第十話 王都の地下に眠るもの
王都へ入ることは、思っていたよりも簡単だった。
……少なくとも。
最初の数分間だけは。
「止まれ!」
門の前で兵士たちに囲まれた俺たちは、そのまま詰め所へ連れて行かれることになった。
セレナ・アーデル。
国家機密の持ち出し。
王都からの指名手配。
そんな物騒な言葉が飛び交っていたからだ。
だが。
事情は少し複雑だった。
「――つまり、彼女を捕らえる命令は確かに出ている」
詰め所の奥。
俺たちの前に座った中年の騎士が言った。
「しかし、ここ数日で事情が変わった」
「事情?」
「王都内部からも、彼女を捕らえるなという命令が出ている」
セレナが眉をひそめる。
「……何それ」
「私に聞かれても困る」
騎士は疲れたようにため息をついた。
「命令を出した人間が違う。それだけだ」
「誰が出したんです?」
ミレイアが尋ねる。
「上の人間だ」
「それじゃ分からないです」
「私にも分からん」
騎士は机に肘をついた。
「ここ数日、王都は妙な命令ばかり出ている」
「妙な?」
「ああ」
騎士は声を落とす。
「地下区画への立ち入り禁止」
「地下……」
俺が反応すると。
騎士が俺を見る。
「何か知っているのか?」
「いや」
俺は首を振った。
「昨日、セレナから王都の地下に行きたいって聞いて」
「……そうか」
騎士の顔が。
一瞬だけ強張った。
ほんの一瞬。
だが。
俺は見逃さなかった。
「何かあります?」
「……」
「地下に」
「知らん」
「本当に?」
「知らんと言っている」
明らかに。
何か知っている。
だが。
騎士はそれ以上話そうとしなかった。
「今日はもう遅い。宿を取れ」
「セレナは?」
「……」
騎士がセレナを見る。
「今のところ拘束しない」
「いいの?」
「ああ」
「理由は?」
「王都の上層部から、そう命令された」
セレナは少し考える。
「じゃあ、私は自由?」
「王都から出なければな」
「それだけ?」
「それだけだ」
「……変なの」
俺もそう思った。
あまりにも。
変だ。
* * *
詰め所を出た頃には。
空はすっかり暗くなっていた。
王都の街並みは。
昼間とはまるで違う顔をしている。
魔石灯が道を照らし。
大通りにはまだ人が多い。
屋台。
酒場。
露店。
馬車。
商人。
冒険者。
王都というだけあって。
活気がすごい。
「……」
俺は歩きながら。
周囲を見回した。
「どうしたんです?」
ミレイアが隣から聞く。
「いや」
「?」
「普通だなって」
「何がです?」
「王都って、もっと魔法だらけなのかと思ってた」
「魔法は生活の中にありますから」
「例えば?」
「街灯」
「これ?」
「はい。魔石に魔力を流して光らせています」
「なるほど」
俺は魔石灯を見る。
淡い光。
それが街の至るところにある。
俺は。
ふと。
昨日の黒い石を思い出した。
反射。
光。
そして。
王都の地下。
「……」
俺は歩きながら。
魔石灯を眺め続けた。
「レオン」
セレナが前から声をかける。
「何?」
「宿、こっち」
「ああ」
「さっきからぼーっとしてるけど」
「ちょっと考え事」
「地下のこと?」
「それもある」
セレナは黙った。
少し歩いて。
「ねえ」
「ん?」
「私」
「うん」
「王都に来るの、三年ぶりなの」
「……」
「昔は何度も来てた」
「盗賊団にいた頃?」
「そう」
セレナは笑う。
「盗賊って言っても、王都の中に入ることくらいあるのよ」
「何を盗んでたの?」
「食べ物」
「……」
「冗談」
「今の間は絶対冗談じゃなかっただろ」
「ふふ」
セレナは楽しそうだった。
「でも」
その笑顔が。
少しだけ曇る。
「父が死んでからは来てない」
「……」
「だから」
セレナは王都の景色を見る。
「懐かしい」
俺は何も言わなかった。
ただ。
その横顔を見ていた。
* * *
宿に入った。
部屋を取る。
夕食を食べる。
そして。
その日は早めに休むことになった。
……はずだった。
「寝られない」
俺はベッドの上で天井を見ていた。
王都の地下。
あの声。
黒い石。
反射。
そして。
『ようやく来たか』
あの男。
あれは。
一体何だったのか。
俺が転生してから。
まだ十日も経っていない。
なのに。
次々と。
自分の理解できないことが起きている。
「……」
俺は目を閉じる。
すると。
あの声が蘇る。
『反射を無限にした者よ』
「……」
どうして。
俺の能力を知っている?
神様から聞いたのか?
いや。
あの男は。
俺が能力を持っていることを知っていた。
それだけじゃない。
まるで。
俺がこの世界に来ることを。
最初から知っていたような。
「……」
考えれば考えるほど。
分からなくなる。
俺は。
起き上がった。
部屋を出る。
廊下へ。
すると。
「眠れない?」
「……」
セレナがいた。
窓辺に座っている。
「お前も?」
「うん」
「何してるの?」
「月を見てた」
「……ロマンチックだな」
「悪い?」
「いや」
セレナは窓から外を見る。
「王都の夜って好きだった」
「昔から?」
「うん」
「なんで?」
「明るいから」
「……」
「盗賊団にいた頃、夜は暗かったから」
セレナが小さく笑う。
「王都だけは、夜でも明るかった」
「なるほど」
「だから好きだった」
俺は隣に座った。
「セレナ」
「何?」
「父親のこと」
「……」
「聞いてもいい?」
「いいよ」
セレナは。
少しだけ考えた。
「父は優しかった」
「どんな人?」
「無口」
「へえ」
「料理が下手」
「意外だな」
「パンを焼くと、石みたいになるの」
「それはひどい」
「でも」
セレナが笑う。
「私が美味しいって言うと、すごく嬉しそうにする」
「……」
「だから毎回食べた」
「優しいな」
「うん」
少しの沈黙。
「三年前」
セレナが言う。
「父は王都に行った」
「一人で?」
「そう」
「何をしに?」
「分からない」
「……」
「帰ってきたとき」
セレナの指が。
ペンダントに触れる。
「ひどく怯えてた」
「父親が?」
「うん」
「何があったんだろう」
「私も知らない」
「そのときに、その石を?」
「そう」
「何て言われた?」
セレナは。
少しだけ目を伏せた。
「『誰かに聞かれたら、何も知らないと言え』」
「……」
「『もし俺が死んだら、絶対に王都へ行くな』」
「なのに」
「私は来た」
「……」
「だって」
セレナは。
まっすぐ俺を見る。
「父が死んだ理由を知りたいから」
「……そっか」
俺は。
その言葉に何も返せなかった。
すると。
セレナが少し笑った。
「レオンは?」
「俺?」
「どうして旅してるの?」
「……」
俺は困った。
本当の理由。
異世界に転生したから。
そんなこと。
言えるわけがない。
「色々」
「ずるい答え」
「そう?」
「そう」
「じゃあ」
俺は考える。
「自分が何者なのか知りたい」
「……」
「この世界で、俺に何ができるのか」
「それが旅の理由?」
「たぶん」
セレナは。
しばらく俺を見た。
「似てるね」
「何が?」
「私と」
「……」
「自分のことを知りたい」
そう言って。
セレナは笑った。
「じゃあ、一緒に探そうか」
「……うん」
その夜。
俺たちは。
それ以上何も話さなかった。
ただ。
しばらく並んで月を見ていた。
* * *
翌朝。
事件が起きた。
「レオンさん!」
ミレイアが部屋へ飛び込んできた。
「起きてください!」
「何?」
「大変です!」
「どうした?」
「宿の裏に」
「うん」
「昨日の騎士さんが倒れています!」
「……何?」
俺たちは。
慌てて宿の裏へ向かった。
そこには。
昨日の詰め所で会った騎士が倒れていた。
「この人」
セレナがしゃがむ。
「昨日の……」
「生きてる?」
俺が確認する。
呼吸はある。
だが。
意識がない。
そして。
その胸には。
黒い紋章が刻まれていた。
「……これ」
ミレイアが顔を青くする。
「何?」
「呪印です」
「呪印?」
「魔法による刻印」
「治せる?」
「分かりません」
ミレイアが杖を構える。
「でも」
呪印を調べる。
「この魔力」
「……」
「おかしいです」
「どうおかしい?」
「循環しています」
「循環?」
「同じ魔力が」
ミレイアが呟く。
「何度も同じ場所を回ってる」
「……」
俺は。
嫌な予感がした。
「反射みたいに?」
「……はい」
ミレイアが俺を見る。
「まるで」
そのとき。
騎士が。
突然目を開けた。
「――地下」
「え?」
俺たちは固まる。
「地下へ……」
騎士の口から。
苦しそうな声。
「行くな……」
「何があるんです?」
セレナが聞く。
騎士は。
セレナを見る。
「お前……」
「はい」
「……アーデルの……」
「父を知ってるの?」
騎士の顔が。
恐怖に歪んだ。
「逃げろ……」
「え?」
「地下にいる……」
「誰が?」
「――王が」
「……」
騎士は。
そこで意識を失った。
* * *
「王が?」
宿の部屋。
俺たちは。
全員黙っていた。
「どういう意味だと思います?」
ミレイアが聞く。
「そのままだったら」
俺は答える。
「地下に王様がいるってこと?」
「あり得ません」
ミレイアが首を振る。
「王は王城にいるはずです」
「じゃあ」
「何か別の意味があるのかもしれません」
ルナが腕を組む。
「王の名前を使ってる誰かとか?」
「可能性はあります」
俺は考える。
だが。
セレナは黙ったままだった。
「セレナ?」
「……」
「どうした?」
「父が」
セレナが。
ゆっくり口を開いた。
「最後に言ってた」
「何を?」
「『王を信じるな』って」
「……」
「だから」
セレナは。
顔を上げる。
「私、最初から王城には行きたくなかった」
「じゃあ地下へ?」
「うん」
「どうして?」
「父が」
セレナは。
ペンダントを握る。
「王城じゃなくて」
「……」
「地下に真実があるって言ってたから」
俺は。
決めた。
「行こう」
「レオンさん?」
「地下へ」
「危険ですよ」
「分かってる」
「それでも?」
「うん」
俺は立ち上がる。
「ここまで来たんだ」
王都の地下。
そこに。
俺たちが探しているものがある。
* * *
地下への入り口は。
意外なところにあった。
王都の中心。
大きな噴水。
その地下。
ミレイアが魔法で調べると。
「空洞があります」
「下に?」
「はい」
俺は噴水の石を調べた。
「……」
石の一つに。
妙な傷がある。
「これ」
指で触れる。
その瞬間。
傷が。
淡く光った。
「……」
セレナがペンダントを近づける。
黒い石が。
共鳴するように光った。
「やっぱり」
セレナが言う。
「ここだ」
「どうやって開ける?」
「分からない」
俺は。
石を見る。
反射。
だったら。
「……」
俺は。
石に触れた。
「反射・無限化」
何も起こらない。
「……」
ミレイアが首を傾げる。
「何をしてるんです?」
「反射を無限にしてる」
「?」
「この石にある反射を」
俺は意識を集中する。
すると。
石に当たった光が。
一度。
二度。
三度。
何度も跳ね返る。
そして。
その光が。
石の中へ入っていく。
「……!」
石の表面に。
無数の線が浮かんだ。
それが。
複雑な魔法陣になる。
ゴゴゴゴゴ……。
噴水の下から。
巨大な音が響く。
「下がって!」
ミレイアが叫ぶ。
地面が。
ゆっくり開いていく。
その下には。
階段があった。
「……」
誰も。
何も言わない。
ただ。
暗い階段を見つめる。
「行く?」
セレナが聞く。
「行こう」
俺は先頭に立った。
* * *
地下への階段は。
異様に長かった。
一段。
また一段。
下へ。
下へ。
下へ。
王都の喧騒が。
どんどん遠ざかっていく。
「……」
途中。
壁に。
奇妙な文字が刻まれていた。
「これ」
ミレイアが壁を照らす。
「古代文字です」
「読める?」
「少しなら」
「何て書いてある?」
ミレイアは。
文字を指でなぞった。
「『世界は一度、終わった』」
「……」
「その後に」
ミレイアが読む。
「『終わりを返すため、始まりを残す』」
「意味分かる?」
「分かりません」
「だよな」
さらに進む。
別の壁。
『反射は世界を守る』
俺は。
足を止めた。
「……」
「レオンさん?」
「これ」
「はい」
「俺の能力と」
ミレイアも。
その文字を見る。
「……反射」
セレナも。
黙っている。
そして。
壁には。
さらに文字があった。
『一つの反射が』
『二つになり』
『二つの反射が』
『無限になるとき』
その先だけ。
文字が消えている。
「……」
「途中で削られてますね」
ミレイアが言う。
「誰かが意図的に消した?」
「たぶん」
俺は。
その先を見つめる。
嫌な予感がした。
* * *
階段の先。
巨大な扉があった。
黒い金属。
中央に。
鏡が埋め込まれている。
「これ」
セレナがペンダントを近づける。
鏡が。
淡く光った。
そして。
声がした。
『認証』
「……!」
俺たちは。
全員固まった。
『鍵を確認』
『血統を確認』
『記憶を確認』
『能力を確認』
俺の背中に。
冷たい汗が流れる。
「能力……?」
俺は。
自分の胸に手を当てた。
『反射・無限化』
声が。
はっきりと。
俺の能力名を告げた。
「……」
『一致』
扉が。
ゆっくり開いた。
その瞬間。
俺は確信した。
これは。
偶然じゃない。
俺が。
ここへ来ることそのものが。
最初から。
仕組まれている。
* * *
扉の向こうには。
巨大な空間が広がっていた。
「……」
俺たちは。
言葉を失った。
そこには。
無数の鏡があった。
壁。
天井。
床。
すべて。
鏡。
そして。
その中央。
巨大な黒い結晶が浮かんでいた。
「……何これ」
ルナが呟く。
黒い結晶は。
ゆっくりと回転している。
その周囲には。
無数の光が走っていた。
光が。
鏡に当たる。
反射する。
また別の鏡へ。
反射する。
さらに。
反射する。
どこまでも。
どこまでも。
終わらない。
「……」
俺は。
その光景を見ていた。
分かる。
この場所にあるものが。
俺の能力と。
同じ性質を持っている。
「レオン」
セレナが。
震える声で言う。
「これ」
「うん」
「父が探してたもの」
「……」
「たぶん」
その瞬間。
中央の黒い結晶が。
光った。
そして。
空中に。
一人の人物が映し出された。
「……!」
セレナが。
息を呑む。
「お父さん……?」
そこにいたのは。
セレナの父親だった。
少し古い映像。
だが。
間違いない。
彼は。
こちらを見ていた。
『セレナへ』
録画された声。
『もしこれを見ているなら』
セレナの目が。
大きく見開かれる。
『私はもう生きていないだろう』
「……お父さん」
セレナが一歩前へ出る。
『だが』
映像の中の男は続ける。
『お前には、どうしても伝えておかなければならない』
俺は。
息を呑んだ。
『この世界には』
男が。
ゆっくり口を開く。
『もう一つの世界がある』
「……」
『正確には』
映像の男が。
こちらを見る。
『この世界と、まったく同じ世界が』
俺たちは。
誰も動かなかった。
『鏡の向こうに存在する』
セレナが呟く。
「鏡……」
『そして』
男の表情が。
初めて恐怖に歪んだ。
『その世界では』
映像が一瞬乱れる。
『こちらと同じ人間が』
ノイズ。
『同じ歴史を』
ノイズ。
『同じ人生を』
ノイズ。
『繰り返している』
「……」
俺は。
何かがおかしいと感じた。
だが。
まだ。
何がおかしいのか分からない。
『だが』
映像が続く。
『完全に同じではない』
黒い結晶が。
強く光る。
『こちらの世界で起きたことは』
男が言う。
『あちらの世界にも反射する』
「……」
『そして』
男が。
最後に。
はっきりと言った。
『あちらで起きたことも』
『こちらへ返ってくる』
俺の心臓が。
ドクン。
と鳴った。
反射。
世界と世界。
それが。
繋がっている。
『だから』
男が言う。
『この世界は』
一瞬。
映像が乱れた。
『何度も』
また。
『同じ終わりを』
ノイズ。
『繰り返している』
映像が。
完全に途切れた。
「……」
静寂。
誰も。
何も言わない。
やがて。
セレナが。
「待って」
呟いた。
「じゃあ」
彼女は。
震える声で言う。
「この世界は」
「……」
「何度も滅びてるってこと?」
ミレイアが答えようとする。
「でも」
「……?」
「記録がありません」
「何?」
「そんな歴史」
ミレイアは。
周囲の鏡を見る。
「私たちが知っている歴史には、世界が滅びた記録なんてありません」
「……」
「なのに」
ミレイアが。
黒い結晶を見る。
「ここには」
「……」
「その記録がある」
俺は。
結晶に近づいた。
「触ってみる」
「危険です!」
「分かってる」
手を伸ばす。
指先が。
黒い結晶に触れた。
その瞬間。
世界が。
反転した。
「――ッ!」
俺は。
立っていた。
いや。
立っている場所が。
さっきまでと違う。
そこには。
王都があった。
だが。
空が赤い。
建物は崩壊している。
人の姿はない。
巨大な黒い亀裂が。
空を走っている。
「……」
俺は。
呆然とする。
そして。
遠く。
城の前に。
一人の少女が立っていた。
銀髪。
白い服。
背中に翼。
「……神様?」
俺は。
思わず呟いた。
少女が。
こちらを向く。
「……」
そして。
泣いていた。
「どうして……」
声が聞こえる。
「どうして、また失敗したの……」
「……」
「また」
神様が。
俺を見る。
「反射が壊れた」
俺の胸が。
締め付けられる。
「反射……?」
「あなたが」
神様が。
悲しそうに笑う。
「選んだのに」
俺は。
何も言えない。
「……俺が?」
「違う」
神様は首を振る。
「あなたじゃない」
「じゃあ」
「前のあなた」
「……」
意味が。
分からない。
「前の?」
「何度目かも分からない」
神様が。
俺を見る。
「あなたはいつも」
そして。
俺の背後を指差す。
「ここまで来る」
振り返る。
そこには。
無数の人間がいた。
俺。
いや。
俺と同じ顔をした人間。
何人も。
何十人も。
何百人も。
同じ顔。
同じ目。
同じ。
「……」
俺は。
言葉を失った。
「あなたは」
神様が言う。
「何度も転生している」
「……」
「そのたびに」
「……」
「同じ力を選ぶ」
俺の頭の中で。
何かが。
崩れた。
「嘘だ」
「……」
「俺は」
俺は。
この世界に。
初めて来た。
「俺は……」
そう言いかけた。
その瞬間。
視界が。
真っ白になった。
* * *
「レオン!」
誰かが叫んだ。
目を開ける。
「……!」
ミレイアが。
俺の肩を掴んでいた。
「大丈夫ですか!?」
「……」
俺は。
周囲を見る。
地下遺跡。
黒い結晶。
鏡。
セレナ。
ルナ。
「……今」
「はい?」
「俺」
額を押さえる。
「何か見た」
「何を?」
「……」
説明しようとした。
だが。
言葉にできない。
なぜなら。
頭の中に。
別の記憶が流れ込んできたからだ。
知らない場所。
知らない街。
知らない人。
だが。
全部。
見覚えがある。
「……」
俺は。
その場に膝をついた。
「レオンさん!」
「大丈夫」
「顔色が悪いです!」
「大丈夫だから」
俺は。
黒い結晶を見る。
すると。
結晶の中に。
一瞬だけ。
何かが映った。
「……」
それは。
一冊の本。
古い本だった。
表紙には。
こう書かれている。
『転生記録』
その下に。
名前。
そして。
数字。
『レオン』
『第――』
そこだけ。
黒く塗り潰されている。
「……」
俺は。
手を伸ばした。
だが。
結晶が。
突然。
大きく揺れた。
ゴゴゴゴゴゴ……。
「何!?」
地面が揺れる。
鏡が。
一斉に割れる。
ガシャァァァン!
「逃げて!」
ミレイアが叫ぶ。
俺たちは。
走った。
だが。
地下空間の奥から。
何かが。
こちらへ向かってくる。
足音。
ゆっくり。
一歩。
また一歩。
そして。
暗闇から。
一人の男が姿を現した。
銀髪。
黒い服。
手には剣。
「……」
俺は。
見覚えがあった。
王都の上空に現れた。
あの男。
「お前……」
男は。
俺を見る。
「やはり来たか」
「何者だ」
「質問するのはこちらだ」
男が。
一歩進む。
「お前は」
剣を抜く。
「何回目だ?」
「……」
「この世界への転生は」
俺は。
答えられない。
「何の話だ」
「覚えていないのか」
男が。
少しだけ笑った。
「ならば」
剣先を。
俺へ向ける。
「思い出させてやる」
その瞬間。
黒い結晶が。
爆発した。
「――ッ!」
光。
音。
衝撃。
全部が。
俺たちへ向かってくる。
「反射!」
俺は。
反射を無限化した。
衝撃が。
俺たちの目の前で。
跳ね返る。
音が。
壁を走る。
光が。
鏡を巡る。
熱が。
空間を駆ける。
「……」
俺は。
それを見ていた。
そして。
初めて。
気づいた。
俺が無限化した「反射」は。
物質だけじゃない。
音も。
光も。
熱も。
衝撃も。
魔力も。
すでに。
全部。
反射できている。
だが。
その瞬間。
男が。
笑った。
「そうだ」
「……?」
「それだ」
男の目が。
異様なほど輝く。
「それが」
一歩。
「お前の本来の力だ」
「……本来?」
「まだ理解していないのか」
男が。
手を広げる。
「反射とは」
周囲の鏡が。
一斉に光る。
「跳ね返すことではない」
鏡の中に。
無数の世界が映る。
「返すことだ」
俺の頭の中に。
神様の言葉が蘇る。
『あなたが、その力を選んだことを――』
『後悔しないことを祈っています』
「……」
男が。
最後に言った。
「お前が反射したものは」
そして。
世界が。
また。
反転した。
「必ず」
無数の鏡が。
同時に割れる。
「どこかへ返る」
その瞬間。
地下遺跡の最奥。
今まで閉じていた巨大な扉が。
ゆっくりと。
開き始めた。
中から。
光が漏れる。
その光の中に。
一人の少女が立っている。
銀髪。
白い服。
翼。
「……神様?」
俺は。
呆然と呟いた。
だが。
その少女は。
俺の知っている神様とは。
少しだけ違った。
服が赤く染まっている。
翼の片方が。
黒い。
そして。
彼女は。
俺を見ると。
涙を流した。
「……やっと」
声が震える。
「やっと、ここまで来た」
「……」
俺は。
何も言えない。
少女は。
ゆっくり。
こちらへ手を伸ばす。
「お願い」
そして。
はっきりと。
俺の名前を呼んだ。
「――今度こそ、私を殺して」
「……は?」
その瞬間。
地下遺跡全体が。
轟音とともに崩れ始めた。
黒い結晶が。
真っ二つに割れる。
その奥から。
無数の声が響く。
『第七周期、開始』
『反射能力者、確認』
『記憶封印、解除準備』
『世界境界、崩壊開始』
「……何だよ」
俺は。
立ち尽くしていた。
「何なんだよ、これ……」
そして。
最後に。
黒い結晶の中から。
一枚の記録が。
床へ落ちた。
俺は。
それを拾う。
そこに書かれていた名前は。
『レオン』
その隣に。
こう記されていた。
『転生回数――』
だが。
数字を見るより先に。
記録は。
真っ赤な光に包まれて。
消えた。
「……」
俺は。
何も言えなかった。
ただ。
手の中に残った。
一枚の紙を。
握りしめる。
その紙の裏側に。
たった一行。
誰かの手書きの文字があった。
『次に目覚めた時、お前は必ずこれを忘れている』
そして。
その下に。
こう続いていた。
『だから、今度は――』
文字は。
そこで途切れていた。
俺たちは。
誰も動かなかった。
崩れ落ちる地下遺跡。
割れていく鏡。
消えていく光。
その中心で。
俺はただ。
自分の手の中にある紙を見つめていた。
そして。
最後の一文字が。
赤い光の中から。
ゆっくり浮かび上がった。
『――俺を信じるな』
その瞬間。
すべての鏡が。
一斉に。
俺を映した。
だが。
その中に映っていたのは。
今の俺ではなかった。
幼い俺。
剣を持った俺。
血まみれの俺。
泣いている俺。
笑っている俺。
そして。
そのすべての「俺」が。
同時に。
こちらを見ていた。
そのうちの一人が。
口を動かす。
「――次は、お前の番だ」
視界が。
白く染まった。
そして。
俺はまだ知らない。
この地下で起きたことが。
王都の事件なんかではない。
俺がこの世界へ転生した理由そのものに。
直結していることを。
そして。
俺が神様から与えられた「反射」という能力が。
ただの転生特典などではなかったことを。
このときの俺は。
まだ。
何も知らなかった。




