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第十四話 王都に残された七日

翌朝。


 俺は。


 ほとんど眠れなかった。


 窓の外が白み始めても。


 目を閉じることができなかった。


 頭の中に。


 何度も。


 昨夜見た光景が浮かんでいた。


 ひび割れた空。


 鏡のような亀裂。


 その向こう側に立っていた。


 俺と同じ顔の男。


『七日後に、また会おう』


「……」


 俺は。


 ベッドの上で。


 ゆっくり息を吐いた。


 七日。


 たった七日しかない。


 三百年前に何があったのか。


 なぜ俺が王都を滅ぼしたのか。


 なぜミレイアの名前が。


 あの紙に書かれていたのか。


 そして。


 セレナの家。


 アーデルの血。


 門。


 全部が。


 一つの場所に繋がっている気がした。


 だが。


 何より気になっていることがある。


「……俺は、本当に王都を滅ぼしたのか」


 口に出しても。


 答えは返ってこない。


 ただ。


 胸の奥に。


 妙な確信だけがあった。


 ――何かを守るためだった。


 そんな気がする。


 根拠はない。


 記憶もない。


 なのに。


 そう思えて仕方がなかった。


 そのとき。


 扉が。


 コンコンと叩かれた。


「レオンさん」


「……ミレイア?」


「起きていますか?」


「ああ」


「入ってもいいですか?」


「どうぞ」


 扉が開く。


 ミレイアが入ってきた。


 その手には。


 昨日の資料が抱えられている。


「おはようございます」


「おはよう」


「眠れました?」


「まあ」


「嘘ですね」


「……」


 ミレイアは。


 少し困ったように笑った。


「目の下」


「そんなに酷い?」


「酷いです」


「……寝るの苦手なんだよ」


「知っています」


「知ってる?」


「最近ずっと一緒にいますから」


 そう言って。


 ミレイアは。


 俺の向かいに座った。


「私も眠れませんでした」


「ミレイアも?」


「はい」


 彼女は。


 資料を机の上に置いた。


「昨日の紙」


「第二の王都滅亡ってやつ?」


「はい」


「残り七日」


「……」


 ミレイアは。


 紙を見つめた。


「本当に王都が滅びるのでしょうか」


「分からない」


「でも」


「うん」


「誰かが、そうなることを知っている」


 俺は。


 黙った。


「三百年前の事件を知っていて」


 ミレイアが続ける。


「レオンさんの名前も知っていて」


「……」


「私の名前まで知っている」


「そうだな」


「それだけじゃありません」


「何かある?」


「昨夜の空」


 ミレイアが。


 窓の外を見る。


「魔力の流れが普通じゃありませんでした」


「俺には分からなかった」


「私にも、詳しいことまでは」


 ミレイアは。


 少し考えてから言った。


「でも」


「……」


「まるで、世界そのものが何かを待っているようでした」


「待っている?」


「はい」


「何を?」


「分かりません」


 ミレイアは。


 少しだけ笑う。


「だから調べましょう」


「……」


「七日しかないなら」


 彼女は。


 まっすぐ俺を見る。


「七日で調べられるだけ調べればいいんです」


「ミレイア」


「はい?」


「怖くないのか?」


「……怖いですよ」


 意外なほど。


 素直な答えだった。


「昨日、空が割れたとき」


 ミレイアは。


 自分の手を見た。


「私も、足が動きませんでした」


「……」


「でも」


 顔を上げる。


「何も分からないまま怯えている方が怖いです」


「……そうだな」


 俺は。


 小さく笑った。


「じゃあ」


「はい」


「調べよう」


 その瞬間。


 部屋の扉が。


 勢いよく開いた。


「おーい!」


「……」


 セレナだった。


「朝から騒がしいな」


「寝てないから」


「お前も?」


「私もよ」


 セレナの後ろから。


 ルナが入ってくる。


「全員寝不足か」


「ルナは?」


「俺は寝た」


「……」


「三時間」


「寝てないのと同じじゃない?」


「贅沢言うな」


 いつものやり取り。


 なのに。


 誰も本気では笑っていなかった。


 七日。


 その言葉が。


 全員の頭に残っている。


 セレナが。


 机の上の紙を見る。


「それで」


「ん?」


「今日はどこを調べる?」


「王都中央」


「中央?」


「ああ」


 俺は。


 昨夜の資料を広げた。


「三百年前の地下施設」


 地図を指差す。


「ここだ」


 現在。


 王都中央にある噴水広場。


 そこには。


 三百年前。


 王城が存在していた。


 そして。


 その地下には。


 巨大な施設があった。


「王都中央地下施設」


 ルナが。


 地図を覗き込む。


「今は何もないんだろ?」


「表向きはな」


 ミレイアが答える。


「でも」


 資料を一枚取り出す。


「地下施設そのものが消えたという記録はありません」


「……」


「封印された」


 セレナが言った。


「つまり」


「何かが残ってる」


 俺は。


 地図を見る。


「行ってみよう」


「待って」


 セレナが。


 俺の腕を掴んだ。


「何?」


「地下遺跡」


「うん」


「もう一度行くの?」


「必要なら」


「……」


 セレナは。


 少しだけ顔を曇らせた。


「昨日の場所とは違うかもしれない」


「何が?」


「父が」


 ペンダントを握る。


「地下には、絶対に近づくなって言ってた」


「でも」


「分かってる」


 セレナは。


 俺の言葉を遮った。


「調べないといけないんでしょ」


「……」


「だったら行く」


 そう言って。


 セレナは笑った。


「私も知りたいから」


「何を?」


「父が何を隠してたのか」


 俺は。


 頷いた。


「行こう」


 * * *


 王都中央。


 噴水広場。


 朝だというのに。


 昨日とは違う騒がしさがあった。


 人々が。


 空を見上げている。


「昨日の亀裂」


「見た?」


「王都の外でも見えたらしい」


「何だったんだ?」


「魔物じゃないのか?」


 不安そうな声が。


 あちこちから聞こえてくる。


 王都全体が。


 何かに怯えている。


 俺たちは。


 人の流れを避けながら。


 噴水へ向かった。


「ここ?」


「ああ」


 ミレイアが。


 古い地図と現在の地図を重ねる。


「間違いありません」


「地下施設の真上」


「はい」


 セレナが。


 噴水の周囲を見回す。


「入口は?」


「記録にはありません」


「じゃあ」


 ルナが。


 噴水の縁を調べる。


「隠し扉でもあるんじゃないか?」


「そんな簡単に見つかるなら」


 セレナが笑う。


「三百年も誰も見つけられないなんてことないでしょ」


「それもそうだな」


 俺は。


 噴水に近づいた。


 水が。


 静かに流れている。


 その瞬間。


「……」


 胸の奥が。


 妙にざわついた。


「レオンさん?」


「ちょっと待って」


 俺は。


 噴水の中央を見る。


 何か。


 おかしい。


 水の流れ。


 石の配置。


 そして。


 足元に刻まれた模様。


「これ」


 しゃがみ込む。


「何?」


 セレナも隣に来る。


 石の表面。


 ほとんど見えないほど薄いが。


 確かに。


 紋章が刻まれていた。


「アーデルの紋章……?」


 セレナが。


 息を呑む。


「どうしてここに」


 ミレイアが。


 紋章を調べる。


「古い魔法式です」


「何の?」


「……転移」


「転移?」


「いえ」


 ミレイアが首を振る。


「少し違います」


「じゃあ?」


「空間を開くための術式です」


「……門?」


 セレナが呟いた。


 その瞬間。


 ペンダントが。


 淡く光った。


「……!」


 セレナが。


 慌ててペンダントを握る。


「これ」


 光は。


 紋章へ向かって伸びていく。


「離して!」


 ミレイアが叫ぶ。


「え?」


「それ以上近づけないで!」


 だが。


 遅かった。


 ペンダントの光が。


 地面に刻まれた紋章と重なる。


 カチッ。


 小さな音がした。


 そして。


 噴水の水が。


 止まった。


「……」


 周囲の音が。


 一瞬。


 遠くなる。


 噴水の中央。


 水の底から。


 何かが浮かび上がってきた。


 石。


 いや。


 扉だった。


「……地下への入口」


 ルナが。


 剣を抜く。


 噴水の底が。


 ゆっくり開いていく。


 そこには。


 暗闇へ続く階段があった。


「見つけた……」


 セレナが。


 呆然と呟く。


「三百年前の地下施設」


 俺は。


 階段を見る。


 なぜか。


 懐かしかった。


 初めて見るはずなのに。


 知っている。


 この階段を。


 何度も。


 何度も。


 降りたことがある。


「……」


 頭の奥が。


 痛み始めた。


「レオンさん?」


「大丈夫」


 俺は。


 階段を見つめる。


「行こう」


「でも」


「大丈夫だ」


 そう言いながら。


 俺自身。


 何が大丈夫なのか。


 分かっていなかった。


 * * *


 階段を降りる。


 一段。


 また一段。


 地上の光が。


 少しずつ遠ざかっていく。


 壁には。


 古い魔法灯が残っていた。


 ミレイアが近づくと。


 淡い光が灯る。


「まだ生きてる」


「三百年前の魔法具が?」


「普通ならありえません」


「じゃあ」


 セレナが。


 周囲を見る。


「誰かが維持してる?」


「その可能性があります」


「三百年間?」


「……」


 ミレイアは。


 答えなかった。


 しばらく進むと。


 通路が広くなった。


 壁に。


 文字が刻まれている。


「これは?」


 俺が触れる。


 瞬間。


 視界が白くなった。


『第六周期』


「……!」


 声が聞こえた。


『封印を開始する』


 別の声。


『待ってください!』


 女の声。


 俺は。


 目の前の光景を見る。


 古い地下施設。


 黒い結晶。


 無数の鏡。


 そして。


 そこにいる。


 俺。


 三百年前の俺。


 いや。


 もっと正確に言えば。


 俺と同じ魂を持った誰か。


「……」


 その隣に。


 一人の女性がいた。


 銀色の髪。


 白い服。


 顔は。


 よく見えない。


 だが。


 声だけは。


 はっきり聞こえた。


『レオン』


「……!」


 俺の名前を。


 呼んでいる。


『本当に、これでいいんですか?』


 レオンが。


 静かに答える。


『これしかない』


『でも』


『俺がやらなければ』


 黒い結晶が。


 激しく脈動する。


『世界が繋がる』


『……』


『向こう側が、こっちへ来る』


 女性が。


 涙を流している。


『じゃあ、あなたは?』


『俺?』


『あなたはどうなるんですか?』


 レオンは。


 少しだけ笑った。


『たぶん、忘れる』


『忘れる……?』


『全部』


 その言葉を聞いた瞬間。


 俺の視界が。


 一気に暗くなった。


「――ッ!」


 現実に戻る。


 俺は。


 壁に手をついた。


「レオンさん!」


 ミレイアが。


 俺の肩を支える。


「何を見たんですか?」


「……三百年前の地下」


「何が?」


「俺が」


 息を整える。


「誰かと話してた」


「誰?」


「女」


 ミレイアの顔が。


 少し強張る。


「何を話していました?」


「世界が繋がる」


「……」


「それを止めるために」


 俺は。


 自分の胸に手を当てた。


「俺が何かをする」


「何を?」


「分からない」


 だが。


 もう一つ。


 思い出した。


「その女が」


「はい」


「俺に言ってた」


 俺は。


 ミレイアを見る。


「『あなたはどうなるんですか』って」


「……」


「俺は」


 言葉を続ける。


「『たぶん、忘れる』って答えてた」


 ミレイアは。


 しばらく何も言わなかった。


「レオンさん」


「ん?」


「その人」


「……」


「私ではありませんでしたか?」


「……」


 俺は。


 答えられなかった。


 顔は。


 見えなかった。


 でも。


 声は。


 どこか似ていた。


 ミレイアに。


 ほんの少しだけ。


 * * *


 さらに奥へ進む。


 通路の先に。


 大きな扉があった。


 扉には。


 三つの紋章。


 一つ目。


 アーデル。


 二つ目。


 見たことのない紋章。


 そして。


 三つ目。


 魔法学院の紋章だった。


「学院の紋章……?」


 ミレイアが。


 驚いた顔をする。


「どうしてここに」


「三百年前から学院が関わってた?」


「……」


 ミレイアは。


 扉を調べる。


「この紋章」


「何?」


「現在のものと少し違います」


「古いってこと?」


「はい」


「じゃあ」


 ルナが。


 腕を組む。


「魔法学院は三百年前から、この施設を知ってたってことか」


「おそらく」


 セレナが。


 扉のアーデル紋章を見る。


「でも」


「どうした?」


「これ」


 セレナが。


 紋章の横にある小さな文字を読む。


「『血によって開かれる』」


 俺は。


 セレナを見る。


「つまり」


「私?」


「たぶんな」


 セレナは。


 少しだけ迷った。


 だが。


 ペンダントを外した。


「やる」


「セレナ」


「ここまで来たんだから」


 ペンダントを。


 紋章へ近づける。


 すると。


 扉が。


 低い音を立てた。


 ゴゴゴゴゴ……。


 ゆっくり。


 開いていく。


 その向こうには。


 巨大な部屋があった。


「……」


 誰も。


 言葉を失った。


 部屋の中央。


 そこには。


 一本の巨大な柱が立っている。


 柱の周囲には。


 無数の鏡。


 そして。


 鏡の中心。


 黒い結晶が。


 宙に浮いていた。


「……黒い結晶」


 ミレイアが。


 震える声で言う。


「まだ残ってる」


「でも」


 俺は。


 以前見たものと違うことに気づく。


「小さい」


「はい」


「地下遺跡で見たものより」


「ずっと小さいです」


 セレナが。


 部屋を見回す。


「これ」


「どうした?」


「誰かが使ってたんじゃない」


「……」


「ここ」


 彼女が。


 床を指差す。


 そこには。


 大量の文字が刻まれていた。


『第六周期』


『封印完了』


『記憶消去』


『魂の移送』


「……」


 俺の呼吸が。


 止まりそうになる。


「魂の移送……」


 ミレイアが。


 文字を読み上げる。


「つまり」


「俺が転生した場所?」


「分かりません」


「でも」


 俺は。


 床を見る。


「俺の記憶は」


「……」


「ここで消された」


 その瞬間。


 黒い結晶が。


 脈打った。


 一度。


 二度。


 三度。


「離れて!」


 ミレイアが叫ぶ。


 だが。


 俺の身体は。


 動かなかった。


 結晶から。


 黒い光が伸びる。


 俺の胸へ。


「レオン!」


 セレナが叫ぶ。


 光が。


 俺を包んだ。


 そして。


 また。


 記憶が流れ込んできた。


 炎。


 王都。


 叫び声。


 そして。


 俺の前に。


 一人の少女がいる。


「……」


 その顔は。


 はっきり見えない。


 でも。


 声だけは。


 聞こえた。


『レオン』


「……」


『お願い』


 少女が。


 泣いている。


『私を置いていかないで』


 俺は。


 彼女に手を伸ばす。


『ごめん』


『嫌です』


『……』


『私を一人にしないで』


 そして。


 俺は。


 彼女の手を離した。


『また会える』


『いつ?』


『次の世界で』


『……』


『だから』


 俺は。


 笑った。


『そのときは、俺を忘れてくれ』


「――ッ!」


 記憶が。


 途切れた。


「レオンさん!」


 俺は。


 床に膝をついた。


 ミレイアが。


 すぐに駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!?」


「……」


「レオンさん!」


「ミレイア」


「はい」


「俺」


 顔を上げる。


「前にも」


「……」


「お前に会ってた」


 ミレイアの目が。


 大きく開く。


「私に……?」


「たぶん」


「でも」


 ミレイアは。


 首を振る。


「私は」


「分かってる」


「私は、三百年前なんて」


「分かってる」


「……」


「だから」


 俺は。


 ミレイアの手を見る。


「お前が同じ人間なのかは分からない」


 その瞬間。


 ミレイアの手が。


 小さく震えた。


「でも」


「……」


「俺は」


 胸の奥に残った記憶を。


 言葉にする。


「お前を知ってる」


「……」


「昔から」


 ミレイアは。


 何も言わなかった。


 ただ。


 俺の手を。


 そっと握った。


「だったら」


 彼女が。


 小さく笑う。


「今の私は」


「……」


「今の私として」


「……」


「レオンさんの隣にいます」


 その言葉に。


 胸が。


 少しだけ軽くなった。


 だが。


 その直後。


 部屋の奥から。


 音がした。


「……誰?」


 ルナが。


 剣を抜く。


 鏡の一つが。


 ゆっくり揺れている。


「気をつけろ」


 俺も。


 剣を抜く。


 鏡の表面に。


 何かが映った。


 俺。


 セレナ。


 ルナ。


 ミレイア。


 そして。


 その後ろに。


 一人。


「……」


 銀髪の男。


 だが。


 鏡の中にしか。


 存在していない。


 男が。


 俺を見る。


「ようやく、ここまで来たか」


「……お前」


 銀髪の男が。


 笑った。


「記憶は戻ってきているな」


「三百年前のことを知ってるのか?」


「知っている」


「じゃあ答えろ」


 俺は。


 一歩前へ出る。


「俺は何をした?」


 男は。


 少しだけ目を細めた。


「王都を滅ぼした」


「……」


「それは事実だ」


「理由は?」


「お前が知るべきことではない」


「ふざけるな」


 俺は。


 剣を構える。


「三百年前の俺が何をしたのか」


「……」


「俺が何を忘れたのか」


「……」


「全部知ってるなら話せ」


 銀髪の男は。


 静かに笑った。


「ならば」


 鏡の表面に。


 ひびが入る。


「一つだけ教えてやろう」


「……何だ」


「三百年前」


 男が。


 ゆっくり口を開く。


「王都を滅ぼしたのは」


 一拍。


「お前の意思だ」


「……」


「誰かに操られたわけでもない」


「……」


「命令されたわけでもない」


「……」


「お前自身が」


 男の目が。


 赤く光る。


「王都を滅ぼすことを選んだ」


 俺は。


 何も言えなかった。


「そして」


 男の視線が。


 ミレイアへ移る。


「その選択をする直前」


 ミレイアが。


 息を呑む。


「お前は」


 男が。


 最後の言葉を告げる。


「彼女を殺そうとしていた」


「……!」


 俺は。


 反射的に。


 ミレイアの前へ立った。


「嘘だ」


「そう思いたいなら、それでいい」


「嘘だ!」


 声が。


 地下施設に響いた。


 銀髪の男は。


 笑った。


「七日後」


「……」


「この場所で」


 鏡の奥から。


 無数の手が伸びる。


「すべての記憶が戻る」


「……」


「そのとき」


 男は。


 俺を見つめる。


「お前自身が思い出す」


 鏡が。


 一斉に砕けた。


 パリン。


 パリン。


 パリン。


「三百年前」


 最後の鏡の中で。


 男が笑う。


「お前が、彼女に何をしたのかを」


 鏡が。


 完全に消えた。


 静寂。


 誰も。


 動かなかった。


「……レオンさん」


 ミレイアの声が。


 背後から聞こえる。


「大丈夫です」


「……」


「私は」


 ミレイアは。


 震える声で続けた。


「何も覚えていません」


「……」


「だから」


 俺は。


 振り返る。


「今は」


 ミレイアが。


 俺を見る。


「今の私を信じてください」


 俺は。


 しばらく彼女を見つめた。


 そして。


 頷いた。


「ああ」


 その瞬間。


 部屋の中央にあった黒い結晶が。


 突然。


 大きく脈動した。


 ズン。


 地下全体が。


 揺れる。


「何だ!?」


 ルナが叫ぶ。


 結晶の表面に。


 一つの文字が浮かび上がった。


『残り六日』


「……」


 セレナが。


 青ざめる。


「一日」


 俺は。


 結晶を見る。


「もう減ったのか」


 そして。


 その文字の下に。


 新しい文字が現れた。


『第一の鍵――アーデル』


『第二の鍵――エルネスト』


『最後の鍵――レオン』


「……」


 ミレイアが。


 小さく息を呑む。


「私の家も……?」


 セレナが。


 ペンダントを握る。


「アーデルの血」


 俺は。


 その言葉を思い出す。


『アーデルの血を持つ者は、門を開く』


 そして。


 ミレイアの名前。


 エルネスト。


 最後に。


 レオン。


「俺たち三人が」


 俺は。


 黒い結晶を見る。


「鍵なのか」


 答えるように。


 結晶が。


 もう一度だけ。


 脈動した。


 そして。


 部屋の壁に。


 一枚の古い記録が浮かび上がる。


『第六周期記録』


『王都滅亡まで――』


 文字が。


 そこで途切れる。


 だが。


 その下には。


 新しい一文があった。


『王都を滅ぼしたレオン・アーデルは、最後に一人の女を残した』


「……」


『その女こそ』


 文字が。


 ゆっくり浮かび上がる。


『次の世界を生み出す者である』


 ミレイアが。


 息を止めた。


「……私?」


 俺は。


 答えられなかった。


 ただ。


 胸の奥で。


 確かに感じていた。


 三百年前。


 俺は。


 何かを壊した。


 そして。


 何かを残した。


 それが。


 今の世界なのかもしれない。


 だとすれば。


 この世界そのものが。


 俺の過去によって作られたものだということになる。


 そして。


 七日後。


 俺はまた。


 同じ選択を迫られる。


 世界を取るのか。


 ミレイアを取るのか。


 だが。


 俺はまだ知らない。


 三百年前の俺が。


 本当に選んだものを。


 地下施設を出る直前。


 俺は。


 壁に刻まれた最後の文字を見つけた。


『第七周期のレオンへ』


『もし、お前がここまで来たのなら』


『一つだけ覚えておけ』


 俺は。


 その続きを読む。


『三百年前にお前が殺そうとしたのは――』


 そこで。


 文字が消えた。


「……」


 何も残らない。


 ただ。


 一番最後に。


 小さな文字だけが。


 浮かび上がった。


『本当に、ミレイアだったのか?』


 俺は。


 その一文を見つめた。


 そして。


 初めて。


 三百年前の記憶そのものを。


 疑い始めた。


 王都を滅ぼした。


 ミレイアを殺そうとした。


 世界を救うためだった。


 全部。


 これまで聞かされた話だ。


 だが。


 もし。


 その全てが。


 誰かによって作られた記憶だったとしたら。


「……」


 俺は。


 地下施設を振り返った。


 暗闇の奥。


 もう誰もいない。


 それでも。


 どこかから。


 あの銀髪の男の声が聞こえた気がした。


『思い出せ』


 そして。


『お前が本当に殺したかった相手を』


 俺は。


 ミレイアを見る。


 彼女は。


 何も知らずに。


 俺を待っている。


「……あと六日」


 俺は。


 小さく呟いた。


「それまでに」


 握った拳に。


 力を込める。


「三百年前の俺が何をしたのか」


 そして。


「誰を守るために、王都を滅ぼしたのか」


 俺は。


 決意した。


「全部、思い出す」


 だが。


 このときの俺は。


 まだ知らなかった。


 七日後に待っているのは。


 世界とミレイアの二択ではない。


 その二つの選択肢そのものを。


 誰かが。


 三百年前から。


 俺のために用意していたということを。

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