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第十六話 生き残った者

アルベルトは、瓦礫の向こう側に立っていた。


 三百年前に滅びた王都の跡地。その場所に立つ彼の姿は、昨日まで学院で会っていた研究者のものと何も変わらない。白髪の一本すら増えていないし、三百年という時間を生きた人間には到底見えなかった。


 ただ、その瞳だけが違っていた。


 俺たちがまだ何も知らないことも。


 三百年前に何が起きたのかも。


 そして、俺が何度目の人生を生きているのかさえも。


 全部知っている。


 そんな目だった。


「第七周期のレオン・アーデル」


 アルベルトは、もう一度俺の名前を呼んだ。


「ようやく会えたな」


「……三百年前から生きてるっていうのは、本当なのか?」


 俺が問いかけると、アルベルトはすぐには答えなかった。


 ただ、俺の後ろにいる三人へ順番に視線を向ける。


 セレナ。


 ルナ。


 そして、ミレイア。


 最後にミレイアを見た瞬間だけ、アルベルトの表情がわずかに変わった。


「ミレイア・エルネスト」


「……はい」


「やはり、君もここにいるのか」


「私を知っているんですか?」


 ミレイアが一歩前へ出る。


 アルベルトは、その質問に答える代わりに、少しだけ目を伏せた。


「知っている、という言葉では足りない」


「どういう意味です?」


「私は三百年前から、君を見てきた」


「……」


 ミレイアの顔から笑みが消える。


「三百年前の私を?」


「ああ」


 アルベルトは静かに頷いた。


「君は三百年前にも、ここにいた」


 俺の胸が大きく鳴った。


 地下施設で見た記憶。


 銀髪の少女。


 俺の名前を呼んだ声。


『私を置いていかないで』


 そして、さっき見つけた石碑。


 そこには確かに、ミレイア・エルネストという名前が刻まれていた。


 ただし、その名前の下には。


『生存』


 という文字が隠されていた。


「じゃあ、あの石碑は何なんだ」


 俺が問う。


「三百年前の王都崩壊で、ミレイアは死んだことになっているはずだ」


「その通りだ」


「でも実際には生きていた」


「そうだ」


「なぜだ?」


 アルベルトは、しばらく俺を見つめていた。


 そして。


「お前が助けたからだ」


「……俺が?」


「ああ」


 その一言で、頭の奥に激しい痛みが走った。


「――ッ!」


 視界が歪む。


 炎に包まれた王都。


 崩れ落ちる建物。


 赤く染まった空。


 そして、その中を走る俺。


 腕の中には。


 銀髪の少女がいた。


『レオン、もういいです!』


『黙ってろ』


『でも、王都が……』


『分かってる』


『このままでは、あなたまで……』


『俺のことはいい』


 そこで映像が途切れる。


「レオンさん!」


 ミレイアの声で、俺は現実に戻った。


 膝が崩れそうになった俺の身体を、ミレイアが支えている。


「大丈夫ですか?」


「ああ……」


 息を整えながら、アルベルトを見る。


「今、何をした?」


「何もしていない」


「じゃあ、どうして……」


「お前の記憶が、私の言葉に反応しただけだ」


「俺の記憶が?」


「第六周期の記憶は、まだ完全には封じられていない」


 アルベルトは淡々と言った。


「お前の中には、三百年前の記憶が残っている。だが、それは意図的に分断されているんだ」


「誰がやった?」


「お前自身だ」


「……俺自身?」


「ああ」


 俺は眉をひそめた。


「どういう意味だ」


「記憶を消したのは、誰かに強制されたからではない」


 アルベルトは、まっすぐ俺を見る。


「お前自身が、それを望んだ」


 その言葉に。


 地下施設で聞いた記録が蘇る。


『記憶消去』


『魂の移送』


『これしかない』


 あのときの俺は、自分の意思で何かを選んでいた。


 それだけは分かっている。


「だったら、なぜ俺は自分の記憶を消した?」


「それを知るために、私はお前をここへ呼んだ」


「呼んだ?」


 俺は一歩踏み出す。


「学院から消えたのも、お前が俺たちをここへ誘導するためだったのか?」


「半分はそうだ」


「半分?」


「お前たちをここへ導いたのは私だ。だが、全てが私の計画通りに進んでいるわけではない」


 アルベルトは、そう言って周囲を見回した。


「むしろ、もう時間がない」


「残り六日か」


「正確には」


 アルベルトの表情が変わる。


「六日と少しだ」


 俺たちは黙った。


「王都の崩壊現象は、すでに始まっている」


 アルベルトが続ける。


「昨日の空間亀裂は前兆に過ぎない。魔力の異常、結界の揺らぎ、東部での空間歪曲。それらは全て同じ場所へ向かっている」


「どこだ?」


「王都の中心」


 アルベルトが答える。


「三百年前、お前が王都を滅ぼした場所だ」


 セレナが息を呑んだ。


「王都中央地下施設……」


「ああ」


 アルベルトは頷く。


「そこが再び開こうとしている」


「何が開く?」


 ルナが尋ねる。


 アルベルトはすぐには答えなかった。


「門だ」


「門?」


「お前たちが地下で見つけたものだ」


 俺の脳裏に、あの黒い結晶が浮かぶ。


 無数の鏡。


 空間を開く術式。


 そして、黒い結晶が示した三つの鍵。


『第一の鍵――アーデル』


『第二の鍵――エルネスト』


『最後の鍵――レオン』


「じゃあ」


 俺は、ゆっくり口を開いた。


「俺たち三人が鍵っていうのは本当なのか?」


「本当だ」


 即答だった。


 セレナがペンダントを握る。


「アーデルの血が第一の鍵」


「そうだ」


「エルネストが第二の鍵」


「そうだ」


 そして。


 アルベルトの視線が俺へ向く。


「レオン・アーデルが最後の鍵だ」


「俺が最後の鍵なら」


 俺は拳を握る。


「門を開けるのは俺たちなのか?」


「違う」


「……違う?」


「お前たちは鍵だ」


 アルベルトは、静かに言った。


「だが、鍵を使う者が別にいる」


 嫌な予感がした。


「誰だ?」


 アルベルトは答えなかった。


 代わりに。


「お前たちが昨日見た銀髪の男」


 その名前を聞いた瞬間。


 俺の身体が強張った。


「……あいつか」


「知っているのか?」


「鏡の中に現れた」


「そうか」


 アルベルトは目を細める。


「なら、もう始まっている」


「何が?」


「あれは門の向こう側にいる存在だ」


 空気が重くなる。


「三百年前、お前が王都を滅ぼした理由も」


 アルベルトが続ける。


「奴と関係している」


「だったら話せ」


 俺はアルベルトを睨んだ。


「三百年前に何があった?」


「……」


「俺は何をした?」


「……」


「ミレイアに何をした?」


 アルベルトの視線が、ミレイアへ向く。


「そして」


 俺はさらに一歩近づいた。


「俺が王都を滅ぼした本当の理由を教えろ」


 アルベルトは、しばらく黙っていた。


 やがて。


「ここで全て話すことはできない」


「なぜだ」


「記憶が戻る順番には意味がある」


「そんなことを言ってる場合か!」


 俺の声が、廃墟に響いた。


「あと六日しかないんだぞ!」


「だからこそだ」


 アルベルトは怒鳴り返さなかった。


 ただ、静かな声で言った。


「今すべてを知れば、お前は三百年前と同じ選択をする」


「……」


「それだけは避けなければならない」


 その言葉に。


 昨日聞いた少女の声が重なった。


『まだ思い出さないで』


『思い出したら、あなたはまた同じことをする』


「……お前も」


 俺はアルベルトを見る。


「同じことを言うんだな」


「誰かにそう言われたのか?」


「ああ」


「少女だったか?」


「……!」


 アルベルトの表情が初めて崩れた。


「その少女を見たのか?」


「鏡の中にいた」


「そうか……」


 アルベルトは、苦しそうに目を閉じた。


「まだ生きていたか」


「知ってるのか?」


「知っている」


「誰なんだ?」


 アルベルトは答えなかった。


 代わりに、ミレイアを見つめる。


「君は何も思い出していないのか?」


「……はい」


「本当に?」


「分かりません」


 ミレイアは、自分の胸元を押さえた。


「最近、レオンさんと一緒にいると、知らない光景を見ることがあります。でも、それが記憶なのか夢なのかも分からなくて」


「それでいい」


「え?」


「今は、それでいい」


 アルベルトの声には、奇妙な優しさがあった。


「無理に思い出してはいけない」


「どうしてですか?」


「君が思い出せば、彼も思い出す」


「……私が?」


「そして」


 アルベルトが言う。


「二人が完全に思い出したとき、第七周期は終わる」


 その言葉に。


 俺は違和感を覚えた。


「第七周期が終わるって、どういう意味だ?」


「世界が終わる」


「……」


「正確には、今の世界が次の世界へ移行する」


「次の世界?」


「お前たちが何度も繰り返してきたものだ」


 セレナが口を開く。


「世界が……何度も繰り返されてるってこと?」


「ああ」


「だったら、今までの六回は?」


「全て失敗した」


「何に?」


 アルベルトは答えた。


「門を閉じることに」


 その瞬間。


 遠くで地鳴りがした。


 ゴゴゴゴ……。


 地面が小さく揺れる。


 瓦礫が崩れ、砂埃が舞う。


「またか」


 ルナが剣を抜く。


 アルベルトは空を見上げた。


「始まったな」


「何が?」


「王都東部に残された最後の記録が、開いた」


「記録?」


「ああ」


 アルベルトは、俺たちへ向き直る。


「第六周期の最後に、私が残したものだ」


「お前が?」


「そうだ」


「どこにある?」


 アルベルトは、旧王都の奥を指差した。


「ここから先だ」


 その先には、崩れた建物しか見えない。


 だが。


「地下にある」


 アルベルトが言った。


「第六周期の記録保管庫だ」


 セレナがペンダントを見る。


 ペンダントは、今までにないほど強く光っていた。


「ここだったの……」


「そうだ」


 アルベルトは頷く。


「君の父親も、ここを探していた」


「父が?」


「彼は第六周期の真実に近づきすぎた」


「それで?」


「消された」


 セレナの表情が固まった。


「……誰に?」


「それを知るために、君もここへ来たんだろう」


 セレナは何も言わなかった。


 ただ。


 ペンダントを強く握り締めた。


「行こう」


 俺が言う。


 アルベルトが先頭に立つ。


 崩れた建物の奥へ進むと、瓦礫の下に古い石造りの階段が現れた。


 そこには。


 三つの紋章が刻まれている。


 アーデル。


 エルネスト。


 そして。


 レオン。


「また三つか」


 ルナが呟く。


「第六周期に作られた施設は、全てこの三つの血筋を基準にしている」


 アルベルトが答える。


「なぜだ?」


「三つの血筋が、門を閉じるために必要だったからだ」


「でも」


 俺は紋章を見る。


「俺たちの血筋が、門を開く鍵にもなってる」


「そうだ」


「矛盾してないか?」


「している」


 アルベルトは、あっさり認めた。


「それこそが、三百年前の失敗だ」


 階段を下りる。


 地下は、昨日の施設よりもさらに古かった。


 壁には大量の記録が刻まれ、床には魔法陣が何重にも描かれている。


 そして。


 最奥に。


 一つの部屋があった。


「ここだ」


 アルベルトが扉を開ける。


 中には。


 一つの机と。


 一つの椅子。


 そして。


 机の上に置かれた古い記録だけが残されていた。


「これが……」


 セレナが近づく。


「第六周期記録保管庫」


 アルベルトが言う。


「三百年前、ここで最後の記録を書いた」


 俺は机の上の本を見る。


 表紙には。


『第六周期・最終記録』


 と書かれていた。


「読むぞ」


 俺が本を開く。


 最初のページには。


 三百年前の日付。


 そして。


 一行目。


『王都崩壊まで、残り七日』


 俺は息を呑んだ。


「今と同じ……」


 ミレイアが呟く。


「そうだ」


 アルベルトが答える。


「三百年前も、七日前から始まった」


 ページをめくる。


『レオン・アーデルの記憶消去を完了』


『ミレイア・エルネストの記憶封印を完了』


「……」


 ミレイアの顔が強張る。


「私も……記憶を消された?」


「そうだ」


 アルベルトが言う。


「だが、お前の場合は完全ではなかった」


 次のページ。


『二人の記憶を分離』


『互いの存在を忘却させる』


『それでも接触時に反応あり』


 俺は眉をひそめた。


「分離?」


「お前たち二人が一緒にいると、封印された記憶が共鳴する」


「だから俺は、ミレイアに会ったときから……」


「懐かしいと感じた」


 アルベルトが言葉を続ける。


「それは、お前の記憶が戻ったからではない」


「じゃあ何だ?」


「魂が覚えている」


 その言葉に。


 背筋が冷たくなった。


「記憶は消せても」


 アルベルトは言う。


「魂に刻まれたものまでは消せない」


 ミレイアが、自分の胸に手を当てる。


「だから……私も」


「ああ」


「レオンさんを見ていると、知らないはずのことを知っているような気がする」


「それが理由だ」


 俺は、何も言えなかった。


 ページをめくる。


 すると。


 一枚の古い絵が挟まっていた。


「……」


 そこに描かれていたのは。


 二人の男女だった。


 一人は黒髪の青年。


 もう一人は銀髪の少女。


 顔は簡略化されている。


 だが。


 俺には分かった。


 俺と。


 ミレイアだ。


「……これ」


 ミレイアが震える。


 絵の下には。


 一文だけ。


『第六周期において、二人は再び出会った』


 その下。


『そして、レオンはミレイアを殺さなかった』


「……え?」


 俺はページを凝視する。


「待て」


 その文章の続きは。


 何度読んでも同じだった。


『レオン・アーデルは、最後まで彼女を殺さなかった』


「じゃあ」


 セレナが俺を見る。


「三百年前のレオンがミレイアを殺そうとしたって話は?」


 アルベルトが。


 静かに答えた。


「偽りだ」


「……」


「少なくとも、第六周期の記録ではな」


 俺の胸に。


 何かが落ちたような感覚があった。


 あの銀髪の男が言った。


『お前は彼女を殺そうとしていた』


 だが。


 この記録には。


『殺さなかった』


 と書かれている。


 どちらが真実なのか。


「アルベルト」


「何だ」


「あの銀髪の男は嘘をついているのか?」


 アルベルトは、しばらく考えた。


「それも違う」


「……どういうことだ」


「奴が言ったことも、ある意味では真実だ」


「じゃあ、俺はミレイアを殺そうとしたのか?」


「そうだ」


「でも殺していない?」


「そうだ」


 頭が混乱する。


「意味が分からない」


「三百年前のお前には、ミレイアを殺さなければならない理由があった」


「……」


「だが」


 アルベルトは、記録を指差した。


「最後の瞬間に、お前はそれを拒んだ」


 俺は。


 あの記憶を思い出した。


『私を置いていかないで』


『ごめん』


 手を離した。


 だが。


 殺した記憶はない。


「じゃあ俺が手を離したのは……」


「ミレイアを殺すためではない」


 アルベルトが答える。


「彼女を生かすためだ」


 ミレイアが息を呑む。


「では、なぜ……」


 アルベルトは答えなかった。


 代わりに。


 記録の最後のページを開いた。


 そこには。


『レオンは王都を滅ぼす』


 という一文があった。


 その下には。


『ただし、これは破壊ではない』


「……?」


 俺は続きを読む。


『王都そのものを滅ぼすことで』


『門を閉じる』


『そのために必要なのは』


『王都に存在する全ての魔力を、一度消滅させること』


「……」


 俺は言葉を失った。


 王都を滅ぼした。


 それは事実。


 だが。


 目的は。


 世界を滅ぼすことではなかった。


 門を閉じることだった。


「じゃあ」


 ルナが言う。


「三百年前の王都崩壊は、門を閉じるためだったのか?」


「そうだ」


「なら、なぜまた開こうとしている?」


 アルベルトは。


 記録の最後を指差した。


「閉じることはできた」


「……」


「だが、完全には消せなかった」


 そこには。


 小さな文字で。


『次の周期へ移行』


 と書かれていた。


「世界を一度リセットすることで」


 アルベルトが言う。


「門を閉じた」


「それが魂の移送?」


「そうだ」


「だから俺は転生した」


「そうだ」


「ミレイアも?」


 アルベルトは。


 一瞬だけ目を伏せた。


「……彼女もまた、次の世界へ送られた」


 ミレイアが自分の胸元を握る。


「じゃあ」


 彼女は小さく呟いた。


「私たちは……」


「何度も出会っている」


 アルベルトが答える。


「そして」


「……」


「何度も同じことを繰り返している」


 部屋の中に。


 重い沈黙が落ちた。


 俺は。


 最後のページを見つめる。


 そこには。


 まだ一行だけ残っていた。


『第七周期では、別の方法を選べ』


「……別の方法?」


 俺が呟く。


 アルベルトは頷いた。


「それが、私が三百年間探してきたものだ」


「何を?」


「王都を滅ぼさずに、門を閉じる方法だ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸の奥にあった何かが。


 初めて繋がった。


 七日後。


 王都は滅びる。


 俺はまた。


 三百年前と同じ選択を迫られる。


 だが。


 今回は違う。


 王都を滅ぼさず。


 ミレイアを失わず。


 門を閉じる。


 そんな方法があるなら。


 俺は、それを探したい。


「アルベルト」


「何だ」


「お前は三百年間、それを探してたのか?」


「ああ」


「だったら」


 俺は記録を閉じる。


「六回失敗した理由も知ってるんだな」


 アルベルトは。


 初めて苦しそうな顔をした。


「……六回とも」


「何があった?」


「お前が」


 アルベルトは。


 ゆっくり俺を見る。


「最後の選択をする前に、記憶を取り戻してしまった」


「……」


「そして」


 その先を言うことをためらうように。


 一度だけ目を閉じた。


「ミレイアを選んだ」


「……ミレイアを?」


「違う」


 アルベルトは首を振った。


「正確には」


 そして。


「ミレイアを守るために、世界を壊した」


「……」


 ミレイアが息を呑む。


「世界を……」


「ああ」


「それが六回の失敗?」


「そうだ」


 俺は。


 自分の手を見る。


 今まで感じていた恐怖が。


 少しだけ形を変えた。


 俺は王都を滅ぼした。


 だが、それは世界を救うためだった。


 そして。


 その前にミレイアを殺そうとしていた。


 だが、本当は殺していなかった。


 記憶は改竄されている。


 誰かが嘘をついている。


 何度も同じ世界を繰り返している。


 そして。


 六回とも。


 俺はミレイアを選んだ。


「じゃあ」


 俺は顔を上げる。


「七回目はどうすればいい?」


 アルベルトは。


 静かに答えた。


「ミレイアを選ぶな」


 ミレイアの表情が固まった。


「……」


「お前が彼女を選べば、また世界が壊れる」


「じゃあ」


 俺は。


 アルベルトを睨む。


「何を選べっていうんだ?」


 アルベルトは。


 答えなかった。


 その代わり。


 記録の最後に残された一文を指差した。


『第七周期では、レオン自身が選択肢になる』


「……」


 意味が分からない。


 だが。


 その直後。


 地下施設全体が。


 大きく揺れた。


 天井から砂埃が落ちる。


「何だ!?」


 ルナが叫ぶ。


 アルベルトが。


 すぐに立ち上がった。


「時間切れだ」


「何が?」


「王都中央の門が、動き始めた」


 そして。


 遠くから。


 地上へ響き渡るような轟音が聞こえた。


 ズン――。


 ズン――。


 ズン――。


 三度。


 地面が震える。


 ミレイアが顔を上げた。


「……あれは」


 地下の壁に。


 赤い光が走っている。


 その光は。


 一本の線となって。


 俺たちのいる部屋へ向かってきた。


「来るぞ」


 アルベルトが言う。


「何が?」


 俺が問う。


 アルベルトは。


 俺ではなく。


 ミレイアを見た。


「彼女を探している」


「……誰が?」


 その瞬間。


 壁の向こうから。


 あの声が聞こえた。


『ミレイア』


「……!」


 俺は。


 反射的にミレイアの前へ立つ。


 声の主は。


 昨日、鏡の中にいた銀髪の男。


『見つけた』


 壁に。


 巨大な亀裂が走る。


 その向こう側に。


 赤い瞳が浮かび上がった。


『ようやく見つけた』


「……」


 俺は剣を抜く。


「お前は誰だ」


 銀髪の男が。


 亀裂の向こうで笑った。


『お前が忘れたものだ』


「……何?」


『三百年前』


 男の視線が。


 俺を通り過ぎ。


 ミレイアへ向く。


『お前が最後に選ばなかったものだ』


 ミレイアが。


 小さく息を呑む。


 次の瞬間。


 亀裂が閉じた。


 静寂が戻る。


 俺は。


 剣を下ろさなかった。


「アルベルト」


「何だ」


「あいつは、何者だ?」


 アルベルトは。


 しばらく黙ったあと。


 低い声で答えた。


「第六周期で」


「……」


「お前が殺したはずの男だ」


「……何?」


「そして」


 アルベルトの顔が。


 初めて恐怖に歪んだ。


「第七周期で、お前がもう一度殺すことになる男だ」


 俺は。


 閉じた亀裂を見つめた。


 残り六日。


 俺たちはまだ。


 三百年前の真実を知らない。


 だが。


 少なくとも一つだけ。


 分かったことがある。


 三百年前の俺は。


 世界を壊すために王都を滅ぼしたわけではない。


 ミレイアを殺すためでもなかった。


 むしろ。


 何度も彼女を守ろうとして。


 そのたびに。


 世界を犠牲にしてきた。


 なら。


 七回目の俺に残された道は一つしかない。


 ミレイアを守りながら。


 世界も守る。


 その方法を。


 あと六日で見つける。


 俺は。


 地下に残された記録を見つめた。


 そして。


 まだ誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「今度は、どっちも失わない」


 その言葉に答えるように。


 地下施設の奥で。


 何かが。


 ゆっくりと目を覚ました。

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