第十三話 アーデルの血
「……俺が、王都を滅ぼした?」
その言葉が。
頭の中から離れなかった。
三百年前。
王都崩壊事件。
その実行犯。
レオン・アーデル。
そして。
今の俺も。
レオン・アーデル。
「違う」
ミレイアが。
俺の前に立った。
「レオンさんは、そんなことをする人じゃありません」
「……」
「三百年前の人間が何をしたとしても」
ミレイアは。
俺をまっすぐ見る。
「今ここにいるレオンさんとは別です」
その言葉に。
少しだけ救われた。
だが。
「本当にそうかな」
アルベルトが呟いた。
「……何?」
「三百年前のレオン・アーデルも」
アルベルトは。
手元の資料を見る。
「最初は同じことを言われていた」
「……」
「優しく、正義感が強く、誰かを守ることを選ぶ人間だった」
「だったら」
セレナが言う。
「どうして王都を滅ぼしたの?」
「それが分からない」
「分からない?」
「あの事件について残っている記録は」
アルベルトが。
一枚の紙を取り出した。
「ほとんどが改竄されている」
「じゃあ」
ルナが眉をひそめる。
「実行犯っていうのも嘘かもしれないのか?」
「可能性はある」
「……」
「だが」
アルベルトは。
俺を見る。
「王都を滅ぼしたのがレオン・アーデルだったという記録だけは」
一瞬。
言葉を止める。
「どの資料にも残っている」
俺は。
拳を握った。
「じゃあ」
「……」
「俺は何をしたんだ」
アルベルトは答えなかった。
代わりに。
一冊の古い本を開いた。
「これを見ろ」
ページには。
三百年前の王都の地図が描かれていた。
「当時の王都は、今とは形が違う」
「中央に何かある」
セレナが指差す。
王都の中心。
現在は噴水広場になっている場所。
そこだけ。
黒く塗り潰されていた。
「地下施設だ」
アルベルトが言う。
「王都中央地下遺跡」
「……」
「三百年前」
アルベルトが。
ページをめくる。
「ここで何かが起きた」
次のページ。
そこには。
一人の男が描かれていた。
「……」
俺は。
息を呑んだ。
黒髪。
鋭い目。
そして。
見覚えのある顔。
「俺……」
「そうだ」
アルベルトが頷く。
「三百年前のレオン・アーデルだ」
その男は。
剣を持っていた。
その背後には。
巨大な黒い結晶。
そして。
無数の鏡。
「これ……」
ミレイアが。
絵を覗き込む。
「地下遺跡と同じです」
「……」
「私たちが見たものと」
俺は。
絵から目を離せなかった。
「どうして三百年前の地下遺跡が」
「残っていた」
アルベルトが答える。
「正確には」
ページを指でなぞる。
「封印されていた」
「じゃあ」
セレナが言う。
「私たちが入った場所は」
「三百年前に使われていた施設だ」
「……」
その瞬間。
俺の頭の奥で。
何かが弾けた。
「――ッ!」
視界が揺れる。
燃える王都。
崩れる建物。
泣き叫ぶ人々。
そして。
俺。
三百年前の俺が。
一人で地下へ向かっている。
『レオン!』
誰かが叫ぶ。
『待って!』
振り返る。
そこに。
銀髪の男がいた。
「……!」
俺は。
反射的に後ずさった。
「レオンさん!?」
ミレイアが支える。
「今、何を見ました?」
「……銀髪の男」
セレナの顔が。
強張った。
「また?」
「うん」
俺は頭を押さえる。
「それと……」
「何ですか?」
「誰かが俺を呼んでた」
「誰?」
「分からない」
だが。
一つだけ。
はっきり覚えている。
「その声」
俺は。
ミレイアを見る。
「女だった」
「……」
「泣いてた」
ミレイアの表情が。
少しだけ曇った。
「何か」
「……?」
「私に似ていましたか?」
「……」
俺は。
答えられなかった。
* * *
その日の夜。
俺たちは宿へ戻った。
だが。
誰も眠れなかった。
机の上には。
魔法学院から持ち出した資料が並んでいる。
「三百年前の王都崩壊」
「地下施設」
「レオン・アーデル」
そして。
「セレナ・アーデル」
「……」
俺は。
その名前を見つめた。
「やっぱりおかしい」
セレナが言った。
「何が?」
「私の家系」
「アーデルだから?」
「それだけじゃない」
セレナは。
父親の残したペンダントを取り出した。
「これ」
「うん」
「父が死ぬ前まで持っていたもの」
ペンダントの裏側。
小さな紋章が刻まれている。
それは。
三百年前の資料に描かれていたものと同じだった。
「……」
ルナが。
顔をしかめる。
「つまり」
「私の家は」
セレナが呟く。
「三百年前のレオンと何か関係がある」
「でも」
ミレイアが言う。
「セレナさんが悪いわけじゃありません」
「分かってる」
セレナは笑った。
「ただ」
ペンダントを握る。
「父が何を知っていたのか」
「……」
「それだけは知りたい」
俺は。
資料を一枚持ち上げた。
その裏側に。
小さな文字があった。
「……これ」
「何?」
ミレイアが覗き込む。
そこには。
古代文字で一文だけ。
『アーデルの血を持つ者は、門を開く』
「門……?」
セレナが呟く。
その瞬間。
部屋の明かりが。
消えた。
「……?」
真っ暗になる。
「何だ?」
ルナが剣を抜く。
「外から魔力を感じます」
ミレイアも杖を構えた。
「誰かいます」
「どこだ?」
「窓の外」
俺が。
ゆっくり窓を見る。
そこには。
一人の男が立っていた。
「……!」
黒い外套。
顔は見えない。
だが。
その手に。
一枚の紙を持っている。
男が。
それを窓へ貼り付けた。
そして。
姿を消した。
「追う!」
セレナが窓を開ける。
「待て!」
俺も外へ飛び出す。
だが。
もう誰もいない。
代わりに。
窓に貼られた紙が。
風に揺れていた。
「……」
俺は。
それを剥がす。
そこには。
今日見たものと同じ。
俺の肖像画。
だが。
その下の文章が違っていた。
『王都滅亡の実行犯』
その文字の下。
新しい一文が書かれている。
『第二の王都滅亡まで、残り七日』
「……」
誰も。
声を出せなかった。
「第二……?」
ミレイアが。
震える声で呟く。
「王都が」
セレナが。
紙を見つめる。
「もう一度滅びるってこと?」
俺は。
紙の最後を見る。
そこには。
小さく。
こう書かれていた。
『今度は、レオン・アーデル自身が選べ』
「……」
「何を?」
ルナが聞く。
俺は。
紙を裏返した。
そこに。
一つだけ。
名前が書かれていた。
『ミレイア・エルネスト』
「……!」
ミレイアが息を呑む。
そして。
その瞬間。
王都のどこかで。
巨大な鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
普段の時刻を知らせる鐘ではない。
王都全体に響き渡る。
警告の鐘だった。
「何が起きてる……?」
俺は。
夜空を見る。
雲の切れ間。
そこに。
一瞬だけ。
巨大な亀裂が見えた。
空が。
まるで鏡のように。
ひび割れていた。
「……あれ」
ミレイアが。
俺の袖を掴む。
「空が」
「うん」
俺は。
剣を握った。
その亀裂の向こうから。
何かが。
こちらを見ている。
人間のような。
無数の目。
そして。
その中央に。
俺と同じ顔をした男が。
一人。
立っていた。
男は。
こちらを見て。
口を動かした。
声は聞こえない。
だが。
俺には。
何を言っているのか分かった。
『七日後に、また会おう』
次の瞬間。
亀裂が消えた。
王都には。
静寂だけが残った。
俺は。
隣にいるミレイアを見る。
「……七日」
「はい」
「それまでに」
俺は。
空を見上げる。
「三百年前に何があったのか」
「……」
「全部、調べる」
そして。
胸の奥で。
まだ思い出せない記憶が。
初めて。
明確な形を持ち始めた。
――三百年前。
俺は。
王都を滅ぼした。
だが。
それは。
終わりではなかった。
王都を滅ぼした理由を。
俺自身が。
まだ忘れているだけだった。




