膿を抉る 結
フリードリヒたち、財閥軍の動きは迅速で、無駄がなかった。
容疑者の居場所と行動を分単位で把握していた。誰がどこにいるのか、何人で向かうべきか。情報が更新されるたび、指示が端末に流れてくる。
俺の飛行隊は、ドネルの確保に同行することになった。
ドネルがいたのは、娯楽エリアの花街にある行きつけの店だった。財閥軍の調査で、その店は違法組織の運営下にあることが分かっていた。さらに、ドネルの部屋から見つかった移送記録や送金記録を照合すれば、人身売買にもつながる可能性がある。
「店の中にいる者は、容疑者と被害者を区別できていない。まず人命を確保する。ドネルを見つけても、独断で撃つな」
フリードリヒが作戦前に念を押した。
「こちらが先に入るのか?」
俺が尋ねると、彼は頷いた。
「レンの部隊が一階を制圧する。その後、捜査部隊が続いて各階を押さえる。店内の構造は事前に確認してある。階段と奥の通路を確保したら、後続へ連絡してくれ」
一番危険な役割を俺たちに回すのか、と不服に思わなかったわけではない。
だが、ドネルを直接押さえる機会でもある。
「分かった。俺たちが先に入る」
フリードリヒは、俺たちに装備を渡した。防弾装備にヘルメット、短銃身のライフル。イリヤは全体通信と各班への連絡を担当し、俺は飛行隊の現場指揮を執る。
「隊長、装備確認しました」
マレクが告げる。エリサ、マーカス、ルイスも続いて確認を終えた。
ネッサとリンは、後続の捜査部隊と連携する位置につく。店内の状況が変われば、イリヤが全体へ伝える手はずだった。
「生きて戻るぞ」
俺は隊員たちを見た。
「了解」
*
店の正面に着いた時、看板の明かりはまだ派手に点いていた。音楽と人の話し声が扉の向こうから漏れている。
俺は合図を出した。
扉を開けた瞬間、店内の客が一斉にこちらを振り向く。俺たちは銃口を下げすぎず、相手を威圧しすぎない距離を保って踏み込んだ。
「財閥軍の捜査だ。全員、動くな。手を見えるところに出せ!」
奥の通路から銃声が返ってきた。
「応戦する。客を射線に入れるな!」
マーカスとエリサが左右へ展開し、俺は中央からカウンターの奥を確認する。敵の店員が二人、柱の陰から撃ってきた。マレクがカウンター脇に身を寄せ、相手の射線を切る。俺たちは相手を追い詰めながら、客と店員を遮蔽物の後ろへ退かせた。
「左奥、二人!」
ルイスの報告に、俺は短く頷いた。
一人が銃を捨て、両手を上げる。もう一人は逃げようとしたが、マーカスが通路を塞いだ。
「床に伏せろ。手を頭の後ろへ!」
相手は数秒ためらい、それから武器を手放した。
一階のフロアを押さえたところで、俺は後続へ連絡した。
「一階制圧。負傷者を確認中。階段と奥の通路を確保している」
イリヤが全体通信へ報告を流す。続いて、捜査部隊が店内へ入ってきた。俺たちは彼らと組み、階段から上の階へ進む。
各フロアには、商売をしていた女性たちと客がいた。銃撃戦に巻き込まれた者はいないか、負傷者はいないかを確認しながら、全員を保護区画へ移していく。武器を持っていた店員たちも、抵抗をやめた者は拘束され、捜査部隊へ引き渡された。
部屋の扉を一つずつ確かめ、隠れている者がいないか確認する。店員たちは口々に「何も知らない」「雇われていただけだ」と訴えたが、詳しい事情は後で捜査官が聞くことになった。
俺たちは最上階の事務所へ上がった。
ドネルの姿はない。
事務机の周辺には、帳簿や端末が残されていた。捜査官たちが記録を確認するため、現場を保全する。奥の部屋も捜索したが、そこにもドネルはいなかった。
「まだ奥がある」
イリヤが通信で伝えた。彼は別フロアの捜索状況を集約しながら、全体の連絡を続けていた。
俺たちは事務所の一番奥にある隠された扉へ向かった。
マレクが扉の脇につき、俺がノブに手をかける。中から物音はしない。
扉を開けた。
ドネルがいた。
衣服を身につけず、部屋の隅で震えている。傍らには、泣き腫らした顔で身体を震わせる十二歳ほどの少女がいた。
ドネルは俺たちを見るなり、両手を上げた。
「違う、俺はやってない! 騙されただけだ!」
少女は、俺たちの方を見ようとしなかった。
俺は少女に近づかず、捜査官へ目を向けた。
「少女を先に保護しろ。女性の担当者をつけて、医療班へ。ドネルは拘束する」
捜査官が少女のそばへ行き、声をかける。彼女は返事をせず、ただ小さく身を縮めた。
ドネルは言い訳を続けた。
「俺は何も知らなかった。店が勝手にやったんだ。あの子も、俺は――」
「詳しい話は後で聞く。黙れ」
俺はドネルの腕を背中へ回し、捜査官が手錠をかける。
ようやく、ここまで来た。
こいつを捜査の場へ引き出せる。これまで隠されてきたことを、本人の口から聞き出せる。
ドネルは、拘束されたまま喚き続けていた。
*
店の外へ出たのは、捜査部隊が各階の確認を終えた後だった。
保護された女性や客、拘束した店員たちは、別々の車両へ案内されていく。少女には医療班がついていた。ドネルは捜査官に両脇を押さえられ、護送車へ向かう。
その時だった。
乾いた破裂音が、店の外壁に跳ね返った。
ドネルの頭が弾けた。
身体から力が抜け、捜査官たちの腕の中で崩れ落ちる。周囲で悲鳴が上がった。俺たちは即座に遮蔽物へ身を寄せ、銃口を建物の上へ向ける。
「狙撃だ! 全員、遮蔽物へ!」
イリヤが全体通信で叫んだ。
「屋上と向かいの建物を確認しろ! 窓際に立つな!」
各班が周囲の建物を捜索した。だが、狙撃手の姿は見つからない。射撃地点を特定できる痕跡も、すぐには得られなかった。
ドネルの頭部を破壊した弾丸は、通常の狙撃銃で使うものより大きかった。これほどの威力を出せる弾薬とライフルは、かなりの遠距離からの狙撃だと考えられた。
最大の容疑者を、目の前で失った。
「ドネルを撃った狙撃手を捜せ。だが、現場にいる人間を放置するな。保護と搬送を優先しろ」
俺は自分の部隊へ指示を出した。
イリヤは、各班から届く状況をまとめる。
『別現場でも容疑者が撃たれた。死亡確認』
『警備部門の対象者、移送中に狙撃された。生命反応なし』
有力な容疑者が、次々に暗殺されていた。
*
作戦終了後、財閥軍は確保対象の数をまとめた。
容疑者五十九名、関係者百八名。そのうち、容疑者三十名が命を奪われた。残る二十九名は生きたまま拘束され、収監された。
「保護を名目に、残った容疑者と取引を進める」
フリードリヒは、記録を確認しながら言った。
「殺された者たちが隠していた情報が、残った者の口から出る可能性もある。証拠と照合しながら、組織全体を追う」
俺はそれ以上、尋ねなかった。
*
作戦を終えた俺は、その足で女子棟へ向かった。
男子棟と女子棟の区画は、いつもと変わらない静けさに包まれていた。訓練生たちは、まだ今回の騒動を知らない。廊下には、夕飯を終えた生徒たちの声が聞こえていた。
その様子を見て、ようやく胸の奥の力が抜けた。
エレーナは、女子棟の宿直室にいた。レオニードの小隊も交代で周囲を見ている。
「作戦は終わった。セリーナたちの件は何も知られていない」
俺が報告すると、エレーナは安堵したように頷いた。
「よかった。今夜はこのまま見ておくよ」
「私の小隊も交代で残ります」
レオニードが言った。彼はいつもの華やかな調子を抑え、廊下の奥へ目を向けている。
「生徒たちが安心して眠れるよう、今夜は私たちで見守りましょう。明日になっても、必要がない限り事情を知らせることはありません」
「頼む」
二人に任せ、俺はフリードリヒのところへ戻った。
そこで、店内の状況や狙撃が起きた時の配置、容疑者の移送手順を説明した。捜査官たちは現場ごとの記録を照合し、狙撃された対象者の共通点を探している。
ドネルだけが狙われたわけではない。
誰かが、証拠と関係者をまとめて消そうとしている。
*
翌日、事件は大きなニュースになった。
だが、報道の焦点は横領、人身売買、殺人、違法組織とのつながりに置かれていた。女子訓練生への加害疑惑は、ほとんど触れられておらず俺はひとまず胸を撫で下ろした。
セリーナや他の子供達が世間のおもちゃにならない事が何よりも大事であった。フリードリヒが止めてくれたのであろう。
暗殺された容疑者の映像も流れていた。顔にはモザイクがかけられていたが、護送中に銃撃を受け、倒れる瞬間は何度も繰り返し放送されていた。
生け捕りは失敗した。
「殺された容疑者は、全員同じ組織に繋がっているのか」
俺が尋ねると、イリヤは画面から目を離さずに答えた。
「まだ断定はできない。ただ、ドネル一人の問題ではない。黒幕がいると考える方が自然だ」
リンは唇を噛んでいた。
「目の前にいたのに、やられちゃった」
「お前のせいじゃない」
「分かってる。でも、悔しい」
俺も、ドネルを撃ったライフルの弾頭について考えていた。あの威力の弾薬を訓練施設で手に入れるのは難しい。財閥軍や運営の上層部に関わる何者かが、背後にいる可能性があった。
その日、施設へ戻ると、訓練生や事件と無関係の教員・職員たちが広間に集められていた。
フリードリヒが壇上に立っている。彼は、ドネルが大型犯罪組織の関係者だった可能性が高く、その組織によって殺害されたと説明した。報道で流れた内容と同じだった。
「訓練施設と訓練生に被害は確認されていない。授業と訓練は通常通り続ける。必要以上に動揺せず、各自の予定に戻ってくれ」
訓練生たちはざわつきながらも、教員の指示に従って広間を出ていく。
彼らは、セリーナたちがどんな危険にさらされていたのか知らない。
それでいい。少なくとも、今は。
*
その夜、セリーナから呼び出された。
人目のない場所で、彼女は俺の顔を見た。
「動いてくださったんですよね?」
「誰から聞いた」
「聞いていません。でも、分かります」
セリーナは一度視線を落とし、それから小さく息を吐いた。
「ありがとうございます。……でも、あんな大きな事件になるなんて思っていませんでした。怖いです」
「分かってる」
「私、またあの部屋に行かされると思っていました。何も言えないまま、ずっと続くんだって」
俺は、彼女の前にしゃがんで目線を合わせた。
「もう行かなくていい。ドネルは戻らない。お前を脅す奴がいたら、すぐエレーナかガレスに伝えろ。俺にもだ」
セリーナは小さく頷いた。
「私、第三要塞には配属されないかもしれません」
「まだ決まってないだろ」
「はい。でも、もし違う要塞になっても……いつか同じ場所で会えたら、私のことを覚えていてください」
「忘れるわけない」
セリーナは少しだけ笑った。彼女は俺の頬に軽く口づけ、それからすぐに離れた。
「ありがとうございます、レン教官」
そう言って、彼女は去っていった。
俺はその背中を見送った。
*
事件の後も、訓練は予定通り進んだ。
数日後、ガレスが教育責任者に就任した。教育副責任者には、フリードリヒが残ることになった。
「まだこの施設で調べることがある」
フリードリヒは、それだけ説明した。
ドネルがいた店にも人身売買の記録が残っていた。そこから移送された少女たちの手掛かりを追い、所在を探すことになった。
彼女たちも訓練生であり、運営の記録上は会社の所有物として扱われている。だが、そのために運営は大規模な捜索を行うつもりらしい。失った所有物を取り戻すためなのか、事件が表に出るのを防ぐためなのか。どちらにしても、捜索は始まった。
一か月後。
俺たちが訓練施設を離れる日が来た。
訓練生たちの配属先は、基本的に出身要塞になる。セリーナは、残念ながら第三要塞とは別の場所への配属が決まったらしい。
彼女には両親がいなかった。配属先が知らされた後、彼女はガレスに異動願いを出したという。願いが通るかどうかは、まだ分からない。
俺の教室にいた訓練生たちも、それぞれの行き先が決まっていた。第三要塞へ来る者もいれば、別の要塞へ向かう者もいる。赤い記章をつけていた生徒たちも、一般訓練生たちも、ここで過ごした一か月を胸に、それぞれの配属先へ進んでいく。
俺たちの出発前、送別会が開かれた。
食堂には教員や訓練生たちが集まり、簡素な料理が並んでいた。マレクやエリサ、マーカス、ルイスは生徒たちに囲まれている。ネッサは一人ひとりに声をかけ、リンは別れを惜しむ訓練生たちの話を聞いていた。イリヤはガレスと次の訓練方針について話し、レンナは整備士科の生徒たちから質問を受けていた。
やがて、出発の時刻が近づいた。
セリーナが人の輪を抜けて、俺の方へ走ってくる。
「レン教官!」
彼女は俺の前で立ち止まり、別れの挨拶をしようとした。けれど、言葉が出てこなかったのか、俺の顔を見つめている。
「また会おう」
俺が言うと、彼女は頷き、俺の頬にもう一度だけ口づけた。
それからレンナの方を向く。
「レンナさん。私、いつかレン教官と同じ要塞に行きます」
レンナは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「その時は、まず仲間として再会できるといいわね」
セリーナは頬を赤くし、泣きそうな表情を堪えながら頷いた。
「はい。さようなら」
彼女は踵を返し、仲間たちのもとへ戻っていった。
レンナは何も言わず、俺の腹をつねった。
「痛い」
「何も言ってないわ」
「顔で言ってる」
「それはあなたの受け取り方でしょ」
俺たちは、最後にガレスやエレーナ、教員たちへ挨拶をした。第三要塞へ配属される者たちとは再会を約束し、別の要塞へ向かう者たちには、それぞれの場所で生き延びろと伝える。
俺たちは訓練施設を後にした。
背後には、別々の要塞へ向かう訓練生たちが残っている。
彼らがどんな場所で、誰と飛ぶことになるのかは分からない。
それでも、俺が教えたことのいくつかが、どこかで彼らを生かす役に立てばいいと思った。




