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第十一話 目覚めた記憶

目を開けた。


「……」


 最初に見えたのは。


 白い天井だった。


「……ここは?」


 体を起こそうとする。


 だが。


「痛っ……」


 全身に鈍い痛みが走った。


「レオン!」


 聞き慣れた声。


「……ミレイア?」


「よかった……!」


 ミレイアが俺の顔を覗き込んでいる。


 その後ろには。


 セレナとルナもいた。


「ここ……どこ?」


「王都の宿です」


「……」


 俺は周囲を見る。


 確かに。


 昨日泊まった部屋だった。


「俺、どうして?」


「地下遺跡が崩壊したあと」


 ミレイアが説明する。


「私たちは、どうにか地上まで戻ってきました」


「……そうだったのか」


「覚えてないんですか?」


「いや」


 俺は頭を押さえる。


「少しだけ」


「少し?」


「地下で」


 言葉が止まる。


 黒い結晶。


 無数の鏡。


 銀髪の男。


 神様。


 そして。


『今度こそ、私を殺して』


「……」


「レオンさん?」


「何でもない」


 俺は首を振った。


 だが。


 胸の奥に。


 嫌な感覚が残っていた。


 何か。


 大事なものを忘れている。


 そんな感覚。


「セレナ」


「何?」


「あの地下遺跡」


「うん」


「どうなった?」


「崩壊したわ」


「黒い結晶は?」


「……」


 セレナが目を伏せる。


「なくなった」


「なくなった?」


「完全に」


 俺は黙った。


「でも」


 セレナが続ける。


「一つだけ残ったものがある」


「何?」


 セレナが。


 小さな紙を取り出した。


「これ」


「……」


 俺は受け取る。


 見覚えがある。


 あの記録。


『次に目覚めた時、お前は必ずこれを忘れている』


 そして。


 裏側に。


『――俺を信じるな』


 俺は。


 紙を握りしめた。


「これ」


「地下で拾ったの」


「……」


「あなたが倒れたあと」


 セレナが俺を見る。


「ずっと握ってた」


「俺が?」


「ええ」


 俺は紙を見る。


「何か思い出せそう?」


 ミレイアが聞く。


「……分からない」


「そうですか」


 ミレイアは少し心配そうにする。


「でも」


「?」


「地下で何かあったことは分かります」


「どうして?」


「レオンさん」


 ミレイアが。


 俺の手を見る。


「手が震えています」


「……」


 俺は。


 自分の手を見る。


 確かに。


 小さく震えていた。


「怖かったんですか?」


「……分からない」


 俺は正直に答えた。


「怖いというより」


「?」


「知ってる気がする」


「何を?」


「この場所を」


 ミレイアが黙る。


「初めて来たはずなのに」


 俺は。


 紙を見る。


「ずっと前から知ってたみたいな感じがする」


「……」


 セレナが。


 小さく呟いた。


「やっぱり」


「何が?」


「父が言ってたこと」


「……?」


「『地下に行けば、あの人は思い出す』って」


 俺は。


 顔を上げた。


「父親が?」


「うん」


「俺のことを知ってたのか?」


「分からない」


 セレナは首を振る。


「でも」


「……」


「父は、ずっと誰かを待ってた」


「誰か?」


「あなたかもしれない」


「……」


 その言葉に。


 胸がざわついた。


 * * *


「ちょっと待って」


 俺は立ち上がった。


「どこへ?」


「外」


「今の体で?」


「大丈夫」


「駄目です」


 ミレイアが即答した。


「まだ傷が治ってません」


「でも」


「駄目です」


「……はい」


 ミレイアには逆らえない。


 セレナが笑う。


「尻に敷かれてるわね」


「誰のせいだよ」


「私?」


「お前もだよ」


「ふふ」


 少しだけ。


 いつもの空気に戻った。


 だが。


 俺は笑えなかった。


 地下で見たもの。


 あれは。


 夢じゃない。


 そう思う。


「そういえば」


 俺はセレナを見る。


「銀髪の男」


「……」


 セレナの顔が固まる。


「知ってる?」


「知らない」


「本当に?」


「……」


「セレナ?」


 彼女は。


 しばらく黙った。


「父が話してた」


「何を?」


「銀髪の男には近づくなって」


「……」


「それだけ?」


「うん」


「名前は?」


「知らない」


「じゃあ」


 俺は考える。


「地下にいたあいつと、父親が知ってた男は同じなのか」


「分からない」


 セレナはペンダントを見る。


「でも」


「?」


「父が死ぬ前」


「うん」


「一度だけ」


 セレナの声が低くなる。


「『あいつが来た』って言ったことがある」


「……」


「そのとき」


 セレナは。


 少し震えた。


「父は泣いてた」


 部屋が静かになった。


「その男」


 俺は呟く。


「何者なんだろうな」


 すると。


「レオンさん」


 ミレイアが。


 突然言った。


「一つ確認したいことがあります」


「何?」


「地下で」


 ミレイアは俺を見る。


「あなたは、何を反射しました?」


「……?」


「最後に」


 ミレイアが続ける。


「黒い結晶が爆発したとき」


「ああ」


「レオンさんは『反射』と言いましたよね」


「うん」


「そのとき」


 ミレイアの表情が変わる。


「何を反射したんですか?」


「衝撃」


「それだけ?」


「光とか」


「光?」


「熱とか」


「……」


 ミレイアが考え込む。


「それだけじゃありません」


「え?」


「私」


 ミレイアが。


 自分の杖を見る。


「レオンさんが反射した瞬間」


「うん」


「私の魔力が一瞬だけ消えました」


「……」


「正確には」


 ミレイアが顔を上げる。


「消えたんじゃない」


「?」


「返されたんです」


「……」


 俺は。


 言葉を失った。


「私が使っていた魔力が」


 ミレイアは自分の手を見る。


「一度、私から離れて」


「……」


「レオンさんの反射に触れて」


「……」


「戻ってきた」


「それって」


「はい」


 ミレイアが。


 静かに言う。


「反射できるのは、物質や光だけじゃない」


「……」


「魔力そのものも」


 俺は。


 自分の手を見る。


「じゃあ」


「はい」


「俺の能力って」


「まだ分かりません」


 ミレイアは首を振る。


「でも」


 少し間を置いて。


「普通の反射ではありません」


 * * *


 その日の夕方。


 俺たちは王都の図書館へ向かった。


 目的は一つ。


 第七周期。


 地下遺跡で聞いた言葉。


 それが何なのか。


 調べるためだった。


「王都の図書館って」


 セレナが建物を見上げる。


「大きいわね」


「王都だからな」


「本、多そう」


「読むの嫌い?」


「嫌い」


「即答かよ」


「私は実践派なの」


「盗みとか?」


「そう」


「威張るな」


 ルナが横から呆れた顔をする。


「お前ら、よくそんな話してられるな」


「何が?」


「昨日、世界が滅びるとか何とか見たんだろ?」


「……」


 俺たちは黙った。


「まあ」


 ルナが肩をすくめる。


「考えすぎても仕方ない」


「ルナは怖くないの?」


「怖いさ」


「……」


「だから調べるんだろ」


 その言葉に。


 俺は少し笑った。


「そうだな」


 図書館へ入る。


 受付で事情を説明すると。


「第七周期?」


 司書の女性が眉をひそめた。


「何の資料ですか?」


「分かりません」


「……」


「だから探してます」


 司書は困った顔をする。


「その言葉だけでは」


「古代文字で書かれていたんです」


「古代文字?」


「はい」


 ミレイアが説明する。


「地下遺跡で」


 すると。


 司書の顔色が変わった。


「地下遺跡?」


「知ってるんですか?」


「……」


 司書は周囲を確認する。


 そして。


 小声で言った。


「地下遺跡については」


「はい」


「ここでは話さないでください」


「どうして?」


「王都では」


 司書が。


 震える声で言う。


「その話をした人間が何人も消えています」


「……」


 俺たちは顔を見合わせた。


「消えた?」


「はい」


「誰に?」


「分かりません」


「じゃあ」


 セレナが口を挟む。


「どうして地下遺跡があるって知ってるの?」


「……」


 司書は。


 しばらく黙った。


 そして。


 一冊の本を取り出した。


「これを」


「何?」


「古い王国史です」


 本を開く。


 ページは黄ばんでいる。


 そこには。


 王都の古い地図が描かれていた。


「ここ」


 司書が指差す。


 王都の中心。


 現在の噴水がある場所。


「昔は何があったんですか?」


「王城です」


「王城?」


「はい」


 ミレイアが驚く。


「現在の王城は別の場所ですよね?」


「ええ」


「なぜ移転したんです?」


 司書は。


 答えなかった。


 代わりに。


 ページをめくる。


 そこに。


 古い記録があった。


『王都中央地下施設』


「……」


 俺は。


 その文字を見つめる。


 さらに。


 その下に。


『第六周期終了後、封印』


「第六周期……」


 俺が呟く。


「じゃあ」


 セレナが本を覗き込む。


「第七周期は?」


 司書が。


 ゆっくり首を振る。


「記録がありません」


「……」


「第六周期で」


 司書は。


 ページを閉じた。


「王国の記録そのものが途切れています」


「どういうこと?」


「分かりません」


「でも」


 ミレイアが言う。


「第六周期があったなら」


「はい」


「第七周期も」


 司書は。


 小さく頷いた。


「存在するはずです」


 その瞬間。


 図書館の奥から。


 物音がした。


「……?」


 俺たちは振り向く。


 本棚の向こう。


 誰かいる。


「誰?」


 ルナが剣に手をかける。


 返事はない。


 俺が近づく。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 そして。


 本棚の陰に。


 一冊の本が落ちていた。


「……」


 拾い上げる。


 表紙には。


 何も書かれていない。


 だが。


 開いた瞬間。


 俺の手が止まった。


「……これ」


 ページの最初。


 そこには。


 見覚えのある文字があった。


『転生記録』


「……」


 その下に。


 名前。


『レオン』


 そして。


 数字。


『第六――』


 そこから先が。


 破られている。


「レオンさん?」


 ミレイアが近づく。


「これ」


 俺は本を渡した。


「……」


 ミレイアの顔から。


 血の気が引いた。


「これ」


「うん」


「誰が書いたんでしょう」


「分からない」


 そのとき。


 ページの間から。


 一枚の紙が落ちた。


 俺が拾う。


 そこには。


 短い文章。


『第七周期のレオンへ』


「……」


 俺の心臓が。


 大きく鳴った。


『もしこの記録を読んでいるなら』


『お前はまだ何も思い出していない』


「……」


『だが、安心しろ』


『記憶は必ず戻る』


 そして。


 最後に。


『ただし――』


 文字が。


 赤く滲んでいた。


『全部を思い出したとき、お前は必ず一人になる』


「……」


 俺は。


 紙を握りしめた。


 すると。


 背後から。


 声がした。


「その本から離れろ」


 全員が振り向く。


 図書館の入口。


 そこに。


 一人の男が立っていた。


 王都の騎士。


 昨日の詰め所にいた男とは違う。


 黒い鎧。


 銀色の髪。


「……」


 俺は。


 息を呑んだ。


 銀髪。


 昨日、地下にいた男と同じ。


 男が。


 ゆっくり剣に手をかける。


「それは」


 低い声。


「お前が見ていい記録じゃない」


「……」


 俺は本を閉じる。


「じゃあ」


 男を見る。


「何なら見ていい?」


「何も」


「それは無理だな」


 男の目が細くなる。


「お前は」


 一歩。


「本当に何も覚えていないのか?」


「……」


「なら」


 男は。


 剣を抜いた。


「今度こそ」


 その目が。


 赤く光る。


「最初から殺しておくべきだった」


 その瞬間。


 俺の頭の中で。


 知らない記憶が。


 一つだけ。


 鮮明に蘇った。


 血に染まった地下室。


 目の前に立つ。


 同じ銀髪の男。


 そして。


 俺自身の声。


『次の俺には、絶対に近づけるな』


「……」


 俺は。


 目を見開いた。


「お前……」


 銀髪の男が笑う。


「思い出したか」


 俺は。


 剣を抜いた。


「少しだけな」


 そして。


 初めて。


 自分の中にある記憶に。


 明確な恐怖を感じた。


 なぜなら。


 そこに映っていた俺は。


 今の俺とは違う顔で。


 男に向かって。


 こう言っていたからだ。


『次の俺は、俺じゃない』


 銀髪の男が。


 静かに笑う。


「そうだ」


「……」


「それが一番重要なことだ」


 男の剣が。


 ゆっくりと構えられる。


「お前は」


 そして。


 その言葉が。


 俺の胸を貫いた。


「本当に、同じレオンなのか?」


 図書館の中に。


 静寂が落ちた。


 俺は。


 自分自身を疑い始めた。

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