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画面の中の戦争の日常  作者: ぐりこ


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29/54

膿を抉る 序

セリーナから相談を受けたその日のうちに、俺はガレスへ連絡した。


向かったのは、ガレスとエレーナが暮らす居住区のフロアだった。


二人の部屋は、予想外なほどアットホームな雰囲気だった。玄関には小さな人形が飾られ、リビングの棚には写真が並んでいる。若い夫婦と二人の子供が写ったもの、子供だけの写真、ガレスとエレーナが孫らしい子供たちと一緒に写ったもの。部屋の隅には、子供用のおもちゃが山のように入った箱まであった。


ガレスたちは、こんな時間に俺が訪ねてきたことを不思議に思ったようだった。しかし、俺の顔を見るとすぐに表情が変わった。


「何かあったな」


ガレスはそう言って、テーブルへ俺を案内した。


エレーナがお茶を淹れようと立ち上がる。


「先に話をさせてください。もしかしたら、今この時間にも被害に遭っている子がいるかもしれない」


エレーナは足を止め、ガレスと顔を見合わせた。二人は真剣な顔で席に戻る。


「何があった?」


俺は、セリーナの名前を出す前に、話の内容を子供たちには絶対に漏らさないでほしいと念を押した。それから、彼女から聞いたことをそのまま伝えた。


特練生だった女子の一部は、決められた日にドネルの部屋へ行くよう言われていたこと。断れる雰囲気ではなかったこと。セリーナ自身にも五日後の順番が回ってきていて、もう行きたくないと相談されたこと。


エレーナの表情が険しくなる。


「そんな噂は聞いていた。でも、まさか本当に……」


ガレスも黙り込んだ。


二人は以前から噂を耳にしていたらしい。それでも、教員が訓練生にそんなことをするとは信じたくなかった。表立った申告がなかったこともあり、過去に調査した際も確かな証拠が見つからなかったため、根拠のない噂だと判断していたという。


俺は、二人らしくない判断の甘さに腹が立った。


「被害に遭った子が、自分から申告できると思いますか」


二人は答えなかった。


「ドネルは権力を使って、証拠を隠していたのかもしれない。女子生徒だって、簡単に声を上げられるわけがない。セリーナみたいに、外へ話せない子を選んでいたんでしょう」


口にしているうちに、怒りが抑えきれなくなっていく。


「卑劣な野郎だ」


俺は吐き捨てた。


「最低でも五日以内に、何とかしなければいけない。今夜も女子訓練生がドネルの部屋へ向かった可能性があります」


「まず、今夜の状況を確認しよう」


ガレスは立ち上がった。


「運営の警備部へ行く。権限を使って、ドネルの居住区画と周辺の監視記録を確認する」


エレーナも席を立つ。


「私は女子棟へ行く。まず、生徒たちが無事か確認する。問い詰めたりはしない。何かあった時に相談できる場所があると伝えるだけにするよ」


「頼みます」


「あなたはここで待っていて。確認が取れたら連絡する」


俺は、そのままガレスとエレーナの部屋で二人の帰りを待つことになった。


待っている間に、レンナからメッセージが届いた。


『帰ってこないの?』


俺は少し考えてから返信する。


『帰らない。理由は必ず話す』


すぐに返事が来た。


『分かった。必ず教えて』


それだけだった。


*


一時間半ほどして、ガレスが戻ってきた。


「ドネルは花街に行っている。少なくとも今夜、女子生徒を部屋へ呼んでいる様子は確認できなかった」


胸の奥で固まっていたものが、少しだけ緩む。


「今夜は無事、ということですね」


「ああ。ただ、これで安心はできない」


俺も同じことを考えていた。エレーナは女子棟に残り、生徒たちの様子を確認することにしたらしい。ガレスの端末に、彼女からの連絡が届いていた。


『心配だから、今夜は女子棟の宿直室にいる。こちらは今のところ問題ないよ』


俺とガレスは、夜遅くまで話し合った。


セリーナの安全をどう確保するか。被害に遭った生徒がほかにもいるなら、どうやって話を聞くか。ドネルに気づかれずに証拠を押さえるには、誰の協力が必要か。


話がまとまった頃、俺はガレスの部屋を出た。


*


自分のフロアへ戻ると、レンナがずっと待っていた。


「遅かったね」


「悪い」


「話してくれる約束だったでしょ」


「ああ。まず、少し待ってくれ」


俺はレンナを待たせたまま、ほかの小隊長たちの部屋を順にノックした。眠そうな顔で出てきたイリヤ、ネッサ、リンを、フロアの共有スペースに集める。レンナも一緒に席についた。


「何があった?」


イリヤが尋ねる。


俺は、セリーナから相談を受けたこと、ドネルの部屋へ女子訓練生が定期的に呼ばれているらしいことを説明した。五日後にセリーナ自身の順番が来ると聞き、ガレスたちと対応を相談したことも話す。


話が終わると、部屋の空気が張り詰めた。


「噂は本当だったのね」


レンナが低い声で言った。


「ああ」


「何か証拠はあるの?」


「今のところは、セリーナの証言だけだ。だから、ドネルを失脚させて逮捕に持ち込むには証拠が必要になる」


俺は全員を見回した。


「五日以内にドネルを失脚させられなければ、暗殺する」


一瞬、誰も言葉を返さなかった。


ネッサは顔を強張らせ、イリヤは目を細めた。リンだけは怒りを隠そうともせず、立ち上がる。


「そんなの、今すぐ殺しに行けばいいじゃない」


「まず失脚と逮捕を優先する。被害者がほかにもいるなら、証言と証拠を残す。ドネルだけを消して終わらせるわけにはいかない」


「でも、五日以内に間に合わなかったら?」


「その時は、俺が決める」


リンはまだ納得していない顔だったが、ゆっくり椅子へ座り直した。


「明日、飛行隊のメンバーにも共有する。ただし、全員には動いてもらわない。必要なメンバーを選んで、二日後の昼間にドネルの部屋へ入り、物的証拠を探す」


「そんな人目がある時に侵入するのか」


イリヤが確認する。


「ああ。ガレスの派閥からも人が参加する。明日の訓練時間に、対象者だけで打ち合わせをする。イリヤ、潜入の指揮を頼めないか」


イリヤはすぐには答えなかった。腕を組み、少し考える。


「引き受ける。ただ、ドネルには家族はいないのか? それと、居住区画で部屋に入るのは、他の人間に見られる危険がある」


「家族はいる。ただ、この施設にはいないそうだ。別のコロニーに住んでいて、ドネルは一人で暮らしている。ガレスから聞いた情報では、定期的に家族のところへ帰っているらしい」


「警備は?」


「部屋に警備ロボットがいる可能性が高い。だから、武装は必ず持っていく」


「分かった。明日の打ち合わせで、侵入経路と退路を確認する」


レンナは、俺の手元を見た。


「あなたは、明日から何事もなかったように授業をするつもり?」


「ああ。ドネルにも、ほかの教員にも悟られたくない」


「私、ドネルの顔を見たらぶん殴っちゃうかもしれない....」


レンナは小さく息を吐いた。


*


翌日、表面上はいつもと変わらない一日が始まった。


本日から、教室ごとの枠にこだわらない模擬戦が始まる。ここから一か月は、要塞への配属に向けた調整期間だ。即戦力として送り出せるよう、俺たちは自分の教室だけでなく、質問に来た訓練生や、訓練中に気になった訓練生にも指導をした。


先日の模擬戦を見た訓練生たちは、俺たちの話を素直に聞き入れていた。


訓練の合間、ヤコブが別のクラスの生徒に囲まれているのを見かけた。赤い記章をつけた彼に、飛行中に目標を見失わない方法を尋ねているらしい。


「目標だけを見ていると、味方の位置が分からなくなります。俺は、見つけた目標をまず味方へ伝えるようにしています」


ヤコブは以前よりはっきりした声で答えていた。


近くでは、ソフィアが通信の報告方法を教えている。デニスは別の訓練生から射撃のタイミングについて相談を受けていた。重練隊の生徒たちが、今度は教わる側ではなく、誰かに尋ねられる側になっている。


その光景を見て、俺は誇らしい気持ちになった。


その日の訓練時間、俺たちは空き教室に集まった。


飛行隊のメンバーに加えて、ガレスの派閥から三人が来ていた。


整備担当のローマン・ヴェイル。五十二歳。元戦闘艦の機関整備士で、背が高く、日に焼けた顔をしている。口数は少ないが、機械の扱いには細心の注意を払う。


生活指導担当のヘレン・マッケイ。四十七歳。小柄で白髪交じりの髪を短く切り、普段は温厚だが、生徒を傷つける相手には一歩も引かない。


警備担当のディエゴ・サルガド。五十歳。引退した元戦闘員で、左脚に古い負傷がある。歩き方には少し癖があるが、警備区画の配置を熟知していた。


ガレスも同席していた。


机の端には小さな端末が置かれ、ドネル側の協力者が音声だけで参加している。名前は明かせないとのことだった。彼は運営のシステム部門にいて、施設の通信設備や記録システムに深くアクセスできる権限を持っているらしい。


全員が揃ったところで、扉が開いた。


入ってきた人物を見て、俺は驚いた。


レオニードだった。


「どうして、お前がここに?」


俺はガレスを見た。レオニードは代わりに答えた。


「ドネルが私に気を遣ったのは事実だ。それには感謝している。だが、小さなレディたちへの非礼を許すつもりはない」


「特練生たちを担当していたからこそ、気づけたこともあるのではありませんか」


レンナが尋ねた。


「その通りだ。私は、訓練生たちの力を伸ばすことばかり考えていた。彼女たちが何を強いられていたのか、目を向けていなかった」


レオニードは表情を曇らせた。


「だから、今度は見過ごさない」


ほかにも、何人かのエースが参加していた。第八要塞のヴァシリー・オルロフ、第六要塞のマヤ・サントス、第二要塞のユン・ソヨン。先日の作戦や訓練で顔を合わせた者たちだ。


ガレスが、簡潔に状況を整理した。


「四日後、セリーナがドネルの部屋へ呼ばれている。まずは、そこまでに証拠を押さえる。明日の昼、ドネルが居住区を離れる時間を使って部屋へ入る」


声だけの協力者が説明を引き継いだ。


『居住区画のインターホンと電子錠に細工をする。ドネル本人の声を再生し、応答を偽装して解錠する。警備システムも一時的に停止させ、記録上は通常の動作に見せかける』


イリヤが確認する。


「監視記録は消せるのか」


『削除ではなく、該当時間の記録を通常の巡回映像で置き換える。改ざんに気づかれないよう、前後のログも整合させる』


「部屋に入った後は?」


『部屋の中にある物的証拠を優先して探してくれ。記録媒体や訓練生の名簿、手帳など。部屋の端末からはクラウド上のデータも確認する。指定する有線接続端子に、こちらが渡す機器を接続してくれれば、保存データを複製できる』


イリヤは頷いた。


「部屋の配置は分かっているのか?」


ディエゴが答える。


「警備図面は確認できた。室内には警備ロボットが置かれている可能性がある。位置と巡回範囲は、こちらで調べる。見つけた時は、無理に壊そうとせず、まず動きを止める方法を探せ」


ガレスは、参加者を確認した。


「潜入班は、イリヤに指揮を任せる。イリヤとマレク、それにガレス派から三人。五人で動く」


「侵入経路と退路を確認しておく。室内の警備ロボットについても、事前に情報を集める」


イリヤが戦術図を確認しながら言った。


「マレクは、協力者から渡される機器の扱いを事前に確認しておけ。接続先を間違えるなよ」


「はい。手順と接続先を確認してから作業します」


協力者は、ドネルの部屋の電子錠とインターホンに細工を施す。レオニードとほかのエースたちは、ドネルに話しかけたり、別の場所へ呼び出したりして、居場所を把握する役割になった。


「ドネルの注意を引く役は私が引き受けよう」


レオニードが言った。


「模擬戦の結果について、本人は私にも何か言いたいはずだ。こちらから話を持ちかければ、しばらく足止めできる」


「俺たちも別の話題で引き止めます」


ヴァシリーが続けた。


「複数で行けば、すぐには切り上げられないだろう」


「ただし、無理に時間を延ばすな。予定が変わったら、侵入班へすぐ伝える」


イリヤが念を押す。


「警備ロボットには注意してください。武装も必ず持っていく。見つかった時の退路も事前に決めておく」


「了解した」


イリヤは侵入経路と退路を戦術図に記し、一つずつ確認した。ローマンとディエゴが警備設備を確認し、ヘレンは訓練生への聞き取りを担当する。無理に証言を求めず、生徒たちが自分の意思で話せる場を作ることになった。


その時、レオニードが別の案を出した。


「今夜は、特練生たちを自由時間中に集めよう。緊急の連絡だと言えば、ドネルの部屋へ行く予定を一時的に止められる」


「女子生徒だけを集めると、かえって目立つかもしれません」


レンナが指摘する。


「なら、特練生全員を集めればいい。男子には少し気の毒だが、紳士なら喜んで協力するべき場面だろう」


レオニードは、涼しげに笑いながら言い切った。


その場で、今夜の動きも決まった。レオニードが特練生たちへ緊急ミーティングを開き、エレーナに引き渡す。女子棟で過ごさせ、少なくともその夜は、誰もドネルの部屋へ行かなくて済むようにする。


「これで、今夜の予定に入っている子がいるか確認できる」


エレーナは、すでに女子棟へ連絡を入れる準備をしていた。


本日の打ち合わせは、そこで終了した。


*


教室へ戻ると、いつものように授業が続いていた。


訓練生たちは、次の模擬戦へ向けて機体の状態を整備士科の生徒たちに確認し、飛行後の報告を記録している。俺は彼らの訓練に加わりながら、心の中では明日の侵入班の動きと、4日後に迫ったセリーナの順番を考えていた。


この機会に、この施設に溜まった膿を抉り出す。


それが、俺にできる後輩たちへの置き土産だった。

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