違い
ヒロさんの挑戦が始まって、私達はほとんどの時間を、サチさんが準備してくれたソファーがわりのベッドのうえで過ごした。
広場の端に見えるヒロさんは、たまにポケットに手を入れるような仕草をする以外はほとんど動かなかった。
「お前、ちょっとは食えよ」
挑戦1日目の終わりには、ご飯を食べない私にサチさんが眉を寄せた。
そう言われても、とても食べる気にはなれなかった。
「……寝ろ」
2日目には、サチさんがちょっとだけ凄んだ。
……でも、私が寝てないって知ってるのは、サチさんだって寝てないからじゃない。
「カナエ……」
3日目、アヤさんが私の手をそっと握った。
膝の上で握り込んで固まった手が、アヤさんの体温に解れていく。
反対側の隣ではサチさんがリンゴを剥き始めた。皮に刃が当たってリンゴの香りがふわっと漂った。
「気持ちは解る。でも、ちゃんと寝ないといけない」
シャリシャリと、ゆっくり剥かれるリンゴの皮が少しづつ伸びていく。
「サチさんだって寝てない」
リンゴの皮が途切れたからか、サチさんが小さく舌打ちした。
「違うよ、私と交代で寝てる。3人居るんだ、誰か起きていればいい」
サチさんが途切れたところからまた皮を剥き出す。慎重なのか音がさらにゆっくりだ。
「サチだって熟睡できるほどガサツじゃない」
言い方ぁ!とサチさんが怒鳴った。
アヤさんはクスリと笑う。
リンゴの皮は途切れなかった。
「みんな心配してる。私もだ」
アヤさんがしっかりと私の手を握り直す。
「だからちょっとでも寝て、食べよう。じゃないと、ヒロが帰って来た時に出迎えてやれないだろう?」
アヤさんが、手を解いて枕をとって私に抱き込ませた。
抱いた枕からサチさんの匂いがした……。
「…………うさぎリンゴがいい」
「もっと早く言えよ」
サチさんがとんっと肩をぶつけてきた。
耳の小さいうさぎリンゴは甘酸っぱくて、頬が痛いくらいだった。
***
「……寝たか?」
カナエはアヤに膝枕され、枕を抱いて丸くなって眠っている。
立ち上がり、体を伸ばしてやって布団をかけてやる。
アヤがそっとカナエの目元を撫でた。
白い指の下には青黒いクマがくっきりと浮かんでいた。
「頑張りすぎだな」
「全くだ」
アヤの肩にもブランケットをかけた。
「お前もちょっと寝ろ」
アヤに睡眠が必要なのかは疑問だが、気持ちを張り詰めているのは伝わってきた。
アヤの掌が、カナエの瞼の上で、クマを温めるようにそっと止まった。
「……考えてたんだ」
アヤはヒロの挑戦が始まってから、物思いに耽る事が増えた。
そんな時は、体が動きを止めて、視線が何を見るでも無く止まる。
今のように。
「選ばれた者が、幹になるためには……何が必要なのかと」
俺はヒロを見た。
緩く吹く風に街路樹が揺れる。
ヒロはぴくりとも動かない。
「招かれた者達は大概帰り道を探す。次の世界の話など、聞きもしない」
『誰かいたところで……私は……』
いつかの夜に、アヤが言い淀んだ言葉の先を聞いた気がした。
「もう諦めかけていたんだ……だから幹の事など、お前たちには話もしなかった」
「だが、たどり着いた」
違いはなんだったんだろうな――。
呟いて、アヤの目がヒロに向いた。
俺たちと、他の奴との違い。
つられて見やれば、窓に雨粒があたった。
水滴が流れて、ヒロが洗われていくようだった……。




