最後の晩餐
「……い……おい、……おい!」
なんだかうるさい。
寝返りをうてば、慣れた枕の感触がした。
「寝ぎたねぇんだよ!起きろ、ヒロ!!」
爆弾みたいな声が降ってきた。
雑巾が早く起きろと、頬にめり込むほど擦り付いている。
体を起こすと、半開きのドアの向こうに茶器たちがいた。
俺が起きたのを確認すると、階下へ向かって飛び跳ねて行った。
「お前が起きたの知らせに行ってんだよ」
「?」
「はぁ〜……」
サチの特大のため息。
「鍋の準備できてんぞ。お待ちかねのご褒美だ」
……
…………
そうだった!!
ベッドから飛び起きた。
途端にくらりと眩暈がして、たたらを踏んだ体をサチが支えてくれる。
「っと。……馬鹿野郎。焦らなくても鍋は逃げねぇよ」
――知ってるよ。サチ。
「あ!ヒロさんやっと起きましたね!」
「遅い。エビが無くなるぞ」
食堂に降りれば、エプロンをつけたカナエがお玉を片手に微笑んだ。
アヤは、すでにエビの殻が小山を作っている。
「待っててやれよ。いただきますはみんなでするもんだろ」
「……いい匂いがした」
「ふふ、ヒロさんも起きたし、改めて……」
「「「いただきます」」」
言葉に詰まって、俺だけ少し遅れてしまった。
まだ、そんなにたくさん食べれる訳ではないけれど、山のように鳥つくねが入った鍋は見ているだけで満たされた。
***
「ヒロを横抱きにしたサチは傑作だったな」
エビの殻で山を作ったアヤさんが笑った。
「仕方ねぇだろ。肩に担いだら骨でも折りそうだったんだよ」
サチさんは白菜と豚肉をリピートし続けている。
「私は雑巾の気分でした」
私も気づけば半日経ちっぱなしだった……。
しゃがみ込んだらもう立てなくて、サチさんの肩にしがみついて店に戻った。
……ものすごく、揺れた。
いつも肩に乗ってる雑巾の気がしれない。
「はは……大変な事になってたんだな」
楽しそうなヒロさんは啄むように鳥つくねを食べている。
まだ――体は癒えきっていない。
「そう言えば、やり遂げて……気づいた事があるんだ」
ヒロさんが箸を置いて、茶器さんたちから紅茶を受け取る。
「お!なんだなんだ?世界の真理とかか?」
サチさんが囃し立てる。
ちょっと顔が赤い。雑巾がお酒の入ったグラスを遠ざけて、茶器さんたちが紅茶を淹れた。
「私も気になるな」
アヤさんがサチさんの紅茶を飲む。
茶器さんたちがやれやれと紅茶を足した。
「そんなたいそうなものじゃないよ」
茶器さんたちが私にも紅茶を淹れてくれる。
ゆっくり満ちてくるティーカップ。
「ただ、俺はこんな無茶しなくてよかったんだなって」
「……はぁ!?」
びっくりした茶器さんたちが、ガチャンと跳ねた。
ティーカップもほのかに揺れて、チリチリと音を立てだす……。
「いや、だって多分……」
「普通に1日過ごせばそれでよかったんじゃないかと思うんだ」
アヤさんが目を剥いて黙った。
「なんか解る気がします……」
思わず呟くと、みんなの目が私に向く。
「この旅は、毎日特別だったから」
いつもの私たち。
それだけで……。
「……ふっ、はは!」
アヤさんが声を立てて笑った。
目尻に涙が浮かんでいる。
「そんな事でよかったんだな……」
カタカタと、食器が小さく揺れ出した。
「……だったら、初日で終わってたんじゃねぇか」
サチさん、きっと解ってる。
「サチはガサツだから足りなかったんだろう」
「ヒロに情緒を諭される日が来るとは……」
戯れるような軽口。
箸置きから箸が転がる。
同じ1日なんて、無い。
些細な違いで、先は変わっていく。
あの日に、私が傘を買ったみたいに――。
紅茶を飲み干した。
空になった土鍋が、ガタンと音を立てた。
小さな振動が徐々に大きくなって、店全体を揺らしていた。
「時は満ちたようだ……行こうか」
柔らかく笑うアヤさんに促されて、みんなで席を立った。




