幹の終わりに灯るもの
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バスに乗り込んだ。
日曜日、中途半端な時間のバスは空いているけれど、Live配信を切った。
書き起こしをしている投稿を見つけたので読み進めた。
バスを降りると、走り出していた。
信号待ちでLive配信をつける。
――あれ?
信号が、青に変わった。
駆け足で広場に近づいて――気づいた。
――静かなんだ。
最初はざわざわと周りの声が聞こえていた。
今は、そこだけ時間が止まったみたいだ。
立ち尽くす人垣の向こうに、2人を見つけた。
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久方ぶりに動かそうとする体は、重い。
間接が固まったように動かしづらい。
曲げるたびに、骨が折れるような音が内から響いた。
やっとの事で取り出したそれを握りこんで、カナエの前に出す。
カナエの声は止まっていた。
目がこぼれそうなほど見開いてこちらを見ていた。
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視界の端で、ヒロさんが動いた。
――何をしてるの?
話すのをやめて、ヒロさんを見た。
こめかみに青筋を立てて、息も荒い。
震える握り拳を、私に差し出した。
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そっと……そっと……。
意識していないと暴れそうになる腕を落ち着けて、指を開いた。
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指の間に何かが見えた。
しわのよった、小さな紙。
印刷された文字は、ところどころ擦れている。
読めない、文字。
読めないけれど、私も、持っている。
これは――。
――あの日の、チケットの半券。
途端に、堰き止めていた涙が頬を伝った。
ヒロさんが、伝えてくれてる。
『このチケット、宝物ですね』
あの日の会話が蘇る。
『素晴らしい初体験だった』
たくさんの経験をした。
楽しい事ばかりではなかった。
恐ろしい事も、悲しい事も……。
でも、満ち足りた。
だから――。
私は行くって言えた。
『ありがとうカナエ』
こちらこそ、ヒロさん。
でも、ありがとうだけじゃない。
――とても、言葉では足りないね。
言葉にしてしまえば、とたんに小さなものになってしまいそう。
言葉にしようとしたら、このお話くらい長くなってしまう。
うううん、もっと、長いかもしれない。
だから、今この胸の中にある物をただそのまま――受け止めた。
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カナエの瞳から、涙が溢れた。
良かった。ちゃんと伝わったようだ。
微笑んだつもりで、カナエを見つめた。
きっとひどい顔をしている。
けれど、カナエも微笑んでくれた。
その時、背後の街路樹がざっと音を立てて、強い風が吹いた。
チケットが飛ばされてしまう!
動かない指の代わりに、カナエが手のひらに飛びついた。
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舞い上がりそうになるチケットを、ヒロさんの手のひらごと握った。
風が止んで、目を開けると――。
街路樹の葉が、私達の上に巻き上がり、ヒラヒラと落ちてきた。
緑の深い葉に、いつのまにか光を増した夕陽が反射した。
あの日のシャボン玉を思い出した。
きっと、ヒロさんも……。
ヒロさんを初めて見た時に、枯れた古木のようだと思った。
今のヒロさんはまさに古木だ。
だけど――。
深く伸びた根が、水を引き寄せてまた葉をつけるように……。
「……ふ、ふ」
ヒロさんが細く息を吐くように笑った。
生まれ直したみたいに、光って見えた――。
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夢を、見てるみたいだと思った。
女の子が涙を流してあの人に飛びついた。
それが合図みたいに、風が吹いた。
舞い上がった葉に、光が当たってキラキラしてる。
2人のまわりだけ……世界が違うみたいに見えた。
来る途中でフォローした、2人の配信の通知が鳴り止まない。
この異様な、けれど、どこか神聖な瞬間を――。
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もしかしたら、幻覚を見たのかもしれない。
カナエが俺の手ごとチケットを包んだ。
その瞬間、指の隙間から、小さな光がいくつも舞い上がった。
光の一つ一つに、港町で見た婦人や、ククリ、タタラ、ムクタ……仲間達が、見えた気がした。
舞い上がり、ゆるく明滅を繰り返す光。
あの日のシャボン玉みたいだ――。
光を目で追うカナエを見た。
涙に濡れたまつ毛が光を集めて、瞬きのたびにきらめくようだ。
とても、綺麗だ。
だけど――。
真っ赤な鼻は、幼さを残していてあどけない。
幼いと……子供だと悩んでいたけど。
「……ふ、ふ」
乾き切った喉から笑いが漏れた。
『褒めるよ!みんな天才!!とっても素敵よ!!』
今、あの言葉をカナエに返したい。
再来する幼さごと、美しいと思った――。
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「こんな終わりもあるんだな……」
アヤは、流れる涙を細い指で拭った。
風が吹いて、葉が舞っただけだ。
だが――解った。
「……本当に心配ばっかりかけやがってよ」
両手で雑に顔を拭った。
そのまま、動けなかった。
……きっとまだ涙が残っている。
バシン!
アヤに思いっきり背中を叩かれた。
「いてぇな!なんだよ!?」
アヤは楽しそうに笑っている。
「ほら、ヒロが倒れたぞ。さっさと回収してこい」
見れば、倒れこんできたヒロを支えきれずにカナエが座り込んでいた。
「はは……世話の焼ける奴らだ」
「笑ってないで早く行け」
アヤに同意するように、茶器たちや雑巾が騒がしい。
「わかったわかった」
「行ってくる。鍋……食わねぇといけねぇからな」




