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画面の中の戦争の日常  作者: ぐりこ


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3/51

空いた席

戦闘開始の合図は、いつも短い。


艦内放送の女の声が「交戦宙域への進入を確認」と告げ、格納庫の隔壁が閉じる。次に聞こえるのは、機体を固定していたロックが外れる音だ。発進レールの振動が座席の背から伝わってくる頃には、俺たちはもう命令を受ける側ではなく、命令の結果になる側へ移っている。


その日の相手は、同じ銀河にある別要塞の飛行隊だった。目標は敵旗艦。どちらが先に相手の旗艦を落とすかで勝敗が決まり、観客は撃墜数と戦闘時間に賭けていた。


敵艦隊の配置は、ブリーフィングで見たものと同じだった。違ったのは、砲撃が予定より早く始まったことだ。


最初の砲弾が味方艦の脇を抜け、二発目が護衛機の編隊を割った。通信に短い報告が重なる。損傷、回避、位置喪失。俺は機体を傾けて破片をかわし、味方の位置を確かめた。カイは見えている。俺の左後方を保ち、敵機が回り込むたびに射線をずらしていた。


「そっち、右から来る」


『見えてる』


カイの機体が敵の進路へ射撃を置く。敵機は照準を外されて、艦隊の影へ逃げた。撃墜にはならなかったが、こちらの隊形は崩れずに済んだ。


次の瞬間、敵旗艦の砲撃が俺たちの小隊を横切った。


カイの機体が揺れた。外装の一部が弾け、姿勢が崩れる。回転が始まった。警告灯が点滅し、彼の機影が視界の端で小さくなっていく。


『レン、機体がもうもたねえ。基地までは戻れない。先に行け』


「黙れ。回転を止めろ」


『やってる』


「止まったら脱出しろ」


『旗艦を落とせ。そっちの方がまだ意味がある』


俺は救助に戻る航路を見た。敵の砲線を横切る。戻れば、俺の機体も撃たれるかもしれない。旗艦を狙う味方は護衛を失い、戦闘が長引けば別の小隊にも損害が出る。


カイの機体は回転を続けていた。救助に向かえば助けられるかもしれない。助けられないかもしれない。どちらに転ぶか、判断できる材料はなかった。


カイが先に行けと言ったからではない。俺が、戻らないと決めた。


「……すまん」


短い沈黙の後、カイが言った。


『あばよ、元気でな』


俺は返事をせず、機首を敵旗艦へ向けた。背後でカイの機体はまだ回転していた。信号が消えた時、俺は照準を合わせていた。


味方の砲撃が敵旗艦に集中し、艦体の灯りがいくつも消えていった。勝利の判定が表示される。敵艦隊は後退を始め、残った機体は戦闘宙域から離れていく。


俺たちは帰還した。カイは帰らなかった。


ハッチが開いても、俺は操縦桿を握った手を離せなかった。指の関節が固まり、整備員に名前を呼ばれてもすぐには返事ができない。誰かが「カイは」と尋ねた。俺は首を横に振った。それで話は終わった。


レンナは格納庫で、俺の機体の損傷記録を取っていた。焦げた外装を確かめ、傷の位置と部品番号を書き込んでいる。俺は彼女の前で足を止めた。何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。


レンナはペンを置いた。


俺は彼女の肩に額を押しつけた。作業服を掴む手に力が入りすぎているのが、自分でも分かった。彼女の身体が一瞬こわばる。それから、俺の背中に手が置かれた。


俺は何も説明しなかった。カイの声も、戻らないと決めたことも、旗艦へ向き直った時に見ていた照準も、言葉にはしなかった。ただ、抱えたものを無言で彼女にぶつけていた。


レンナは俺を急かさなかった。背中に回る腕に、少しだけ力がこもる。俺はそのまま、目を閉じていた。


その夜、俺はレンナの部屋にいた。彼女は俺の顔を見てから手を伸ばし、俺はその手を握った。会話はなかった。触れ合っている間、俺は彼女の体温を確かめていた。朝になれば何も変わらない。それでもその夜だけは、ひとりで無線の沈黙を聞かずに済んだ。


帰還から三日後、格納庫の壁からカイの名札が外された。新しい人員の場所が必要だという。名札の跡は、周りより少し濃い色で残っていた。


俺は抗議しなかった。空席を空けておけと言ったのは俺だった。次に来る人間を、死者の代わりとして扱いたくなかった。


飛行隊では、欠員と負傷者の状況を見ながら、訓練の組み合わせが仮に組まれた。前の小隊にいた仲間も、新しく加わった人間も、正式な配属が決まるまでは訓練ごとに組み合わせが変わる。


俺と一緒に訓練をすることになったのは、ジョリ、ネッサ、ペトルだった。ジョリは確認手順を急ぎがちで、緊張すると口数が増える。ネッサは通信が途切れると判断を急ぐ。ペトルは質問をする前に、周囲の様子を確かめる癖があった。


最初の夜、食堂で誰もカイの話をしなかった。


やがてペトルが、どんな人だったのかと尋ねた。俺は、操縦は荒かったが仲間の通信を聞き逃さなかったこと、酒場では勝手に乾杯の理由を作り、誰にでも酒を奢ったことを話した。


ジョリが「一緒に飛びたかった」と言った。


俺は冷めたスープを飲み干した。返事はしなかった。


イリヤは帰還後の記録をまとめるため、俺にカイの位置まで戻れた可能性と、その場合の損害を尋ねた。俺は、戻れば二機とも撃墜された可能性が高いと答えた。旗艦への攻撃も遅れ、別の小隊にも損失が出ていたかもしれない。


イリヤは記録を閉じた。


「そういう判断をしたんだな」


「ああ」


「分かった」


それ以上、彼は何も言わなかった。俺も説明を足さなかった。数字にすれば判断の形は残る。そこに、カイを置いていった時の手の感覚までは記録されない。


その夜、飛行隊はカイの持ち物を箱にまとめた。片方だけの手袋、古いカード、酒場の割引券、途中まで書かれた整備依頼。外に家族はいない。要塞に登録されたペアもいない。遺品の照会先は、俺たちの飛行隊だった。


箱の蓋には「返却待ち」と印字されていた。


「誰に返すんだ」


俺が聞くと、イリヤは「記録上は倉庫だ」と答えた。


俺は割引券を一枚だけ取った。カイと最後に飲んだ酒場のものだった。規則では遺品の持ち出しに報告が必要だが、誰も止めなかった。期限が切れてからも、俺は捨てられなかった。


翌日、カイの戦闘映像が賭場の画面に流れた。機体が回転する直前で映像が止まり、画面に賭けの選択肢が出ている。


――脱出できたか。

――機体が爆発するまで何秒か。


俺は画面を消す権限を探した。見つからなかった。壁面表示を止めても、別の画面が同じ映像を流す。


俺は、カイが脱出できた方へ金を置いた。根拠はなかった。


結果は「確認不能」。賭け金は返された。俺はその金で酒を買った。自分の馬鹿さを忘れるために、さらに馬鹿なことをした。


数日後、新人を乗せた輸送艇が到着した。


ヤスミン・ヘイルは三十九歳。前の組織でも戦闘機に乗っていたという。彼女は搭乗許可証を胸に差し、格納庫を見渡した。


「死ぬのは嫌い」


「志願して来たんだろ」


「金が必要だった。死にたいとは言ってない」


トマ・イセは借金の証文を握りしめていた。訓練は受けたらしいが、輸送艇から降りるまでに時間がかかった。戦闘に出れば借金が減ると説明されたものの、いくら減るかは聞かされていないという。


最後に降りたネイ・ロウは、格納庫の写真を撮ろうとして端末を取り上げられた。彼は「英雄になる前の記録が欲しかった」と言った。


「英雄になる前に、訓練を終えろ」


そう告げると、ネイは笑った。自分が本当に怖がるのは、もっと後だと思っている顔だった。


新人たちが加わってからも、配属はすぐには決まらなかった。訓練では経験や技量を確かめるため、組み合わせを何度も変えた。トマは離陸直後に速度を上げすぎ、ヤスミンと接触しかけた。俺が指示を出すと、彼は速度を落とした。帰還後、トマは謝り続けた。ヤスミンは「謝るなら、次は同じ失敗をしないで」とだけ言った。


ネイは模擬戦で敵役を追いすぎた。俺が止めると、「あと一発でした」と言う。


「あと一発の先に、敵の僚機がいる。相手はお前を見ていた」


彼は黙った。俺はカイの話をしなかった。失敗の理由を、死者の名前で説明するのは簡単すぎる。


訓練の合間、カイの箱は格納庫の棚に置かれたままだった。新しい戦闘員の一人が、箱の名前を読み、俺に「この人はどんな人だったんですか」と尋ねた。


俺は、操縦は荒い、酒を奢る、無線を聞き逃さない、と話した。


彼女は「いい人だったんですね」と言う。


俺は「いい奴だったかは知らない。俺の友達だった」と答えた。


その言葉を口にした時、喉がつまった。俺は咳払いをして、訓練の時刻を確認した。誰かを失った後も、出撃表は更新される。残った人間は、次に飛ぶ機体を整備し、食事を取り、睡眠を削って訓練へ向かう。それがカイを忘れない方法なのか、忘れるための作業なのか、まだ決められなかった。


一週間後、トマは初めての実弾訓練を終えた。帰還すると、彼は機体から降りられず、ハッチの縁を掴んでいた。俺は急かさなかった。地上へ出るまで、三分かかった。彼は「すみません」と言った。俺は「次は二分で降りろ」と返した。励ましではない。ここでは、次の一歩を具体的に言う方が役に立つ。


トマは離陸手順を間違えないよう、操縦桿の横に紙を貼っていた。そこには文字ではなく、四つの小さな丸と矢印が描いてある。誰かに笑われるのを恐れたのか、彼は出撃前に紙を外そうとした。


俺は止めた。


「忘れないためのものなら、見えるところに置け」


彼は紙を貼り直した。


模擬戦では、彼が撃つべき標的を一度見失った。俺は射線を塞ぎ、彼の機体を自分の後ろへ下げた。帰還後、トマは「俺が遅れたせいで危なかった」と言った。ヤスミンは「そう。次は早く気づいて」と答えた。彼女の言葉は厳しいが、失敗を人格のせいにしない。俺は彼女のやり方を、少しずつ真似るようになった。


ネイは訓練のあと、酒場で「戦場の恐怖を乗り越えれば、誰でも英雄になれる」と話していた。周りの古参は笑わなかった。俺は彼を呼び、格納庫の外壁に貼られた戦死者一覧を見せた。


「この中に、英雄になりたいと言っていた奴が何人いると思う」


「分からないです」


「俺も分からない。だが、英雄になりたいと思って死ぬ奴は多い」


彼は表情を変えたが、夢を捨てたとは言わなかった。夢を捨てる必要はない。ただ、夢のために隣の席を空けるな。


一度の通常戦では、俺たちは旗艦を狙うより、輸送艦の護衛を任された。敵戦闘機の隊列は小さく、砲撃も少ない。戦果報酬は低かったが、輸送艦を落とされれば次の補給が止まる。戦闘は派手ではない。敵機を追い払い、味方の艦を隊列へ戻し、撃たれた機体の進路を空ける。帰還後の映像は短く、賭けの画面には「地味な防衛戦」と表示された。


イリヤは「地味に帰れたなら上等だ」と言った。


その戦闘で、ヤスミンの機体は翼の端を失った。彼女は着艦時に機体をぶつけ、整備班に怒鳴られた。怒鳴ったのはレンナではなく、年配の整備士ハルデンだった。彼は六十近いが、年齢を理由に仕事を外されるのを嫌っていた。ハルデンは外装板を叩き、「この傷の角度なら、あと二秒遅れていたら操縦席に入ってた」と言った。ヤスミンは謝らず、次に同じ角度で入らないと答えた。謝罪より、次の手順を変えることがここでは役立つ。


食堂へ戻ると、トマが一人で食べていた。彼は俺に席を譲ろうと立ち上がった。俺は向かいに座り、彼の皿に残ったパンを指した。


「食え。明日も訓練だ」


彼はパンを食べた。俺たちはカイの話をしなかった。沈黙を共有することも、訓練の一つだった。


訓練を重ねた後、俺たちは小さな戦闘に出た。敵の護衛艦隊を追い払うだけの任務だった。勝敗条件は敵旗艦ではなく、輸送船団が指定宙域を抜けること。観客は旗艦撃沈ほど熱狂しない。配当の数字も低かった。俺たちは輸送船を中心に円を描き、敵機が近づくたびに射線を重ねる。戦果を稼ぐより、船を通す仕事だった。


トマは最初の交戦で、敵機を追いかけようとした。俺は通信で呼び止める。彼は一度だけためらい、隊列へ戻った。敵の二機がこちらの輸送船へ突っ込み、ヤスミンが側面から射線を作る。トマはその隙間を埋め、相手の進路を塞いだ。撃墜はしなかった。敵は離れ、船団は宙域を抜ける。


帰還後、トマは「撃たなくても、戦果になるんですね」と言った。


「規則の中ならな」


「運営は、これを面白いと思いますか」


「思わないだろう」


彼は少し考え、「なら、俺たちはつまらない戦いを続けますか」と聞いた。


「帰るために必要なら」


その答えに彼は頷いた。


作戦報告の映像では、輸送船団の安全な通過より、ヤスミンが敵機をかわした一瞬が長く映された。トマが隊列へ戻った場面は、映像の外に落ちた。俺たちは帰還後、訓練室で同じ動きを再現した。ヤスミンは、敵機を撃たずに退かせる角度を説明する。イリヤはそれを「撃墜数にならない技術」と呼んだ。


「報酬がない技術ほど、覚えておけ」


次の週、トマは食堂で一人の志願者と揉めた。相手は自分の撃墜数を誇り、仲間の機体が破壊されたことも「演出が良かった」と言う。トマは相手の胸元を掴みかけ、俺が間に入った。俺は彼を叱らず、相手にも謝らなかった。二人を離し、食事を続けさせた。戦争の見方を強制できない。できるのは、今ここで殴り合いにしないことだけだった。


その次の出撃は、敵の小型艦隊が輸送路へ出たための迎撃だった。敵の旗艦は古く、護衛艦も少ない。こちらは四機小隊を二つ出し、戦闘機の射線で敵を分断する。トマは前回より落ち着いていたが、敵機が急旋回すると照準を合わせることに集中しすぎた。彼の後方に敵の僚機が滑り込む。


俺は割り込んで敵を撃ち、トマへ「狙う前に、後ろを一度見る」と告げた。彼は「了解」と返す。撃墜は一機、敵艦は撤退。戦闘は短く終わった。


帰還後、彼は俺に礼を言った。


「礼はいらない。次は自分で見ろ」


彼は「次があると思っていいんですか」と聞いた。


俺は「あると思って飛ぶ」と答えた。保証はしなかった。


賭場では、俺たちの迎撃は「堅実な勝利」と評価された。配当は低く、再生数も伸びなかった。ヤスミンは給料の一部を口座へ残し、残りで温かい食事を買った。


「外の市民権は?」と俺が聞くと、「急いで買っても、行く場所がなければ困る」と言った。彼女は金を稼ぎに来たが、金だけで自由が買えると思っていない。俺は自分の口座を見た。少し増えた分を、酒場へ持っていくのをやめるべきだった。


配属が決まったのは、新人たちとの訓練を重ねた後だった。トマは欠員の出ていた別の小隊へ入った。ヤスミンも別の小隊、ネイは予備機の訓練枠へ回された。俺の小隊にはジョリ、ネッサ、ペトルが配属された。


イリヤは新しい名簿を俺に渡した。


「名前を覚えろ」


「覚えたところで、忘れるのが早くなるだけだ」


「それでも覚えろ」


俺は名簿を畳んで胸ポケットへ入れた。カイの割引券は財布の奥に残っていた。名簿にも割引券にも、もう彼の席はなかった。


次の出撃表が更新される。ジョリは確認を急ぎ、ネッサは通信機を二度確かめ、ペトルは黙って機体の周りを一周した。俺は一人ずつ名前を呼び、返事を聞いた。


次の戦闘までに、声を覚える時間くらいはある.

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