嫉妬の行き着く先 序
俺は翌日から、グレイヴスが警備をしている場所へ通った。
奴は今、居住区内にある決まった扉の前に立っているらしい。誰かから聞いた噂では、交代制ではなく、グレイヴス一人だけが担当しているという。扉の先は、使われていない物置だ。
一度の勤務は八時間。週に五日、不定期にその時間だけ、奴はその扉の前に立っている。
――警備というより、ただ突っ立っているだけだ。
だが、肝心の勤務時間が分からない。数日に分けて何度か見に行ったが、どちらも空振りだった。
その間、セリーナから話を聞いた。
「グレイヴスさんに声をかけられるのは、居住区の部屋の近くが多いです」
「部屋までついてくるのか?」
「そこまではありません。でも、会うと食事に誘われたり、買い物をしてあげると言われたりします。断っても、また別の日に」
声をかけられた後は、部屋へ戻らずにリンやネッサ、レンナ、それから他の女友達の部屋へ行っていたらしい。
「リンやネッサに相談しなかったのか?」
「迷惑をかけたくなくて……」
「迷惑だなんて思うわけないだろ」
「今はもう大丈夫です。レン隊長が、私の周りに誰かがいるようにしてくれたので」
セリーナは、安心したように笑った。
「誰かと一緒にいるから、グレイヴスさんに声をかけられることもなくなりました」
「油断するなよ。部屋の戸締まりは徹底しろ。何かあったら、俺かイリヤに連絡するんだ」
「はい。ありがとうございます」
その時は、セリーナの周りに人がいるなら大丈夫だと思った。
だが、そんな矢先にグレイヴスはやらかした。
セリーナの宅配ボックスに、手紙と贈り物が入っていたのだ。
贈り物は安物のネックレスだった。手紙には、長々と飾り立てた言葉が並んでいたらしい。要約すれば、こういう内容だ。
『最近はお友達と一緒にいることが多くて、君と話せず寂しい。お兄ちゃんは君と話せなくて寂しいよ。今度また会いに行くね』
セリーナは手紙を読み終えると、顔をしかめた。
「心底気持ち悪いです。特に、お兄ちゃんって……娘みたいに思っているんじゃなかったんでしょうか」
「そう言っていたのか?」
「はい。以前は、娘のように思っていると言われました」
「言葉を使い分けているにしても気味が悪いな」
「はい、嫌です」
セリーナの声は冷たかった。
ネックレスは出来る限り指紋をつけないよう扱い、手紙と一緒に証拠として保管する。リンは話を聞くなり、真剣な顔で道具箱を開けた。
「悪魔祓いの準備をする」
「何の準備だよ」
「邪悪なものを部屋に入れないための準備だよ。塩と護符と、浄化用の煙」
「物置の扉の前に立ってる警備員に、そこまで必要か?」
「必要になってからじゃ遅いでしょ」
ネッサはリンの手から、なぜか取り出されていた小さな鈴をそっと取り上げた。
「お祓いの前に、まずは手紙と贈り物の受け取り記録を確認しましょう。セリーナの部屋の戸締まりも、念のため調べた方がいいです」
「そうだな。何かあってからでは遅い」
イリヤが頷いた。
「宅配ボックスに入れられただけなら、直接侵入されたとは限らない。でも、念のため部屋の様子も確認しておこう」
予想以上に事態がこじれている。俺とイリヤは、対応を急ぐことにした。
*
俺はその日一日、休みを取ることにした。
グレイヴスの勤務時間が分からない以上、時間をずらして何度も見に行くしかない。数時間ごとに居住区内の扉を確かめ、運がよければ本人を捕まえる。
午前中に一度。昼に一度。昼過ぎにも一度、見に行った。
三度目も空振りだった。
「レン隊長、今日はもう諦めたらどうですか?」
昼過ぎに通りかかったマレクが言った。
「勤務が八時間なら、どこかで来るだろ」
「週五日で、時間も不明。張り込みをするなら、交代制にした方がいいですよ」
「俺は休みだ。時間ならある」
「それ、休みと言うんでしょうか」
マレクは呆れたように肩をすくめて去っていった。
俺はその後、食堂で少し贅沢な夕飯を買った。配食よりは値が張るが、休みの日に食うくらいならいいだろう。
トレーを持って扉の見える席に座り、具の少ないパスタを口に運ぶ。味は悪くない。けれど、目はずっと扉の方へ向いていた。
食べ終わりかけた頃、制服姿の男が廊下の奥からやってきた。
グレイヴスだった。
俺は最後の一口を胃に流し込み、トレーを片づけてから立ち上がった。
ようやく本人を見つけた。
奴の落ちぶれた姿には少し驚いた。髪は相変わらず、きっちりと後ろへ撫でつけたオールバックだ。制服もきちんと着こなし、安物らしい靴まで磨いてある。
だが、頬はこけ、服の上からでも痩せたのが分かった。顔色は悪く、目の下には濃い影がある。髪の生え際も後退し、頭頂部には地肌が見え始めていた。
近づくにつれ、甘ったるい匂いがした。薬の匂いなのか、古い汗の匂いなのかは分からない。だが、奴の落ち着きのない手つきと歯の様子を見て、俺は察した。
歯はところどころ隙間ができたように見える。頬の筋肉が細かく動き、片腕で反対側の肘を抱え込んでいた。歯ぎしりの音がする。
覚醒剤をやっている。
確証はない。だが、そう疑うだけの様子だった。
俺が姿を見せると、グレイヴスはびくりと肩を跳ねさせた。
「な……何しに来たんだ? ぼ、僕に何か用か?」
俺は余計な前置きをせず、端的に伝えた。
「俺の飛行隊の新人、セリーナに付きまとうのをやめろ。迷惑している」
グレイヴスの目が細くなった。
「迷惑? 僕は親切にしているだけだ」
「手紙と贈り物を受け取って、気持ち悪いと言っていた」
「そんなはずはない。彼女は僕と話してくれた」
「断られているだろ」
「断るのは恥ずかしいからだ」
「勝手に決めるな」
俺は一歩近づいた。
「もう彼女に接触するな。部屋の近くにも行くな。次に何かすれば、警備課に正式に通報する」
「お前がまた、僕を貶めようとしているのか」
「話をすり替えるな。セリーナが迷惑していると言っている」
「お前なんかより、僕の方がいいに決まっているだろう!」
突然、グレイヴスが声を荒らげた。
「僕はエリートだ。運営側の人間だぞ! この会社の所有物、、、、。お前らとは違う!僕は雲の上の存在なんだ!」
通路を行き来する人が、こちらを見た。
グレイヴスは気にする様子もなく、言葉を続けた。
「ここの女どもは、物さえ渡せば好きだ好きだと言う。汚らしい連中ばかりだ。そんな泥沼に現れた天使なんだ、セリーナは!」
「やめろ」
「また僕の邪魔をするのか! 貴様にできて、僕にできないわけがないだろう!」
俺は、奴の支離滅裂な喚きを聞いて虚しさを感じた。
グレイヴスは、以前はリリアに執着していた。企画課長の立場を利用して彼女に近づき、リリアを自分の思いどおりにしようとしていた。その企みの中で俺を殺そうとした結果、奴は役職を失った。
だが、グレイヴスは自分の行いを省みず、俺のせいで転落したと思い込んでいる。俺にレンナがいることも、リリアに好かれていたことも、セリーナが俺を慕っていることも、奴には面白くないのだろう。
――貴様にできて、僕にできないわけがない。
その言葉で、ようやく腑に落ちた。
グレイヴスはセリーナに好かれたかったわけではない。俺への当てつけに、俺に好意を寄せる彼女へ近づいたのだ。俺がリリアに執着をされたように、グレイヴスも俺の身近な女性を物にしようと、絶対に選ばれるはずだと、勝手に思い込んでいる。
高級スーツを着こなし、俺が入れない場所で仕事をしていた頃の目線を、まだ捨てられないのだろう。会社から必要とされなくなり、部下も持たず、意味のない扉の前に一日中立たされている。それでも、自分は特別な人間だと思い込んでいる。
先日まで滞在した訓練施設で聞いた、運営側の人間と俺達では、受け取る金の種類、、、価値が違う。奴の世界では安物でも、俺たちの世界なら高級品になることがある。
そんな金に釣られずに話をしてくれたセリーナに、グレイヴスは勝手な幻想を抱いたのだろう。
薬物の影響もあるかもしれない。今の状態の奴に話をしても、届かない。
「次に俺の仲間に何かしてみろ。黙ってはいない。必ず後悔させる」
「脅すのか」
「忠告だ」
俺はそれだけ告げて、格納庫へ戻った。
*
格納庫に戻ると、セリーナだけでなく飛行連隊の皆を集めた。
グレイヴスが薬物を使用している可能性が高い。
様子がおかしかったこと、セリーナへの接触をやめるよう伝えたこと、本人が激昂していたことを共有する。
「重度の薬物中毒者かもしれない」
俺が言うと、イリヤは表情を硬くした。
「見た目だけで断定はできない。だが、本人の言動と様子を考えれば、危険性があるな」
「被害妄想が加速して、暴力に出る可能性もある。セリーナを今後も必ず一人にしないようにしてくれ」
「分かった」
イリヤが頷いた。
「グレイヴスは警備課の係長だが、鍵や記録を自由に扱える権限はないと思う。部屋の中は安全だとは思うが万が一の事もある。」
「今夜は激昂したグレイヴスがやってくる可能性が高いと思う、近づかない方がいい」
リンが言った。
「警備当番も組み直そう。彼女が一人で移動しないよう、もうしばらくは誰かが付き添う」
ネッサが続ける。
セリーナは申し訳なさそうに俯いた。
「私のせいで皆さんに迷惑をかけて、すみません」
「お前のせいじゃない」
俺はすぐに言った。
「私が余計なことを言ったせいで、レン隊長の身の危険まで悪くしてしまったのかもしれません」
セリーナは、俺がグレイヴスと交わした言葉を知らない。奴が「貴様にできて、僕にできないわけがない」と喚いたことも。
俺は首を振った。
「セリーナ、お前が謝ることじゃない。グレイヴスが勝手にやったことだ」
「でも……」
「お前は何も悪くない。何かあったらすぐ知らせろ。遠慮はするな」
「はい」
セリーナは小さく頷いた。
俺は、グレイヴスの言葉を思い返した。
奴はセリーナが俺に好意を寄せていると知っていたのかもしれない。俺への当てつけに彼女へ近づき、俺が好かれている女性を振り向かせれば、自分と同じ苦しみを俺に与えられる。そんな歪んだ考えで、セリーナを利用しようとしたのがキッカケなのだろう。
セリーナには、そのことを話さなかった。彼女が自分の好意を理由に責任を感じる必要はない。
「ネックレス、手紙とセリーナの証言をもとに、クロイツに相談する。面談の時間を取ってもらう」
俺が告げると、イリヤが頷いた。
「それがいい、運営の事は運営で処理させるのが1番はやい。隊の事は任せろ」
「頼む」
アポを取ると、クロイツは翌日なら時間を作ると返事をよこした。
俺は、なぜ興行企画部長と個人的にやり取りしているのだろうと思った。だが、こういう時に話を通せる相手が上層部にいるのは助かる。役得ということにして、心にしまっておくことにした。
*
その夜は、グレイヴスがセリーナの部屋に来る可能性を考え、レンナの部屋で過ごすことにした。セリーナはレンナの部屋に泊まり、俺とレンナで見守る。
女だけにするのはまずい。かといって、飛行連隊の中で女性の部屋に入れる男は限られる。俺とレンナがそういう関係だと皆も知っていたので、俺が部屋にいるのが一番自然だった。
その話を聞いたマレクとルイス、新人たちは、なぜか格納庫の隅で真剣に議論を始めていた。
「なんで隊長だけ、こういう時に選ばれるんだ?」
「レンナさんと仲が良いからだろ」
「それだけで女性の部屋に入れるのか?」
「俺たちだって、いつかは……」
「お前ら、何を話してるんだ」
俺が声をかけると、全員が一斉に散った。
「何でもありません、隊長!」
「そうか。ならいい」
その夜、俺とセリーナはレンナの部屋で過ごした。
部屋には逆さに吊るされたバラがあった。花はカラカラに乾いている。
「なんでゴミを飾っているんだ?」
「ゴミじゃないわ。あなたからもらったバラをドライフラワーにしたの!」
レンナが怒った。
セリーナにまで呆れた顔をされた。
「レン隊長……流石にそれはないです」
「悪かった。ちゃんと覚えておく。ドライフラワーなんて単語は知らなかった」
「本当に覚えてるの?」
「次に聞かれたら答える」
「それは覚えていない人の答えね」
レンナはため息をついた。
寝る時、レンナとセリーナはベッドを使い、俺は床に寝ると伝えた。セリーナは遠慮して、自分が床で寝ると言い出した。
「私が床で大丈夫です」
「うるさい。そんなことできるか。寝ろ」
二人がベッドに入り、俺は床に座った。横になれば、すぐに眠ってしまいそうだった。何かあった時に動けるよう、壁際に背をつけ、懐のナイフの柄を握る。
「レン隊長、そこまでしなくても大丈夫ですよ」
「念のためだ」
「セリーナ、眠りなさい。レンはこういう時、言っても聞かないから」
「はい、レンナさん」
二人の声が遠ざかり、部屋は静かになった。
俺はナイフを握ったまま、座った姿勢で眠りについた。
*
翌朝、迎えに来たイリヤを連れ、俺、レンナ、セリーナの四人でセリーナの部屋へ向かった。
外から見ると、何も問題はなかった。扉にも廊下にも、荒らされた様子はない。
だが、セリーナは自分の部屋の前で小さな悲鳴を上げた
「どうした?」
「ここです。ドアの隅につけていた透明テープが剥がれています」
扉を開け閉めした時に動いたか分かるよう、セリーナは目立たない場所に小さなテープを貼っていたのだという。
「いつ貼った?」
「グレイヴスさんから手紙が届いた後すぐです。レン隊長と話した日に」
俺は、内心で感心した。セリーナは逞しい。自分で危険を考え、できることをしていた。
「誰かが中にいるかもしれない。全員、ここで待っていてくれ」
扉には細工された形跡はない。だが、念のため俺はナイフを携えて部屋に入った。
中は無人だった。家探しをした形跡もなく、家具もきれいに整っている。引き出しも閉まり、机の上にも異常はなかった。
「クリア」
入口に待機していたイリヤへ声をかけ、セリーナたちを部屋に招いた。
セリーナは中を確認し、棚の上にある写真立ての前で立ち止まった。
「写真が昨日と違います」
「写真が減っているのか?」
「いいえ、並びが変わっています」
写真は、セリーナの両親のものが二枚。残りは訓練施設で皆と撮ったものと、俺たちの飛行連隊で撮った集合写真、そして俺の写真だった。
「気のせいじゃないか?」
「違います。昨日までは、訓練施設の写真が一番左にありました」
セリーナは写真を元の順番に戻した。迷いはなかった。
イリヤは写真の位置を撮影した。
「部屋に誰かが入った可能性は高い。だが、グレイヴスがどうやって鍵を開けたのかは分からない。係長だからといって、居室の鍵を扱える権限があるとは思えない」
「宅配ボックスにも手紙が入れられた。室内にも入られている。急いで調べる必要がある」
俺はセリーナを見た。
「必要なものだけまとめて、しばらく毎日を別の部屋で過ごせ。レンナの部屋に戻ってもいい」
「分かりました」
*
俺はセリーナを連れ、エリート専用ラウンジへ向かった。クロイツとの面談を待つ間、ネックレスや手紙そしてセリーナの証言、部屋で確認したことを順に整理していた。
クロイツが個室に入ってくると、俺の隣にいるセリーナを見て口元に笑みを浮かべた。
「趣味を変えたのかね?」
「違います。俺の飛行隊の新人です。」
「冗談だよ。そう睨まないでくれたまえ」
クロイツは軽く手を上げた。俺は笑い返さず、すぐに本題へ入った。
「グレイヴスがセリーナに付きまとっています。断っても誘いを続け、宅配ボックスに手紙と贈り物を入れました。昨夜はセリーナの部屋に入られた形跡も見つかっています。」
「部屋に入ったのかね?」
「ドアの隅に貼った透明テープが剥がれていました。中は荒らされていなかったが、写真の並び順が変わっています。セリーナは間違いないと」
クロイツの顔から笑みが消えた。
俺は、前日にグレイヴスと話した時の様子も伝えた。ひどく痩せていたこと、歯の状態が悪かったこと、落ち着かずに歯ぎしりをしていたこと。薬物を使っている可能性があることも話した。
「断定はできない。だが、薬物を使っているのは俺は間違いないと」
「それは、看過できないな」
クロイツは不愉快そうに眉を寄せた。
「また会社の所有物に手を出そうとしているのか。それも、禁止薬物の疑いまであるとは」
「所有物という言い方はやめてください。」
「失礼。君たちを、だな」
言い直しても、言葉の響きは変わらなかった。だが、今はクロイツがこちらの話を聞き、動く姿勢を見せていることの方が重要だった。
「グレイヴスの身柄を確保し、部屋の鍵の記録を確認してほしい。薬物の入手経路も調べてください」
「グレイヴスは警備課の係長だ。鍵の管理や監査を行う権限があるわけがない。彼が居室へ入ったのなら、どうやってロックを解除したのか調べる必要がある」
「誰かが手を貸したか、別の方法を使った可能性ですね。」
「そうだ。まずグレイヴスの所在と勤務状況を確認しよう、その後に拘束し尋問をする。また監査部門には、居室への侵入方法と薬物の入手経路を調べさせる。」
クロイツはその場で監査部門に連絡した。グレイヴスの居室への侵入方法と薬物の入手経路について、調査を始めるよう指示する。
さらに、俺に協力を求めた。
「薬物の流通経路を追うには、現場に近い者の助けが必要だ。君にも協力を頼めるだろうか」
「引き受ける。ただし、グレイヴスの拘束を急いでください。」
「最優先で動かそう」
クロイツは、目の前で監査部門へ追加の指示を出した。
面談を終える頃には、セリーナの表情から少しだけ不安が薄れていた。
帰り道、彼女が申し訳なさそうに言った。
「私のせいで、レン隊長まで危険な捜査に巻き込んでしまいました」
俺は彼女の頭に手を置いた。
「大人の役目だ。俺の教え子たちに薬物が蔓延しても困る。お前のためだけじゃない。もちろん、セリーナも大事だがな」
セリーナは嬉しそうにはにかみながら、俺の隣を歩いた。
*
帰り道の途中で、クロイツからメッセージが届いた。
『セリーナ君と戻りたまえ。グレイヴスが失踪している。どこにもいない。警備部門の責任者が殺害されていた。責任者が所持していたマスターキーも見つかっていない。グレイヴスが持ち出した可能性がある。施設内のどこかに潜伏している』
俺は足を止めた。
「どうしました?」
セリーナが俺の顔を見上げる。
「グレイヴスが消えた。警備部門の責任者が殺されたらしい」
セリーナの表情から、血の気が引いた。
「まさか……私の部屋に入ったのも」
「恐らくだが。今すぐ戻るぞ」
俺はイリヤに連絡を入れながら、来た道を引き返した。
「グレイヴスが失踪した。警備部門の責任者が殺害された。責任者のキーも見つかっていない。セリーナの部屋に侵入した可能性もある。皆に警戒を伝えてくれ」
『了解。隊員を集める。セリーナを一人にするな』
「分かっている」
セリーナを俺の側から離さないようにしながら、クロイツのいるラウンジへ急いだ。
グレイヴスは施設内のどこかにいる。
そして今度は、逃げるだけでは済まないことをしでかしていた。




