112話 違和感
ノア視点です
最近、なんか不気味なものをよく見ている気がする。
いや、不気味って言ったら失礼かもしれない。別に魔物でも幽霊でもないし、害があるわけでもない。
ただ、見慣れない。
ものすごく、見慣れない。
「こんにちは」
今日も店の扉を開けて入ってきた師匠を見て、うちは思わず手を止めた。
また笑ってる。
いや、笑うことくらいあるのは知ってる。人間なんだから。
でも、うちが冒険者として師匠についていた頃なんて、戦ってる時はほとんど無表情だった。魔物が何匹いようが淡々と倒して、終わったら剣についた汚れを払って、それで終わり。
笑ってるところを一度も見なかったとは言わないけど、こんなにしょっちゅう見るものではなかった。
そもそも、なんで冒険者やめてんすか、師匠……。
「シリルさん、こんにちは」
「こんにちは、ノア」
店長が奥から出てくると、師匠の顔がさらに緩んだ。
……誰っすか、この人。
最近、師匠は店長を迎えに来ることが多い。
王都でシャボンノアの商品を売ることになって、その担当が師匠になったらしいから、打ち合わせが増えるのは分かる。
分かるんすけど。
打ち合わせがない日まで迎えに来てないっすか?
しかも帰りまで。
うちは店長と師匠を交互に見た。
これ、やっぱりあれなんすかね。
いや。
たぶん、あれなんだと思う。
店長も最近、師匠が来るとちょっと嬉しそうだし、周りの人たちはもうだいたい気づいてるような気もする。
でも、なんとなく怖くて聞けない。
師匠に「店長と何かあったんすか?」なんて聞いて、あの無表情で見られたらどうしよう。
……いや、今の師匠なら笑うのか?
それはそれで怖いっす。
「ノエル、あとお願いしてもいい?」
「もちろんっす!」
店長が鞄を持ちながら言う。
最近は、こういうことも増えた。
店長が店を空ける時間。
王都販売の準備が始まってから、打ち合わせだの確認だので、店長は前よりずっと忙しくなった。前なら店頭にいる時間も長かったのに、今はうちが一人で店に立っている時間の方が長い日もある。
昨日なんて、王都の小さなリーヴェルで販売を担当する人が、研修のためにこっちまで来ていた。
商品の違い、使い方、お客さんへの説明の仕方。店長が一つずつ教えて、うちも横から少し手伝った。
「それは足用石鹸っす。普通の石鹸とは説明分けた方がいいっすよ」
なんて言いながら、ちょっとだけ先輩風吹かせてみたりもした。
だって、うちはもうここで働き始めて四か月くらいになる。
商品のことも店の流れも、だいぶ分かるようになった。最初の頃は、お客さんに聞かれるたびに店長を見てたのに、今では一人でもだいたい何とかなる。
昨日の研修も楽しかった。
でも、店長はずっと喋りっぱなしだったし、研修が終わったあとも何か書き物をして、そのあとまた別の確認をしていた。
大丈夫なんすかね。
最近、ほんとに忙しそうだ。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいっす」
店長と師匠が並んで店を出ていく。師匠が扉を開けて、店長を先に通した。
その顔がまた、にこにこしている。
……やっぱり不気味っす。
扉が閉まってから、うちはしばらくそこを見つめていた。
「若いっていいわねぇ」
後ろから声がして振り返ると、製造を手伝いに来てくれているマルタさんが、何やら楽しそうな顔をしていた。
「……何がっすか?」
「ノエルちゃんにはまだ早いかしら?」
絶対なんか知ってる。
でも聞かない。
聞いたら負けな気がする。
うちは店内へ戻り、残っていた商品の箱を持ち上げた。
ちょうどその時、棚の上に置いてあった小箱がぐらりと傾く。
「あ」
落ちる。
そう思うより先に体が動いた。
片手に大きな箱を抱えたまま空いた手を伸ばし、小箱が床へ落ちる寸前で受け止める。
「危なかったっすね」
「あらまあ。相変わらず反応が早いわねぇ」
「そうっすか?」
受け止めた箱を棚へ戻し、そのまま抱えていた箱を作業場まで運ぶ。
このくらいなら全然重くない。
冒険者をやっていた頃ほど動くことはなくなったけど、体が鈍るのは嫌だから、今でも休みの日や朝にはちゃんと鍛えている。
一応、これでもC級冒険者だ。
店長には言ってないけど。
うちがここにいる本当の理由も。
今のところ、店長の周りに危険らしい危険はない。変な客が来ることもほとんどないし、店も平和だ。
それでも、油断はしない。
師匠から頼まれた仕事でもあるから。
それに――。
うちは作業場の方を見る。
最近の店長は、危険より先に働きすぎで倒れないかの方が心配っす。
王都の販売が始まったら、もっと忙しくなるんじゃないだろうか。
店長、ちゃんと休むんすかね。
そんなことを考えながら作業を続けていて、ふと自分の制服へ目を落とした。
それにしても、ここの制服は最高っす。
うちは今までで一番かわいいものを着ている自信がある。
一度これを家でも着てみたら、母ちゃんには泣かれた。父ちゃんまで「ノエルもいつか嫁に行くんだな……」なんて、なぜか感極まっていた。
そこまで言われると、さすがにちょっと嬉しい。
照れながら笑っていたら、ねぇちゃんがうちを上から下までじっと見て、
「……筋肉が……」
と呟いた。
どういう意味だったんすかね。
結構似合ってると、自分では思ってるんすけど。




