↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画面の中の戦争の日常  作者: ぐりこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/53

嫉妬の代償 序

帰還した翌日、運営から聴取の呼び出しがあった。


ヴォス、リリア、それから俺。三人は個別に呼ばれることもあれば、同じ部屋で一緒に話を聞かれることもあった。


「何故」より、「経緯」を確かめられている気がした。リリアといつ知り合ったのか。酒場で何があったのか。ヴォスが俺を撃つ前に何か言葉を交わしたのか。撃たれた時、俺はどこにいて、誰が止めたのか。


質問は細かく、記録は淡々と続いた。


理由を聞いているというより、起きたことを順番に並べている。運営が俺たちの行動をどう扱うつもりなのかは分からなかった。ただ、あの場にいた人間の言葉を集め、何かの形に整えようとしている。そのことが気持ち悪かった。


聴取の後、俺とヴォスは接見禁止になった。通常の戦闘でも、同じ戦域に投入されることはなくなった。


それでも、要塞の共用部にはモニターがある。興行の映像は、食堂や通路の壁面に流れていた。


俺が戦闘中に危機に陥った場面を、共用モニターで見てヴォスが笑っていたらしい――そんな話を、あとから聞いた。


確かなことかどうかは分からない。確かめる手段もなかった。


リリアは以前より頻度を落としながらも、俺のところへ来た。格納庫の近くで顔を合わせることもあったし、ラウンジで別の男と過ごしている姿も見かけた。ヴォスにも会っているらしい。


レンナは、リリアを見かけることが減って、少し気が楽になったとこぼしていた。


「前より顔を合わせなくなったから、心労が減った」


「それはよかった」


「あなたが巻き込まれるのを見るのも、気分のいいものじゃないから」


「あの時は俺も、ああなるとは思ってなかった」


レンナは作業台の工具を片づけながら、俺を見た。


「次は、思っておいて」


「難しい注文だな」


「機体のことなら、難しくてもやるでしょう」


それ以上、俺たちは話さなかった。彼女は整備記録へ戻り、俺は格納庫を出た。


俺が飛行隊を率いるようになってから、レンナはうちの小隊の機体を担当してきた。気づけば、十年近い付き合いになる。彼女は機体の異音を聞き逃さず、俺が「問題ない」と言っても、納得するまで原因を探した。親の借金を理由に売られ、整備の仕事についたこと。身体を売って暮らした時期もあったこと。彼女から聞いたのは、そのくらいだった。詳しい事情を、俺から聞くことはしなかった。


今は俺たちの小隊から機体担当として指名を受け、以前より生活を安定させている。


「レンナを怒らせて、機体に細工でもされたら戦場から帰ってこられない。だから気を使ってるんだ」


以前そう言った時、彼女は「ばか」とだけ返してきて、俺たちは二人で笑い合った。


そんな関係が、どうしようもなく心地よかった。


数日後、レンナにも運営から呼び出しがあった。


戻ってきた彼女は、作業台に工具箱を置き、しばらく手袋を外さなかった。俺が何を聞かれたのか尋ねると、彼女は手の甲についた油を布で拭いた。


「あなたとの関係を聞かれた」


「機体の話じゃなくて?」


「ほとんどね。いつから知っているのか、どれくらいの頻度で会うのか。あなたをどう思っているのか、あなたが私をどう扱っているのか」


「なんて答えた?」


「教えない」


彼女は布を畳み、工具箱の脇へ置いた。


「聞かれたことには答えた。それで十分でしょう」


「分かった」


俺は、それ以上聞かなかった。


運営が何を考えているのか、ますます分からなくなった。俺とヴォスの接触を禁じ、リリアの話を細かく聞き、レンナの気持ちまで確認する。騒ぎを収めたいのか、それとも続きを作りたいのか。どちらなのかさえ、運営は説明しなかった。


そして、ある日の朝。


食堂へ行っても、レンナの姿がなかった。リリアも見かけない。


二人とも予定があるのだろうと思い、俺は配給の朝食を受け取った。席について二口ほど食べたところで、壁面モニターが一斉に切り替わった。


軽快な音楽が流れ、明るい色の文字が画面を跳ねる。


どきどき!攫われしお姫様ゲーム!


題名だけなら、子供向けの催しみたいだった。


画面には、迷路のような施設の見取り図が映し出されていた。迷路の通路は、大きな中央広間へつながっている。広間の中央には二つの部屋が間隔を空けて並び、それぞれの扉が広間に面していた。


「本日のパレードは、選ばれし王子様たちによるお姫様奪還作戦!」


司会者の声が弾む。


「お助けするお姫様は、リリア・ヴァイス、そしてレンナ・ムラカミ!」


二人の顔写真が、見取り図の左右に表示された。


続いて、出場者の名前が読み上げられる。


「レン・タチバナ!」


俺は手にしていたスプーンを置いた。


「エドガー・ヴォス! ガレン・トス! ミロ・デーン! セドリク・マル! ノア・フェルン! ヴィクトル・ナッシュ! エリオ・コル! パベル・リスト! ダリオ・セン! ハンス・ヴェル! ルカン・エドリス!」


名前が次々と流れていく。


ラウンジや酒場で、リリアのそばにいた男たちが何人も混じっていた。彼女に酒を渡し、贈り物を持ってきて、彼女の気を引こうとしていた連中だ。


リリアに貢いでる連中だな。


そう気づいた時には、彼らはもう「王子様」と呼ばれていた。


「お姫様を救い出せるのは、二人のうちどちらか一人だけ! 制限時間内に救出できなかったお姫様の部屋には、高圧電流が流れます!」


見取り図が拡大される。


二つの部屋の中を、機械式の猟犬型アンドロイドが歩いていた。金属の四肢が床を踏み、頭部のセンサーがゆっくり左右を向く。


「王子様たちは迷路を抜け、お姫様のもとへたどり着けるのか! 午後十三時、スタート!」


運営は俺とヴォス、リリア、レンナ、それにほかの出場者の名前をひとつの画面に並べた。選ばれた理由は表示されていない。それでも、並んでる名前だけで、関係を想像させるには十分だった。


誰がどちらを選ぶのか。誰が嫉妬し、誰が裏切るのか。誰が最後まで生き残るのか。


そのすべてを、午後一時から見せるつもりだった。


俺は食堂を出て、出場者用の集合区画へ向かった。


開始時刻まで、出場者は一人ずつ別々の部屋に分けられた。


俺が通された部屋には、壁と床以外に何もない。渡された装備は、短い警棒とナイフ一本。それから薄い防護服。銃はなかった。首輪はいつもどおり、首にぴたりと沿っている。


正面のモニターに、ルールが表示された。


出場者は迷路を進行する。各区画では参加者同士が戦闘を行うこと。次の区画へ進めるのは、生き残った一名のみ。制限時間内にクリアしなければお姫様が死んでしまう。


逃げることも、誰かと協力して先へ進むことも許されない。迷路の先にはリリアとレンナがいる。二人のうち一人だけを選んで救出しろと、運営は言っている。


開始の合図が鳴ると、扉のロックが外れた。


通路は狭く、壁は灰色の金属板で覆われていた。角の向こうから、猟犬型アンドロイドの足音が聞こえる。床を叩く音は一定で、機械らしく無駄がない。


最初の部屋に、エリオ・コルがいた。金属棒を両手で握り、俺を見るなり振りかぶった。


「リリアを助けに行くんだろ」


棒が頭上から落ちてくる。俺は身体をずらし、肩を狙っていた打撃を逃れた。続く横振りを警棒で受ける。腕に衝撃が走った。


「いや。俺はレンナのところへ行く。大切な整備士だからな」


エリオの顔が歪んだ。


「ふざけるな。リリアの気持ちを踏みにじるな! リリアがお前を待ってるのに、見捨てるのかよ」


「俺が誰を助けるかは、俺が決める」


「お前にその資格があると思うな!」


エリオは金属棒を握り直し、俺に向かってきた。俺は腕を打ち、武器を落とさせる。エリオは素手で掴みかかってきた。俺は肘を受け止め、身体を入れ替えた。彼の頭が壁の角にぶつかる。膝から崩れた身体は、そのまま動かなかった。


扉のロックが外れた。


俺は棒を拾わず、次の区画へ進んだ。


パベル・リストの部屋へ足を踏み入れた瞬間、背後の扉が閉じた。


パベルは、入口脇の暗がりに身を潜めていた。俺が振り向くより先に、刃が肩口へ走る。身体をひねって避けたが、刃先が防護服を裂いた。


「リリアに近づくな」


「俺が近付いてるわけじゃない」


「お前がいるだけで、リリアはお前を見る」


パベルがもう一度、間合いを詰めてきた。


俺は手首を打ち、ナイフを落とさせた。もみ合ううちに、パベルの首が手すりへ強くぶつかった。身体から力が抜け、床に崩れる。


扉のロックが外れた。


その後、迷路の通路では、遠くから何度も打撃音や短い叫びが聞こえた。壁面の表示が更新されるたび、出場者の数が減っていく。


「ハンス・ヴェル、脱落!」


「ダリオ・セン、脱落!」


司会者の声は、名前を読むたびに楽しそうだった。


ルカン・エドリスの名が告げられた時、残り七名になった。俺を含めて、ヴォスと五人の男が残っている。


中央広間に近づくほど、猟犬の足音が増えた。俺が通った区画の壁には、何度も爪痕が刻まれている。いくつかの部屋では、猟犬が壊されていた。別の部屋では、動かなくなった参加者の身体を、アンドロイドが避けもせずまたいで歩いていた。


その先の部屋に、ヴォスがいた。


彼はナイフを持ち、出口の前に立っていた。俺を見ると、まず室内を確かめ、それからこちらへ目を向けた。怒鳴りもせず、表情もほとんど変わらない。


「ここで会わせるとはな」


「運営が決めたんだろう」


「ここが今回の興行の見せ場なのかな、丁度いい」


部屋の表示には、次の区画へ進めるのは一人だけだと出ていた。猟犬の足音が、通路の奥から近づいてくる。


ヴォスは何も言わず、ナイフを構えた。


次の瞬間、彼が踏み込んできた。


刃は俺の胸ではなく、腕を狙っていた。動きを止め、次の攻撃につなげるつもりだ。俺は警棒で受け、手首を打つ。ヴォスはすぐに距離を取り、今度は低く踏み込んできた。刃先が脇腹をかすめ、防護服が裂ける。


俺は壁際へ追い込まれないよう、部屋の中央へ動いた。ヴォスは余計な動きをしない。構えを崩さず、俺の足の向きと手の高さだけを見ている。


一度目の攻防では、どちらも決定打を出せなかった。


二度目、ヴォスは警棒を持つ俺の手首を狙った。刃が腕をかすめる。俺は彼の肩を掴み、壁へ押しつけた。ヴォスは膝を入れて距離を作り、俺の脇腹を打つ。息が詰まった。


俺たちは離れ、互いに構え直した。ここで負けた方が死ぬ。そのことを、二人とも分かっていた。


ヴォスが刃を突き出す。俺は腕で軌道を逸らし、手首を掴んだ。もう一方の手で肩を押す。刃が床に落ちた。


ヴォスはすぐに俺の喉元へ手を伸ばす。俺は腕を抱え、身体を入れ替えた。彼の足を払うと、ヴォスは背中から床へ落ちた。起き上がろうとした彼の手が、俺の足首を掴む。


俺はその手を外し、床に落ちたナイフを拾った。


ヴォスはなおも立とうとした。俺は刃を構えた。彼が腕を伸ばし、俺の手首を掴もうとする。もつれた手がナイフを押し戻し、刃が彼の首筋を切った。


ヴォスの動きが止まった。傷を押さえる手の隙間から血が流れ、襟元を濡らしていく。彼は床に崩れ、浅く息をした。


「リリアのところへ……行くのか」


彼は俺を見上げていた。声には、痛みより先に焦りが混じっていた。


「いや、レンナを助ける」


ヴォスは、一度目を閉じた。


「あぁ、そうか」


吐き出した息が、わずかに震えた。安堵に似たものが、その顔をよぎる。俺がリリアのもとへ行かないなら、二人が互いの気持ちを確かめ合うこともない。彼は、それに安堵したのかもしれなかった。


「リリアは、お前が来ると思っている」


「そうかもしれない」


「それでも、レンナを選ぶんだな」


「ああ」


ヴォスは、かすかに笑った。笑みはすぐに消えた。


「リリアは俺にも、特別だって顔をした。俺は……分かってたはずなのに、信じたかった」


彼の視線が、宙のどこかをさまよった。


「腹が立つよ。あいつにも、そんなことで喜んでる自分にも」


俺は何も言わなかった。慰めの言葉を探しても、見つからなかった。


ヴォスの息が、少しずつ浅くなる。


「あの世で会えたら……今度は、俺を見てくれるかな」


「分からない」


「そうだよな」


彼は目を閉じた。首筋から流れた血が床に広がり、やがて息が途切れた。


最後に浮かんだ表情が安堵だったのか、苦笑だったのか、俺には決められなかった。


俺は立ち上がり、先へ進んだ。


中央広間に着いた時、残りの出場者は六人だった。俺のほかに、ガレン、ミロ、セドリク、ノア、ヴィクトル。


迷路の通路は広間へ合流していた。広間の中央には、リリアとレンナが閉じ込められた二つの部屋が間隔を空けて並んでいる。どちらの扉も広間に面していて、二人のいる部屋へ向かう別の通路はなかった。


リリアは床に座り、扉を何度も見ていた。猟犬が彼女の部屋を歩き回り、金属の爪が床を叩く。レンナは部屋の隅に立ち、猟犬から距離を取っている。


制限時間は、残り十二分。


ガレンがリリアの部屋を見て言った。


「猟犬が三体いる。正面から行くなら、囮が必要だ」


「俺が囮になる」


ミロが答えた。


「俺が操作盤まで行く。扉が開いたら、すぐ引きずり出す」


セドリクが続けた。彼らはリリアを救い出すため、具体的な手順を考えていた。


「俺はレンナを選ぶ」


俺が言った。


ノアが俺を見た。


「それは、リリアを見殺しにするってことだ」


「そうだ」


返事を聞いた男たちの顔から、迷いが消えた。


ガレンが言った。


「俺たちはリリアを救うためにここまで来た。お前がレンナを選ぶなら、リリアは死ぬ。なら、お前は俺たちの敵だ」


ヴィクトルがナイフを握った。


「俺はレンナの部屋へ行く」


「それをさせるわけにはいかない」


ガレンが俺を見据えた。


「分かってる。だから、お前をここで殺す」


ガレンの声が震えた。リリアを救いたい気持ちに、俺への嫉妬と、俺がいなくなれば彼女が自分に振り向くかもしれないという期待が混じっていた。


「お前がいなくなれば……リリアは、俺を見てくれるかもしれない!」


ガレンが踏み込んできた。ほかの四人も、間を置かずに動いた。ミロが左から回り込み、ヴィクトルが正面を塞ぐ。セドリクはナイフを抜き、ノアは俺の逃げ道を切るように広間の端へ走った。


俺はナイフを構えた。レンナを助ける。その道を塞ぐなら、誰であっても邪魔はさせない。


最初に届いたのはガレンだった。彼の拳を腕で受け、肩を押して壁へぶつける。だが、倒れたガレンへ目を向ける間もなく、ヴィクトルが正面から殴りかかってきた。俺は相手の腕が伸び切る前に、拳を額で受けた。視界が揺れる。彼の腕を掴んで身体を入れ替え、床へ投げた。頭が床に当たり、ヴィクトルは動かなくなった。


ミロが背後から俺の胴を抱えた。力任せに締め上げられ、息が詰まる。俺は踵を彼の足へ落とし、腕が緩んだところで肘を腹へ入れた。ミロが離れる。俺は落ちたナイフを拾い、立ち直ろうとした彼の胸へ突き入れた。ミロは俺の服を掴んだまま、床へ崩れた。


セドリクが刃を振り下ろす。俺は後ろへ身を引き、刃先をかわした。続く一撃を金属棒で受ける。腕に衝撃が走り、棒が手から滑りかけた。俺はそのまま棒を横へ振り、セドリクの手首を打った。ナイフが落ちる。彼が拾おうと屈んだところへ、俺は膝を入れた。セドリクは床へ倒れ、動かなくなった。


ガレンが、壁を支えにして立ち上がった。脇腹を押さえながら、俺へ向かってくる。彼の手には、どこかで拾ったナイフがあった。


「俺なら、リリアを大事にできる」


「そうかもしれない」


「なら、なぜお前がリリアの心を持ってる」


「俺は、持ってない」


「嘘だ」


ガレンが刃を振る。俺は一歩下がり、手首を打った。ナイフが床に落ちる。彼はそれでも掴みかかってきた。俺は腕を受け止めて体勢を崩し、壁へ押さえつけた。ガレンは抵抗を続けた。俺は首元に腕をかけ、その動きが止まるまで力を緩めなかった。


残るのはノアだけだった。


ノアは、少し離れたところで立ち尽くしていた。やがて、床に落ちていたナイフを拾う。


「お前は、リリアを助けないのか」


「俺はレンナを選んだ」


「それなら、リリアは死ぬ」


「分かってる」


ノアは、画面のリリアを見た。彼女は扉の向こうを探すように、何度も顔を上げていた。


「最初にリリアを助けたのは、お前だったな」


「酒場で揉めてた時のことか」


「あの時から、リリアはお前を見るようになった。お前が助けたからだ」


ノアはナイフを握り直した。


「俺が勝てば、俺がリリアを助けられる。最初にお前がそうしたように、今度は俺が彼女のヒーローになれる」


「助けたら、リリアがお前を好きになると思ってるのか」


「……そうじゃないと不公平だろ...。」


ノアは一歩踏み出した。


「俺は、あの子を愛してる」


「それで、俺を殺すのか」


「お前が残れば、リリアは救われない。俺はお前を殺して、リリアを助ける」


ノアが突進してきた。俺は身体をずらし、腕を絡めて床へ倒した。ナイフを遠ざける。ノアは抵抗し、俺の服を掴んだ。俺は彼を押さえ込んだ。彼の手が離れるまで、力を抜かなかった。


広間に、俺以外の動く人間はいなくなった。


壁面に表示が浮かぶ。


生存者、一名。救出対象を選択してください。


リリアは画面の中で、通路の方を探していた。レンナは部屋の隅から、扉を見ている。


俺は迷わず、レンナの部屋を選んだ。


救出対象:レンナ・ムラカミ。


残り時間は五分を切っていた。


俺はレンナのいる部屋の扉へ走った。


扉の前には猟犬がいた。一体目は角から飛び出してきた。俺は横へ逃れ、金属の胴へ警棒を打ち込む。猟犬は壁にぶつかっても止まらず、前脚を伸ばした。俺はその関節を踏みつけ、ナイフを装甲の隙間へ差し込む。機械の脚が折れた。


もう一体は、レンナの部屋の前にいた。


彼女の姿が窓越しに見える。猟犬が彼女へ向き直った。扉の表示には、残り時間が一分半と出ている。


猟犬が飛びかかる。


俺は正面から避けず、最後の瞬間に胴へ飛びついた。金属の顎が肩をかすめる。ナイフを首の関節へ押し込み、体重をかけた。猟犬は暴れ、俺の腕を壁に叩きつける。指の感覚が遠のく。それでも刃を抜かなかった。


センサーの光が消え、機体が床へ崩れた。


扉の脇に、緊急解除レバーがあった。俺は両手で掴み、引いた。途中で引っかかる。肩の傷が開き、制服の内側が濡れた。


「レンナ、下がれ!」


彼女は部屋の奥へ退いた。


残り時間は一分を切っていた。


俺はレバーを引き直した。金属が軋み、ようやく最後まで動く。扉が開いた。


部屋の中には、もう一体猟犬がいた。


俺はレンナの前に立った。猟犬のセンサーが赤く光る。機械が低い姿勢を取る。


突進を横へかわし、壁へぶつかった猟犬の背に飛び乗る。後頭部の装甲へナイフを突き入れた。機体が暴れ、俺は床へ振り落とされる。手をつき、すぐに起き上がった。猟犬がこちらを向く前に、センサーを蹴り上げた。


光が消える。


その直後、残り時間がゼロになった。


レンナの部屋の床に、警告灯が点滅した。


「救出判定未完了。高圧電流を作動します」


アナウンスと同時に、床を青白い光が走った。


俺はレンナの腕を掴み、扉の外へ引いた。彼女の身体が硬直し、短い叫びが漏れる。俺はそのまま広間へ引きずり出した。電流が床を走り、壁の金属部で火花を散らす。レンナは俺の腕の中で震えていた。


同じ時、向かいにあるリリアの部屋は暗いままだった。


警報も鳴らない。床の表示灯も点かない。猟犬は動きを止め、部屋の電源表示は消えていた。


「なぜ、あっちは作動しない」


俺の声に答える者はいなかった。


運営側の男が、武装したチームを引き連れて現れた。彼らはこちらへ来ず、まっすぐリリアの部屋へ向かう。先頭の男が操作盤に手をかざすと、ロックが解除された。


ルールでは、救出できるお姫様は一人だけだった。


俺はレンナを選んだ。レンナの部屋には電流が流れた。リリアの部屋には流れなかった。


運営は、リリアを救い出すために自分たちでルールを曲げた。


扉が開く。


リリアは床に座り、泣き喚いていた。


「助けて! 早く!」


運営側の男が彼女を抱き起こす。


「もう大丈夫だ。よく耐えたね」


彼はリリアの髪を整え、彼女を立たせた。武装したチームが周囲を固め、二人を出口へ導いていく。まるで、この場面のために待機していたかのようだった。


俺とレンナは、反対側の広間にいた。


リリアは俺を見つけた。


「レン! どうして私を助けに来なかったの?」


俺は答えなかった。


「私、殺されるところだったんだよ!」


「分かってる」


「分かってるのに、レンナを選んだの?」


「そうだ」


リリアの顔が歪んだ。泣き顔の奥から、怒りが出てくる。


「レンナのせいで、私を見捨てたんだ」


「違う。俺がレンナを助けると決めた」


「なんで私の敵なの?」


「敵じゃない」


「じゃあ、どうして私を選ばなかったの?」


「レンが私を殺そうとしたんでしょ!」


リリアの声が裏返った。


「私はあんな場所に閉じ込められてたのに、猟犬まで入れられてたのに! 私が死んだっていいと思ってたんだ!」


「俺が決めたのは、どちらを助けるかだけだ」


「嘘! レンナを助けるために、私を殺そうとしたんでしょ! あなたが来なかったから、私は殺されかけた!」


彼女は武装した男に支えられたまま、俺を指さした。


「最低! 自分だけ助かって、レンナまで助けて、いい人ぶらないでよ! 私を見捨てたくせに!」


「リリア、、、、」


「こいつは私を殺そうとしたの! 私を助けなかったのは、私が邪魔だから! レンナと一緒にいたいから、私に死んでほしかったんだ!」


彼女の目には、俺が彼女の死を望んだという確信が浮かんでいた。


「なんで私の敵なの? 私はあなたのこと『も』好きなのに!」


俺は答えなかった。


彼女が欲しがっているのは、俺自身ではないのだろう。俺が何を考え、何を恐れ、どんなふうに生きているかには関心がない。ただ、振り向かない俺を振り向かせて、自分が選ばれたと確かめたい。愛されたい。その気持ちを満たすためなら、誰かに期待を持たせ、嫉妬させ、傷つけても構わない。相手の気持ちが自分の望みどおりにならなければ、今度は自分が裏切られたように怒る。彼女の中では、自分が愛されなかった痛みが、振り回された相手の痛みを覆い隠してしまうのだろう。たぶん彼女自身は、それをただ愛してほしいだけだと思っている。自分の欲求で周囲を傷つけていることにも、気づかないまま。


彼女を助けた夜があっても、何かを約束したわけではない。彼女が俺に執着していても、俺がその望みに応える義務はなかった。彼女が追い求めているのは、俺との幸せではなく、自分を満たすことだった。


運営の男が、リリアの肩を抱き寄せた。


「もういい。彼は君を傷つけた。君はよく耐えた」


リリアは俺を見た後、男の胸元に顔を埋めた。


「行こう。ここから出してあげる」


男は彼女を連れて、武装したチームとともに奥へ消えていく。誰も俺たちを振り返らなかった。


残された広間には、壊れた猟犬と、倒れた男たちの身体があった。


レンナが俺の腕を支えた。


「歩ける?」


「ああ」


「嘘ね」


「少しなら歩ける」


「それでいい」


彼女は俺の腕を自分の肩に回し、出口へ向かった。


リリアを愛していると言った男たちは、彼女を救うためにレンを殺そうとした。彼らは、彼女の心がレンに向いていると思っていた。レンが彼女を選ばず、レンナを助けることにも怒っていた。


俺は、自分の命を守り、選んだ相手を救うために彼らを殺した。


そして運営は、選ばれなかったリリアを、ルールを破って救い出した。


なんとも言えない思いが俺の中に残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。