第五話 冒険者ギルドと、盗賊少女の意外な才能
翌朝。
「レオン、起きて」
「……あと五分」
「昨日もそれ言ってた」
「……あと三分」
「減っただけじゃん」
布団を引っ張られる。
「寒い」
「もう朝だよ」
「異世界の朝って早くない?」
「太陽が出てるからね」
「それは分かってる」
俺は布団にくるまったまま、窓の方を見る。
朝日が差し込んでいる。
昨日、エルグランドに着いたばかりだった。
そして今日は――。
「冒険者ギルド……」
その言葉を思い出した瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。
「行く!」
「最初からそうすればいいのに」
ルナが呆れた顔で笑う。
昨日とは違い、今日は髪を後ろでまとめている。
黒髪が肩から流れ、軽装の革鎧が細い身体によく似合っていた。
「……何?」
「いや」
「また見てた?」
「見てない」
「嘘」
「……ちょっとだけ」
「ふふっ」
ルナは楽しそうに笑った。
「正直なのは嫌いじゃないよ」
「そういうこと普通に言うのやめてくれない?」
「なんで?」
「……なんでもない」
俺は顔を洗って、急いで着替えた。
今日は何かが起こりそうな気がする。
というより。
異世界に来てから、毎日何かが起こっている。
* * *
朝食を済ませ、俺たちは宿を出た。
「冒険者ギルドはこっち」
ルナが先頭を歩く。
「詳しいな」
「何度も来てるからね」
「依頼受けたことある?」
「あるよ」
「どんな依頼?」
「薬草採取とか、荷物運びとか、護衛とか」
「護衛も?」
「一応ね」
「盗賊なのに?」
「盗賊だからって、人を襲うとは限らないでしょ」
「まあ……そうか」
少し意外だった。
俺が思っていた盗賊というのは、もっと悪党っぽいものだった。
「ルナって、なんで盗賊になったの?」
「……」
ルナが少し黙った。
「昔から得意だったから」
「それだけ?」
「それだけ」
それ以上は答えなかった。
俺も無理には聞かなかった。
いつか話してくれればいい。
そう思った。
「着いたよ」
ルナが立ち止まる。
目の前には。
大きな建物があった。
木造の二階建て。
入り口の上には剣と盾の紋章。
そして。
人の出入りがものすごく多い。
「ここが……」
「冒険者ギルド」
「おお……」
俺は思わず見上げた。
ゲームや小説で何度も見た場所。
それが今、目の前にある。
「入ろう」
「うん」
扉を開ける。
ガヤガヤとした声が一気に耳へ入ってきた。
「依頼書はこっちだ!」
「昨日のゴブリン討伐、報酬まだかよ!」
「酒持ってこい!」
「新人は邪魔すんな!」
騒がしい。
でも。
嫌いじゃない。
むしろ。
すごくワクワクする。
「レオン、こっち」
ルナに連れられて受付へ向かう。
受付には若い女性が座っていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録したい」
俺が言う。
受付嬢が俺を見る。
「お一人で?」
「この二人と一緒に」
俺はルナとガレスを見る。
「冒険者登録ですね。かしこまりました」
受付嬢が書類を出す。
「こちらにお名前と年齢を」
「名前はレオン。年齢は……」
俺は少し考える。
転生してからの年齢は十五。
この世界では成人前だ。
「十五歳」
「十五歳ですか?」
「はい」
受付嬢が少し驚く。
「冒険者になるには少し若いですが、登録自体は可能です」
「よかった」
「ただし、実力確認を受けていただく必要があります」
「実力確認?」
「はい」
俺の胸が高鳴る。
「どんなことするんですか?」
「魔力測定と簡単な戦闘試験です」
「戦闘……」
俺はルナを見る。
「どうしよう」
「頑張って」
「他人事だな」
「私はもう登録してるから」
「そうだった」
ルナは銀色の冒険者証を取り出した。
「……」
「どうしたの?」
「ちゃんと冒険者なんだな」
「失礼じゃない?」
ルナが頬を膨らませる。
受付嬢が笑った。
「では、こちらへどうぞ」
* * *
ギルドの裏手。
そこには簡単な訓練場があった。
「こちらで試験を行います」
担当するのは、筋肉質な男だった。
「俺はギルド職員のバルドだ」
「よろしくお願いします」
「まずは魔力測定だ」
水晶玉のような道具が置かれる。
「この水晶に手を置いて魔力を流せ」
「はい」
俺は手を置く。
「魔力を……」
昨日教えてもらった感覚を思い出す。
身体の奥にあるものを。
ゆっくりと手へ流す。
水晶が光った。
「……」
バルドが眉をひそめる。
「普通だな」
「普通?」
「年齢を考えれば悪くない。だが、特別高いわけでもない」
「なるほど」
少し安心した。
転生特典がバレることはなさそうだ。
「次は戦闘試験だ」
バルドが木剣を渡してくる。
「俺が相手をする」
「え?」
「手加減はする」
「……」
俺は木剣を見る。
前世では剣なんて触ったこともない。
「大丈夫かな」
ルナが観客席から声をかける。
「死なないよ」
「そういう問題じゃない」
バルドが木剣を構える。
「始め!」
次の瞬間。
目の前に木剣が迫った。
「うわっ!」
慌てて避ける。
空振り。
「遅いぞ!」
横から。
俺は咄嗟にしゃがむ。
頭上を木剣が通過する。
「危なっ!」
距離を取る。
息が上がる。
「……」
これが戦闘。
魔物と戦うということ。
昨日までは想像でしかなかった。
でも。
実際に剣を向けられると。
怖い。
バルドが再び踏み込んでくる。
「終わりだ!」
木剣が振り下ろされる。
俺は反射的に腕を上げた。
――ガンッ!
「……?」
木剣が。
俺の腕に当たった。
痛い。
けれど。
その瞬間。
俺の頭の中で。
能力が反応した。
「反射……」
無限化。
オン。
木剣が。
俺の腕から跳ね返る。
「なっ!」
バルドがバランスを崩す。
木剣が空中へ飛ぶ。
俺はそれを見て。
「……」
能力を解除する。
木剣はそのまま地面に落ちた。
カラン。
「……」
バルドが俺を見る。
「今のは何だ?」
「反射です」
「反射?」
「はい」
「魔法か?」
「能力です」
「そんなスキルは聞いたことがないぞ」
「俺も詳しくは分かりません」
正確には。
分かっている。
俺の能力は。
反射を無限にする。
ただ。
どこまで反射できるのかが分からないだけだ。
「もう一度」
バルドが木剣を拾う。
「え?」
「もう一度やる」
「いいんですか?」
「今のが偶然か確かめたい」
バルドが構える。
俺も構える。
木剣が迫る。
今度は。
避けない。
「反射」
木剣が俺の肩に触れる。
――ガンッ!
跳ね返る。
バルドの手から木剣が弾かれた。
「……」
静かになった。
観客席から。
「何だ、今の……」
「魔法か?」
「見えなかったぞ」
そんな声が聞こえる。
俺は木剣を見る。
やっぱり。
反射できる。
攻撃そのものを無限にするわけじゃない。
攻撃が俺に当たった。
その「当たって跳ね返る」という反射を。
無限化した。
だから。
一度反射が成立すれば。
相手へ返せる。
「……面白い」
ルナが呟いた。
俺はそちらを見る。
「何?」
「あなたの能力」
「うん」
「やっぱり変」
「褒めてる?」
「もちろん」
ルナは笑った。
「普通の防御じゃない」
「どういうこと?」
「普通なら攻撃を防ぐ」
「うん」
「あなたは防いでない」
「……」
「受けてる」
「え?」
「受けたあとに反射させてる」
俺は黙る。
「だから」
ルナが続ける。
「攻撃する側からしたら、あなたを攻撃すること自体が危険なんだよ」
「……」
言われてみれば。
そうだ。
俺の能力は。
攻撃を無効化する能力ではない。
反射する能力だ。
だから。
攻撃を受ける。
そして。
返す。
「……」
俺は少しだけ笑った。
「便利だな」
「便利すぎると思う」
ルナは楽しそうに笑っていた。
* * *
「合格だ」
バルドが言った。
「え?」
「冒険者登録を認める」
「本当ですか?」
「ああ」
俺は拳を握る。
「よし!」
「ただし」
「はい」
「無茶はするな」
「はい」
「お前の能力は強い」
バルドが真面目な顔をする。
「だが、強い能力を持っていることと、強い冒険者であることは別だ」
「……」
「経験が足りない」
「分かってます」
「ならいい」
バルドは笑った。
「まずは簡単な依頼から始めろ」
「はい!」
受付へ戻る。
そして。
俺の手には。
銀色の冒険者証があった。
「……」
何度も見る。
「本物?」
「本物だよ」
ルナが笑う。
「冒険者レオンの誕生」
「なんか嬉しいな」
「よかったね」
「うん」
前世では。
こんな経験はできなかった。
魔法。
冒険者。
異世界。
全部。
今の俺には現実だ。
* * *
「じゃあ、最初の依頼を選ぼう」
俺たちは依頼掲示板の前に立った。
大量の依頼書が貼られている。
「薬草採取」
「荷物運び」
「護衛」
「魔物討伐」
「迷子の猫探し」
「猫?」
俺は思わず二度見した。
「冒険者の仕事なの?」
「何でも屋みたいなものだから」
ルナが言う。
「じゃあこれ」
俺は薬草採取の依頼を取る。
「いいね」
「最初だし、簡単なのがいい」
「賛成」
ガレスが依頼書を見る。
「薬草なら近くの森で採れます」
「じゃあ行こう」
だが。
ルナが別の依頼書を見ていた。
「……」
「どうした?」
「これ」
依頼書を俺に渡す。
『街道付近にて小型魔物の群れを確認。討伐求む』
「魔物討伐?」
「うん」
「こっちも受ける?」
「同時には無理でしょう」
ガレスが言う。
「薬草採取のついでに行けば?」
「危険です」
「でも」
俺は依頼書を見る。
「ちょっと試したい」
「能力を?」
「うん」
ルナが笑う。
「私も行く」
「決まりだな」
* * *
エルグランドを出て。
森へ向かう。
昼を少し過ぎた頃だった。
「薬草はこの辺」
ルナがしゃがみ込む。
「これ?」
「違う」
「こっちは?」
「違う」
「じゃあどれ?」
「これ」
小さな葉を指差す。
「見分けつかない」
「盗賊に必要な技能その一」
「薬草知識?」
「違う。観察力」
「なるほど」
ルナは次々と薬草を見つけていく。
「すごいな」
「こういうのは得意」
「本当に役に立つ」
「もっと褒めて」
「すごい」
「もう一回」
「すごい」
「ふふっ」
楽しそうだ。
しばらく採取を続けていると。
突然。
ルナが立ち上がった。
「……静かに」
「?」
「何かいる」
俺も耳を澄ます。
ガサッ。
茂みが揺れた。
「魔物?」
「たぶん」
ルナが短剣を抜く。
俺も杖を構える。
茂みから出てきたのは。
三匹の狼だった。
いや。
普通の狼ではない。
身体に黒い模様。
目が赤い。
「魔物……」
「グレイウルフ」
ルナが呟く。
「三匹なら大丈夫」
「俺も戦う」
「無理しないで」
「でも冒険者だし」
「じゃあ後ろにいて」
「それは嫌」
グレイウルフが一匹。
飛びかかってくる。
「来た!」
俺は杖を構える。
「火球!」
小さな炎が飛ぶ。
だが。
狼が避ける。
「速い!」
「レオン!」
ルナが横から飛び込む。
短剣が狼の前脚を切り裂く。
「グルァ!」
狼が怯む。
その隙に。
ルナが懐へ入り込む。
一閃。
狼が倒れる。
「すごい……」
「見とれてないで!」
「はい!」
残り二匹。
一匹が俺へ向かってくる。
怖い。
でも。
逃げない。
「反射・無限化」
狼の爪が。
俺の腕へ迫る。
――ガキンッ!
「グルッ!?」
爪が弾かれる。
狼が空中で姿勢を崩す。
「今!」
俺は杖を振る。
「火球!」
炎が狼へ直撃する。
「グァッ!」
倒れた。
「……」
俺は息を吐く。
「やった」
「今の、わざと受けた?」
「うん」
「馬鹿なの?」
「……」
「普通は避けるんだよ」
「でも反射できるから」
「だからって」
ルナが呆れた顔をする。
「本当に変な人」
「褒めてる?」
「半分ね」
残りの一匹が。
俺たちの隙を狙って飛びかかってくる。
「レオン!」
ルナが叫ぶ。
俺は振り向く。
間に合わない。
だが。
ルナが俺の前に入った。
短剣で爪を受ける。
「っ!」
「ルナ!」
ルナが弾き飛ばされる。
「大丈夫!」
立ち上がる。
「今度は私が囮になる」
「危ない!」
「あなたが反射させて」
「……」
「できるでしょ?」
俺は頷く。
「分かった」
ルナが走る。
狼が追う。
ルナはギリギリまで引きつけ。
最後に身体をひねる。
「今!」
狼の爪が。
俺の目の前へ。
「反射!」
――ガキィン!
狼の身体が跳ね返る。
地面。
木。
地面。
また木。
「……!」
反射が続く。
俺は能力を切らない。
狼が何度も跳ね返っている。
「これ……」
昨日の石と同じ。
反射を無限にしたことで。
一度始まった反射が終わらない。
「レオン!」
「分かってる!」
俺は能力を解除する。
狼が地面へ落ちた。
動かない。
「……終わった」
「うん」
ルナが息を吐く。
「これで依頼達成だね」
「そうだな」
俺は笑った。
「初依頼、成功」
* * *
街へ戻る頃には。
夕方になっていた。
ギルドで依頼達成を報告すると。
「おめでとうございます」
受付嬢から報酬を受け取った。
「これが……初報酬」
小さな袋。
中には銀貨が入っている。
「少ない?」
「最初はそんなものです」
「でも」
俺は嬉しかった。
自分で稼いだ金。
異世界で。
初めて手に入れた。
「今日は祝おう」
「いいね」
ルナが頷く。
「何食べる?」
「肉」
「即答だな」
「今日は頑張ったから」
「じゃあ、私も」
「ガレスも?」
「もちろんです」
三人で笑う。
その夜。
俺たちは少しだけ豪華な夕食を食べた。
「うまい!」
「おいしいね」
「はい」
くだらない話をしながら。
今日の依頼の話をする。
ルナが俺の戦い方について文句を言う。
俺はルナの無茶について文句を言う。
ガレスが二人を見てため息をつく。
そんな。
何でもない時間。
だけど。
俺は思った。
「……こういうのも悪くないな」
「何が?」
「旅」
ルナが笑う。
「これからもっと楽しくなるよ」
「そうかな」
「絶対」
彼女はそう言った。
* * *
夜。
宿へ戻る。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
ルナが自分の部屋へ入っていく。
俺も自分の部屋へ。
ベッドへ横になる。
「……」
今日一日を思い返す。
冒険者登録。
初依頼。
初めての魔物討伐。
そして。
ルナ。
昨日出会ったばかりなのに。
もう。
ずっと前から一緒にいたような気がする。
「……変なの」
俺は笑った。
目を閉じる。
だが。
その直前。
頭の中に。
あの言葉が浮かんだ。
『無限化の力を持つ者』
「……」
あの男。
なぜ俺を知っていた?
そして。
なぜ俺の力を知っていた?
「反射……」
俺は自分の手を見つめる。
俺の能力は。
反射を無限にする。
それは間違いない。
でも。
この世界に。
俺と同じような「無限化」を知る存在がいる。
なら。
いつか。
また会うことになる。
「……そのときまでに」
もっと強くならないと。
俺は拳を握る。
魔法も。
剣も。
反射も。
まだ何も知らない。
だから。
旅をする。
色々な場所へ行って。
色々な人に会って。
色々なものを知る。
そうすれば。
いつか。
この力の正体も分かるかもしれない。
「……おやすみ」
静かな夜。
街の喧騒も。
少しずつ遠ざかっていく。
その頃。
別の部屋では。
「……レオン」
ルナが窓の外を眺めていた。
彼女の手には。
今日、森で拾った小さな魔石。
「やっぱり」
ルナはそれを握る。
「面白い人だなあ」
そして。
少しだけ頬を緩めた。
「……もっと知りたい」
* * *
翌朝。
「レオン」
「ん……」
「起きて」
「また?」
「今日は街を出るよ」
「え?」
俺は飛び起きた。
「どこへ?」
「西」
「西?」
「次の街」
ルナが地図を広げる。
「エルグランドから西へ行くと、湖の街がある」
「湖?」
「うん」
「行ってみたい」
「じゃあ決まり」
俺は荷物をまとめる。
ガレスも準備を終えていた。
「次の目的地は?」
俺が聞く。
ルナが地図を指差す。
「リーネ湖畔都市」
「……」
知らない街。
知らない景色。
知らない人々。
そして。
まだ知らない出会い。
俺たちは。
エルグランドを出た。
* * *
その旅の先で。
俺たちは。
一人の少女と出会うことになる。
彼女は。
剣を握ることも。
魔法を使うこともできない。
だが。
誰よりも強い「別の力」を持っていた。
そして。
彼女との出会いが。
俺たちの旅を。
少しだけ騒がしくすることになる。
――異世界の日常は。
まだ始まったばかりだった。




