公認ライバル
今回のパレードの結果は、エースパイロット側が四勝、一般飛行連隊側が一勝だった。
周知の事実ではあったが、蓋を開けてみれば、エースパイロットは戦局を覆し得る力を持っているということだろう。相手のエースに対して、どのような対策を打つか。今までより綿密に話し合う必要があるなと、イリヤと話していた。
そのことは、逆に俺も相手から綿密な打ち合わせをされ、対策を立てられるということでもある。今回のパレードで活躍したことで、他のエースよりも警戒され、狙われる存在になった。
要塞に戻ったら、隊の連携訓練を見直そう。いつ数的不利になってもいいように、複数の敵小隊を相手にする訓練を増やすつもりだった。
モニターは、先ほど終わったばかりのレオニードの活躍を繰り返し流している。
俺たちは戦闘機を第三要塞の空母へ格納する作業をしていた。機体の固定や武装の確認をしているところへ、運営のスタッフがやってきた。
「レン・タチバナさん。運営より、移動の指示が出ています」
「どこへ?」
「生存したエースパイロットの皆さんと、特別対談を行います。こちらへお願いします」
俺はイリヤを見た。
「俺だけらしい」
「呼ばれた以上、行ってこい。ここは任せておけ」
「分かった」
スタッフに案内され、俺は格納スペースを離れた。
*
通されたのは、アリーナへ続く小さな待機室だった。そこには既に数人の運営スタッフがいて、俺を見つけると、何も説明せずに透明な筒状の乗り物を指した。
水槽のようにガラスで覆われた機械で、中には人が一人立てる程度の空間しかない。
「これに乗るのか?」
「はい。アリーナ中央のステージまで移動します」
機械に乗り込むと、扉が閉じた。透明な壁の向こうでスタッフが操作を始める。
機械は音もなく進み、待機室からアリーナへ出ていった。
観客席を見下ろすように、俺はアリーナの中央へ運ばれていく。歓声が近づき、照明がガラス越しに差し込む。俺はただ立っているだけなのに、観客の視線が一斉に集まった。
中央のステージには、すでに三人のエースが立っていた。
バスティアン・ロシュ。レオニード・ヴァレンタイン。そして第三位のリュドミラ・セレブリャコワ。
俺がステージへ上がると、四人が横一列に並ぶ形になった。
会場のモニターに、俺たちの顔と名前が映し出される。司会者が観客へ向けて声を張り上げた。
「ファン感謝祭の上位エースが、今ここに集結しました! それぞれの戦いを振り返りながら、パレードの裏側に迫っていきましょう!」
司会者はまず、今回のパレード全体の結果を紹介した。エース小隊が四勝、一般飛行連隊が一勝。会場のモニターに試合結果が並ぶ。
一試合ごとの映像が短く流れた。ナディアの機体が電磁バリアに触れ、光に包まれて爆発する場面。バスティアン小隊が隊形を崩さず、敵を一機ずつ削っていく場面。俺たちが敵の十機を連携で追い詰めた場面。そして、レオニードが最後の隊長機を撃墜する場面。
会場には歓声が上がり、その音声も今乗っている装置のスピーカーから聞こえてきた。
「まずはバスティアンさん。堅実な連携で一般飛行連隊を着実に削り、勝利を手にしました。派手な一撃よりも、確実に相手の選択肢を奪う戦い方に見えましたが、狙いどおりでしたか?」
「派手に見せるために飛んでいるわけじゃない。勝って帰るために飛んでいる」
バスティアンは落ち着いた声で答えた。
「相手が多いなら、無理に一度で崩そうとしない。隊形を保たせ、こちらが選べる手を残す。撃墜を急げば、敵に付け入る隙を与える」
「小隊の二機を失ったことについては、どう考えていますか?」
司会者は、少しだけ声を落とした。
「戦死者を悼む。だが、戦闘中に判断を止めるわけにはいかない。俺の隊は、あの二機が作った時間で勝った。帰った後に、二人の名前を記録する。それが隊長としてできることだ」
会場の歓声は、さっきより小さかった。
司会者は次にレオニードへ向き直る。
「レオニードさんは、一般飛行連隊五機を単独撃墜。圧倒的な戦果でした。あの動きは見事でした」
「盾役と援護役には助けられたよ。彼らが敵の射線を引き受け、隊形を崩してくれた。だから私は敵を落とし、勝負を決められた。観客も見ていてくれただろう」
レオニードは、仲間への感謝を口にしながら、自然と自分の戦果へ話を戻した。
「私の動きに隊員たちがついてこられたから、あの結果になった。彼らも誇りに思っているよ。私の小隊で飛べたことを、今も、これからもね」
観客席の歓声が大きくなる。
司会者は続いて、リュドミラへ質問を移した。
「第三位のリュドミラ・セレブリャコワさん。対戦相手を全滅させた一方で、小隊の被害も最も大きかったと聞いています。戦闘を振り返って、どう感じていますか?」
リュドミラは姿勢を崩さず、会場を見渡した。
「同志諸君はよく健闘した。戦闘員たるもの、いつ何時、死が我らを迎えても良いように日々準備をしている。悲しむべき事ではなく、勝利を讃え称賛をすべきである。戦死者に誉れを、勝者に栄光を」
「リュドミラさんを含め、生還したのは二機だけでした。他の小隊員は全員、戦死したと聞いています。それでも、勝利を優先するのですか?」
「勝利のために必要な犠牲だった。隊員たちは役目を果たした。神が戦死者の名を覚えている。それで十分だ」
彼女の言葉に、迷いはなかった。
俺はリュドミラを見た。彼女は戦死した仲間を悼んでいないわけではないのだろう。だが、死を悼むことよりも勝利を称えるべきだと、本気で信じているように見えた。
友達にはなれそうにない。
司会者は最後に俺へ顔を向ける。
「レンさんは、今回の試合で十機を相手に、連携で圧倒的な勝利を収めました。小隊として、どのような戦いを意識していたのでしょうか?」
「一人で勝つことじゃない。五人で帰ることを考えていた」
「被弾ゼロでの勝利でした。全員が互いを援護していたように見えました」
「イリヤの指示があった。リンが敵の視線を引きつけて、ネッサがそこを狙った。マレクが隊形を守ってくれた。俺一人では、あの結果にはならなかった」
司会者は、うなずいて次の質問へ移った。
「最後に、皆さんへ一言ずつお願いします」
バスティアンは「負けない戦いをする。それが勝利になる」と短く答えた。リュドミラは「勝利を重ねる」と言い、レオニードは「次の戦いも、君達を驚かせる」と宣言した。
俺は「皆で生きて帰る。それだけだ」と答えた。
*
対談の最後、司会者が締めの言葉を述べようとした、その時だった。
レオニードが一歩前へ出た。
「今回のパレードで、エースパイロットの強さをご覧いただけたであろう。我々エースは、一小隊で戦局をひっくり返す力を持っている。戦い方はさまざまでも、数の不利に屈することなく戦い、勝利を手にできる」
会場の歓声が、彼の言葉に重なっていく。
「そんなエースの中で、誰が一番強いのか。知りたくないかね?」
レオニードは観客席へ両手を広げた。
「私は知りたい! 誰よりも、私がそれを熱望している!」
彼は俺へ向き直った。満面の笑みを浮かべている。
「レン! 君との勝負を!」
会場が沸いた。
「我が宿敵……いや、訂正しよう。敵ではない。我が友、我が親友、我がライバル! 君とは、これまで戦う機会がなかった。ぜひ、私と戦おうではないか! 私へ挑む、その勇姿を見せてくれ!」
こいつは傍迷惑なやつだ。
どんなに格好いい台詞を並べても、言っていることは殺し合いをしようという誘いだ。それも、友と呼んでいる相手に向かって。
どういう感性をしていれば、そんなことを心から言えるのか。普通の人間なら理解できないだろう。
だが、俺も長年戦い続けて生き残ってきた異常者なのだろう。嫌々戦場に立っている。自分をバトルジャンキーだと思ったことは一度もない。
それでも、レオニードとやり合ってみたい。
そんな気持ちが胸の中をよぎったのは、紛れもない事実だった。
俺はその気持ちを隠し、言葉を選んだ。
「興行を決めるのは俺たちじゃない。運営だ。運営が決めなければ、戦うも何もない。だが、もし運営が決めたのなら、俺は生き残るために戦う」
今振り返れば、好戦的に受け取られても仕方のない答えだったと思う。
だが、その時は胸の中に生まれた気持ちを運営のせいにして、言い訳をしたかった。運営が決めなければ始まらない。俺が望んだわけではない。そう、自分に言い聞かせたかった。
レオニードは俺の答えを聞いて、さらに笑顔を深めた。
「どうだろう! 彼も、私との対戦を望んでいるようだ!」
「望んでいるとは言っていない」
「言葉の奥にある気持ちは、隠せないものだよ」
「勝手に決めるな」
レオニードは実況席へ視線を向けた。
「幸い、お互いの機体に大きな損傷はない! 今から私とレンの一騎打ちといこうではないか!」
実況は慌てふためいていた。司会者が口を挟もうとするが、レオニードはマイクを離さない。
「彼と私、どちらが強いのか。今ここで決めよう!」
会場がさらに沸き上がる。
実況が返答に困っていると、モニターに一人の男が映し出された。
首から下しか映っておらずスーツ姿。手には葉巻を持っている。顔は映っていない。
俺には、その姿を見間違えるはずがなかった。
クロイツだ。
「君たち二人には困ったものだ」
葉巻の煙が、画面の中でゆっくり揺れる。
「我が興行の人気スターのどちらかが死んでしまったら、興行で皆が楽しめるものが減ってしまうではないか。そんなことを、この場で許せるわけがない」
クロイツは、少し間を置いた。
「だが、視聴者諸君が君たちの試合を見たいという気持ち、強者同士のスリルへの渇望、より強い者として認められたいという熱望は理解しよう」
会場が静まる。
「よかろう。来たる三か月後、年末パレードで君たちの勝負をする舞台を作りあげようではないか!」
一斉に歓声が上がった。
「場所は、ここ特設アリーナ。高度な命の駆け引きを見せてくれたまえ」
クロイツの声は、最後まで落ち着いていた。
「ただし、一つだけ。年末の一騎打ちまでに死んでしまうのはやめてくれ。気をつけて戦いたまえ。以上だ」
画面が切り替わり、対談のロゴが映し出される。
やられた。
クロイツもレオニードも、最初から話を仕組んでいたのではないか。そう思えるほど、完璧な興行宣伝だった。
俺に戦いを拒否する権限なんてない。やるしかない。
嵌められたという気持ちはあった。それでも、胸の奥にはレオニードとの一騎打ちを楽しみにしている自分がいた。
*
パレードはそこで終了し、閉幕となった。
俺は仲間のもとへ戻った。レンナは俺の顔を見るなり、眉を寄せた。
「どうして、あんなことを言ったの?」
「受けたつもりはなかった」
「でも、会場では一騎打ちを受けたように見えたよ」
「運営が決めなければ戦わないと言ったんだ」
「そのあと、運営が決めたじゃない」
「……そうだな」
「一騎打ちって事は必ず、どちらかが負けるの。死ぬかもしれないの!あのレオニードとだよ!?」
レンナは怒っているというより、心配していた。俺は彼女の肩に手を置いた。
「必ずとは言えないが、できるだけ生きて戻る」
「それ、いつも言うね」
「他に言えることがない」
レンナは俺の胸元を軽く叩いた。
「無茶しないで」
「努力する」
「努力じゃなくて、約束して」
「……分かった。生きて戻る」
彼女は、まだ納得していないようだった。
俺自身、あれが自分の意思だったのか、運営とレオニードに押し切られただけなのか、うまく区別がつかなかった。
*
第三要塞へ戻った俺たちは、隊全体で連携訓練を続けた。
今回のパレードで俺たちの動きが知られた以上、次からは対策を取られる。敵がいつ数的有利を作り、どの順番で俺を狙い、仲間を引き離そうとするか。いくつもの想定を作って訓練した。
そんな訓練を数日続けていたところへ、次の興行に関する連絡が届いた。
今回の任務は「宙賊狩り」。
財閥が治める区域に出没する宇宙海賊を、財閥軍と共闘して撃滅、もしくは確保する。戦闘の映像は、ドキュメンタリー番組として放映されるらしい。
運営からすれば、治安維持と新しい戦闘員の確保を一度に行える。まさに一石二鳥というわけだ。
「宙賊を確保した場合、どう扱うんだ?」
俺が確認すると、連絡を持ってきたアンドロイドはデータを読み上げた。
「運営の判断により、捕虜として要塞へ送るか、現地で処分するかが決まります。戦闘員として適性がある者は、興行への参加を検討するとのことです」
「つまり、捕虜にしたら興行の人員補充にもなるわけか」
「そうなります」
若手たちは、銀河の外へ出ることに浮き立っていた。
要塞で生まれ育った彼らにとって、今の銀河の外へ出るのは初めてだ。訓練生たちは、出発前から宇宙図を眺め、行き先の星系について互いに話していた。
だが、これは観光ではない。
興行の戦場と、実際に生き延びるために抵抗する宙賊との戦いは違う。興行では、見せ場を作るためにミサイルを装備しない。戦闘が早く終わりすぎれば、観客を楽しませられないからだ。
今回の相手は、そんな都合を考えてくれない。
彼らは追い詰められれば必死に抵抗する。こちらの若手がミサイル回避の訓練を受けてないからといって遠慮なんてしてこない。
それに、普段の興行で使わない装備やシステムを扱う必要もある。実戦に出る前に、武装の使い方や機体の設定を覚え直さなければならない。
この前の惑星宙域制圧戦など戦場を経験しているベテラン勢とは違い、若手たちにとっては本当の意味での初陣になる。
俺は隊員たちを見渡した。
浮かれている者もいれば、緊張した表情を隠せない者もいる。
「まず装備の確認から始める。知らない武器を持って飛ぶ事になる。扱いに自信がないものは、必ず申告しろ」
ざわついていた格納庫が静かになる。
「これは興行じゃない。相手はお前達が知らない装備を使ってくる。俺たちは生き残るために準備を始める。分かったな」
「はい!」
俺は、若手たちを鍛え直す必要が出てきてしまった。




