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画面の中の戦争の日常  作者: ぐりこ


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30/54

膿を抉る 破

翌日は、いつも通りに一日が始まった。


朝の授業前、廊下でドネルとすれ違った。彼は俺を見るなり舌打ちをし、面目を潰されたとでも言いたげに、すぐ踵を返して別の通路へ進んでいった。


俺も、何事もなかったように教室へ向かった。


作戦開始まで、あと三時間半。


*


イリヤたちは、ガレス派閥の三人と居住区画の空き部屋で合流した。端末の人間とは違うドネル派閥の協力者と名乗る人間も同席していた。


机に施設の見取り図と警備記録を広げ、侵入時刻、室内を捜索できる時間、電子データの複製と削除データの復元に必要な時間を確認する。わずかな遅れが、ドネルに気づかれる危険につながる。


整備担当のローマン・ヴェイルは五十二歳。複製用の機器を取り出し、マレクに扱い方を説明した。


「接続先は事前に指定する。識別番号を照合してから挿せ。完了表示が出るまで抜くな」


「はい。接続先と完了表示を確認します」


「書類や記録媒体は、動かす前に撮影する。元の位置も記録しておいて」


生活指導担当のヘレン・マッケイが念を押す。警備担当のディエゴ・サルガドは見取り図の一角を指した。


「部屋にある警備ロボットは民間警備会社の製品だ。こちらから停止はできない」


「武装は?」


イリヤが尋ねる。


「銃と高圧電気ショック装置。どちらも致命傷になる可能性がある。撃たせるわけにはいかない。見つからないよう近づき、作動する前に静かに破壊する」


「警備ロボの異常通知機能は、我々側が止める」


協力者が言った。


「侵入班が入った後、少し遅れて清掃業者を装った工作班も玄関から入る。侵入班が証拠を探している間に、工作班は警備ロボットの交換と室内の復元を進める。役割を分けて動け。死傷者が出た場合も工作班が回収する。ドネルが戻る前に作業を終え、清掃業者として退室し


「もし工作班に死傷者が出たら?」


マレクが尋ねる。


ローマンは一瞬、言葉を切った。


「工作班の残った者が回収する。復元作業も続ける。壊れたロボットと荒れた部屋を残せば、ドネルに侵入が知られる」


イリヤが全員を見渡した。


「侵入班は証拠を持ち帰る。工作班は復元まで終える。侵入班は現場で無理な救助はするな。撤退の判断は俺が出す」


レオニードは施設内の会議室でドネルを引き留め、席を立った時点で侵入班へ連絡する役目を担う。他のエースたちも、必要に応じてドネルの移動情報を確認する。


「所用時間を守る。証拠を取る。全員で戻る」


イリヤが告げた。


*


訓練はいつも通り続いていた。俺は授業を見て回り、訓練生たちの質問に答える。イリヤたちがどこにいるかは、知らないふりをした。


レオニードは会議室で、ドネルと模擬戦や特練生の編成について話していた。


「模擬戦の結果は出た。これ以上話すことはない」


ドネルが言う。


「ええ、実に敵ながら鮮やかな結果でした。だからこそ、次の選抜を考える価値があります。編成を整えれば、彼らはさらに大きな力を発揮するでしょう」


「今日は予定がある」


「承知しております。ほんの数分だけ、次の訓練方針をお聞きください。私の教え子たちには、まだ見せていない動きがあります」


レオニードは模擬戦の映像を示し、次の編成案を説明した。ドネルは何度も時計を見たが、しばらくは席を立たなかった。


作戦開始時刻が過ぎた。


*


イリヤ、マレク、ローマン、ヘレン、ディエゴの五人は居住区画の共用廊下で合流した。教員用の資料ケースを持ち、ドネルの居室へ向かう。


居室前で、侵入班の一人がインターホンへ告げた。


『施設の記録確認です。確認したい項目があります』


協力者が回線に割り込み、ドネルの声に変換して応答する。


『分かった。入れ』


合成音声と同時に電子錠が解除された。ディエゴが扉の隙間から室内を確かめ、五人は静かに入った。


「作戦所要時間は三十分。ローマンとマレクは電子記録。ヘレンは書類。ディエゴは警備ロボ。俺は室内を確認する」


部屋の隅には警備ロボットが待機していた。銃と高圧電極を備え、民間警備会社の印がある。


ディエゴが死角から様子を確かめる。


「稼働中だ。視線が向く前に動け」


マレクは接続先を照合し、端子を撮影してから複製機器をつないだ。


「複製を始めました。完了まで七分ほどです」


その間にヘレンは机の引き出しを調べる。特練生の名前と呼び出し日を記した手帳が見つかった。書類を動かす前に撮影し、元の位置へ戻す。


別の棚からは、訓練を終えた生徒の名前、移送先、仲介者らしい番号の記された封筒が出てきた。


「これは通常の配属記録じゃない」


ヘレンは撮影を済ませ、封筒を戻す。


警備ロボのレンズが動いた。ディエゴが手を上げ、全員を止める。ロボットの銃口が室内を掃き、高圧電極が青く火花を散らす。走査光がマレクの靴先で止まった。


誰も動けない。


数秒後、赤い光が消え、ロボットは元の向きへ戻った。


複製が終わり、マレクは完了表示を確認して機器を外す。協力者から、削除データの復元を始めたとの連絡が入った。


復元データには動画ファイルも含まれていた。


「映像データがあります」


「ファイル名と日付、保存先を記録して複製しろ」


ヘレンが言った。


マレクは一覧とメタデータを保存した。


*


会議室では、ドネルの端末に警備ロボットの異常通知が一通届いた。


ドネルは画面を確認し、すぐ警備会社へ連絡した。レオニードは話を止め、通話が終わるのを待つ。


「何かございましたか?」


「居室の警備ロボットから通知があった。警備会社に確認している」


協力者は警備会社の回線へ割り込み、システムエラーで現場に異常はないと回答した。


「警備会社は異常なしと言っている」


ドネルは端末を伏せたが、表情の硬さは消えていない。


「何事もなかったようで何よりです。では、次の編成案について、もう少しご説明しても?」


「それでも自分の部屋は確認する」


「ご判断は尊重いたします。ですが、特練生たちの編成を見直せば、次はさらに大きな成果をお見せできます。私の案を聞いてからでも遅くはないでしょう」


レオニードは模擬戦の映像を示し、ドネルを引き留めようと話を続けた。ドネルはしばらく耳を傾けていたが、やがて立ち上がる。


「戻る。続きは明日だ」


ドネルは会議室を出ていった。


レオニードはすぐに端末を開き、侵入班へ連絡した。


『警備会社から通知がドネルに送られてしまった。トラブル発生ドネルが会議室を出た。居室へ向かっている』


*


イリヤたちは証拠の回収を終え、居室内で工作班の作業と並行しながら退路へ移った。清掃業者に扮した工作班は、玄関から機材カートを押して入室していた。破壊した警備ロボの交換と室内の復元を進めている。


「撤収する。ディエゴ、予定経路を確認しろ」


工作班は壊れた警備ロボを機材カートへ載せ、代替機を設置する。室内の家具や書類も、記録写真に合わせて戻していく。清掃用具を使い、床や作業場所に残った跡を拭き取った。


廊下の先で別の警備ロボットが作動した。工作班の隊員が一人、銃撃を受ける。叫び声の後、生命反応が途絶えた。


『工作班一名、被弾。生命反応なし。工作班は作業を継続。侵入班は直ちに離脱しろ』


ヘレンが一瞬目を閉じた。ローマンは唇を結び、ケースを握り直す。


通信の向こうで、工作班の指示が飛んだ。


『遺体をカートへ。予備機を入れろ。復元を続ける』


工作班員たちは死亡した仲間をカートへ移し、清掃用の覆いをかける。残った隊員が警備ロボの交換と室内の復元を続けた。


『トラブルだ、ドネルが移動を開始した。居室まで、早ければ十二分』


協力者からの通知を受け、イリヤは時計を確認した。


「退路を変える。ディエゴ、別の通路を案内しろ」


「こちらだ。走るな。最後まで静かに動け」


イリヤたちは玄関から居室を出て、別の共用廊下を使って離脱した。工作班は室内の復元を終えた後、清掃業者として玄関からカートを押して退室する。居住区画の職員とすれ違っても、清掃作業を終えた業者にしか見えなかった。


*


『ドネル、居室まで三分』


協力者からの通知を受け、イリヤは進むよう手で合図した。侵入班は居住区画の共用廊下を進んでいた。ディエゴが次の角を指す。


「次を左。そこから教職員区画へ出る」


『ドネル、居室前に到着。解錠中』


電子錠が解除される音がした。その間に侵入班は角を曲がり、職員の資料運搬に紛れて廊下を抜けた。マレクはケースを抱え、顔を上げずに歩く。ヘレンとローマンが続き、イリヤが最後に曲がる。


工作班も、死亡した隊員の遺体を載せたカートを押して、すでに清掃業者として居住区画を離れていた。


『ドネル、入室』


ドネルが部屋へ入った。警備ロボットは交換され、机や棚も元の位置に戻っている。室内に残ったのは、清掃を終えた部屋の静けさだけだった。


侵入班は指定された合流地点へ向かった。


*


その日の夕方、俺たちは空き教室に集まった。


俺の飛行隊からイリヤ、ネッサ、リン、マレク、エリサ、マーカス、ルイスが出席し、レンナも加わっていた。ガレスとエレーナ、ローマン、ヘレン、ディエゴも揃っている。レオニードのほか、バスティアン、サミラ、リュドミラ、テオたち、作戦や訓練に関わったエースも集まった。ドネル派閥の協力者は、正体を伏せたまま端末越しに参加している。


机には複製した電子記録と撮影した物証が並んでいた。


イリヤは、記録で確認できた事実と、捜査で確定させる内容を分けて説明した。


「ドネルの部屋から、女子訓練生の名前と呼び出し日を記した手帳が見つかった。履修済みの生徒を通常配属に出さず、仲介業者を通じて別施設へ移した記録もある」


「人身売買か」


ガレスが尋ねる。


「送金記録と移送日が一致している。可能性は高い。仲介先と移送先を押さえ、捜査で確定させる」


ローマンが物資記録を示した。


「整備部品や消耗品は、別部署へ送ったように帳簿が偽装されている。訓練予算と整備予算の一部も複数の口座へ流れている。横領の記録もある」


復元された削除データには、過去に被害を受けた女子訓練生との行為を記録した動画もあった。ファイル名、日付、保存場所は確認できたが、映像そのものは再生しなかった。


さらに、整備部門の作業記録から、ドネルの要求を拒んだであろう女子訓練生の機体に細工が施された記録が見つかった。事故として処理され、少女は死亡している。


「部品番号と整備履歴は照合できる。事故当時の機体が残っているかは分からないが、この作業記録だけでも不自然な点がある」


ローマンが言った。


レンナは記録を受け取った。


「こんな故障は自然には起こらない。私なら、どの部品にどう手を加えれば、あの故障が起きるのか説明できる。整備記録と事故報告を照合して、細工の内容を絞り込めるはず」


「確認しよう。技術的な説明を頼む」


ガレスが答えた。


リンは拳を握った。


「拒んだだけで殺したのか」


エレーナも顔を強張らせる。


「訓練生を守る立場の人間が……」


ヘレンは名簿を確認した。


「まず在籍中の生徒の所在を確かめましょう。ドネルや関係職員から離し、安全を確保する必要があります」


「セリーナのことは公にしたくない」


俺が言った。


「他の生徒にも知られないようにすると、セリーナと約束した。保護と確保が終わっても、噂を広げない」


エレーナが頷く。


「私も約束したよ。私とレンで生徒たちの様子を見る。女子棟への移動も、生活指導の変更として進める。対象者の名前を人前で呼ばない」


「事情を知る者は必要最小限にする」


ガレスが言った。


「本人たちの安全を確保した後、捜査担当者とエレーナが個別に話を聞く。無理に証言を求めることはしない」


イリヤが配置図を広げた。


「ドネルだけを押さえても、関係者が記録を消す。教育、整備、警備の各部門を同時に確保する。訓練生の保護も並行して行う」


エースたちは担当区画を確認した。俺の飛行隊では、俺が隊を指揮し、イリヤが全体への連絡と各班の状況集約を担う。ネッサは部隊間の情報伝達を補助し、リンは居住区画の安全確保に加わる。マレク、エリサ、マーカス、ルイスも捜査官と組み、出入口や通路を押さえる。レオニード、バスティアン、サミラ、リュドミラ、テオたちも、それぞれ小隊の担当を確認していった。


レオニードは机に並ぶ訓練生たちの名前を見つめていた。いつもの自信に満ちた笑みはない。


「監督する立場にありながら、彼女たちの異変に気づけなかった。……二度と、若い花を踏みにじらせはしません」


誰も彼を遮らなかった。


*


ガレスは運営上層部と財閥軍の監察部門へ連絡した。関係者の一斉確保に向けて各班の配置を詰めていたところへ、武装部隊を率いたフリードリヒが空き教室に入ってきた。


飛行技術責任者の制服ではなく、財閥軍の軍服を着ている。俺たちは反射的に武器を構えた。相手側も銃口を上げる。


「止まれ!」


イリヤが叫んだ。


「フリードリヒ、何のつもりだ」


俺が問うと、彼は足を止めた。


「財閥軍の捜査部隊だ。身分証を確認してくれ」


フリードリヒは身分証を床に置き、こちらへ滑らせた。イリヤが拾い、ガレスへ渡す。認証情報を確かめたガレスが頷く。


「味方だ。彼はドネルを調べるよう命じられた捜査官だったんだ」


俺たちは銃口を少し下げたが、武器は手放さなかった。


「どうして今まで黙っていた」


イリヤが聞く。


「内偵捜査だった。正体を知られれば記録を消される。飛行技術責任者として施設に入り、内部の記録と人員の動きを調べていた」


「端末越しの協力者は、あなたか」


「そうだ。警備システムの情報を渡し、インターホンと電子錠の処理にも協力した。警備ロボの異常通知は止めていたはずが、一通だけドネルに届いてしまった。警備会社にはシステムエラーと回答させたが、ドネルは居室へ戻った。申し訳ない。」


イリヤは、侵入班と工作班の状況を説明した。


「侵入班は証拠を確保して離脱した。工作班は清掃業者に偽装して復元作業を行い、隊員一名が死亡した。残った隊員が遺体を回収して作業を続け、ドネルが戻る前に全員撤収した」


「死亡した隊員の身元と搬送先は確認済だ。遺族への連絡は捜査部隊が引き継ぐ」


彼は部下に指示を出し、記録を取らせた。


「押収した証拠を見せてくれ。どこまで確認できている?」


イリヤは手帳、移送記録、物資の帳簿、資金記録、整備作業指示を順に示した。フリードリヒは一つずつ確認し、部下に資料番号を割り振らせる。


「手帳の記載だけでは、呼び出しの目的までは確定できない。だが、削除データの日付と一致している。移送記録は送金履歴とつながる。整備作業指示と事故報告にも不自然な点がある。彼を追い詰める根拠は揃っている」


レンナが整備記録を示した。


「事故当時の機体が残っていなくても、記録と故障の内容から細工の方法を説明できます。捜査班と一緒に照合させてください」


「頼む。担当捜査官をつける」


フリードリヒは配置図を表示した。


「まず訓練生の居住区画を保護する。エレーナは生徒たちへの対応を頼む。セリーナを含め、生徒に捜査の情報が漏れないようにしてくれ。必要な移動は、通常の生活指導や予定変更として行う」


「分かった。騒ぎにしない」


エレーナが頷く。


「生徒たちの前で関係者の名前を出さない。誰が被害に遭ったかも、本人の了承なく広めない」


「その方針で進める」


フリードリヒは、各部隊の担当区画を示した。俺の飛行隊は俺が指揮し、イリヤは全体への連絡と各班の状況集約を担う。ネッサは部隊間の連絡を補助し、リンは居住区画の安全確保に加わる。マレク、エリサ、マーカス、ルイスは捜査官と組み、出入口と通路を押さえる。


レオニードは小隊を率いて女子棟の保護班に加わる。バスティアンは居住区画の出入口、サミラは警備記録室、リュドミラとテオは関係職員の執務区画を担当する。他のエースたちも各小隊と捜査官の組み合わせを確認した。


イリヤが全員を見渡した。


「俺は全体の連絡を受け持つ。各班は状況が変わったらすぐ報告しろ。レン、現場は任せた」


「分かった」


俺はマレク、エリサ、マーカス、ルイスを見た。


「俺たちは捜査官と組んで、ドネル達の確保に当たる。状況が変わったらイリヤに報告し、俺の指示を待て」


「了解しました、隊長」


マレクたちが答えた。


「全班、武器を携行しろ。ドネルたちが武装して抵抗した場合は応戦する。ただし、任務は確保だ。命を奪うな。あいつらの背後まで根こそぎ炙り出さねばならい、合図に合わせて動け」


イリヤの指示に、各班が応じた。


フリードリヒは押収物の保全担当、確保対象、捜査部隊の配置を最終確認した。レンナとローマンは整備記録の照合を担当する。ヘレンとエレーナは、生徒への対応と安全確認を担う。


レオニードは訓練生の名簿を見つめていた。いつもの華やかな笑みはない。


「監督する立場にありながら、彼女たちの異変に気づけなかった。……二度と、若い花を踏みにじらせはしません」


ガレスが配置表を閉じた。


「訓練生を守る。関係者を逃がさない。動くぞ」


俺は自分の飛行隊へ目を向けた。


「装備を確認しろ。合流したら、俺の指示で動く」


隊員たちが応じる。イリヤは全体通信を確かめ、各班から届く準備完了の報告をまとめた。


俺たちは部隊とともに、空き教室を出た。

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