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第十五話 六日前の記録

地下施設を出たときには、すでに昼を過ぎていた。


 噴水広場へ戻る階段を上がると、眩しい光が目に入り、俺は思わず目を細めた。


 ほんの数時間前まで、ここはただの王都中央にある噴水広場だった。


 三百年前の王都に存在していた地下施設など、誰も知らない。


 少なくとも、表向きには。


 だが今は違う。


 俺たちは知ってしまった。


 この王都の地下には、三百年前から続く何かが眠っている。


 そして、その中心には。


 俺たち三人の名前が刻まれていた。


『第一の鍵――アーデル』


『第二の鍵――エルネスト』


『最後の鍵――レオン』


 頭の中で、その文字が何度も繰り返される。


「……レオンさん」


 隣を歩いていたミレイアが、俺の顔を覗き込んだ。


「大丈夫ですか?」


「ああ」


「さっきからずっと難しい顔をしています」


「そう見える?」


「はい」


 ミレイアは少しだけ笑った。


「眉間に皺が寄っています」


「癖なんだよ」


「知りませんでした」


「俺も知らなかった」


 そう言うと、ミレイアが小さく笑った。


 ほんの一瞬。


 いつも通りのやり取りだった。


 だが、その笑顔を見ていると、地下で見た光景が頭をよぎる。


『私を置いていかないで』


 泣いていた少女。


 俺に手を伸ばしていた。


 そして俺は。


 その手を離した。


 あれが本当にミレイアだったのか。


 それとも。


 俺がそう思い込んでいるだけなのか。


 分からない。


 ただ一つだけ確かなことがある。


 三百年前の俺は、ミレイアを知っていた。


 少なくとも、今の俺にはそう思えてならなかった。


「レオン」


 前を歩いていたセレナが振り返る。


「どうした?」


「さっきからミレイアのことばっかり見てるけど」


「……」


「何か思い出した?」


「いや」


 俺は首を振った。


「まだ何も分からない」


「そう」


 セレナはそれ以上聞かなかった。


 だが。


 彼女の手は、ずっと父親の形見であるペンダントを握っていた。


 地下施設でペンダントが反応したこと。


 アーデルの血を持つ者だけが、あの扉を開けられたこと。


 そして。


 黒い結晶が示した「第一の鍵」という言葉。


 セレナ自身も、かなり混乱しているはずだった。


「セレナ」


「何?」


「そのペンダント」


 俺は彼女の手元を見る。


「少し見せてもらっていいか?」


「これ?」


「ああ」


 セレナは一瞬だけ迷った。


 それから。


 ゆっくりペンダントを俺へ渡した。


「壊さないでよ」


「そんな器用なことできない」


「どういう意味よ」


 ペンダントを受け取る。


 銀色の小さな装飾。


 表面には見慣れない紋章。


 そして裏側には、三百年前の資料にも描かれていたものと同じアーデル家の紋章が刻まれている。


 だが。


「……ん?」


「何?」


「これ、昨日と違わないか?」


「え?」


 俺はペンダントを裏返した。


 昨日までは、確かに紋章だけだった。


 だが今は。


 その紋章の下に、薄い線が浮かび上がっている。


「文字?」


 ミレイアが近づいてくる。


「はい」


 彼女が指先を近づけると、淡い魔力がペンダントを包んだ。


 すると。


 隠されていた文字が、少しずつ浮かび上がった。


『第六周期記録保管庫』


「……」


 セレナの表情が変わった。


「記録保管庫?」


「ああ」


 俺はペンダントを見つめる。


「地下施設にあった記録とは別のものかもしれない」


「どうして?」


「地下の記録は、第六周期の出来事そのものだった」


 俺は思い出す。


『封印完了』


『記憶消去』


『魂の移送』


 そして。


『第六周期記録』


「でもこれは」


 ペンダントの文字を指でなぞる。


「保管庫だ」


「つまり」


 ルナが口を挟んだ。


「三百年前の記録を保存している場所が、別にあるってことか?」


「たぶんな」


「だったら」


 セレナがペンダントを取り戻す。


「そこへ行けば、父のことも分かるかもしれない」


「……」


 俺は頷いた。


「行こう」


 * * *


 王都魔法学院へ戻ると、空気が明らかに変わっていた。


 朝に出たときよりも、人の数が多い。


 教師や研究員だけではない。


 学院の外から来たらしい騎士まで廊下を走っている。


「何かあったのか?」


 ルナが近くを通った騎士に声をかける。


「王都北部で魔力異常が確認された」


「北部?」


「ああ。今朝から断続的に発生している」


「魔物か?」


「分からない」


 騎士は足を止めることなく答えた。


「ただ、普通の魔力反応じゃない。学院の結界にも影響が出始めている」


 そのまま走り去っていく。


「……残り六日」


 セレナが呟いた。


「一日で、これか」


「昨日の亀裂と関係しているんでしょうか」


 ミレイアが不安そうに言う。


「分からない」


 俺は学院の窓から北の空を見る。


 雲は晴れている。


 何も変わっていない。


 それなのに。


 どこかで、世界そのものが軋んでいるような感覚があった。


「アルベルトを探そう」


「資料室?」


「いや」


 俺は首を振った。


「昨日の様子を見る限り、あいつなら何か知っている」


 俺たちは禁忌研究部門へ向かった。


 だが。


 そこで待っていたのは、空になった研究室だった。


「いない?」


 セレナが部屋を見回す。


 机の上には資料が散乱している。


 昨日まであった大量の書物も、いくつか消えていた。


「アルベルトさんは?」


 ミレイアが近くの研究員に尋ねる。


「……グラン教授なら、今朝から姿を見せていません」


「どこへ行ったか分かりますか?」


「分かりません」


「連絡は?」


「つきません」


「……」


 嫌な予感がした。


 俺は研究室の奥へ進む。


 机の上に、一枚の紙が残っていた。


 何気なく手に取る。


 そこには。


 見覚えのある文字があった。


『第六周期記録保管庫』


「……」


 俺は紙を裏返す。


 何もない。


「レオンさん?」


「アルベルトは」


 俺は紙を握った。


「これを探してたんだ」


「でも」


 セレナが首を傾げる。


「どうして何も言わずに?」


「分からない」


 そのとき。


 机の奥から小さな音がした。


 カチッ。


「……?」


 俺が机を動かす。


 すると。


 底板の一部が外れた。


「隠し場所?」


 ルナが覗き込む。


 そこには、一冊の薄い本が入っていた。


 表紙には何も書かれていない。


 ただ。


 裏側に小さな紋章が刻まれていた。


 アーデル。


 エルネスト。


 そして。


 レオン。


「……三つ」


 ミレイアが呟く。


「地下施設の扉と同じです」


 俺は本を開いた。


 最初のページ。


 そこには、古い日付が書かれていた。


 三百年前。


 王都崩壊の七日前。


「……」


 俺の指が止まった。


「七日前?」


「はい」


 ミレイアが隣から覗き込む。


「これ」


「王都が滅びる七日前に書かれた記録だ」


 ページをめくる。


 最初の文章は。


 驚くほど簡潔だった。


『第六周期、観測記録』


『レオン・アーデルは記憶消去処置を受けた』


「……」


 セレナが息を呑む。


「やっぱり」


「何が?」


「地下で見た記録と同じ」


 セレナが言う。


「レオンは、三百年前にも記憶を消されていた」


「そうみたいだな」


 さらにページをめくる。


『記憶消去は成功』


『過去六周期分の記憶を封印』


『魂の移送準備完了』


 俺は眉をひそめた。


「過去六周期分?」


「つまり」


 ルナが言う。


「三百年前の時点で、すでに六回目だった?」


「ああ」


 俺はページを見つめる。


「今が七回目なら」


「三百年前は第六周期」


 ミレイアが答えた。


 だが。


 その次の文章を読んだ瞬間。


 俺は言葉を失った。


『ただし、今回の記憶消去には異常が確認された』


「異常?」


 セレナが身を乗り出す。


 俺は続きを読む。


『対象は記憶を失った後も、特定の人物に関する感情のみを保持している』


「……特定の人物?」


「誰?」


 ルナが聞く。


 その答えは。


 次のページに書かれていた。


『対象が保持している唯一の感情』


『ミレイア・エルネストへの執着』


「……」


 ミレイアの顔から。


 血の気が引いた。


「私……?」


 俺も。


 何も言えなかった。


 ページには続きがある。


『原因は不明』


『記憶を消しても、対象は彼女を探し続ける』


『第六周期においても同様の現象が確認された』


『第七周期でも再発する可能性が高い』


「……」


 胸の奥が重くなる。


「これ」


 セレナが呟いた。


「三百年前の記録なんだよね?」


「ああ」


「だったら」


 セレナが俺を見る。


「今のレオンも同じじゃない?」


「……」


 俺は答えられなかった。


 ミレイアに初めて会ったとき。


 なぜか懐かしいと感じた。


 何も知らないはずなのに。


 彼女が危険に巻き込まれると、身体が勝手に動いた。


 そして今。


 俺は彼女を守りたいと思っている。


 それが過去の記憶によるものなのか。


 それとも。


 今の俺自身の意思なのか。


 分からない。


「……先を読もう」


 俺はページをめくった。


 そこには。


 さらに奇妙な記録が残っていた。


『ミレイア・エルネスト本人について』


『彼女は第六周期以前の記憶を保持している可能性がある』


「……え?」


 ミレイアが。


 小さく声を漏らした。


「私が?」


『対象本人には記憶の自覚なし』


『しかし、レオン・アーデルが近くにいる場合、断片的な記憶反応を示す』


『彼女自身が何を覚えているのかは不明』


「そんな……」


 ミレイアは。


 自分の頭に手を当てた。


「私、本当に何も覚えていません」


「分かってる」


「でも」


 彼女の声が震える。


「もし私の中に、知らない記憶があるなら」


「……」


「私自身も、知らないうちに何かをしているのかもしれません」


 俺は。


 彼女の手を取った。


「ミレイア」


「はい」


「今のお前が何も覚えていないなら、それでいい」


「……」


「過去に何があったとしても」


 俺は。


 自分でも驚くほど自然に言葉が出た。


「今のお前が何を選ぶかは、お前自身が決めればいい」


 ミレイアは。


 しばらく俺を見つめた。


 そして。


「……ありがとうございます」


 小さく笑った。


 その瞬間。


 俺の頭の中に。


 また一つ。


 知らない記憶が浮かんだ。


『レオン』


 誰かが俺を呼んでいる。


『どうして、そんなことを言うんですか?』


 泣いている。


 目の前にいるのは。


 銀髪の少女。


『俺が決める』


 過去の俺が答える。


『お前じゃなく、俺が』


『でも……』


『お前には選ばせない』


『どうして?』


『お前が選んだら』


 俺は。


 彼女の肩に手を置いていた。


『お前は、俺を選ぶから』


「――ッ!」


 視界が戻る。


「レオンさん!」


 ミレイアが俺を支えていた。


「大丈夫ですか?」


「ああ……」


 俺は額を押さえる。


「また記憶が」


「何を見たんですか?」


「……分からない」


 ただ。


 一つだけ。


 確かに覚えている。


「三百年前の俺は」


「はい」


「ミレイアに、何かを選ばせないようにしていた」


 ミレイアの目が揺れる。


「私に……?」


「ああ」


 そして。


 俺は気づいた。


 これは今まで見てきた記憶とは違う。


 これまでの記憶は、どこか断片的だった。


 戦場。


 地下施設。


 王都。


 炎。


 でも今の記憶だけは。


 妙に鮮明だった。


 俺は。


 ミレイアを守ろうとしていた。


 少なくとも。


 そう見えた。


「……」


 セレナが。


 静かに口を開く。


「ねえ」


「ん?」


「もし」


 セレナは。


 記録を指差した。


「この記録が本当なら」


「……」


「三百年前のレオンは、ミレイアを殺そうとしていたんじゃなくて」


「……」


「逆に、守ろうとしていた可能性があるんじゃない?」


 俺は。


 記録を見る。


 だが。


「まだ分からない」


「どうして?」


「この記録を書いた人間が、俺たちに真実を伝えようとしているとは限らない」


「……」


「そもそも」


 俺は。


 本の表紙を見る。


「誰がこれを書いた?」


 全員が黙った。


 確かに。


 おかしい。


 三百年前の記録なら。


 なぜ今も残っている?


 なぜアルベルトの研究室にある?


 なぜ俺たちが来る直前に、こんな形で置かれていた?


「……罠かもしれない」


 ルナが言った。


「だな」


 俺も頷く。


「だから」


 ページを閉じようとした。


 そのとき。


 一枚の紙が床へ落ちた。


「……?」


 拾い上げる。


 それは本に挟まっていた別紙だった。


 そこには。


 短い文章が書かれている。


『記録を読む者へ』


 その下に。


『この記録を信じるな』


「……」


 全員が。


 固まった。


「は?」


 セレナが呟く。


「信じるなって……」


 俺は続きを読む。


『ここに記された内容のうち、半分は真実だ』


『残り半分は、真実を隠すために書かれた』


「……」


『だが、どこまでが真実なのかは記録した本人にも分からない』


「どういうこと?」


 ミレイアが困惑する。


 その下には。


 さらに一文。


『第六周期の記録は、すでに改竄されている』


「……」


『王都滅亡の原因』


『レオン・アーデルの行動』


『ミレイア・エルネストの役割』


『全てが、正しいとは限らない』


 俺は。


 紙を握り締めた。


「だったら」


 セレナが言う。


「何を信じればいいの?」


 答えは。


 どこにも書かれていなかった。


 ただ。


 最後に一つだけ。


 手書きの文章が残っていた。


『自分の記憶だけを信じろ』


「……」


 俺は。


 その言葉を見つめた。


 だが。


 すぐに気づく。


 俺の記憶ほど。


 今は信用できないものはない。


 俺は転生している。


 六回分の記憶を消されている。


 そして。


 三百年前の自分が何をしたのかすら知らない。


 そんな俺に。


 自分の記憶だけを信じろと言われても。


 何も信じられない。


「……皮肉だな」


「レオンさん?」


「俺に一番信用できないものを信じろって言ってる」


 ミレイアが。


 少しだけ寂しそうに笑った。


「でも」


「……」


「今のレオンさんの記憶なら」


「?」


「私が一緒に確かめます」


 俺は彼女を見る。


「過去の記憶が正しいかどうかは」


 ミレイアは。


 まっすぐ俺を見た。


「今の私たちで確かめればいいんです」


「……」


 その言葉に。


 不思議と胸が軽くなった。


「ああ」


 俺は頷いた。


「そうする」


 * * *


 その日の午後。


 俺たちは記録保管庫について調べ始めた。


 学院の古い地図。


 地下施設の構造。


 三百年前の王都の記録。


 アーデル家の歴史。


 エルネスト家の記録。


 だが。


 どれだけ探しても。


『第六周期記録保管庫』


 という場所だけが見つからなかった。


「存在しない?」


 セレナが古い地図を机に広げる。


「そんなはずない」


「でも」


 ミレイアが別の資料を確認する。


「三百年前の学院記録にも、保管庫の名前がありません」


「地下施設にもなかった」


 ルナが腕を組む。


「だったら」


 俺は。


 セレナのペンダントを見る。


「このペンダントが示している場所は、学院でも地下施設でもない」


「じゃあどこ?」


「分からない」


 そのとき。


 セレナが。


 ふとペンダントを持ち上げた。


「……これ」


「どうした?」


「さっきから少し重い」


「重い?」


「うん」


 ペンダントを机に置く。


 すると。


 表面に光が走った。


 地図の上へ。


 一つの光点が浮かび上がる。


「……!」


 王都の地図。


 光点が示していたのは。


「学院じゃない」


 ミレイアが言う。


「王都東部」


「ここって」


 セレナが地図を見る。


「旧王都跡地?」


 俺は頷いた。


 三百年前。


 王都が滅亡した際に、完全に焼け落ちたとされる区域。


 現在では住宅地にも使われていない。


 ただの廃墟。


「どうしてこんなところに」


「行ってみるしかない」


 俺は立ち上がった。


 その瞬間。


 学院全体に。


 鐘が鳴り響いた。


 一度。


 二度。


 三度。


 昨日の夜と同じ。


 警告の鐘。


「……また?」


 セレナが窓を見る。


 外では。


 学生たちが一斉に空を見上げている。


 俺たちも窓へ近づく。


 すると。


 王都の東の空が。


 薄く赤く染まっていた。


 空そのものが燃えているわけではない。


 だが。


 空間が歪んでいる。


 その中心に。


 一瞬。


 鏡のようなものが浮かんだ。


「……」


 鏡の中に。


 人影がある。


 黒髪。


 鋭い目。


 俺と同じ顔。


 だが。


 今度は一人ではなかった。


 その隣に。


 銀髪の男が立っている。


 そして。


 もう一人。


 少女がいた。


 銀色の髪。


 白い服。


 顔は見えない。


 だが。


 俺には分かった。


 あの少女だ。


 三百年前。


 俺が手を離した。


 あの少女。


「……ミレイア」


 口から。


 無意識に名前が出た。


「え?」


 ミレイアが俺を見る。


 鏡の中の少女が。


 ゆっくり顔を上げる。


 その瞬間。


 俺の頭に声が響いた。


『レオン』


「……!」


『まだ思い出さないで』


 少女の声。


 どこか懐かしい。


『まだ早い』


「誰だ……?」


『思い出したら』


 少女は。


 悲しそうに笑った。


『あなたは、また同じことをする』


「何を……?」


『王都を――』


 そこで。


 鏡が砕けた。


 パリン。


 空間に亀裂が走り。


 無数の光が散っていく。


「……」


 俺は。


 ただ立ち尽くしていた。


「レオンさん」


 ミレイアが俺の腕を掴む。


「今、何を聞いたんですか?」


「……」


「レオンさん?」


「王都を」


 俺は。


 ゆっくり口にする。


「また滅ぼすって」


 セレナの顔が強張る。


「……」


 ルナが窓の外を見る。


「残り六日」


 その声は。


 いつになく低かった。


「本当に時間がないな」


 俺は。


 東の空を見る。


 鏡はもう消えている。


 だが。


 あの少女の声だけが。


 耳の奥に残っていた。


『まだ思い出さないで』


 なぜだ。


 なぜ思い出してはいけない。


 何を思い出したら。


 俺はまた同じことをする?


 そして。


 あの少女は。


 本当にミレイアなのか。


 それとも。


 ミレイアに似た。


 別の誰かなのか。


「……」


 俺は。


 手のひらを握った。


 その瞬間。


 ポケットの中に入れていた紙が。


 突然熱を持った。


「何だ?」


 取り出す。


 さっきの記録。


 『この記録を信じるな』


 そう書かれていた紙だった。


 だが。


 今は。


 別の文字が浮かび上がっている。


『六日前』


「……」


 その下に。


 一文。


『第六周期の生存者が、王都東部にいる』


「生存者……?」


 セレナが覗き込む。


「三百年前の王都滅亡から?」


「ああ」


「そんなの」


 ルナが言う。


「あり得るのか?」


 俺は。


 紙の最後を見る。


 そこには。


 一つの名前があった。


『アルベルト・グラン』


「……」


 全員が黙った。


「アルベルト?」


 ミレイアが呟く。


「生存者って」


「三百年前から生きてるってこと?」


 セレナが信じられないという顔をする。


「そんなわけない」


 俺は。


 紙を見つめた。


 だが。


 これまでの出来事を考えれば。


 あり得ないとは言い切れなかった。


 転生。


 魂の移送。


 記憶消去。


 世界境界。


 そして。


 三百年前から続く研究。


「行こう」


 俺は。


 紙を折りたたんだ。


「東部へ」


「アルベルトを探すの?」


「ああ」


「でも」


 ミレイアが不安そうに言う。


「罠かもしれません」


「それでも行く」


「……」


「今の俺たちには、何も分からない」


 俺は。


 窓の外を見る。


「だから」


 東の空を見つめる。


「知っている人間を探すしかない」


 セレナが。


 ペンダントを握る。


「私も行く」


 ルナも。


「当然だ」


 ミレイアは。


 一瞬だけ迷った。


 それから。


「私も行きます」


「……」


「レオンさんが行くなら」


 彼女は。


 小さく笑った。


「私も行きます」


 その言葉を聞いて。


 胸の奥が。


 また少しだけ痛んだ。


 まるで。


 ずっと昔にも。


 同じことを言われたような気がした。


『私も行きます』


 その声。


 そして。


 俺は。


 いつか。


 その手を離した。


 今度は。


 離したくない。


 そう思った。


 だが。


 その気持ちさえも。


 三百年前の俺が持っていたものなのかもしれない。


 それが。


 少し怖かった。


 * * *


 王都東部。


 旧王都跡地。


 そこは。


 現在の王都から少し離れた場所にある。


 建物はほとんど残っていない。


 三百年前。


 王都崩壊事件によって焼け落ちた地域。


 今では。


 誰も近づかない。


 門を越えた瞬間。


 空気が変わった。


「……静かすぎる」


 ルナが呟く。


 風は吹いている。


 草も揺れている。


 なのに。


 音がない。


 鳥の声も。


 虫の声も。


 何も聞こえない。


「魔力の流れもおかしいです」


 ミレイアが杖を握る。


「ここだけ」


「世界から切り離されてる?」


「そんな感じです」


 俺は。


 周囲を見る。


 瓦礫の中に。


 古い石碑が立っていた。


 近づく。


 表面に。


 文字が刻まれている。


『王都崩壊記念碑』


「……」


 その下に。


 名前が並んでいる。


 三百年前の犠牲者。


 だが。


 その中に。


 一つだけ。


 妙な名前があった。


「……これ」


 セレナが指差す。


 俺も見る。


『ミレイア・エルネスト』


「……!」


 ミレイアが。


 息を呑んだ。


「私の名前……」


「三百年前の犠牲者?」


 ルナが眉をひそめる。


「待て」


 俺は。


 碑文を確認する。


「日付は?」


 三百年前。


 王都崩壊当日。


「じゃあ」


 セレナが。


 ゆっくりミレイアを見る。


「三百年前のミレイアは」


「死んだ?」


 ミレイア自身が呟いた。


 だが。


 その瞬間。


 俺は違和感に気づいた。


「……違う」


「何が?」


「この名前」


 俺は。


 碑文を指差した。


「削られてる」


「え?」


 確かに。


 ミレイア・エルネストの文字だけ。


 後から削られた跡がある。


 その上から。


 別の文字が刻み直されている。


 俺は指でなぞった。


 そして。


 古い文字が。


 わずかに浮かび上がった。


『ミレイア・エルネスト』


 その下。


 削られる前に刻まれていた言葉。


『生存』


「……」


 誰も。


 声を出せなかった。


「生存……?」


 ミレイアが震える。


「じゃあ」


 セレナが言う。


「三百年前のミレイアは」


 俺は。


 碑文を見る。


「死んでない」


 その瞬間。


 背後から。


 声がした。


「そうだ」


「――!」


 全員が振り返る。


 瓦礫の向こう。


 黒い外套を着た男が立っている。


 顔は。


 見えない。


 だが。


 その声には。


 聞き覚えがあった。


「三百年前の王都で」


 男が言う。


「ミレイア・エルネストは死んでいない」


「お前は誰だ」


 俺が剣を抜く。


 男は。


 ゆっくり顔を上げた。


「それを知りたければ」


 その顔を見た瞬間。


 俺は。


 息を呑んだ。


「……アルベルト」


 男は。


 笑った。


「久しぶりだな」


 だが。


 次の言葉を聞いた瞬間。


 俺は。


 剣を握る手に力を込めた。


「第七周期のレオン・アーデル」


「……」


「ようやく会えた」


 アルベルトの顔には。


 三百年の時間など。


 どこにも刻まれていなかった。


 そして。


 その瞳だけが。


 俺の知らない過去を。


 すべて知っているように。


 静かに光っていた。

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