレイアが固まった。


「すごい……」


「うん」


「魔法そのものが反射し続けてる」


「そうみたいだな」


「じゃあ」


 ミレイアが目を輝かせる。


「もっと大きな魔法でも――」


「駄目」


「まだ何も言ってません」


「顔に書いてある」


「……」


 ミレイアは少し考え。


「では、半分くらいの大きさで」


「大きくする前提なの?」


「研究です」


「研究なら仕方ない……」


 俺は苦笑した。


 ミレイアは本当に魔法が好きらしい。


 魔法の話をしていると。


 目が輝いている。


 それに。


 俺の能力にも興味津々だ。


「ねえ、レオン」


「ん?」


「その能力って」


「うん」


「自分の意思でオンとオフを切り替えられるんですよね?」


「そう」


「なら」


 ミレイアが少し考える。


「戦い方次第では、ものすごく強いですね」


「俺もそう思う」


「攻撃を反射するだけじゃない」


「うん」


「自分から何かを反射させることもできる」


「……」


 俺はミレイアを見る。


「どういうこと?」


「例えば」


 ミレイアが小石を拾う。


「この石を壁に投げます」


 石を投げる。


 壁に当たる。


 跳ね返る。


「普通は一回ですよね」


「うん」


「でも、反射を無限化すれば」


 石が。


 壁。


 地面。


 壁。


 地面。


 何度も跳ね返る。


「何度でも続く」


「そう」


「つまり」


 ミレイアが俺を見る。


「一度反射を発生させれば、その後の反射を無限に繋げられる」


「そういうことになる」


「……」


 ミレイアは少し黙った。


「何?」


「いえ」


「何か気づいた?」


「少しだけ」


「教えて」


「まだ分かりません」


「気になる」


「そのうち分かるかもしれません」


 ミレイアは笑った。


「楽しみですね」


 俺も笑う。


「そうだな」


 * * *


 夕方。


 ようやく。


 目的地が見えてきた。


「湖!」


 ミレイアが声を上げる。


 街の向こう。


 巨大な湖が広がっていた。


 夕日を受け。


 湖面が黄金色に輝いている。


「綺麗……」


 ルナが呟いた。


「ああ」


 俺も思わず足を止める。


 前世では。


 こんな景色を見たことはなかった。


 いや。


 あったのかもしれない。


 でも。


 こんな気持ちで見たことはなかった。


「異世界って」


「ん?」


「やっぱり、すごいな」


 ルナが笑う。


「今さら?」


「今さら」


 ミレイアも笑った。


「旅に出てよかったですね」


「うん」


 俺たちは街へ向かって歩き出した。


 そして。


 その直後。


「――助けて!」


 悲鳴が聞こえた。


「また?」


 俺が呟く。


「行こう!」


 ルナが走る。


「ちょっと待って!」


 俺たちも後を追った。


 湖畔。


 一人の女性が。


 水辺で慌てている。


「どうしました!?」


「弟が!」


 女性が湖を指差した。


「湖に落ちたんです!」


 水面を見る。


 人影がない。


「どこに!?」


「あそこ!」


 水面が大きく揺れていた。


「俺が行く!」


 俺は湖へ飛び込んだ。


「レオン!」


 冷たい。


 水の中は暗い。


 だが。


 目を凝らす。


「……いた!」


 少し下。


 少年が沈んでいる。


 俺は泳いで近づく。


 その足に。


 何かが絡みついていた。


「……魔物か」


 黒い触手。


 俺へ向かって伸びてくる。


 俺は手を伸ばした。


「反射・無限化」


 触手が。


 俺の手に当たる。


 跳ね返る。


 さらに。


 別の触手へ。


 そこから。


 水中の岩へ。


 岩から。


 別の触手へ。


 無限に。


 反射する。


 魔物の触手同士が絡まり。


 動きが止まる。


「今だ!」


 俺は少年を抱えた。


 水面へ浮上する。


「レオン!」


 ルナが手を伸ばしていた。


「引っ張って!」


「うん!」


 ルナとミレイアが俺を引き上げる。


 少年を地面に寝かせる。


「大丈夫?」


「……」


 反応がない。


 だが。


 呼吸はある。


「気絶してるだけ」


「よかった……」


 女性が弟を抱きしめる。


「ありがとうございます……!」


「いえ」


 俺は湖を見る。


 さっきの魔物。


 もう姿がない。


「逃げたのかな」


 ルナが言う。


「たぶん」


 ミレイアは。


 湖を見つめたまま黙っていた。


「ミレイア?」


「……この湖」


「何?」


「魔力が濃すぎます」


 彼女の顔から笑顔が消えていた。


「魔力?」


「はい」


 ミレイアは湖面へ杖を向ける。


「湖全体から、普通じゃない魔力を感じます」


「魔物がいるから?」


「それだけじゃありません」


「じゃあ?」


「もっと深いところに」


 ミレイアが呟く。


「何か、大きなものがいます」


 俺は湖を見る。


 夕暮れの水面。


 波が静かに揺れている。


 何も見えない。


 だが。


 次の瞬間。


 湖の奥。


 一瞬だけ。


 巨大な影が見えた。


「……」


 俺は目を細める。


 影は消えた。


「見えた?」


 ルナが聞く。


「何かいた」


「私にも見えました」


 ミレイアが言う。


「巨大な魔物……?」


「分からない」


 俺は湖を見つめる。


 けれど。


 今すぐ調べる気にはなれなかった。


 せっかく街に着いたんだ。


 今日は休みたい。


「とりあえず」


 俺は立ち上がる。


「宿を探そう」


「賛成」


「私もです」


 三人で街へ向かう。


 湖のことは。


 ひとまず後回しだ。


 * * *


 リーネ湖畔都市は。


 想像していたよりずっと大きかった。


 湖を中心に街が広がっている。


 飲食店。


 宿屋。


 武器屋。


 魔道具店。


 土産物屋。


 そして。


 湖を眺めながら食事ができる店まである。


「ここ、しばらく滞在したい」


 俺が言うと。


 ルナが笑った。


「まだ着いたばかりなのに?」


「だって楽しそうじゃん」


「確かに」


 ミレイアも頷く。


「私も賛成です」


「じゃあ決まり」


 三人で宿を探す。


 運よく。


 大きな宿を見つけることができた。


「三人部屋はありませんが、隣同士の部屋なら空いています」


 受付の女性が言う。


「じゃあそれで」


 俺は鍵を受け取る。


「ありがとうございます」


 部屋へ向かう。


 荷物を置く。


 ベッドへ倒れる。


「疲れた……」


 今日だけで。


 魔法使いと出会った。


 魔法を反射した。


 湖に飛び込んだ。


 魔物を倒した。


 街にも着いた。


「……濃い一日だったな」


 窓の外を見る。


 夕暮れの湖。


 綺麗だった。


 コンコン。


「ん?」


 扉が鳴る。


「レオン?」


 ルナの声。


「どうした?」


「夕飯行かない?」


「行く」


 扉を開ける。


 そこにはルナがいた。


「ミレイアは?」


「もう食堂に行ってる」


「早いな」


「魔法の研究書を見つけたらしくて」


「食事より魔法?」


「そうみたい」


「筋金入りだな……」


 二人で食堂へ向かう。


 すると。


「遅いですよ!」


 ミレイアがいた。


「何で俺たちが怒られるんだよ」


「お腹が空きました」


「知らないよ」


 俺たちは笑いながら席についた。


 料理を注文する。


 魚料理。


 肉料理。


 パン。


 そして。


 この街の名物だという湖魚のシチュー。


「いただきます」


「いただきます」


 食事が始まる。


 ミレイアは料理を食べながら。


「レオン」


「ん?」


「明日、魔法具店に行きませんか?」


「いいよ」


「それから魔法学院の図書館にも」


「あるの?」


「あります」


「じゃあ行こう」


「本当ですか?」


「うん」


 ミレイアが嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます!」


 その横で。


 ルナが小さく笑っていた。


「何?」


「別に」


「またそれ?」


「楽しそうだなって思っただけ」


「ルナも一緒に来る?」


「うん」


 即答だった。


「じゃあ三人で行こう」


「うん」


 三人で笑う。


 そんな。


 何でもない時間。


 それが。


 妙に心地よかった。


 * * *


 夜。


 部屋へ戻った俺は。


 ベッドに横になった。


 今日。


 風を反射した。


 魔法を反射した。


 そして。


 水中の魔物の攻撃も反射した。


 少しずつ。


 能力の使い方が分かってきた。


 俺の能力は。


 単純に「跳ね返す」だけじゃない。


 一度成立した反射を。


 無限に繋げる。


 その結果。


 攻撃を終わらせないことができる。


 ただし。


 反射できるものには。


 まだ未知の部分がある。


 神様は言っていた。


 音も。


 光も。


 熱も。


 魔法も。


 条件を満たせば反射できる。


 なら。


 いつか。


 全部試してみたい。


「……」


 俺は目を閉じる。


 そのとき。


 遠くから。


 何かが聞こえた。


 ――ドン。


「……?」


 目を開ける。


 窓の外。


 湖を見る。


 静かだ。


 気のせいか。


 そう思った。


 だが。


 もう一度。


 ――ドン。


 今度は。


 はっきり聞こえた。


 湖の底から。


「……何だ?」


 俺は窓を開ける。


 夜の湖。


 月明かりが水面を照らしている。


 何もない。


 けれど。


 俺は妙な感覚を覚えていた。


 まるで。


 何かが。


 こちらを見ている。


「……」


 そのとき。


 頭の中に。


 一瞬だけ。


 奇妙な感覚が走った。


 何か。


 「反射」している。


「……え?」


 俺は目を細める。


 湖の奥。


 水面ではない。


 もっと深い。


 もっと遠い場所。


 何かが。


 何かを反射している。


「……何だ?」


 分からない。


 今の俺には。


 まだ。


 その意味を理解できなかった。


 俺は窓を閉めた。


「明日、調べてみるか」


 そう呟いて。


 ベッドへ戻る。


 そして。


 眠りについた。


 このときの俺は。


 まだ知らなかった。


 この街で過ごす数日間が。


 俺にとって。


 ただの観光では終わらないことを。


 湖の底には。


 俺の「反射」と。


 奇妙な繋がりを持つ何かが眠っていることを。


 そして。


 その存在が。


 いつか。


 神様が俺に告げなかった。


 「反射」の本当の意味へと。


 俺を導くことになることを。


 ――けれど。


 今はまだ。


 そんなことを考える必要はない。


 明日は。


 魔法具店へ行く。


 美味い飯を食べる。


 街を観光する。


 そして。


 新しく仲間になった魔法使いと。


 少しだけ。


 この世界を楽しむ。


 それでいい。


 異世界での旅は。


 まだ始まったばかりなのだから。

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