閑話 VIPな贈り物
これは記者会見を終えた後かつ訓練施設へ向かう前の期間の話である。
クロイツから呼び出しが入った。
レンナと二人でエース専用ラウンジへ向かう。興行企画部長からの直接の呼び出しだ。嫌な予感しかしない。俺たちの足取りは、そろって重かった。
ラウンジに着くと、店員のアンドロイドに運営エリアへ案内された。そこで人間のスタッフに引き継がれ、いくつもの認証扉を通る。IDを読み取らせ、手のひらをかざし、顔を確認される。通るたびに扉が閉まり、次の扉が開いた。
「どこまで行くんだ?」
俺が尋ねても、スタッフは「もう少しです」と答えるだけだった。
やがて、着替えと準備が必要だと言われ、俺とレンナは別々の部屋へ通された。
「レン、何なのかしら」
「俺にも分からない。」
「されるがままにするしかないわね」
それだけ言葉を交わし、レンナはスタッフに連れられていった。
俺はそのまま別の部屋へ案内された。事情を聞いても答えは返ってこない。なされるがままシャワーを浴び、髪を整えられる。鏡の前に座らされ、身だしなみまで直された。
一通りの準備が終わると、着替えの置かれた部屋へ通された。
そこには、会見の時に着ていたスーツが衣装用のキャスターに掛けられていた。胸元に、折りたたまれた紙が差し込まれている。
広げると、クロイツの直筆だった。
『君は粋な贈り物をするじゃないか。だが、本当の贈り物とは環境も整えるものだよ。感謝したまえ。
クロイツ』
俺は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思う。
あの人は何を企んでいるのか。疑いは消えなかった。それでも、せっかく用意されたものを台無しにするのも違う気がした。スタッフに促され、スーツに着替える。
そのまま、さらに奥のレストランへ案内された。
高級感のある内装に、磨かれた食器。そこには、普段俺たちが出入りする施設ではまず見かけない人間の店員がいた。客も皆、ドレスコードに合わせてきちんとした格好をしている。
自分の場違いさが、嫌でも分かった。
だが、レンナを置いて帰るわけにもいかない。俺はスタッフに案内されるまま、個室へ通された。
部屋の中には、テーブルと椅子が整えられていた。俺は一人で椅子に腰掛け、何をどうすればいいのか分からないまま待つ。
「まもなく、レンナ様がいらっしゃいます」
スタッフがそう告げ、一本の赤いバラを差し出した。
「これを、レンナ様へ」
俺は花を受け取った。
生花を見るのは初めてだった。花弁の色も、茎の手触りも、画面越しに見るものとは違う。手の中にあるのに、作り物のような気がした。
スタッフに促され、俺は扉の前に立つ。
やがて、向こう側で扉が開いた。
レンナが立っていた。
俺が以前、彼女に選んだドレスだった。少し恥ずかしそうに頬を染め、どう振る舞えばいいのか迷うように立っている。
俺は言葉を失い、しばらく彼女を見つめていた。
昔、絵本で見たお姫様や女神は、こんなふうに見えるのだろうか。
レンナが小さく身じろぎしたのを見て、俺はようやく我に返った。手にしていたバラを差し出す。
「美しいな」
レンナは花を受け取り、はにかむように笑った。
「ありがとう」
それだけ言って、彼女は俺の腕に手を添えた。俺はぎこちない所作で、彼女をテーブルまでエスコートする。
*
運ばれてくる料理は、どれも見慣れないものだった。
美味いのかどうかも、すぐには判断できない。俺にはテーブルマナーも分からない。個室に案内されたのは、作法を知らない俺がほかの客の迷惑にならないようにするためかもしれない。
それでも、レンナが向かいに座っている。それだけで、少しずつ肩の力が抜けていった。
「こんな場所に来るとは思わなかったわ」
「俺もだ。クロイツは、何を考えてるんだろうな」
「手紙には、贈り物だって書いてあったんでしょう?」
「ああ。だから余計に怪しい」
レンナは小さく笑った。
料理が運ばれ、グラスに酒が注がれる。酒は驚くほど美味かった。普段の配給酒とは比べるまでもない。
「これは美味いな」
「ええ。お酒の味は、私にも分かるわ」
俺たちは、料理の正しい食べ方を探りながら、ゆっくり食事を続けた。仲間達のこと、子供の頃に過ごした日々、いつも喋らない様な話題がスラスラと口から出てきた。
気づけば、俺はこの時間を楽しんでいた。
食事が終わる頃、スタッフが個室に入ってきた。後からカメラマンも続く。
「お二人のお写真を撮らせていただきます」
レンナは椅子に座り、俺はその横に立つ。カメラマンは角度を変えながら、何枚か撮影した。
「こちらを見てください。はい、そのままで」
フラッシュが光る。
撮影が終わると、俺たちは別々の部屋で私服に着替え、運営スタッフに居住区まで送り届けられた。
普段とは違うメイクをしたレンナは、私服に戻ってもいつもより華やかに見えた。可愛らしい、という言葉だけでは足りない。俺は何度も彼女を見てしまい、そのたびに胸が落ち着かなくなった。
部屋に戻った後、俺たちは互いを求め合った。
その夜、俺はレンナを腕の中に抱いて眠った。
*
翌朝、目を覚ますと端末にメッセージが届いていた。
差出人はクロイツ。
『昨夜は楽しんでもらえたようで何よりだ』
続いて、請求書が添付されていた。
俺は金額を見て、しばらく画面を凝視した。
「……とんでもない額だな」
慌てて残高を確認する。請求額は、すでに差し引かれていた。
「レン、どうしたの?」
レンナが寝台から尋ねる。
「クロイツにやられた」
「何を?」
「昨日の食事代だ。あと、いろいろ込みらしい」
レンナは俺の手元を覗き込む。金額を見て、眉を上げた。
「本当に払ったの?」
「勝手に引かれてる」
追伸には、もう一通メッセージがあった。
『ペンダントはおまけだ。喜びたまえ』
俺は部屋を見回した。そういえば、宅配ボックスをまだ確認していない。
レンナと一緒に部屋を出て、ボックスを開ける。中には、小さな箱が一つ入っていた。
蓋を開くと、セットのロケットペンダントが収まっていた。二人で並んだ写真と、俺たちそれぞれの胸から上を切り取った写真が、内側に納められる作りになっている。
俺は、写真をしばらく見つめた。
「これも、クロイツの手配か」
「そうみたいね」
「高い食事代に付いてきたおまけとしては、ずいぶん小さいな」
「私は好きよ」
レンナが微笑む。
俺は、残高が減った痛みを胸の奥へ押し込んだ。ペンダントを彼女の首にかけ、後ろで留め具を留める。
彼女は胸元のロケットに触れ、満足そうに笑った。
俺はその笑顔を見て、頬に口づけた。
請求額への恨みより、レンナが喜んでくれたことの方が大きかった。
まあ、良しとしよう。




