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名前を忘れた私ですが、たぶん異世界で石鹸屋をはじめます。〜いい人しかいないんですが、罠ですか?〜  作者: まの月


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112/118

112話 違和感

ノア視点です

最近、なんか不気味なものをよく見ている気がする。


 いや、不気味って言ったら失礼かもしれない。別に魔物でも幽霊でもないし、害があるわけでもない。


 ただ、見慣れない。


 ものすごく、見慣れない。


「こんにちは」


 今日も店の扉を開けて入ってきた師匠を見て、うちは思わず手を止めた。


 また笑ってる。


 いや、笑うことくらいあるのは知ってる。人間なんだから。


 でも、うちが冒険者として師匠についていた頃なんて、戦ってる時はほとんど無表情だった。魔物が何匹いようが淡々と倒して、終わったら剣についた汚れを払って、それで終わり。


 笑ってるところを一度も見なかったとは言わないけど、こんなにしょっちゅう見るものではなかった。


 そもそも、なんで冒険者やめてんすか、師匠……。


「シリルさん、こんにちは」

「こんにちは、ノア」


 店長が奥から出てくると、師匠の顔がさらに緩んだ。


 ……誰っすか、この人。


 最近、師匠は店長を迎えに来ることが多い。


 王都でシャボンノアの商品を売ることになって、その担当が師匠になったらしいから、打ち合わせが増えるのは分かる。


 分かるんすけど。


 打ち合わせがない日まで迎えに来てないっすか?


 しかも帰りまで。


 うちは店長と師匠を交互に見た。


 これ、やっぱりあれなんすかね。


 いや。


 たぶん、あれなんだと思う。


 店長も最近、師匠が来るとちょっと嬉しそうだし、周りの人たちはもうだいたい気づいてるような気もする。


 でも、なんとなく怖くて聞けない。


 師匠に「店長と何かあったんすか?」なんて聞いて、あの無表情で見られたらどうしよう。


 ……いや、今の師匠なら笑うのか?


 それはそれで怖いっす。


「ノエル、あとお願いしてもいい?」

「もちろんっす!」


 店長が鞄を持ちながら言う。


 最近は、こういうことも増えた。


 店長が店を空ける時間。


 王都販売の準備が始まってから、打ち合わせだの確認だので、店長は前よりずっと忙しくなった。前なら店頭にいる時間も長かったのに、今はうちが一人で店に立っている時間の方が長い日もある。


 昨日なんて、王都の小さなリーヴェルで販売を担当する人が、研修のためにこっちまで来ていた。


 商品の違い、使い方、お客さんへの説明の仕方。店長が一つずつ教えて、うちも横から少し手伝った。


「それは足用石鹸っす。普通の石鹸とは説明分けた方がいいっすよ」


 なんて言いながら、ちょっとだけ先輩風吹かせてみたりもした。


 だって、うちはもうここで働き始めて四か月くらいになる。


 商品のことも店の流れも、だいぶ分かるようになった。最初の頃は、お客さんに聞かれるたびに店長を見てたのに、今では一人でもだいたい何とかなる。


 昨日の研修も楽しかった。


 でも、店長はずっと喋りっぱなしだったし、研修が終わったあとも何か書き物をして、そのあとまた別の確認をしていた。


 大丈夫なんすかね。


 最近、ほんとに忙しそうだ。


「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃいっす」


 店長と師匠が並んで店を出ていく。師匠が扉を開けて、店長を先に通した。


 その顔がまた、にこにこしている。


 ……やっぱり不気味っす。


 扉が閉まってから、うちはしばらくそこを見つめていた。


「若いっていいわねぇ」


 後ろから声がして振り返ると、製造を手伝いに来てくれているマルタさんが、何やら楽しそうな顔をしていた。


「……何がっすか?」

「ノエルちゃんにはまだ早いかしら?」


 絶対なんか知ってる。


 でも聞かない。


 聞いたら負けな気がする。


 うちは店内へ戻り、残っていた商品の箱を持ち上げた。


 ちょうどその時、棚の上に置いてあった小箱がぐらりと傾く。


「あ」


 落ちる。


 そう思うより先に体が動いた。


 片手に大きな箱を抱えたまま空いた手を伸ばし、小箱が床へ落ちる寸前で受け止める。


「危なかったっすね」

「あらまあ。相変わらず反応が早いわねぇ」

「そうっすか?」


 受け止めた箱を棚へ戻し、そのまま抱えていた箱を作業場まで運ぶ。


 このくらいなら全然重くない。


 冒険者をやっていた頃ほど動くことはなくなったけど、体が鈍るのは嫌だから、今でも休みの日や朝にはちゃんと鍛えている。


 一応、これでもC級冒険者だ。


 店長には言ってないけど。


 うちがここにいる本当の理由も。


 今のところ、店長の周りに危険らしい危険はない。変な客が来ることもほとんどないし、店も平和だ。


 それでも、油断はしない。


 師匠から頼まれた仕事でもあるから。


 それに――。


 うちは作業場の方を見る。


 最近の店長は、危険より先に働きすぎで倒れないかの方が心配っす。


 王都の販売が始まったら、もっと忙しくなるんじゃないだろうか。


 店長、ちゃんと休むんすかね。


 そんなことを考えながら作業を続けていて、ふと自分の制服へ目を落とした。


 それにしても、ここの制服は最高っす。


 うちは今までで一番かわいいものを着ている自信がある。


 一度これを家でも着てみたら、母ちゃんには泣かれた。父ちゃんまで「ノエルもいつか嫁に行くんだな……」なんて、なぜか感極まっていた。


 そこまで言われると、さすがにちょっと嬉しい。


 照れながら笑っていたら、ねぇちゃんがうちを上から下までじっと見て、


「……筋肉が……」


 と呟いた。


 どういう意味だったんすかね。


 結構似合ってると、自分では思ってるんすけど。

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