7. ウミガメ語り『若者の正体』
龍宮城へ入ってきた若者を見て、乙姫様はかなり驚いた。
「えっ? 誰? どうしてここへ?」
記憶を無くして以来、初めて目にした人間なので混乱しても仕方がなかったのじゃ。
「実は浜辺で子供達にいじめられているところを、この若者が助けてくれたのじゃ。ここで楽しい時間を過ごしてもらおうと、連れてきたのじゃよ」
それを聞いた乙姫様は思わぬ来客に喜んでいた。
「かめ爺を助けていただき、ありがとうございました。あたしは『おと』といいます。どうぞゆっくりくつろいでください」
若者も乙姫様を見て驚いた。
「ほんとに、こんなところにお姫様がいたなんて! 俺の名は『墨吉』、ウミガメは『かめ爺』と呼ばれているんだな」
「そうなんじゃ。それより墨吉さん、お腹空いたじゃろ。料理はいくらでもあるので好きなだけ食べるのじゃ」
ワシは墨吉を食卓へ案内した。墨吉は並んでいる料理を見て、その数に驚いていた。
「これはすごい! では、遠慮無くいただきます」
墨吉は食べても飲んでも減らない料理やお酒に驚きながらも、楽しんでいた。
「あたし、何だか踊りたい気分」
乙姫様は違う日常に気分が良くなったのか、舞台に上がり踊りだした。墨吉はそれに見惚れていた。
こんなに楽しそうな乙姫様を見るのは初めてじゃった。
ワシは『この若者を連れてきて本当に良かった』と思った。
乙姫様は墨吉が、普段どんな生活をしているのか興味があるようじゃった。
「あたしはずっと龍宮城で暮らしているので外の人間に会うのも初めてです。墨吉さんが普段どんな生活をしているのか教えてもらえますか?」
「じゃあ、俺の家族の話をしよう。三十歳になった俺には同い年の妻と、七歳になる娘がいる。海の近くの小さな家に三人で暮らしている。決して裕福とはいえないが、毎日幸せな日々を送っている。娘はもう七歳か……」
墨吉は話の途中、急に沈んだ表情を見せた。
「どうかしましたか?」乙姫様が心配そうに墨吉を見た。
「あ、いや、すまん。ちょっと姉のことを思い出してしまった。俺には四つ上の姉がいたんだがもう会うことはできないんだ」
墨吉はうつむきながらそう答えた。
「お姉さんがいるのですね。どうして会えないのですか?」
「姉はもうこの世にはいないんだ。七歳の頃、波に流されてしまって」墨吉の声はだんだん小さくなっていた。
「そうでしたか、しつこく聞いてごめんなさい」
「いや、いいんだ。あの時、俺はまだ三歳だったからあまり覚えてないんだけど、父から聞いた話では家族で海に出かけ、俺が泳ぐ魚を見つけて急に走り出したそうだ。ちょうど大きな波がきていて、それに気付いた姉が俺を助けに海に入り、そのまま二人とも波にさらわれてしまったらしい。そのあと、俺は父に助けられたが姉の姿はどこにも見当たらなかったらしい。姉は俺のせいで死んでしまったんだ」
「それはお気の毒です……つらいのに話してくれてありがとう……」乙姫様の目には涙が浮かんでいた。
「そういえば、乙姫さんは俺の姉によく似ている気がする。いや、姉の顔をはっきり覚えているわけじゃないんだけど。それに乙姫さんとは歳が違い過ぎる」
墨吉はそう言ってほほ笑んだ。
ワシは乙姫様を海で助けた時のことを思い出していた。
『あの時の小さな男の子がこの若者じゃったのか。乙姫様は墨吉の姉だったのじゃ。龍宮城では外よりも時間がゆっくり進んでいるようじゃ。そのせいで弟の墨吉がずいぶん年上になってしまったのじゃろう。乙姫様は今の話をどう思っているのじゃろう』
乙姫様は墨吉に優しく言葉をかけた。
「今日はもう遅くなったので、ゆっくり休んでください」
「俺も今日は飲み過ぎたみたいだ。明日まで休ませてもらおう」
墨吉は、案内された部屋へ入り、横になったのじゃ。
僕はウミガメの背中でウミガメの話を静かに聞いていた。
『僕が龍宮城へ行くよりも前に別の人が行っていたのか。しかも乙姫の弟だったなんて、乙姫は気付いていないのだろうか』
辺りはすでに光が届かない暗闇になっていた。しかし龍宮城はまだ見えてこない。
ウミガメの話はまだまだ続きそうだ。
ウミガメの声が何だか遠くに感じてくる。




