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幹の終わりに灯るもの――帰れなくなった少女の異世界旅――  作者: 河居


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ご褒美

次の日から、ヒロさんの食生活は変わった。

いきなり全く食べないのもいけないからと、最初は量を減らして食べていたが……やがて何も食べなくなった。




「ヒロさーん」

姿が見えない時はだいたいいつも屋上で星を見てる。

ドアから顔を出せば毛布にくるまって座っているヒロさんが見えた。


何も食べなくなってから、ヒロさんは寒がったり、うとうとする事が増えていった。

せめて何か出来ないだろうかと、ぼんやりするヒロさんの側に行って、たくさん話をした。

旅の思い出を話す事も多かったけど、私の世界の絵本や映画の話をヒロさんは喜んでくれた。


今日はヒロさんのそばには茶器さんたちが寄り添っている。

茶器ではなくて、湯たんぽ代わりをしてくれているんだろう。

「ヒロさん……って寝ちゃってるんだ」



ヒロさんがまだ食べてるうちは、3人でこの辺りを歩いてまわった。

散歩を兼ねた、ヒロさんの挑戦の場所探しだ。


人目につかない場所がいいのかもしれないけれど、それはあまりに寂しい。

サチさんと交代で側に居ようかと提案してみたが……恥ずかしいから嫌だと却下されてしまった。

後でサチさんに、きっと酷い顔になるだろうから見られたく無いんだろって言われて、しぶしぶ納得した。


ヒロさんが選んだのは店からも見える駅前の広場だった。

「ここを起点に仕事に行ったり学校に行ったり――旅に出たりするんだろ?ちょうどいいよ」

そう言ったヒロさんの言葉が忘れられない。



ヒロさんの隣に座って顔を覗き込んだ。

――あんまり変わらないなと思ってたけど……。


「えっ……わ!」


まじまじと見ていれば、ヒロさんがこちらに傾いて来て、肩に頭が乗った。

びっくりして声を上げれば、ティーポットが静かに!と言うように、ふぅっと湯気を吐いた。


ティーポットに諭されて、息を整える。

ヒロさんの寝顔を見た事なんて無いけど……意外とあどけない。

なのに、近くで見ると頬がこけてきてるのがよくわかった。

――ここまで、しないといけないの?


「ん…………あ、カナエ。すまん」

モゾモゾとヒロさんが起きた。

まだぼんやりしてるようで、目が開ききってない。

「ヒロさん、ちゃんと食べましょう」

自分で思っているより、硬い声がでた。

「それだと出すものがなぁ……」

はは……とヒロさんから苦笑が漏れる。

それに、カチンときてしまった。

「も、漏らせばいいじゃないですか!」

「嫌だぞ!流石に尊厳は守りたい!」

どもりながらも大きな声を出したのに、ヒロさんがまたのんびりしたことを言う。

「そんな事言ってる場合じゃ……」

「心配してるのは知ってる。カナエ、聞いて」

ヒロさんは座り直して私に向き合った。

ティーポットが乾いたヒロさんを労るように口から細く湯気を出した。

「アヤに、挑戦の事、詳しく聞いたんだ」

「詳しく?」

「そう。まず、俺がこれから挑戦すると思う事」

アヤさんから聞いた話によれば、意思が重要なんだそうだ。

「必要と必然なんだろうな……偶然で起きた事では認めてもらえないそうだ」

――確かに。

例えば、卵を割ったら黄身が2つだったとして、それが偶然100個続けば流石に初めてのことだろうけど……なんだか受け身で、ズルみたいな気がする。

「もう一つ、挑戦が早く終わればご褒美があるんだ」

「え!?」

そんな事あるの?

思わずヒロさんににじり寄ってしまって、ティーポットがぷっ!と、強めに湯気を出した。

「はは……ご褒美と言うのはおかしいかもな。カナエ、この世界の刻限はいつまでだ?」

「……一カ月半だから、あと一か月くらい?」

ヒロさんがこの生活になって、2週間は経っている。

「もし俺の挑戦が、2週間くらいで終わったら?」

そしたら、2週間余るかもしれない……。


「そう……刻限の前に挑戦を終えれば、刻限までは自由時間だ」


ヒロさんはイタズラがうまくいったみたいにニヤリと笑った。


「刻限の間はこの世界に縛られるらしくてな。ただ何日も立ってるだけでも狂ってるのに、体の中が空っぽからのスタートだ。終わりは早いと思う。……だから、挑戦が終わって、体が癒えたら」


「みんなで鍋パーティーがしたいな」


あっけに取られて、空いた口が塞がらない。

本気で心配したのに……ヒロさんはとても欲張りだ。

「……〜もう!!ヒロさん!それサチさんにも言ったの!?」

「そう言えば言ってないな」

ヒロさんは、あれ?言ったっけ?とポヤポヤしている。

「私、サチさん呼んで来るから!今の話もう一回ヒロさんから話してね」

ティーポットに、ヒロさんをお願いね、とひと撫でしてサチさんを呼びに走った。



「あ、カナエ、俺も行く……っ!」

カナエの後を追おうと立ちあがろうとしたが、回るような眩暈にガクンと視界が下がった。

咄嗟にティーポットを庇った……割れていなくて一安心。

心配して盛大に湯気を吹くティーポットに、人差し指を唇に当てて、静かにしてもらった。

目を強く閉じて、眩暈をやり過ごす。

拍動が耳の内側からひどくゆっくり聞こえた。


「……そろそろだな」



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