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画面の中の戦争の日常  作者: ぐりこ


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パレード

配属が決まってから、俺たちは何度か訓練をした。


小隊の四機を並べて飛ぶ。隊形を崩さずに旋回し、通信が途切れた時の手順を確かめ、撃墜判定が出るまで敵機を追う。


訓練用の機体に実弾は積まれていない。だが、シミュレーターの警告音は本物と同じだった。機体が損傷すれば計器が赤く染まり、操縦を誤れば映像の中で機体が砕ける。死なない訓練に、死ぬ音だけはよくできていた。


ジョリは手順を急ぎがちだった。確認を飛ばす癖を直そうとして、かえって確認項目を早口で読み上げる。ネッサは通信が途切れると、返事を待つ前に判断を下す。ペトルは口数が少ない分、周囲をよく見ていた。誰が焦っているのか、誰が弾を節約しているのか。訓練後、彼は淡々と報告した。


「ジョリは、三回目の旋回で隊形を崩しました」


「次は?」


「同じところで崩すと思います」


本人に言ってやれ、と返した。ペトルは「はい」とだけ言った。


俺から指摘すると、ジョリは背筋を伸ばした。


「急ぐな。確認を飛ばした分、次の操作が遅れる」


「はい、隊長。次は順番を崩しません」


「その返事も急いでる」


ジョリは口を閉じた。横でネッサが小さく笑った。


そういう訓練を何日か続けた。日数を数えたのは最初だけだった。格納庫に朝が来るわけではない。照明の色が変わり、食堂の配膳時間が来て、交代のアナウンスが流れる。それを一日と呼んでいるだけだ。


この要塞は星の地表に建てられた基地ではない。星のない宇宙空間に浮かぶ、居住区と格納庫と工場を抱えた巨大施設だ。居住区の外壁の向こうには星が見える。格納庫から戦闘機が飛び立ち、帰らなかった機体の整備台には、次の機体がすぐ運び込まれる。


ほかの要塞も同じように宇宙を漂っている。中で誰が暮らし、どんな飯を食っているのか、俺たちは知らない。要塞同士が出会うのは、運営が日程を組んだ時だけだった。


戦闘は日常の一部だ。食堂で隣に座った男が、次の出撃で戻らないこともある。名前が名簿から消えた翌日には、空いた寝台に新しい人間が来る。誰かが死んでも、配膳アンドロイドは同じ順番で皿を並べ、整備士は次の機体を直し、俺たちは次の訓練に出る。


その日、食堂の壁面モニターが午後の配膳中に一斉に切り替わった。


食器を持ったまま、何人かが足を止める。厨房の配膳アンドロイドだけが表示の変化に関心を示さず、同じ速度で皿を並べていた。


画面には、銀色の文字が浮かんだ。


次回パレード開催。選出対象者は、後刻発表。


「パレードって何ですか」


声をかけてきたのはジョリだった。手には食べかけのトレーがある。彼は壁の文字を読んだあと、俺を見た。


「運営が決めた特別興行だ。毎回ルールが違う」


「訓練とは別なんですね」


「別だ。何をやらされるかは、発表があるまで分からん」


「俺たちも出るんでしょうか」


「選ばれたらな」


ジョリは画面に目を戻した。質問はそれだけだった。俺もそれ以上は話さなかった。まだルールは発表されていない。知っているふりをする理由もない。


その日の夕方、選出結果が通達された。


食堂の壁面が暗くなり、各要塞の識別番号が順に表示される。画面の下には抽選対象となる戦闘員の名前が流れた。整備士の名前はない。選ばれるのは戦闘員だけだ。


俺の名が出た。


続けてジョリの名が表示された。


小隊の席にいたジョリは、口を開けたまま画面を見ていた。ネッサが手にしていたスプーンを皿へ置く。ペトルは何も言わなかった。


同じ要塞から選ばれた者は、俺たち以外にもいた。名前を見て、見覚えのある識別番号が目に留まった。シン。俺の率いる飛行隊に属する、別小隊のパイロットだ。訓練でも作戦でも何度か顔を合わせている。部下ではあるが、俺の小隊員ではない。


イリヤの名はなかった。副隊長として名簿を見つめる彼の横顔に、安堵も残念も浮かんでいなかった。


ほかの要塞からも、次々と名前が並ぶ。画面の向こうには、同じような食堂で発表を見ている連中がいるのだろう。


やがて、今回の規則が読み上げられた。


選出された戦闘員は、同一宙域へ投入。使用できるのは指定された戦闘機のみ。連携は禁止。各人が各人の敵となる。最後の一人が残るまで戦闘を継続する。


脱出、降伏、宙域離脱は認めない。


撃墜数に応じた報酬。生存者には追加報酬。自要塞の人員を撃墜した場合は、特別報酬を加算する。


賭けの受付開始時刻が、画面の端に表示された。


食堂のあちこちから笑い声や罵声が上がる。


「同じ要塞の奴を撃てば割増か」


「知り合いを先に落とせば儲かるな」


冗談めかした声が飛ぶ。誰も訂正しなかった。


ジョリは立ったまま、画面を見ていた。


「隊長。俺たちも、互いに撃つことになるんですか」


「そういう規則だ」


「……はい」


返事は敬語のままだった。喉がわずかに動く。怖がっているのだろう。恐怖で手順を飛ばさなければ、それでいい。


「今回の目的は、最後まで残ることだ。俺が残るか、お前が残るかは分からん。味方の印はない。機影を見たら、まず撃たれると思え」


「はい、隊長」


「俺の機体を見ても同じだ」


ジョリは、すぐには答えなかった。


「……分かりました」


それで話を切った。出撃前に怖がる新人へ、安心できる嘘を渡しても意味がない。


翌日、選出者はそれぞれの機体を受け取った。


興行用に塗装された機体は、遠目にも搭乗者を見分けられるよう、機首や尾翼に目立つ色が入っていた。俺の機体には鈍い朱色の帯。ジョリの機体には白地に青い尾翼。シンの機体は、機首の横に鋭い黒線が引かれていた。


整備士が機体の最終確認を進める。燃料、推進剤、機関砲、短距離誘導弾。いつもの出撃と同じ手順だった。違うのは、帰投先が用意されていないことだ。


ジョリがコックピットへ上がる前、俺は彼の肩を叩いた。


「照準を追いすぎるな。撃ったら位置を変えろ」


「はい。隊長も、無理に俺を助けないでください」


「自分で言えるなら大丈夫だ」


「大丈夫ではありません」


「そうだろうな」


ジョリは少しだけ笑った。緊張を隠す笑い方だった。


発進の合図が出た。


指定宙域には、各要塞から集められた戦闘機が散開していた。数は多い。識別灯が宇宙の暗がりに点々と浮かび、機体の色がそれぞれ違う。赤、黄、青、白。見やすくするための塗装は、撃つ側にとっても親切だった。


誰かが先に撃った。


閃光が走り、黄色い機体の片翼が吹き飛ぶ。機体は回転しながら宙域の端へ流れた。少し遅れて脱出ポッドが射出される。


戦闘が始まった。


「隊長、右上から二機!」


ジョリの声が通信に入る。


「見えている。一機を引きつけろ。もう一機は俺が取る」


「了解しました」


俺は機首を傾け、接近してきた青い機体の射線をかわした。機関砲の連射が後方を通り過ぎる。速度を保ったまま軸を変え、相手が照準を戻す前に撃った。


弾が敵機の機首を削る。機体がよろめいた。二度目の射撃で推進器が火を噴き、敵機は光の尾を引いて宙域の奥へ消えた。


撃墜表示が出る。


一機。


それを確かめている間にも、別の機影が横切った。俺は照準を合わせ、短い連射を浴びせる。敵は回避したが、逃げた先に別の機体がいた。二機は互いに衝突し、破片が散った。


ジョリの機体が、俺の前を横切る。白い機体が彼の後ろについた。


「ジョリ、上だ!」


「見えています!」


ジョリは機体を反転させた。白い機体の弾が青い尾翼を削る。ジョリは旋回を続けて射線を外し、反撃に移った。二機が近い距離で回り込み、機関砲の閃光が交互に走る。


ジョリの弾が相手の左翼に当たった。


白い機体は姿勢を崩し、回転しながら遠ざかる。ジョリは追わなかった。教えた通り、撃ったあとに位置を変えた。


「いい判断だ」


「ありがとうございます、隊長!」


その時、俺の計器に警告が出た。


後方からの射撃。弾が左翼の外装を削り、破片が視界を横切った。機体はまだ飛べる。だが射線は続いていた。撃ってきた機体の識別色に、見覚えがあった。


シンの機体だ。


同じ飛行隊の別小隊。通信も警告もない。シンは俺の機体を照準に捉えたまま、二度目の射撃を放った。


俺は反転し、シンへ照準を合わせた。


「隊長、シンが――」


ジョリの声が途切れる前に、俺は撃った。弾がシンの推進器を破壊し、機体が姿勢を崩す。俺は照準を戻して二度目の射撃を加えた。


シンの機体が光の中で砕けた。


同一飛行隊員撃墜。特別報酬を加算。


アナウンスが流れた。俺は表示を見ず、次の機影を探した。


別の方向で、赤い機体が被弾した。機首が裂け、脱出ポッドが射出される。搭乗者はミロ・サーン。俺と同じ要塞で暮らす戦闘員だった。食堂で何度か顔を合わせている。名前を呼び合うほど親しくはない。それでも、ポッドの中にいるのが誰かは分かった。


青い機体がポッドへ照準を合わせた。識別表示には、同じ要塞のマークがついている。操縦者はヴァレク・ソーン。別小隊のパイロットだ。


「ヴァレク、やめろ! 俺だ、ミロだ!」


ミロの声が全機通信に流れた。ヴァレクは返事をしなかった。


一連射目は、ポッドの脇を抜けた。


『おしい! まだ生きている! 殺せてない! 同じ要塞の仲間を仕留めた特別報酬は、まだ加算されていません! でもチャンス! 今なら誰でもやれちゃうねえ!』


司会者の声が弾む。観客の歓声が重なった。


ヴァレクが機首を戻す。ミロはポッドを回転させて逃げようとした。ポッドには戦闘機のような推進力も、反撃する武器もない。


「食堂で隣の席だっただろ、ヴァレク!」


「だから顔を覚えてる」


二連射目がポッドを貫いた。ミロの生存信号が消える。


『撃墜成立! ヴァレク・ソーン、同一要塞内の戦闘員を撃墜! 特別報酬が加算されました! 顔見知りを落とすと、倍率が違う!』


画面の端に、二人の顔写真と賭け倍率が並ぶ。観客の歓声が通信の奥までかぶさってきた。


ヴァレクは勝ち誇るように機体を旋回させた。次の瞬間、その機体を別要塞の戦闘機が撃ち抜いた。青い光が砕け、ヴァレクの名前が撃墜者一覧へ移る。


司会者は次の賭けの受付を始めた。


「隊長、機体の姿勢制御が不安定です。左へ流れます」


ジョリの声が戻ってきた。さっきの被弾で、姿勢制御に損傷が入ったらしい。


「推進を切って、手動で姿勢を戻せ」


「はい。……戻っています」


「そのまま離脱しろ。今は追うな」


「了解しました」


俺はジョリから目を離し、正面の機影を撃った。敵は回避した。弾は外れたが、進路を変えた相手の先には別の機体がいた。二機が接近し、片方が撃墜される。


戦場は広い。だが機体の数が減るにつれて、逃げ道は狭くなっていく。


ジョリの信号が一瞬、乱れた。


「隊長、機体が――」


声が途切れた。


俺は機首を返しかけた。視界の端に、ジョリの青い尾翼が見える。彼の機体は、損傷した姿勢制御を立て直そうとしていた。その後方から、緑の機体が距離を詰めている。


同時に、俺のレーダーにも二機が迫っていた。


ジョリを援護するために戻れば、俺の機体は背後を取られる。間に合う保証もない。援護できたとしても、二機で包囲されるだけだ。


緑の機体が撃った。


ジョリの機体が、白く弾けた。


青い尾翼が分かれ、回転しながら宙域を流れていく。脱出ポッドは射出されなかった。機体の識別表示が消え、画面に撃墜判定が浮かぶ。


俺は緑の機体を撃った。


二連射。最初の弾が機体の胴を裂き、次の弾が推進器を砕いた。緑の機体は光を引いて散った。


『敵機撃墜! 撃墜報酬が加算されました!』


アナウンスの声は明るかった。


俺はジョリの機体が消えた方向から目を離し、近づいてくる敵へ照準を戻した。戦場では、確認を終えるまで待ってくれる相手はいない。


機体の数はさらに減った。名を知らない者たちが撃ち合い、撃ち落とし、撃ち落とされた。画面には撃墜者の名前が流れ続ける。


ユハン・ケイ、第六要塞。撃墜。

マレク・オッダ、第二要塞。撃墜。

リサ・フェーン、第十一要塞。撃墜。


名が読み上げられるたびに、観客の歓声が起きた。誰かの名前が消え、賭けの倍率が更新される。


最後まで残ったのは、俺と黒い機体の女だった。識別番号には、別要塞のマークがついている。彼女は正面から撃ってこない。こちらの損傷を見て、距離を保ちながら射線を作っていた。生き残るための操縦だった。俺も同じように、彼女の機体を見た。


彼女が先に撃つ。俺は機体を傾けた。弾が左舷をかすめる。警告音が重なる。推進剤の残量は少ない。次の旋回で姿勢を崩せば終わる。


俺は短距離誘導弾を一発だけ撃った。


黒い機体は誘導弾を避けるために旋回した。その終わりにできたわずかな隙へ、機関砲を撃ち込む。弾が翼を抜け、胴体に火花が走った。


黒い機体から脱出ポッドが射出された。


俺は照準を合わせ直し、引き金を引いた。ポッドが砕け、生存信号が消える。


最終生存者:レン。


賭けの結果が表示され、報酬額が更新された。俺の口座に金が入る。自由を買うには、まだ足りない。首輪の位置情報は帰還後も、俺の居場所を運営へ送り続ける。

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