教官どの様 結
俺は帰還した。新人を三名失った。それでも、飛行隊の過半数を生きて帰すことができた。
格納庫に戻った時、新人たちは恐怖の影響なのか機体を降りられずにいた。帰還した機体に整備員が駆け寄り、損傷箇所を確認する。通信が切れた機体の名前は、誰も口にしなかった。
「レン隊長、左翼の装甲に損傷があります。帰投中に警告は出ましたか?」
女性整備士が俺のヘルメットを受け取り、尋ねた。
「出た。推進系統には問題なかった。先に新人たちを確認してくれ」
「了解です」
彼女はすぐにノアとイーサンの方へ向かった。二人とも無事だったが、顔色は悪い。ノアは返事をするたびに視線を床へ落とし、イーサンは手袋を外そうとして、何度も指を引っかけていた。
「手を見せろ」
俺が声をかけると、イーサンはようやく手を止めた。
「怪我はありません。……ただ、指が震えていて」
「震えていてもいい。まず機体から離れろ。整備員の邪魔になる」
「はい、レン隊長」
少し離れた場所では、リンが隊員たちの帰投を確認していた。ネッサも戻った機体の名前と損傷を一つずつ記録している。マレクは負傷者の有無を確かめながら、遅れて格納庫に入ってくる新人たちへ声をかけていた。
誰も、三人が帰らなかったことを口にしなかった。
俺が撃墜したエミルの件は、要塞の古参たちは理解していた。救援に向かわなかった判断についても同じだ。あの時、俺が持ち場を離れていれば輸送船団に被害が出ていたし、乱戦になれば二機以上を失っていた可能性もある。
それでも、新人たちの中には受け止めきれない者もいた。
朝から訓練に付き合い、一緒に飯を食べてくれた教官が、教え子を撃った。救援を求める仲間を見捨てた。そう見えたのだろう。
直接文句を言いに来る者はいなかった。だが、食堂の隅に新人たちが集まり、俺のことを話しているのは分かった。
「レン教官はエミルのことを知っていたんだろ」
「知っていて撃ったんだ。あの人は、教え子でも撃つんだよ」
「助けに戻ることだって、できたんじゃないのか」
話し声は小さかった。俺に聞かせるつもりはないのだろう。
その輪の中に、セリーナが入り込んでいった。
「戦場にいなかった人が、勝手なことを言わないで!」
彼女の声が食堂に響いた。
「全員が命を懸けていたの!隊長は、自分の隊の全員の命を背負って判断しているの!」
「でも、仲間が助けを求めていたんだ」
誰かが言い返した。
「セリーナだって、助けに行きたくなるだろ」
「行きたくなった。私だって、助けたいと思った!」
セリーナは、すぐに答えた。
「でも、助けにいった結果、別の仲間や船団を危険にさらすかもしれない。隊長は、その場で何を守るかを決めなければならないの!私たちは、その判断に従って飛ぶと決めたんです!」
彼女はそれ以上責め立てず、輪から離れていった。
俺は、そのやり取りを見ていた。
ちょうどいい機会だと思った。
食事の途中で立ち上がり、食堂にいる新人たちへ声を張った。
「ここを訓練施設だと思っている奴に言う。ここは戦場だ。しかも管理された戦場だ。同じ要塞にいる俺たちだって、殺し合いをさせられることがある」
食堂のざわめきが止まる。
「俺たちを、これから教官と呼ぶな。敵になったら、俺はお前らを殺す。教え子だからと見逃すことも、助けに戻ることも約束しない」
新人たちは黙って俺を見ていた。
「戦場で俺が誰を助け、誰を助けられないかは、その時次第だ。気に入らない判断もあるだろう。だが、俺は仲間を無駄死にさせるわけにはいかない。残った仲間を連れて帰るために決める」
俺は一度、彼らの顔を見渡した。
「先輩としての相談ならいつでも聞いてやる。飛び方でも、隊のことでも、飯の不満でもいい。話したいことがあるなら来い。ただし、戦場では別だ。お前らも自分の判断だけで隊を危険にさらすな。以上だ」
新人たちは席を立ち、一斉に敬礼した。
その中にセリーナもいた。彼女はいつも通り、「レン隊長」と呼んだ。
その日から、教官呼びはほとんどなくなった。
たまに口が滑って小さな子供の頃に教官をママと間違えて呼ぶの同じなんだろう。たまに「教官」と呼ぶ者はいた。そういう時は、宣言どおり格闘訓練に付き合ってやった。
「あの時の判断について、もう一度聞きたいんですが」
食堂で声をかけてきた新人に、俺は椅子を引いた。
「話なら聞くぞ」
「えっ、いいんですか?」
「先輩としての相談なら、いつでも来いと言っただろ」
「ありがとうございます、レン教官」
俺は立ち上がった。
「今、何て呼んだ?」
新人の顔から血の気が引いた。
「レン隊長です」
「よし。話は格闘訓練場で聞こう」
「相談の内容と関係ありますか?」
「体を動かすと、話しやすくなる」
「それ、絶対に関係ないですよね」
結局、その新人は格闘訓練のあとで相談を続けた。訓練を受けた新人は皆、二度目からは、誰も間違えなくなった。
*
今回の欠員は、予備隊員を回せば埋められる範囲だが、人員配属の申請を出した。運営側も人員不足を解消できていないのだろう。却下の通知が届いた。
「却下だそうだ」
イリヤが端末を見ながら言った。
「理由は?」
「人員配置の再検討中。要するに、出せる人間がいないんだろう」
「まぁ、そうなるよな。」
「だから、しばらくは今の人員で出撃することになる。皆、体調に気をつけないとな。代わりはいない。」
リンが腕を組む。
「穴を埋めるために、変な隊員を無理に詰め込ませるのはやめてよ。訓練の時間まで削られたら、次はもっと危ない」
「その通りだ。それでも予備隊は大切だからな、俺から運営に言う」
「レン隊長、言うだけで通るんですか?」
マレクが尋ねた。
「今、大人気のエース様だからな」
「頼もしいですね」
「お前も、早く機体に色を塗って目立てるようになるんだな。代わりに狙われるけどな」
マレクは苦笑した。
俺たちは、今の飛行連隊の編成で何度か興行に出た。
ユージンたちの死は、新人たちの胸に深く残ったらしい。その後、彼らは一人も欠けずに帰還を続けた。出撃前には互いの機体を確認し、通信の手順を繰り返し、無理やミスをしなくなった。
ユージンたちの死は、残った仲間たちの中で教訓になってさそいくのだろう。
*
やがて新人たちの顔つきにも、戦闘員らしさが出てきた。表情から無邪気さが薄れ、目に暗い影が宿り始めた頃、セリーナが相談に来た。
「レン隊長、少しお話があります」
「どうした?」
「警備課の方から、何度も声をかけられるんです。食事をおごるとか、欲しいものを買ってあげるとか……断っても、また誘ってきます」
「警備課の人間が?」
「はい。最初は娘に似ている、娘のようだと言ってくるので、親切心での事かと思いました。でも、断るたびに『仕事の相談もあるから』と言われて……」
セリーナは少し言いにくそうに続けた。
「この前は、断ると今の私の隊に影響するかもしれない、と」
「はっきり脅されたわけじゃないんだな」
「そうです。でも、困っています」
「相手の名前は?」
セリーナが告げた名を聞き、俺は眉をひそめた。
リリアンに執着していた元興行企画課長、ヴァルター・グレイヴス。四十三歳。髪をきっちり後ろへ撫でつけたオールバックに、隙のないスーツ姿。以前は興行企画課長として、人員を興行の駒のように扱っていた男だ。今は警備課の係長をしていると聞いている。ちなみに今はてっぺんが少し禿げて頭皮が見えてきている。
「まだ懲りていないのか」
「ご存じなんですか?」
「前に少しな。今は警備課の係長だ」
「私がレン隊長の飛行連隊にいることは、知っていると思います」
「それで遠慮するような男なら、最初から何度も誘ってこないだろう」
セリーナは、困ったように眉を下げた。
「私、どうすればいいでしょうか」
「相手をしなくていい。声をかけられた日時と場所、言われたことを覚えておいてくれ」
「はい」
「普段から一人でいないこと。誰かについてもらえ。何かあったら俺かマレクに言え。俺が対応する」
「迷惑をかけてすみません、レン隊長」
「謝ることじゃない。謝るのはグレイヴスのロリコン野郎の方だ」
セリーナは小さく笑った。が自分がロリ扱いされている事に気がつくと「もぉー!見ててください!」と笑いながら言い返してきた。
グレイヴスは、セリーナが俺の飛行連隊に所属していると本当に知っているのだろうか。
あいつは、俺を目の敵にしていた。俺のせいで降格したと、警備中に文句を言っていたのを、飲み仲間から聞いたことがある。
「レンの野郎のせいで、企画課長から警備課の係長に落とされた。あいつがあそこで死んじまってれば、今ごろは――」
そんな愚痴をこぼしていたらしい。
リリアンは化粧をして、大人びて見えた。だが、今度は見た目も年齢もさらに若いセリーナに目をつけたというのか。
「レン隊長?」
セリーナの声で、俺は考えを戻した。
「悪い。話は聞いていた」
「無理はしなくて大丈夫です。私が断ればいいだけなので」
「断っても続いているんだろ」
「……はい」
「なら、俺が話をつける。セリーナはこれまで通りにしていろ。相手を避けるために、お前が生活を変える必要はない」
セリーナは少し迷ってから頷いた。
「お願いします」
*
その日の夜、俺は食堂でイリヤとマレクにグレイヴスのことを話した。
「いいおっさんのくせに、新人にしつこく声をかけているのか」
イリヤの表情が険しくなる。
「食事や買い物に誘って、断ったら俺らに影響するかもしれないと言ったらしい」
「元興行企画課、課長の立場を使っている可能性がありますかね?」
マレクが言った。
「まだ詳しい状況は分からない。セリーナには、日時と発言を覚えておくよう伝えた」
「本人を一人でグレイヴスのところへ行かせるのはやめた方がいい」
イリヤが言う。
「分かってる。まずはセリーナを一人にしない。次に声をかけられたら、俺たちも状況を確認する」
「レン隊長が直接行って、怒鳴り込むのかと思いました。」
マレクがからかう。
「相手が運営側なら、状況も確かめずに怒鳴り込むわけにはいかないだろ」
「珍しく冷静ですね」
「珍しくは余計だ」
イリヤが端末を置いた。
「セリーナ本人が迷惑していると言っている。そこを曖昧にするな。俺が釘を刺した後も続くなら、本人の記録をそろえて正式に問題にしよう」
「そうだな」
「それで、グレイヴスが反論してくるようなら?」
マレクが尋ねた。
俺は食堂の向こうを見た。セリーナは仲間たちと食事をしていた。いつものように笑ってはいたが、時折、入口の方へ目を向けている。
「俺の仲間に手を出させない」
イリヤは短く頷いた。
「なら、まずは目を離さないことだ」
「ああ」
俺は答え、セリーナたちのいるテーブルへ歩き出した。




