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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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通り雨


***

辛いのは最初の1日だった。

まだ感覚が生きていて、断続的な目眩が止まらない。足が痙攣するように細かく震えた。

みんなに見えていないといい。

2日目になると幾分か楽になった。

代わりに、ひどく足が浮腫んできたのか、靴が窮屈だった。

3日目になると体の渇きがひどく不快だった。

口の中が渇いて、舌を動かすと別の生き物がのたうつような違和感だった。

試しに前を通り過ぎようとする者に声をかけた。

およそ人の言葉では無くて、ひどく驚かせてしまった。

……もう、喋る事もままならないようだ。


この頃になると、立ったまま気を失っている事があるのか、夢を見るような不思議な経験をした。

自分が幼い頃の記憶が、生々しく再現された――。





「顎が2度高い。下げろ」

言われて、わずかに顎を下げれば大人は納得して隣の者に視線を移した。

自分と同じように集められた子供達と並んで、同じ立ち姿、歩き方、喋り方、選び方が出来るように、徹底的に教育された。

会話につまらないように勉学を、不足の事態に備えて武芸を……寝る暇など、ほとんど無かった。

だが、1番辛かったのは――。


「やれ」


狭い、床をくり抜いたような穴が空いている。

穴には水が張られ、自分と似た顔の子供がその中に座っていた。

彼は落第だと言われた。

だからと言って、家に帰れるわけではない。知りすぎている。

結果、殺す事になる。

「解るな、教えた通り、抑えろ」

言われたから、教わった通りに動いた。

震えも涙も、そのままに。

最初はうまくいかなくて、ひどく時間がかかった。

そんな事を繰り返す。

1人死ぬ毎に、俺の中の俺も、死んだ。

やがて候補は2人になった。


俺が残ったのは、彼の身長が伸びなかったからだ。


「おい、俺を殺すお前」


穴の中に座る、俺とよく似た彼が声をかけて来た。……最後だからか、大人は何も言わなかった。


「もしどっかで夕陽を見たら、弔いだと思って俺を思い出してくれよ」


言葉の意味は、よくわからなかった。

「俺が生まれた街の記憶はそれしか無いんだ。体はきっと帰れないから……お前が夕陽に連れてってくれ」

さぁ、とっととやれよ。

言いたい事だけ言って、彼は目を瞑った。


彼の言葉が頭から離れなかった。


サチと、カナエと、港街で夕陽を見た。

今までだって何度も夕陽は見たはずなのに、ここで少し、彼を思い出した。



あれは、自由になったからだろうか。


俺だけが、生き残って……。



『選べねぇのは知らねぇからだ!』


沈みそうになる思考にサチの声が響いた。


砂漠の世界で、城門を砂に還した。

なぜだかわからない。

けれど、それが正しいと思った。


入江の世界でも、何度も夕陽を見た。

大勢で一緒に働いた後に見た夕陽が、染み込むように俺を暖めた。


最後の世界で見た夕陽が、俺の中に宿ったものを縁取った。


俺はこれの名前をまだ知らない。


頬にポタリ……と雨粒があたった。

粒の大きい雨粒が次々と体にあたり、髪に染み込んで、こめかみを通って顎から滴った。

渇き切った体が、水分を求めて勝手に口を開けそうになる。

唇を噛み締めて、耐えた。

口を開けて、上を向けば、この苦しみから幾分かでも楽になれるのに。

だめだ。

飲みたい。

耐える。

辛い。

痛い。

やり遂げる。

眠い。

苦しい。

みんなが……待ってる。

自分の思考がうるさくて、たまらなくなって強く目を閉じた。



しばらくして、雨は止んだらしかった。

緩慢に目を開けると、下がった視線に自分の物では無い足が見えた。

目線だけ、ゆっくりとあげれば傘を差したサチだ。


「夜風にあたろうと思って散歩に来ただけだ」

――嘘だ。わかるんだ。


「…………濡れちまったら、冷えるだろ」

――ほら、やっぱりサチは優しい。


「カナエはちゃんと俺とアヤで無茶しねぇように見とく」

――それに、なんでもお見通しだ。


「鍋……作ってもらわねぇといけねぇからな」

――あぁ……そうだった。


それきり、サチは何も言わなかった。


通り雨が過ぎれば、洗われたように空が澄んで星が見えた。



明日は晴れるといい……。

無性に夕陽が見たくなった。


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