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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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115/121

幹の終わりに灯るもの

***

バスに乗り込んだ。

日曜日、中途半端な時間のバスは空いているけれど、Live配信を切った。

書き起こしをしている投稿を見つけたので読み進めた。

バスを降りると、走り出していた。

信号待ちでLive配信をつける。


――あれ?


信号が、青に変わった。

駆け足で広場に近づいて――気づいた。


――静かなんだ。


最初はざわざわと周りの声が聞こえていた。

今は、そこだけ時間が止まったみたいだ。


立ち尽くす人垣の向こうに、2人を見つけた。




***

久方ぶりに動かそうとする体は、重い。

間接が固まったように動かしづらい。

曲げるたびに、骨が折れるような音が内から響いた。

やっとの事で取り出したそれを握りこんで、カナエの前に出す。

カナエの声は止まっていた。

目がこぼれそうなほど見開いてこちらを見ていた。




***

視界の端で、ヒロさんが動いた。


――何をしてるの?


話すのをやめて、ヒロさんを見た。

こめかみに青筋を立てて、息も荒い。

震える握り拳を、私に差し出した。



***

そっと……そっと……。

意識していないと暴れそうになる腕を落ち着けて、指を開いた。



***

指の間に何かが見えた。

しわのよった、小さな紙。

印刷された文字は、ところどころ擦れている。

読めない、文字。

読めないけれど、私も、持っている。

これは――。


――あの日の、チケットの半券。


途端に、堰き止めていた涙が頬を伝った。

ヒロさんが、伝えてくれてる。


『このチケット、宝物ですね』


あの日の会話が蘇る。


『素晴らしい初体験だった』


たくさんの経験をした。

楽しい事ばかりではなかった。

恐ろしい事も、悲しい事も……。

でも、満ち足りた。

だから――。

私は行くって言えた。


『ありがとうカナエ』


こちらこそ、ヒロさん。

でも、ありがとうだけじゃない。


――とても、言葉では足りないね。


言葉にしてしまえば、とたんに小さなものになってしまいそう。

言葉にしようとしたら、このお話くらい長くなってしまう。

うううん、もっと、長いかもしれない。


だから、今この胸の中にある物をただそのまま――受け止めた。




***

カナエの瞳から、涙が溢れた。

良かった。ちゃんと伝わったようだ。

微笑んだつもりで、カナエを見つめた。

きっとひどい顔をしている。

けれど、カナエも微笑んでくれた。


その時、背後の街路樹がざっと音を立てて、強い風が吹いた。


チケットが飛ばされてしまう!


動かない指の代わりに、カナエが手のひらに飛びついた。




***

舞い上がりそうになるチケットを、ヒロさんの手のひらごと握った。

風が止んで、目を開けると――。


街路樹の葉が、私達の上に巻き上がり、ヒラヒラと落ちてきた。

緑の深い葉に、いつのまにか光を増した夕陽が反射した。


あの日のシャボン玉を思い出した。

きっと、ヒロさんも……。


ヒロさんを初めて見た時に、枯れた古木のようだと思った。

今のヒロさんはまさに古木だ。

だけど――。

深く伸びた根が、水を引き寄せてまた葉をつけるように……。


「……ふ、ふ」

ヒロさんが細く息を吐くように笑った。



生まれ直したみたいに、光って見えた――。





***

夢を、見てるみたいだと思った。

女の子が涙を流してあの人に飛びついた。


それが合図みたいに、風が吹いた。


舞い上がった葉に、光が当たってキラキラしてる。

2人のまわりだけ……世界が違うみたいに見えた。


来る途中でフォローした、2人の配信の通知が鳴り止まない。



この異様な、けれど、どこか神聖な瞬間を――。




***

もしかしたら、幻覚を見たのかもしれない。


カナエが俺の手ごとチケットを包んだ。

その瞬間、指の隙間から、小さな光がいくつも舞い上がった。

光の一つ一つに、港町で見た婦人や、ククリ、タタラ、ムクタ……仲間達が、見えた気がした。


舞い上がり、ゆるく明滅を繰り返す光。


あの日のシャボン玉みたいだ――。


光を目で追うカナエを見た。

涙に濡れたまつ毛が光を集めて、瞬きのたびにきらめくようだ。

とても、綺麗だ。

だけど――。

真っ赤な鼻は、幼さを残していてあどけない。

幼いと……子供だと悩んでいたけど。


「……ふ、ふ」

乾き切った喉から笑いが漏れた。


『褒めるよ!みんな天才!!とっても素敵よ!!』


今、あの言葉をカナエに返したい。


再来する幼さごと、美しいと思った――。





***

「こんな終わりもあるんだな……」

アヤは、流れる涙を細い指で拭った。


風が吹いて、葉が舞っただけだ。

だが――解った。


「……本当に心配ばっかりかけやがってよ」

両手で雑に顔を拭った。

そのまま、動けなかった。

……きっとまだ涙が残っている。


バシン!


アヤに思いっきり背中を叩かれた。

「いてぇな!なんだよ!?」

アヤは楽しそうに笑っている。

「ほら、ヒロが倒れたぞ。さっさと回収してこい」

見れば、倒れこんできたヒロを支えきれずにカナエが座り込んでいた。

「はは……世話の焼ける奴らだ」

「笑ってないで早く行け」

アヤに同意するように、茶器たちや雑巾が騒がしい。

「わかったわかった」



「行ってくる。鍋……食わねぇといけねぇからな」



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