第一話 転生特典は「反射」だった
俺は死んだ。
たぶん。
最後に覚えているのは、夜道を歩いていたこと。
コンビニで買った弁当を片手に、スマホを見ながら歩いていた。
信号が青になる。
横断歩道を渡る。
そこで――。
「……」
目を開けた。
何もない。
白い。
上下も左右も分からない。
ただ、真っ白な空間がどこまでも広がっている。
「……ここ、どこだ?」
「死後の世界です」
「うわっ!」
いきなり背後から声がして、俺は飛び退いた。
振り返る。
そこにいたのは、銀髪の女性だった。
白い服。
穏やかな笑顔。
そして背中には、大きな翼。
「……天使?」
「神です」
「神様?」
「はい」
「思ったより若いですね」
「見た目は自由に決められますので」
「便利だな、神様」
神様は苦笑した。
「まず、あなたが亡くなったことについてですが――」
「トラック?」
「はい」
「ですよね」
やっぱり。
俺はため息をついた。
「じゃあ、ここで終わり?」
「いいえ」
神様が笑う。
「あなたには、もう一度人生を送ってもらいます」
「……生き返る?」
「正確には、異世界への転生です」
「異世界?」
「剣と魔法の世界です」
「……本当に?」
「本当に」
「魔物とか?」
「います」
「ドラゴンとか?」
「います」
「勇者とか?」
「います」
「魔王とか?」
「います」
「……」
俺は少しだけ笑った。
「すげえな」
「そうでしょう?」
「で、転生特典は?」
「もちろんあります」
神様が手をかざす。
目の前に、いくつもの文字が浮かんだ。
【魔力】
【身体能力】
【知識】
【幸運】
【寿命】
【剣術】
「この中から一つ選ぶんですか?」
「いいえ」
神様は首を横に振る。
「もっと自由です」
「自由?」
「あなたが望むものなら、基本的に何でも構いません」
「何でも?」
「はい」
俺は目を丸くした。
「じゃあ魔力を無限にするとか?」
「可能です」
「身体能力を無限にする」
「可能です」
「寿命を無限にする」
「可能です」
「運を無限にする」
「可能です」
「……何でもありじゃん」
「ただし」
神様が人差し指を立てた。
「一度しか選べません」
「一度?」
「はい」
「無限化する対象を選べるのが一回だけ?」
「その通りです」
「じゃあ、一度選んだら変更できない?」
「できません」
「無限化する対象は?」
「あなたが選んだもの一つだけです」
「……なるほど」
ここは慎重に選ばないといけない。
魔力無限は強い。
でも、魔法が使えないと意味がない。
身体能力無限も強い。
けど、空を飛ぶ敵にはどうする?
運は強そうだが、自分で使いこなせる気がしない。
「ちなみに」
神様が続ける。
「無限化したものを、常に無限にしておく必要はありません」
「……どういうこと?」
「自由に切り替えられます」
「オンとオフ?」
「はい」
「じゃあ、例えば魔力を無限化したとして」
「はい」
「普段は普通の魔力にして、必要なときだけ無限にすることも?」
「できます」
「便利すぎない?」
「その代わり、無限化する対象は一つだけです」
「それならまあ……」
俺は腕を組んだ。
何を選ぶ?
魔力?
寿命?
身体能力?
どれも強い。
でも。
「……一つ聞いていい?」
「どうぞ」
「『物』じゃなくてもいいの?」
「もちろん」
「例えば?」
「『速度』」
「速度?」
「『距離』」
「距離」
「『温度』」
「温度」
「『反射』」
「……反射?」
「はい」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の頭の中で何かが引っかかった。
「反射って……あの反射?」
「光が鏡に当たって跳ね返るようなものです」
「音とかも?」
「はい」
「ボールとかも?」
「はい」
「じゃあ……」
俺は考える。
もし。
反射を無限にできたら。
「攻撃も返せる?」
「可能です」
「魔法も?」
「可能でしょう」
「炎とか?」
「条件を満たせば」
「光も?」
「もちろん」
俺は神様を見る。
「……これ、結構強くない?」
「そうですね」
「じゃあ――」
俺は決めた。
「反射を無限にする」
神様の笑顔が消えた。
「……本当に?」
「うん」
「魔力ではなく?」
「うん」
「寿命でもなく?」
「反射がいい」
「後悔するかもしれませんよ」
「それでも」
俺は頷いた。
「反射なら、いろいろ使えそうだし」
神様はしばらく黙っていた。
そして。
「……分かりました」
手をかざす。
「あなたが選ぶものは――」
白い光が集まっていく。
「『反射』」
光が俺の身体を包む。
不思議な感覚だった。
何かが自分の中に入ってくる。
けれど、痛くはない。
ただ。
一つだけ。
頭の中に言葉が浮かんだ。
【反射・無限化】
「……」
俺はその文字を見る。
「これ、もう使える?」
「はい」
「どうやって?」
「反射を無限にしたいと思えばいいだけです」
「簡単だな」
「オンとオフも自由です」
「じゃあ、今は?」
「オフです」
「なるほど」
俺は少し笑った。
「じゃあ、異世界で試してくるよ」
「はい」
「ありがとう、神様」
「……」
「?」
神様は答えなかった。
ただ。
少しだけ寂しそうな顔をしていた。
「どうした?」
「いえ」
神様は笑う。
「あなたが、その力を選んだことを――」
一瞬。
言葉に詰まる。
「……後悔しないことを祈っています」
「大丈夫だって」
俺は笑った。
そして。
光に包まれた。
* * *
「……ん」
目を開ける。
「ここは……」
木の天井。
白いシーツ。
見知らぬ部屋。
俺はゆっくり起き上がった。
「……異世界?」
窓を見る。
外には広大な森。
遠くには城。
空には――。
「……ドラゴン」
本当にいた。
巨大な翼を広げた生物が、青空を飛んでいる。
「すげえ……」
俺は窓を開けた。
風が入ってくる。
異世界。
本当に来たんだ。
「……反射」
俺は自分の手を見る。
「無限化」
頭の中で意識する。
何も起こらない。
「……?」
「反射って、どういう感じなんだ?」
そのとき。
コンコン。
ドアが叩かれた。
「坊ちゃま、お目覚めですか?」
「はい」
ドアが開く。
入ってきたのは、若い女性だった。
メイド服を着ている。
「おはようございます」
「おはようございます」
「本日の予定ですが――」
「ちょっと待って」
「はい?」
「俺って、坊ちゃま?」
「はい」
「貴族?」
「はい」
「……マジか」
どうやら俺は、それなりに裕福な家の息子として転生したらしい。
「本日は魔法の基礎授業があります」
「魔法!」
「はい」
「本当に使えるんだ」
「当然でございます」
「楽しみだな」
俺は笑った。
その日は、朝から色々なことを教えられた。
この国の名前。
貴族の仕組み。
魔物。
魔法。
勇者。
そして。
俺の新しい名前。
「……俺、レオンっていうのか」
「はい」
前世の名前とは違う。
でも。
これがこれからの俺の名前になる。
そう考えると。
少しだけ胸が高鳴った。
昼。
魔法の授業が始まった。
「では、レオン様」
先生が杖を渡してくる。
「魔力を込めてください」
「はい」
俺は杖を握った。
「こう?」
「はい」
目を閉じる。
体の中に何かがある。
温かい。
流れている。
「これが魔力……」
「感じられますか?」
「はい」
俺は魔力を杖に集める。
すると。
ポンッ。
小さな火が出た。
「……」
「……」
「これだけ?」
「最初はそんなものです」
「なるほど」
俺はちょっとがっかりした。
でも。
それ以上に。
「すげえ」
嬉しかった。
魔法だ。
本当に魔法が使えた。
俺は何度も小さな火を出して遊んだ。
そして。
一つの疑問が浮かんだ。
「……反射って」
「はい?」
「魔法も反射できるのかな」
先生が首を傾げる。
「反射魔法はあります」
「あるんだ」
「ただし、非常に難しい魔法です」
「へえ」
「魔法を跳ね返すには、相手の魔法を見極める必要があります」
「なるほど」
俺は少し考えた。
「じゃあ、俺の能力なら?」
「能力?」
「……何でもない」
まだ誰にも言わない方がいい。
転生特典なんて。
どう考えても秘密にしておくべきだ。
授業が終わる。
俺は屋敷の裏庭へ向かった。
「試してみよう」
まずは小石。
地面に置く。
そして。
「反射・オン」
石を軽く蹴る。
コロコロ。
普通に転がる。
「……?」
何も起きない。
「もう一回」
今度は壁に向かって投げる。
石が壁に当たる。
――コン。
跳ね返ってくる。
「……普通だ」
俺は首を傾げた。
「無限化って言っても、勝手に何でも跳ね返すわけじゃないのか」
もう一度。
石を投げる。
壁に当たる。
跳ね返る。
その瞬間。
「……あ」
俺は気づいた。
石が跳ね返った。
なら。
「反射する回数を無限にしたら?」
俺は石を見る。
もう一度。
壁に投げる。
コツン。
跳ね返る。
俺は石に向かって念じる。
「……反射、無限」
次の瞬間。
石が。
消えた。
「……え?」
違う。
消えたんじゃない。
速すぎて見えない。
壁。
地面。
木。
屋敷。
あらゆる場所にぶつかって。
跳ね返っている。
「ちょっ――」
石が戻ってきた。
俺の目の前を通り過ぎる。
そして。
また壁へ。
跳ね返る。
また。
跳ね返る。
さらに。
跳ね返る。
「……」
俺は固まった。
「これ……」
反射が。
終わらない。
石は何度も何度も跳ね返り続けている。
俺は慌てて。
「オフ!」
叫んだ。
石が。
ポトッ。
地面に落ちた。
「……」
俺は石を見る。
ただの小石。
「……」
そして。
笑った。
「これ、めちゃくちゃ面白いじゃん」
反射を無限にする。
つまり。
一度反射が始まれば。
終わらなくできる。
なら。
もっと大きなものなら?
俺は次の実験を始めた。
ボールを壁に投げる。
「オン」
跳ね返る。
壁。
地面。
壁。
地面。
何度でも。
「オフ」
止まる。
「なるほど」
俺は少しずつ理解していく。
この能力は。
「反射を強くする」能力じゃない。
反射を終わらせない能力だ。
「……」
それなら。
攻撃にも使える。
例えば。
敵が火の玉を撃ってくる。
火の玉が何かに当たれば。
反射できる。
そして。
反射が無限なら。
何度でも跳ね返る。
「……強くない?」
俺は笑った。
そのとき。
「何をしている!」
「うわっ!」
突然、後ろから声がした。
振り返る。
そこには。
この屋敷の騎士らしき男が立っていた。
「庭で何をしている!」
「あー……実験を」
「危険な魔法実験は許可を取れ!」
「すみません」
騎士は俺の前に歩いてくる。
「まったく……坊ちゃまは魔法を覚えたばかりなのですから――」
そのとき。
騎士の腰にある剣が。
鞘から抜けた。
男が構える。
「……え?」
俺は固まった。
「これは訓練用の剣だ」
騎士が剣を振る。
俺は慌てて後ろへ下がる。
「危なっ!」
剣が空を切る。
俺の目の前を通り過ぎた。
そして。
剣先が。
庭の木に当たった。
――キンッ!
金属音。
剣が跳ね返る。
その瞬間。
俺の頭の中に。
何かが浮かんだ。
【反射】
「……」
無限化。
オン。
俺は反射的に念じた。
次の瞬間。
剣が。
あり得ない動きをした。
木に当たった。
跳ね返る。
地面に当たる。
跳ね返る。
空中で角度を変える。
また木へ。
「なっ――!」
騎士が目を見開く。
剣は。
止まらない。
まるで庭全体を飛び回る鳥のように。
何度も。
何度も。
反射している。
「坊ちゃま!?」
「俺じゃない!」
いや。
俺だ。
「止まれ!」
騎士が叫ぶ。
俺も叫ぶ。
「オフ!」
剣が。
地面に落ちた。
カラン。
「……」
沈黙。
騎士が俺を見る。
俺も騎士を見る。
「……今のは」
「……」
「何ですか?」
「……」
どう説明すればいい。
まさか。
「俺、反射を無限にできます」
なんて言えるわけがない。
「……新しい魔法です」
とりあえず誤魔化した。
「新しい魔法?」
「はい」
「そんな魔法、私は聞いたことがない」
「俺も今日初めて使いました」
「……」
騎士が怪しむ。
だが。
そのとき。
屋敷の鐘が鳴った。
ゴーン。
ゴーン。
ゴーン。
「何だ?」
騎士が振り返る。
屋敷の使用人が走ってきた。
「大変です!」
「どうした?」
「王都から緊急連絡が!」
「何があった?」
「魔物です!」
使用人が息を切らしている。
「王都の外に、巨大な魔物が出現しました!」
「どんな魔物だ?」
「分かりません!」
「討伐隊は?」
「向かっています!」
俺は話を聞きながら。
嫌な予感がしていた。
「……」
なぜか。
胸がざわつく。
その直後。
遠くの空が。
赤く染まった。
「……え?」
巨大な光。
王都の方向。
まるで。
何か巨大な魔法が爆発したような光。
そして。
――ドォォォン!
遅れて轟音が響いた。
地面が揺れる。
「な、何だ!?」
騎士が叫ぶ。
俺は空を見る。
雲の向こう。
何か巨大なものが飛んでいる。
翼。
角。
黒い身体。
ドラゴン。
いや。
それよりも大きい。
まるで。
空そのものを埋め尽くすような魔物。
「……」
その魔物が。
王都へ向かって口を開いた。
赤い光が集まる。
「ブレス……?」
騎士が叫ぶ。
「全員、伏せろ!」
次の瞬間。
巨大な炎が。
王都へ放たれた。
――ズドォォォン!
炎が城壁を飲み込む。
俺は息を呑んだ。
「……」
だが。
炎が。
止まった。
「……え?」
いや。
止まったんじゃない。
跳ね返った。
王都の城壁に当たった炎が。
まるで巨大な鏡にぶつかったように。
そのまま魔物へ向かって戻っていく。
「な……」
騎士が絶句する。
炎が空を逆走する。
そして。
魔物の顔へ。
――ドォォォン!
直撃。
巨大な魔物が叫んだ。
その声が。
大地を震わせる。
俺は。
何もしていない。
少なくとも。
俺自身は。
「……」
いや。
違う。
俺は。
反射を無限化している。
そして。
王都の城壁にも。
世界にも。
俺が無限化した「反射」が存在している。
「……まさか」
俺の能力は。
俺の周囲だけではない。
この世界に存在する「反射」という現象そのものを。
無限にできる。
つまり。
どこかで反射が起きれば。
それを。
終わらなくできる。
「……」
俺は笑えなかった。
これ。
本当に。
とんでもない能力なのではないか。
そのとき。
王都の上空に。
黒い亀裂が走った。
空が割れる。
そこから。
一人の男が落ちてくる。
黒い服。
長い銀髪。
そして。
手には一本の剣。
男は空中で止まると。
ゆっくりこちらを見た。
「……」
目が合った。
距離は。
数キロある。
それなのに。
なぜか。
男の声が聞こえた。
「ようやく見つけた」
俺は黙る。
「無限化の力を持つ者」
「……」
「お前だな?」
俺は答えなかった。
男が笑う。
「そうか」
そして。
剣を抜いた。
その瞬間。
空気が変わった。
男の周囲に。
無数の剣が現れる。
「その力を使えるのは、お前だけではない」
「……何?」
男が剣を振る。
無数の剣が。
一斉にこちらへ飛んできた。
「レオン様!」
騎士が俺の前に立つ。
だが。
俺は手を上げた。
「大丈夫」
「しかし!」
「試したい」
俺は飛んでくる剣を見る。
一番近い剣が。
俺の目の前まで来た。
俺は。
手を伸ばした。
「反射」
剣が。
俺の手に当たる。
そして。
跳ね返った。
男へ向かう。
「……!」
男が避ける。
剣が地面へ。
跳ね返る。
木へ。
跳ね返る。
屋敷へ。
跳ね返る。
そして。
また男へ。
「……!」
男が剣で弾く。
その剣が。
さらに反射する。
男の後ろへ。
また。
また。
また。
「……」
俺は理解した。
俺が無限化した「反射」は。
ただ攻撃を跳ね返すだけじゃない。
一度始まった反射を、終わらせない。
だから。
攻撃を止められない。
逃げられない。
避けても。
どこかに当たれば。
また戻ってくる。
男が初めて焦った。
「何だ……この力は」
俺は答えた。
「俺にもよく分からない」
「……何?」
「でも」
俺は手を握る。
「便利そうだってことだけは分かった」
男の顔が歪む。
その瞬間。
王都の上空。
無数の剣が。
一斉に。
同じ方向へ向きを変えた。
すべての剣が。
男へ向かって飛んでいく。
「な――」
男が目を見開く。
俺は叫んだ。
「オフ!」
無限化を解除。
剣が。
一斉に落ちた。
ドサドサドサッ。
静寂。
俺は息を吐いた。
「……危なかった」
男は。
まだ空に浮かんでいた。
だが。
その表情には。
明らかな恐怖が浮かんでいる。
「……お前」
男が呟く。
「何を無限にした?」
「……」
俺は答えなかった。
いや。
答えられなかった。
自分でも。
まだ分からない。
俺が手に入れた力が。
どこまでできるのか。
何を反射できるのか。
どこまで強くなれるのか。
何も。
分からない。
ただ一つだけ。
確かなことがある。
俺が無限化したのは。
たった一つ。
「反射」
それだけだ。
そして。
この日。
俺はまだ知らなかった。
反射できるのは。
剣や炎だけではない。
光も。
音も。
熱も。
魔法も。
衝撃も。
毒も。
そして――。
この世界に存在する「効果」そのものすら。
反射できる可能性があることを。
さらに。
俺の「反射」は。
いつか。
攻撃を跳ね返すだけではなく。
「受けたものを、そのまま相手に返す」
という。
世界でもっとも厄介な力へと成長していく。
その始まりの日。
俺はまだ。
異世界に転生してから。
たった一日目だった。




