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第二話 反射の力は、まだ終わらない


「何を無限にした?」


 男の声が、妙に静かに響いた。


 俺は答えられなかった。


 いや、答えたくなかった。


 目の前には、数え切れないほどの剣が地面に転がっている。


 さっきまで空を飛び回っていたものだ。


 それを操っていた男は、数キロ先の空中に浮かんだまま、じっと俺を見ている。


 その顔から、先ほどまでの余裕は消えていた。


「……無限化の力を持つ者は、世界に一人だけのはずだった」


 男が呟く。


「それなのに、なぜ……」


「……」


「なぜ、お前がそれを持っている?」


 俺は眉をひそめた。


 無限化。


 その言葉を、この男は知っている。


 俺が神様からもらった力を。


 いや。


 俺が転生する前に聞いた、あの言葉そのものを。


「お前……」


 俺は空を見上げる。


「無限化って、何なのか知ってるのか?」


 男は答えない。


 ただ、こちらを見ている。


 その視線には、明らかな警戒があった。


「質問しているのは俺だ」


「……」


「答えろよ」


 男の目が細くなる。


「知らない方がいい」


「なんで?」


「知れば、お前は戻れなくなる」


「もう異世界に転生してるんだけど」


「そういう意味ではない」


 男の声が低くなる。


「お前はまだ、自分が何を手に入れたのか理解していない」


 背筋に、妙な寒気が走った。


 神様も言っていた。


『後悔するかもしれませんよ』


 あのときの神様の表情。


 ただの心配ではなかったのかもしれない。


 俺が何を選ぶのか。


 最初から知っていたような。


 そんな顔だった。


「……お前は何者だ?」


 俺が聞く。


 男はしばらく黙っていた。


 やがて。


「俺の名は、カイル」


「カイル……」


「そして」


 男は剣を下ろした。


「お前と同じ、無限化の力を持つ者だ」


「……は?」


 思わず間の抜けた声が出た。


「いや、さっき『世界に一人だけ』って言ってなかった?」


「そうだ」


「じゃあ、矛盾してない?」


「俺とお前のどちらか一人しか存在してはいけない」


「……どういうこと?」


 カイルは答えなかった。


 代わりに、空を見た。


 そこには、先ほどまで炎を吐いていた巨大な魔物がいる。


 顔を焼かれた魔物は、怒り狂ったように空を飛び回っていた。


「まずい」


 カイルが呟く。


「何が?」


「奴が来る」


「奴?」


 その瞬間。


 巨大な魔物がこちらを向いた。


「……」


 俺と目が合った。


 数百メートル。


 いや。


 もっと近い。


 巨大な翼が空気を叩く。


 大地が震えた。


「レオン様!」


 騎士が叫ぶ。


「屋敷へ!」


「でも――」


「早く!」


 騎士が俺の腕を掴んだ。


 その直後。


 魔物が口を開く。


「グォォォォォッ!」


 咆哮。


 音だけで、窓ガラスが一斉に震えた。


 俺は耳を塞ぐ。


「うるさっ……!」


 その瞬間だった。


 頭の中で。


 何かが弾けた。


【反射】


「……え?」


 音が。


 消えた。


 いや。


 正確には。


 音が反対方向へ流れていった。


「……?」


 魔物の咆哮が。


 途中から歪んだ。


 空気を震わせていた音が、まるで見えない壁にぶつかったように跳ね返っていく。


 ゴォン、と。


 大気そのものが鳴った。


 魔物が一瞬、怯む。


「……今の」


 俺は自分の手を見る。


「俺がやったのか?」


 カイルが目を見開いていた。


「音まで……?」


「え?」


「もうそこまで到達しているのか……」


「だから、何の話だよ!」


 俺が叫ぶ。


 カイルは答えなかった。


 代わりに。


 魔物がこちらへ突っ込んできた。


「来るぞ!」


 騎士が剣を構える。


 俺も身構える。


 巨大な爪が。


 空を切った。


 ――ズガァァン!


 屋敷の前の地面が抉れる。


 俺は転がるように避けた。


「うわっ!」


 地面が揺れる。


 砂埃が舞う。


「レオン様!」


「大丈夫!」


 俺は立ち上がった。


 魔物は、こちらを睨んでいる。


 そして。


 再び口を開いた。


「またブレスか!」


 赤い光。


 熱。


 空気が焼ける。


「反射!」


 俺は咄嗟に叫んだ。


 炎が放たれる。


 ――ズドォォォン!


 地面を焼きながら迫ってくる。


「頼む!」


 俺は両手を前に出した。


 炎が俺の目の前まで来る。


 熱い。


 熱すぎる。


 このままでは死ぬ。


 だが。


 炎が。


 俺に触れた瞬間。


 跳ね返った。


 巨大な炎の塊が、来た道を逆走する。


 魔物へ。


 ――ドゴォォォン!


 直撃。


「グオオオオオッ!」


 魔物が悲鳴を上げる。


 俺は思わず拳を握った。


「……できた」


 反射。


 やっぱり。


 炎にも使える。


「レオン様!」


 騎士が驚いた顔をしている。


「今のは……」


「俺にもよく分かりません!」


「分からないで使っているのですか!?」


「そう!」


「そうではありません!」


 こんな状況なのに、少しだけ笑いそうになった。


 だが。


 カイルだけは笑っていなかった。


「……違う」


「え?」


「お前は、今、何をした?」


「何って……炎を跳ね返しただけだけど」


「違う」


 カイルが首を振る。


「お前は炎を『反射した』んじゃない」


「……?」


「炎そのものを、反射可能な状態にした」


 意味が分からない。


「何が違うんだ?」


「そこが分からないなら……まだ大丈夫か」


「大丈夫?」


「いや」


 カイルが剣を構える。


「もう遅いかもしれない」


 その瞬間。


 魔物が再びこちらへ向かってくる。


 巨大な爪。


 俺は反射的に腕を上げた。


 ――ガキィィン!


 爪が俺の腕に触れる。


「……!」


 痛い。


 だが。


 次の瞬間。


 魔物の爪が弾き返された。


 まるで透明な壁にぶつかったように。


「グアッ!?」


 魔物が体勢を崩す。


 俺は目を見開いた。


「……俺の身体にも?」


 さっきまで、俺は「攻撃を跳ね返す」ために、何かに当てる必要があると思っていた。


 でも。


 今のは違う。


 俺自身に当たった。


 そして。


 反射した。


「……」


 俺の中で。


 何かが繋がった。


 壁。


 地面。


 木。


 剣。


 俺の身体。


 炎。


 音。


 全部。


 同じだ。


「反射って……」


 俺は呟く。


「物じゃないのか」


 カイルがこちらを見る。


「気づいたか」


「物じゃなくて……現象?」


「……」


「当たったものを跳ね返すんじゃない」


 俺は自分の手を見る。


「『何かが返る』という現象そのものを、無限にできる?」


 カイルは答えなかった。


 だが。


 その沈黙が答えだった。


「……マジかよ」


 俺は笑った。


 怖い。


 なのに。


 面白い。


 この世界の魔法を。


 全部ひっくり返せるかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎった。


 しかし。


 その瞬間。


 空から何かが落ちてきた。


「……?」


 人影。


 いや。


 人だった。


 長い黒髪。


 白い肌。


 黒を基調とした、身体の線がはっきりと分かる服。


 胸元は大胆に開いていて、細い腰には銀色の装飾が巻かれている。


 そして。


 長い脚。


 その姿は、この世界の人間とは思えないほど美しかった。


 女は空中で身体を捻ると。


 軽々と着地した。


 俺の目の前。


「……」


 近い。


 ものすごく近い。


「えっと……」


 俺が声をかける。


 女は俺を見下ろした。


 少しだけ長いまつ毛。


 紅い瞳。


 そして。


 口元に浮かんだ妖艶な笑み。


「あなたがレオン?」


「……そうだけど」


「ふふ」


 女が笑った。


「思っていたより、可愛い顔をしているのね」


「……」


 なんだ、この人。


 距離感がおかしい。


「ねえ」


 女が俺の顔へ手を伸ばす。


 指先が頬に触れた。


「……っ」


「本物」


「何が?」


「無限化の力を持つ人間」


 女は俺の頬を指先で撫でる。


「あなたなのね」


「……」


 なんだ。


 この人。


 妙に色気がある。


 というか。


 普通に美人だ。


 いや。


 美人どころじゃない。


 見ているだけで、変に意識してしまう。


「ちょっと」


 俺は一歩下がった。


「近い」


「嫌?」


「嫌っていうか……」


「ふふ」


 女がさらに笑う。


「顔が赤いわよ?」


「暑いだけ!」


「そう?」


「そう!」


 俺は慌てて顔を背けた。


 そのとき。


 カイルが叫んだ。


「セレスティア!」


 女が振り返る。


「あら」


 セレスティア。


 それが彼女の名前らしい。


「久しぶりね、カイル」


「なぜここにいる」


「当然でしょう?」


 セレスティアは肩をすくめる。


「無限化が発生したんだもの」


「……」


「それも」


 セレスティアの紅い瞳が俺へ向く。


「今までにない形で」


「お前も……無限化を知っているのか」


「知っているわ」


「何なんだ、無限化って」


 俺が尋ねる。


 セレスティアは少しだけ考えるように首を傾げた。


「まだ知らない方がいいわ」


「またそれかよ」


「でも」


 セレスティアは俺の胸元へ指を伸ばした。


 そして。


 服の上から胸元を軽く押す。


「あなた自身が、いずれ知ることになる」


「……何を?」


「あなたが、どうして選ばれたのか」


 その言葉に。


 俺は固まった。


「選ばれた?」


「そう」


「誰に?」


 セレスティアが笑う。


「それは――」


 その瞬間。


 魔物が吠えた。


「グォォォォォッ!」


 地面が震える。


 セレスティアはため息をついた。


「邪魔ね」


「え?」


 彼女が手を上げる。


 指先に黒い光が集まった。


「死んで」


 黒い光が。


 一瞬で魔物を貫いた。


「……」


 巨大な魔物の身体に穴が開く。


 そして。


 崩れ落ちた。


 ズゥゥン。


 大地が揺れる。


 俺は呆然とする。


「……強」


「そう?」


 セレスティアは何でもないことのように言った。


「ただの魔法よ」


「ただの魔法でドラゴンみたいなの倒したの?」


「ドラゴン?」


 彼女は魔物を見る。


「違うわ」


「違う?」


「これはドラゴンではない」


 セレスティアの表情が変わる。


「これは『喰らう者』」


「喰らう者?」


「世界に存在する魔力を食べる魔物よ」


 カイルが口を開く。


「本来なら、王都の結界を食い破るほどの力はないはずだ」


「ええ」


 セレスティアが頷く。


「でも、誰かが力を与えた」


「誰か?」


 俺が聞く。


 セレスティアが俺を見る。


「あなたを探している誰かよ」


「……」


 背中に嫌な汗が流れた。


 さっきの男。


 カイル。


 セレスティア。


 そして。


 俺の転生。


 全部が繋がっている気がする。


「……俺は何なんだ?」


 誰に聞いたのか。


 自分でも分からなかった。


 セレスティアは答えなかった。


 ただ。


 俺の目をじっと見ていた。


「今は、レオンでいいのよ」


「……?」


「その名前で生きればいい」


「どういう意味?」


「いずれ分かるわ」


 彼女は俺の頭を撫でた。


「それまでは、普通の男の子として生きなさい」


「男の子って……」


「まだ子供でしょう?」


「いや、俺、前世では――」


 言いかけて。


 やめた。


 前世のことを話してはいけない。


 神様からもらった能力のことも。


 俺が転生者だということも。


 秘密だ。


「……何でもない」


「ふふ」


 セレスティアが微笑む。


「秘密が多いのね」


「そっちもだろ」


「あら」


 彼女が楽しそうに笑った。


「生意気」


 そして。


 俺の額を指で軽く弾いた。


「痛っ」


「仲良くしましょう?」


「……どうして?」


「あなたに興味があるから」


 さらりと言われた。


 心臓が跳ねた。


「……」


「ふふ」


「からかってる?」


「どうでしょうね」


 セレスティアは笑った。


 その笑顔は。


 どこか寂しそうだった。


 神様と同じ。


 俺はそう思った。


 ――なぜだろう。


 俺の周りにいる、何かを知っている人たちは。


 みんな。


 俺に何かを隠している。


 * * *


 その日の夕方。


 俺は屋敷へ戻った。


 王都への被害は、幸いにもそれほど大きくなかったらしい。


 巨大な魔物はセレスティアが倒した。


 城壁も、一部が破壊されただけ。


 俺の家族にも怪我はなかった。


 ただ。


 俺は自室に戻ってから、ずっと考えていた。


「無限化……」


 ベッドに寝転がる。


 天井を見る。


「世界に一人だけ」


 カイルの言葉。


「無限化が発生した」


 セレスティアの言葉。


「選ばれた」


 そして。


 神様。


 なぜ俺は転生した?


 なぜ俺だった?


 なぜ「反射」を選ばせた?


 偶然なのか。


 それとも。


 最初から仕組まれていたのか。


「……分からない」


 俺は目を閉じた。


 その瞬間。


 頭の中に声がした。


『レオン』


「……え?」


 誰だ?


『レオン』


 今度ははっきり聞こえた。


 女性の声。


 聞き覚えがある。


「……神様?」


 返事はない。


 だが。


 頭の中に。


 一つの文字が浮かんだ。


【反射・無限化】


「……?」


 文字の下に。


 新しい項目が表示される。


【反射対象】


・物体

・魔力

・熱

・音

・光

・衝撃


「……」


 俺は目を見開いた。


 こんなの。


 昼間までなかった。


「何だこれ?」


 さらに文字が増える。


【特殊対象】


・未解放


「未解放?」


 俺は指で触れようとする。


 だが。


 文字には触れられなかった。


「……」


 どういうことだ。


 能力が成長した?


 それとも。


 俺が理解したことで表示された?


 考えていると。


 最後に。


 もう一つ。


 文字が浮かんだ。


【反射・第二段階】


「第二段階……?」


 その下には。


 一行だけ。


【反射した対象を、任意の方向へ返す】


「……」


 俺はしばらく黙った。


「これ……」


 つまり。


 今までは。


 当たった場所から反射するだけだった。


 壁に当たれば壁から。


 地面に当たれば地面から。


 でも。


 第二段階なら。


 違う。


「返す方向を、俺が決められる?」


 試したい。


 今すぐ。


 でも。


 部屋の中でやるのは危険すぎる。


 俺はベッドから起き上がった。


「庭に行こう」


 夜。


 誰にも見られないように屋敷の裏庭へ向かう。


 月が出ていた。


 静かな夜。


 俺は小さな石を拾う。


「反射・オン」


 石を上へ投げる。


 落ちてくる。


 普通なら地面に落ちる。


 俺は。


 石に向かって念じる。


「右」


 石が。


 空中で跳ねた。


「……!」


 右へ。


 さらに。


「左」


 左へ。


「上」


 上へ。


「下」


 地面へ。


 俺は笑った。


「できる……!」


 しかも。


 反射するたびに。


 速度が落ちない。


 むしろ。


 少しずつ速くなっている。


「これなら……」


 俺は石を見る。


「敵の攻撃を、好きな方向へ返せる」


 強い。


 普通に強い。


 だが。


 そのときだった。


「面白いことをしているわね」


「うわっ!」


 背後から声。


 振り返る。


「セレスティア!?」


 月明かりの下に。


 彼女が立っていた。


 昼間と同じ服。


 いや。


 少し違う。


 黒い布地の上に、薄い上着を羽織っているだけで、肌がかなり露出している。


 夜風が吹くたびに、長い髪が揺れる。


「夜に一人でこんなところに来て」


 セレスティアが近づいてくる。


「危ないわよ?」


「いや、それはこっちの台詞じゃない?」


「私が危ない?」


「……別の意味で」


「ふふ」


 セレスティアは楽しそうに笑った。


「あなた、やっぱり面白いわ」


「何が?」


「普通なら、転生したばかりの子供はもっと怯えるもの」


「……」


「なのにあなたは」


 彼女の指が。


 俺の胸元に触れる。


「力を見つけるたびに、楽しそうな顔をする」


「……そうかな」


「そうよ」


 セレスティアは俺の顔を覗き込む。


「怖くないの?」


「怖いよ」


「じゃあ、どうして笑うの?」


「……」


 俺は少し考えた。


「知らないことを知るのが、好きなんだと思う」


 前世でもそうだった。


 ゲームでも。


 知らない仕様を見つけると試したくなる。


 新しい場所へ行けば、歩き回りたくなる。


 だから。


 この世界でも。


「せっかく異世界に来たんだから」


 俺は笑った。


「楽しみたい」


 セレスティアは黙っていた。


 そして。


 小さく笑った。


「……そう」


「何?」


「いい顔をするようになったわね」


「そう?」


「ええ」


 彼女は俺の頭を撫でた。


「なら、少しだけ教えてあげる」


「何を?」


「あなたの力について」


「本当?」


「ええ」


 セレスティアが俺の前に立つ。


「反射には、いくつかの段階がある」


「段階?」


「第一段階は、物理的な反射」


 彼女が小石を拾う。


「跳ね返す」


 小石を投げる。


 地面に落ちる。


「第二段階」


 もう一つ。


 空へ投げる。


 そして。


 指を鳴らす。


 小石が空中で方向を変えた。


「任意反射」


「俺がさっきやったやつ」


「そう」


 セレスティアが頷く。


「そして第三段階」


 彼女の表情が変わる。


「概念反射」


「……概念?」


「物質ではなく、現象や法則を反射する」


 俺は息を呑んだ。


「じゃあ……」


「ええ」


 セレスティアは俺を見る。


「あなたが本当に危険なのは、そこからよ」


「……」


「もし、時間を止められたら?」


「時間を……」


「その停止を反射できるとしたら?」


 背筋に。


 ぞくりとしたものが走った。


「もし、死という結果を与えられたら?」


「……」


「その『死』を反射できるとしたら?」


 言葉が出ない。


「呪いを受けたら?」


「反射」


「毒を飲まされたら?」


「反射」


「記憶を奪われたら?」


「……反射?」


「そう」


 セレスティアが笑う。


「だから、あなたの力は危険なの」


「でも」


 俺は聞く。


「そこまで本当にできるの?」


「分からない」


「分からない?」


「あなたが世界で初めて、この形の無限化を持っているから」


 まただ。


 世界で初めて。


 カイルとは違う。


 セレスティアも、俺の能力を完全には理解していない。


「じゃあ」


 俺は聞いた。


「カイルは?」


「彼は『無限化』を持っている」


「俺と同じじゃないの?」


「似ているけれど違う」


「何が?」


「彼は――」


 セレスティアが言いかけた。


 だが。


 そこで口を閉じた。


「……今日はここまで」


「いや、気になる!」


「ふふ」


「教えてよ!」


「まだ早いわ」


「なんで?」


「あなたには、まだ知らない方がいいことが多いもの」


 まただ。


 みんな同じことを言う。


「……ずるい」


 俺が拗ねると。


 セレスティアは笑った。


「可愛い」


「子供扱いするなって」


「じゃあ」


 彼女が俺の目の前まで近づく。


 顔が近い。


 吐息が触れそうな距離。


「大人になったら教えてあげる」


「……」


「そのときまで、ちゃんと生きていられたらね」


「縁起でもないこと言うなよ」


「ふふ」


 セレスティアは離れた。


「おやすみ、レオン」


「おやすみ」


 彼女は夜の闇へ消えていった。


「……」


 俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。


 なんなんだ。


 あの人。


 美人すぎるだろ。


「……反則だろ」


 俺は一人で呟いた。


 そして。


 ふと空を見る。


 月。


 星。


 静かな夜。


 異世界に来て、まだ一日。


 なのに。


 すでに世界の秘密に片足を突っ込んでいる。


「……明日から大変そうだな」


 そう思った。


 だが。


 その夜。


 俺はまだ知らなかった。


 この屋敷の地下に。


 俺が転生するよりも遥か昔から封印されているものがあることを。


 そして。


 その封印が。


 俺の「反射」という力によって。


 少しずつ。


 少しずつ。


 壊れ始めていることを。


 * * *


 同じ頃。


 王都から遠く離れた場所。


 黒い塔の最上階。


「……見つけた」


 一人の男が呟いた。


 長い銀髪。


 黒い服。


 先ほどレオンの前に現れた男。


 カイルだった。


 彼は窓から夜空を見ている。


 その手には。


 一枚の古びた紙。


 そこには。


 たった一つの紋章が描かれていた。


 円。


 その中心に。


 一本の線。


 そして。


 その周囲を。


 無数の矢印が巡っている。


「『反射の器』……」


 カイルが呟く。


「まさか、本当に存在していたとはな」


 背後から。


 別の声がする。


「見つけたのか?」


「ああ」


「場所は?」


「王都の近く」


「誰が持っている?」


 カイルは答えた。


「レオンという少年だ」


「……少年?」


「転生者だ」


 部屋の空気が変わる。


「転生者……」


「そうだ」


「ならば、なぜ今まで気づかなかった?」


「神が隠していたからだろう」


「神が?」


「ああ」


 カイルは紙を握り潰した。


「だが、もう隠しきれない」


「どうする?」


 カイルはしばらく黙っていた。


 そして。


「殺す」


「……本当に?」


「そうしなければ、世界が終わる」


 その言葉に。


 背後の人物が笑った。


「ならば、始めよう」


「何を?」


「狩りを」


 窓の外。


 月が雲に隠れる。


 暗闇が。


 世界を覆った。


 そして。


 誰も知らないところで。


 一つの物語が。


 動き始めていた。

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