番外編:親心
「顎が2度高い。下げろ」
そう言えば、訓練された子供は正確に2度顎を下げた。
殿下と似た子供達。
自分に孫がいればこのくらいの歳だろうか……。
いらない思考を振り払うように、隣の子供に目をうつした。
戦争は続いている。
家族を奪ったのは敵対国ではない。
政敵だった。
長く続く戦争が日常になった頃、この国は腐り始めていたのかもしれない。
「影などいらん。放逐してしまえ」
殿下はそうおっしゃる。
殿下も同じように家族を亡くされた。
聡明な若者……子供だった。
この国の終わりなど……わかっていたのだろう。
「もう知りすぎています。政敵に捕まり拷問にあうか、ここで生き残るかしかないのです」
そう言えば、殿下は黙った。
唇を噛み締めた顔は年相応で、この人に仕えて終わる人生ならそれでいいと思えた。
「やれ」
子供達の中に、落第する者が現れ出す。
残る子供の心を殺すため、その手で葬らせた。
騒ぐ水音も、抑えきれない嗚咽も、1人死ぬごとに消えていった……。
穴の中で浮いている子供を濡れるのも構わず抱き上げた。
床板を外し、手で土をかいた。
爪の間に入る土が肉に減り込んで血が滲んだ。
湿った土の匂いに血の匂いが混じり出した頃、亡骸を収める事ができた。
酷く歪んだ表情を、撫でるように、少しでも整えた。
土を重ね、床板を戻し、何も無い部屋が戻った。
がらんどうの部屋。
床板に這いつくばって、額をつけた。
許されるなど、思ってもいない。
やがて、候補は2人になった。
1人の身長が伸びない。
落第だ。
「おい、俺を殺すお前」
その子供は聡く、従順だった。
初めて聞く彼の砕けた物言いに、言葉を無くした。
「もしどっかで夕陽を見たら、弔いだと思って俺を思い出してくれよ」
集められた子供達は、ほとんどが孤児か、親に売られた子供だ。
「俺が生まれた街の記憶はそれしか無いんだ。体はきっと帰れないから……お前が夕陽に連れてってくれ」
彼は親に蹴り出されるように売られた子供だった。
食うや食わずの生活で、頭にはシラミがわいていた。
それでも――。
さぁ、とっととやれよ。
言葉に、ならなかった。
「……情勢は、悪い。もはや後は無いな」
殿下は豪奢な椅子に背を預け、どこかホッとしたようにつぶやいた。
鳥の声が聞こえるような午後の日を背に受けて、その顔は影がさしていた。
私1人呼び出された時から、わかっていた。
「影を放逐する……追うなよ」
何を言うでも無く、ただうなづいた。
残ったあの子供は生き延びられるだろうか……。
願わくば、世界を超えてでも――。
自由であれ。




