閑話休題 別れの挨拶は終わってる
訓練施設から戻って2週間が経った。
ケンドレたちを失った小隊の穴は、まだ埋まっていない。新しいルーキーや、他の小隊からの補充について、連絡があってもいい頃だった。
実際、他の飛行隊には新人が配属され、連携訓練のためにシミュレーターも訓練宙域も混み始めている。
俺たちだけが取り残されていた。
「前回は、もっと早く補充が来なかったか?」
イリヤが端末の名簿を眺めながら言った。
「レンさん、運営に何か嫌われるようなことしました?」
マレクが、わざとらしく心配そうな顔をする。
「隊長、飽きられたんじゃないですか。あるいは、忘れられたとか」
ルイスまで口を挟んだ。
「お前ら、好き勝手言いやがって」
俺は椅子に座ったまま、そいつらを睨んだ。
正直なところ、開店休業のような状態は悪くなかった。小隊が欠けたまま興行に出されることはないだろうと思っている。だが、相手より一機少ないだけでも厄介なのに、一小隊以上欠けた状態で戦えと言われたらたまったものではない。
その話をしている最中、格納庫の入口から新しい仲間が入ってきた。
先頭に立っていたのは、セリーナだった。
「君たち!?」
リンとネッサが声を上げる。マレクも席を立った。
セリーナの後ろには、訓練施設で俺たちが教えた訓練生たちが並んでいる。十五、十六歳の顔が、見覚えのある制服の列に混ざっていた。
セリーナは俺の前まで来ると、胸を張った。
「レン教官! いえ、レン隊長。来ちゃいました!」
彼女は手にした名簿を掲げる。
「第三要塞所属、シン飛行連隊へ配属となった、九名。全員、到着しました!」
口を開いたまま、俺はしばらく固まった。
レンナが格納庫の奥から駆け寄ってくる。セリーナを見ると、驚きと喜びが混ざった顔になった。
「セリーナ!? どうしてここに?」
「レンナさん、先日ぶりです」
セリーナは丁寧に頭を下げた。
俺は彼女から名簿を受け取った。配属先の記載も、承認番号も本物だった。末尾には「緊急変更。本人へ先行交付。正式な通達は後日送付する」と手書きのメモが添えられている。
俺はメモを見てから、セリーナを見た。
隣では、イリヤも同じ顔をしている。レンナも名簿を覗き込み、何かに気づいたように眉を上げていた。
俺たち大人は、ほぼ同時に察した。
――こいつ、何かやりやがったな。
*
待ちにまった新人たちを、さっそくシミュレーターの順番待ちに加えた。訓練宙域も予約で詰まっている。イリヤと俺は、彼らの基礎訓練の予定と飛行隊の編成を急いで組み直した。
最終的な編成は、五つの小隊で二十二名。さらに三名を予備隊に回すことになった。
レン小隊は俺を含めて五名。エリサとルイスに、新人二名を加える。
イリヤ小隊も五名で、副隊長のイリヤと隊員四名。
リン小隊とネッサ小隊は、それぞれ四名。マレク小隊も四名で、マレクのもとにマーカス、セリーナ、新人一名が入る。
残る三名は予備隊として待機する。
セリーナは操縦技量も射撃も優れていた。最初は俺の小隊に入れる案も出した。俺への忠誠心が強く、俺の訓練方針も理解している。それに、俺の目の届く範囲に置いた方が動かしやすい。
「セリーナは俺の小隊に入れた方がいいんじゃないか」
俺が言うと、レンナがいつの間にか同じテーブルに座っていた。
「マレク小隊の方が、編成全体のバランスは取れると思うわ」
レンナは訓練記録と名簿を並べて、理由を一つずつ説明した。セリーナの操縦や射撃の評価だけでなく、マレクやマーカスとの組み合わせ、他の小隊に加わる新人との能力の偏りまで見ていた。
説明は長かったが、筋は通っていた。
イリヤも頷く。
「俺もその方がいいと思う。隊長が直に抱えるより、マレクの小隊に入れて、全体の連携を見据えた方がいい」
俺は反論できなかった。
後で配置を発表すると、セリーナは一瞬、表情を曇らせた。俺の小隊を望んでいたのだろう。すぐに頷いたものの、納得しようと自分に言い聞かせているのが分かった。
彼女にとっては、配属先が第三要塞になっただけでも大きなことだ。俺たちに再会できたこと自体、偶然に近い。
俺はそう考え、彼女の肩を軽く叩いた。
「マレクの指示をよく聞け。小隊は違っても、飛行隊は同じだ」
「はい、レン隊長」
セリーナは小さく笑って答えた。
*
その夜、俺たちはブリーフィングルームを借りた。
セリーナ、イリヤ、レンナ、俺の四人で、彼女がどうやって第三要塞への配属を勝ち取ったのかを聞くためだ。
答えは単純だった。
セリーナは、運営を脅して異動を通させたらしい。
*
セレーナは俺たちを見送った後、彼女はすぐにエレーナのところへ行った。
「エレーナ教官。私、レン教官のいる要塞へ行きたいんです」
「第三要塞に?」
「はい。レン教官の下で飛びたいんです。憧れの人と同じ要塞で、同じ空を飛びたいんです」
まっすぐな言葉に、エレーナは目を丸くした。
「まあ……セリーナ、あなた……」
頬を赤くしたセリーナは、それでも視線をそらさなかった。
「私、レン教官に助けてもらいました。教わったことも、まだ返せていません。同じ隊の仲間として、隣を飛びたいんです」
エレーナは胸の前で手を組み、じっと彼女を見つめた。
「なんて健気なの……! 憧れの人を追いかけて、私の所まで来たのね」
「エレーナ、まずは運営の意図を確認してからだ。配属は――」
隣にいたガレスが口を挟むと、エレーナはすっと彼を振り返った。
「あなた、今それを言うの?」
「いや、手続き上の話をだな」
「こんなに一生懸命な子が、勇気を出して気持ちを伝えてくれたんだよ。まずは応援してあげましょうよ」
「応援はする。だが、運営の承認が必要で――」
「ガレス・アレクサンダー・ハロウェイ 」
エレーナの声が少し低くなる。
ガレスは咳払いをして、姿勢を正した。
「……もちろんだ。できる限りのことはしよう」
セリーナがエレーナを頼ったのは、彼女がガレスの妻だからというだけではなかった。訓練施設で生徒たちの相談に乗り、困っている子を放っておけない人だと知っていたからだ。
そして何より、エレーナなら自分の気持ちを「子供の憧れ」で片づけず、きちんと聞いてくれると思ったのだろう。
「フリードリヒに話を通すそう。セリーナの希望を、本人から運営に伝えられる場を作くると約束しよう。」
「ありがとうございます」
セリーナが深く頭を下げる。
エレーナはその手を取った。
「大丈夫。あなたの気持ちは、ちゃんと伝わるようにするからね」
「エレーナ、異動が認められるかはまだ分からないぞ」
「分かってるわよ。でも、話を聞く前から諦めさせる必要はないでしょう?」
ガレスは何か言いかけ、結局、口を閉じた。
その後、ガレスとフリードリヒを交えた面談が設定された。
運営側の担当者も同席することになった。最初は、通常の異動申請として処理するつもりだったらしい。配属枠や適性、要塞ごとの人員計画。担当者は規則と手続きの話を並べ、希望先への異動は難しいと説明した。
セリーナは、黙ってそれを聞いていた。
話が一段落したところで、彼女は机の上に置かれた配属案内を見つめたまま、口を開いた。
「その説明で、私が納得するとお思いですか」
担当者は、書類から目を上げた。
「希望に沿えないことはある。君だけを特別扱いするわけにはいかない」
「私を特練生から外した時も、同じように決めたのですか」
部屋の空気が変わった。
セリーナは手を膝の上で握りしめていた。声はわずかに震えていたが、言葉を止めなかった。
「私は、自分の意思で特練生を辞めたわけではありません。ドネルから受けたことについても、運営は何もしてくれなかった。私がレン教官やエレーナ教官に訴えなければ、最初からなかったことにするつもりだったのでしょう」
「その件は、現在確認中だ」
担当者の返答に、セリーナは首を振った。
「確認中という言葉を、私はもう聞き飽きました。何も見つからなかったとも言われました。私が黙っていれば、きっとこのまま終わってしまう。」
彼女は、ようやく担当者を見た。
「私の異動を認めてください。レン教官のいる第三要塞へ行かせてください。そうしないのなら、私が何をされたのか、特練生からどう外されたのか、記者たちにも話します」
それは、彼女自身の被害を材料にした脅しだった。
けれど、セリーナは嘘をついているわけでも、誰かを陥れようとしているわけでもない。運営が隠そうとした事実を、自分の口で公にすると告げたのだ。これ以上、都合よく黙らされないために。
事件の発覚後、施設には記者や報道関係者が押しかけていた。運営は、不祥事への対応に追われている。ドネルの事件を隠していたことに加え、被害を訴えた訓練生の希望まで握り潰したとなれば、再び厳しい追及を受けることになる。
担当者は、すぐには答えなかった。
ガレスも、フリードリヒも、口を挟まずにいた。セリーナ自身の希望を、本人に代わって誰かが語るべきではないと考えたのだろう。
やがて、運営側は異動の再審査を約束した。
それからすぐ第三要塞への異動と、俺の飛行連隊への所属が認められた。正式な通達は後日送るという条件付きだったが、セリーナはその場で配置変更の書類を受け取ったという。
「記者たちが施設に押しかけていた時期だったから、運営には効いたのね」
レンナが言う。
「はい。フリードリヒ副責任者にも、記録を持っていると伝えました」
「実際に持っていたのか?」
俺が尋ねると、セリーナは少しだけ目をそらした。
「教官から聞いたことと、私の記憶だけです。細かい証拠は捜査の時に提出されたはずです」
イリヤが笑った。
「言い方がうまいな。運営にとっては、また事件を蒸し返されるのが一番困る。まして、そんな犯罪を犯すようなやつを責任者に置いていた事や隠蔽していた事まで再燃する」
「それで、異動が通ったのか」
「はい。第三要塞への配属と、レン飛行連隊への所属を認めてもらいました」
レンナは呆れたような、感心したような複雑な表情を浮かべた。
「すごいことをしたわね」
「すみません。ご迷惑をかけてしまって」
「謝ることじゃないわ。でも、今後は一人で無茶をしないこと」
「はい、レンナさん」
イリヤは、セリーナを気に入ったように笑っていた。
「頼もしい新人が来たな」
「脅しで配属を勝ち取った新人だけどな」
「結果は結果だ」
イリヤは肩をすくめる。
俺も苦笑した。だが、セリーナの操縦技量と射撃の腕には期待している。実際に同じ部隊で飛べるなら、訓練施設で見た力を戦場でどう使うか、確かめる機会もあるだろう。
彼女はまだ新兵だ。これから多くのことを学び、沢山の戦場へ出る。
戦場には命の危険がある。そんな場所へ、彼女を送り出すことになる。
それでも、今の俺にできることは一つだった。
「訓練ではマレクの指示に従え。実戦では俺たちが連携して守る。だが、自分の身を守る訓練も怠るな」
「はい。よろしくお願いします、レン隊長」
セリーナは背筋を伸ばした。
俺は彼女の返事に頷いた。
仲間が増えた。なら、出来るだけ全員を生かして帰る。それが俺の仕事だ。
「いつか、もっと大人になったら、私のことも抱いて大切にしてくださいね」
セリーナが言った。
「後、5年早い。だから、訓練を続けろ」
彼女は頬を赤くしながら、「はい、待ってます。」と答えた。
その様子を見ていたレンナが、机の下で俺の足を踏んだ。
「痛っ」
「何でもないわ」
「何でもなくないだろ」
「気のせいよ」
セリーナとイリヤが、そろって笑った。
俺は足をさすりながら、三人を見た。
これからも、いくつもの戦場へ行かされるのだろう。誰かが欠ける日も来るかもしれない。
それでも、仲間がいる限り、簡単には死ねない。
ここに戻ってくる理由が、また一つ増えた。
あと5年は死ねないな




