はじまり
ヒロさんはゆっくりと歩いて行った。
背筋を伸ばし、均一な歩幅で、まるでなぞったように綺麗に歩き、駅前まで来ると広場の隅で止まった。
きっとそこに決めたんだろう……。
小さく見えるヒロさんが何かモゾモゾと動いている。
――何を、してるの?
ガシャン!!
大きな音がして振り返れば、サチさんが木材を床に置いていた。
「おっ、わりぃな」
アヤさんが手を振って、店の荷物を隅に寄せた。サチさんは、それが出来るんならこれも持ってこいよ……と毒づきながら木材を組み立てていく。
仕上げに……と、階段からマットレスを落とした。
ドスンッという大きな衝撃に、茶器さんたちと雑巾が跳ねた。
「ベッド置くぞ。どうせここに座り込むつもりだったんだろ?」
サチさんがニヤッと笑った。
……たまらなくなって、サチさんに抱きついた。
***
みんなに行ってきますを行って、木戸を潜った。
軽口で押し殺した震えは、きっと武者震いだ。……そう思う事にした。
新年の祝賀、軍事パレードの観覧……。
殿下の影として居た頃は、人前に立つのは自分だった。
殺されるなら自分であるように。
空っぽの体は風でも吹けば揺れてしまいそうで、意識して殿下のように歩いた。
美しく、無駄がなく、風格をもって――。
体に染み込んだ動きは意識せずともこの身を運んでくれる。
駅前の広場まで着いて、目星をつけた場所に立ち止まる。
広場の端。街路樹を背にして立つと、人の往来がよく見えた。
行き交う人を見ているだけでも退屈しないだろう。
それに――。
視線を上げれば駅の上に空が大きく見えた。
空の移ろいを見るのが好きだ。
周りを見ていれば、不意に視線がふわりと彷徨った。遅れて眩暈を自覚して踏みとどまる。
いけない。
グッと足に力を入れて踏みとどまった。
倒れてしまえば、カナエやサチが飛んできてしまうだろう……。そんな事、させたくない。
力を入れた足に、靴が履き慣れた物である事に気づく。
どうやら招かれた時に着ていた服と靴だ……。
なんだか皮肉だが、それより気になる事があってモゾモゾとポケットを確かめた。
あった――。
お守りにしようと持ってきた物。
服装が変わったからどうだろうと思ったが、ちゃんとあった。
これも、必要と必然なんだろうな。
そう思えば、無慈悲な世界という物にも、生きる意思があるような気がした。
大切なそれを、緩く握った。




