111話 サラサラとしたい
その日の夜。ベッドに入ったものの、なかなか眠る気になれなかった。目が冴えているというより、考えることが多すぎる。
王都でのシャボンノア販売。今日の話で大まかな流れは決まったけれど、実際に始めるとなれば、まだまだ準備することは山ほどある。最初に置く商品の種類と数、売り場の飾り付け、説明書き。販売員さんへの研修もあるし、最初の商品陳列は私自身が王都へ行ってやるつもりだ。
それから、小さなアラボン。リディアさんに少しずつ作ってもらえることになったけど、王都の売り場に飾ったら絶対かわいいと思う。
枕に頭を預けたまま、ぼんやり天井を見つめる。
あとは――シリルさんのお家。
今日、ライネルさんに一度遊びに来てくださいと言われた。家族も私に会いたがっているらしい。
「……彼氏の家」
ぽつりと口に出した瞬間、なんだか急に恥ずかしくなった。
彼氏の家に行って、彼氏の家族に会う。
なんというか、ものすごく恋人っぽい。
いや、恋人なんだけど。
私は布団を鼻の辺りまで引き上げた。そういえば、一緒に住むかなんて話までされたんだった。まだ何も決めてないけど、家や土地を見に行く話にはなっている。
付き合い始めたばっかりなのに、なんでこんなに一気に進んでるんだろう。
……シリルさん、最近ちょっと積極的すぎない?
そう思ったところで、不意に別のことまで思い出した。
髪。
耳の後ろあたりから一房すくわれて、指先がするりと毛先まで滑っていった、あの感触。
「…………」
私は無意識に自分の髪を一房つまみ、指にくるくると巻きつけた。ほどいて、また巻く。
私が作った液体石鹸を使うようになってから、髪のきしみはかなりましになった。普通の石鹸で洗っていた頃とは全然違うし、洗い上がりもずいぶん良くなっている。
でも、なんというか。
「……これじゃないんだよなぁ」
もっとこう、するんとして、さらさらで。指を通した時に引っかからなくて、思わずもう一度触りたくなるような。
そんな髪だったら――。
シリルさんも、もっと触ってくれるかな。
そこまで考えたところで、指に巻きつけていた髪が止まった。
「…………」
今、私、何考えた?
もっと触ってほしい?
「……っ!」
私は勢いよく布団を頭までかぶった。
何それ!
触ってほしいって何!
私、痴女か!
誰も見ていないのに、布団の中で一人でもぞもぞと悶える。
違う違う。そういうんじゃない。髪をきれいにしたいなんて普通のことだし、そもそもこれは商品開発にもつながる。
そう。
商品開発。
私はそっと布団から顔を出した。
「……商品開発だから」
誰に言い訳してるんだろう。
気を取り直して、もう一度自分の髪を指に巻きつける。液体石鹸で洗いやすくはなった。香油もある。フィオラの香油は香りもいいし、髪を整えるには十分使える。
でも、香油と私が欲しいものは少し違う。
私が欲しいのは、洗ったあとの髪そのものをもっとさらさらにしてくれるものだ。
「リンス……?」
口から出た言葉に、自分で少し驚いた。
そうだ。リンス。
いや、トリートメント?
「……何が違うんだっけ」
そこは全然思い出せない。でも、そういうものがあったことは覚えている。髪を洗ったあとにつけて、流して、乾かしたあとの髪がさらさらになるやつ。
私は体を起こして、枕元に置いていた紙と筆記具を手に取った。忘れる前に書いておこう。
紙の上に『リンス? トリートメント?』と書き、その下で筆が止まる。
……で、何でできてた?
「知らないんだよなぁ」
完成したものなら使った記憶はある。でも、作り方なんて考えたこともなかった。
しばらく紙を睨んでいると、ふっと昔の記憶が引っかかった。
「レモン……?」
そういえば昔、プールのあとだったか、髪にレモンがいいとか聞いたことがあるような気がする。
いや、レモン汁をそのまま頭にぶっかけるわけじゃないよね。たぶん。
酸っぱいもの。酸。
それから、はちみつ? 保湿って、はちみつじゃなかったっけ。蜜蝋は……いや、あれは髪につけたら重そうだ。香油まであるのに、さらにべたべたにしてどうする。
思いつくまま、紙に書き足していく。
レモン、酢、はちみつ、香草。油は少し? 蜜蝋は保留。
並んだ文字を眺めて、私は眉を寄せた。
「……全然分からん」
でも、不思議と少し楽しくなってきた。
昔の記憶が曖昧でも、試すことはできる。薄めてみて、髪につけてみて、駄目ならやめる。少しでも良くなったなら、そこからまた調整していけばいい。
いつものことだ。
私は紙を枕元へ戻し、もう一度横になった。指先にはまた、自分の髪がくるくると巻きついている。
これがもっと、さらさらになったら。
またシリルさんに触ってもらった時――。
「…………」
私は慌てて髪から指を離した。
「だから、商品開発だってば」
静かな部屋の中で、自分の声だけが妙に響いた。




