訓練方針
訓練生たちが朝食を食べている時間、俺たちは教員区画の事務室に集められていた。
エレナ・ヴァイスの案内で部屋に入ると、すでに大勢の教員たちが集まっていた。壁際には役職と担当が書かれた名簿が並び、机の上には訓練予定や訓練生の資料が積み上がっている。
俺たちは、ここで働く教員たちへの紹介を受けた。
話を聞くうちに、教員の間には大きく二つの流れがあると分かった。一つは、会社や財閥軍から派遣されてきた者たち。もう一つは、戦闘員として興行に出ていた者、財閥軍でも実戦経験があり現場から上がってきた者たちだ。
派閥と呼べるほど、互いに距離を置いているらしい。
興行の放送で見たことのある顔も、何人かいた。引退したベテランで、長く訓練生を指導してきているようだ。
主な責任者が順番に紹介された。
教育責任者は、ドネル・ボイル。六十八歳。俺が訓練生だった頃は一般教員だったが、今は責任者にまでなっている。会社から派遣された軍関係者で、中佐だという。
太った身体からは、軍人らしさをほとんど感じない。昔から太っていたが、今はさらに身体が大きくなったように見える。自分の立場をよく理解していて、会社のお偉いさんの縁者であることを、隠すどころか自慢げに話していた。
俺の記憶にある彼は、気に入った生徒とそうでない生徒への対応に、はっきり差をつける男だった。気に入った女子訓練生を部屋に呼んでいる、という胸糞の悪い噂も、当時から絶えなかった。
教育副責任者は、ガレス・ハロウェイ。
俺たちが訓練生だった頃は生活指導を担当していた。今はガレスも中佐で、軍部出身者だ。だが、元戦闘員や現場叩き上げの教員たちから慕われ、自然と彼らをまとめる立場になっているらしい。
ドネルが紹介されている間、ガレスは腕を組んだまま、冷ややかな目を向けていた。当時から二人はよくぶつかっていた。その関係は、今も変わっていないようだった。
格闘技術の責任者は、エレーナ・ハロウェイ。
大柄で筋肉質、長身の女性だ。黒い眼帯で片目を覆っている。パレードで目を負傷し、戦闘員を引退したが、近接戦闘の技術を評価され、教員としてスカウトされたらしい。
俺たちが訓練生だった頃、彼女は生徒たちから「マムベイビー」と呼ばれていた。母親のように面倒を見てくれるから、マム。訓練生が事故で亡くなった時や、親を亡くした生徒がいた時、俺たちが訓練を終えて要塞に帰る時、彼女はいつも泣いていた。よく泣くから、ベイビー。
本人はその呼び名を気に入っている。
「久しぶりだね、レン」
紹介が終わると、エレーナが俺の背中を平手で叩いた。
強烈な一撃に、俺は息を詰まらせた。
「……相変わらず、痛いですね」
「生きてる証拠だよ」
彼女は笑い、もう一度俺の背中を軽く叩いた。軽くのはずなのに、十分に痛かった。
何より驚いたのは、彼女の姓がガレスと同じハロウェイになっていたことだ。二人がいつ結婚したのかは知らなかった。ガレスは気にする様子もなく、俺の反応を見ている。
「今さら驚くことか?」
「いや、聞いてませんでした」
「言う方法もなかった」
相変わらずの言い方だが、その通りでもあった。
飛行技術の責任者は、フリードリヒ・ヤコブ。俺と同じくらいの年齢に見える男で、軍部から派遣されてきた中尉だ。着崩しは一切なく、靴は磨き上げられていた。ベルトのバックルやペンまで、細部にこだわっているようだ。
「命令に純粋に従う兵士を育てていただけると助かる。何かあれば言ってくれたまえ」
初対面の挨拶は、上から目線で冷淡だった。
真面目というより、軍人らしい軍人。俺には、つまらない男に見えた。
ほかにも、基礎教育の担当責任者や整備担当責任者が紹介された。
基礎教育責任者はマルタ・フェルン。五十代半ばの小柄な女性で、白髪をきれいにまとめ、厚い書類の束を抱えていた。物腰は穏やかだが、訓練生の成績や出欠を細かく把握しているらしい。こちらの挨拶にも、すぐに訓練計画や教科の話を始めた。
整備担当責任者はホセ・アルバレス。五十八歳の男性で、頬に油汚れが残ったまま、作業着の袖をまくっている。長く整備現場にいたらしく、機体の構造や工具の話になると表情が明るくなった。レンナとはすぐに専門用語を交わし始め、二人で整備区画の話に夢中になっていた。
責任者たちの紹介が終わると、ドネルが前に出た。
「何かあれば、私の秘書に言ってくれたまえ。内容を確認して、善処する」
彼はそう言いながら、すぐに手元の資料をめくった。
「各々の担当訓練生をどのように教育するかは、君たちに任せるよう運営から指示を受けている。だが、特練生に特別な訓練をさせるのであれば、必ず事前に報告するように」
特練生。
「特殊練兵生」の略称で、選抜された訓練生に与えられる呼び名だ。一般の訓練生より高度な教育を受け、特別な待遇も受けている。訓練を終えて各要塞に配属される時も、一般隊員ではなく小隊長から始められる。
俺は、最後まで特練生にはなれなかった。
秘書が補足の説明を始める。
「特練生は全訓練生から選抜された者たちで、各クラスに一定数ずつ配置されます。指導内容や訓練計画については、通常の訓練生と異なる扱いが認められる場合があります」
「選ばれし者たち、というわけだね」
レオニードが、説明を遮るように口を開いた。
「是非、私に任せていただけると光栄だ。選ばれし者が、選ばれし者を教える。それが子供たちのためになるだろう」
ドネルは手元の資料に目を落とした。レオニードが外部から志願してきた戦闘員であることを確かめたのだろう。すぐに満面の笑みを浮かべる。
「君の希望は分かった。全員を同じように扱うわけにはいかないが、優遇できるよう調整しよう」
ドネルは秘書に何か指示を出した。おそらく、クラス分けを変更するつもりだ。
その後、俺たちへの説明が続いている間、施設内放送が何度か入った。
『今から名前を呼ばれた訓練生は、掲示内容ではなく次の教室へ移動してください』
変更されたのは特練生だけではないようだった。秘書が資料を差し替え、レオニードの小隊長たちが内容を確認している。
ドネルは、何事もなかったように説明を続けた。
*
各自の挨拶が終わると、訓練開始の時間が迫っていた。俺たちは決められた教室へ向かった。
扉を開けると、俺の飛行隊のメンバーがすでに集まっていた。レンナも教員として同席している。ほかにも、三百名の訓練生たちが教室を埋めていた。
予想以上の人数に驚いたが、小隊長たちをまとめて教室へ呼んだ理由も分かった。三百人を一人で受け持つには多すぎる。
俺は黒板の前へ立ち、まず自己紹介をした。続けて、飛行隊のメンバーを一人ずつ紹介する。
「マレク。俺の小隊で飛んでいる。戦場での判断や、仲間との連携を教える」
「よろしくお願いします」
マレクが頭を下げる。
「エリサ・ヴォーン。僚機を守りながら射線を作るのが得意だ」
「分からないことがあったら、遠慮なく聞いて」
エリサが静かに言った。
「マーカス・リード。敵の接近を見つけ、進路を塞ぐ役割を担っている」
「よろしく。実際の飛行では、仲間の位置を見失わないことが大事だ」
マーカスが続ける。
「ルイス・パク。まだ実戦経験は少ないが、訓練生たちと年齢が近い。機体の速度や動きの読み方を一緒に考えてもらう」
「よろしくお願いします。僕も皆さんから学びたいです」
ルイスは少し緊張しながらも、はっきりと言った。
ネッサ、リン、イリヤも、それぞれの担当や経験を簡潔に紹介する。最後に、レンナを紹介した。
「レンナは整備士主任だ。俺のクラスを担当してくれる。それと、整備士科の生徒たちにも機体整備を教える」
「整備のことなら何でも聞いて。ただし、機体に触る時は必ず声をかけてね。分からないまま触ると、壊すだけじゃ済まないことがあるから」
レンナは穏やかに言ったが、目は真剣だった。
俺は訓練生たちへ、普段一緒に組んでいる小隊単位を基本にして、三百人を六つの組へ分けるよう指示した。一組五十名。各組に俺たちの飛行隊員が入り、訓練を見ていく予定だった。
ところが、クラス分けを始めようとしたところで、前列にいた特練生の一人が手を挙げた。
胸には、白い記章がついていた。
「質問があります。一般組と組まされるのもそうですが、重練隊と一緒にされると迷惑です。こちらの訓練速度が落ちてしまいます」
教室の空気が少し固くなる。
俺には、聞き馴染みのない言葉だった。
「重練隊とは何だ?」
「重複練習隊のことです。通常課程を一度で修了できず、同じ訓練を繰り返している訓練生です」
特練生は、当然知っているべきことを聞かれたような顔で説明した。
落ちこぼれ。言い方は違うが、意味はそういうことらしい。
三百人のうち、重練隊に所属する訓練生は三十人。十五歳と十六歳の訓練生全体では、五千人のうち六十五人ほどが重練隊にいるという。
どうして、その三十人がこの教室に集められているのか。
ガレスが俺を指名したことへの嫌がらせだろう。そう考えると、納得できた。
要するに、彼らは重練隊の訓練生と同じ組になりたくないのだ。
俺は、教室を見回した。
重練隊の訓練生たちは、互いに少しずつ距離を取っていた。誰も、彼らを自分の組に入れようとはしない。白い記章をつけた特練生たちは、こちらの判断を待つというより、自分たちの希望が通るのを当然だと思っているようだった。
「現場では、仲間が優秀かどうかを選べない」
俺は教室の前から言った。
「どこへ誰を配属するか決めるのは運営だ。お前たちが仲間を選ぶわけじゃない」
誰も口を挟まなかった。
「俺は隊長になって八年になる。最初から何でもできた部下ばかりじゃない。使えないかもしれないと思った奴も、訓練を重ねて一人前に飛べるようになった。何人も見てきた」
俺は、白い記章をつけた訓練生たちを見た。
「まだ一度も現場に出ていないお前たちが、訓練生を見て、できるとかできないとか決めるな。仲間との連携こそ、生き残るために必要なものだ。個人の操縦技術だけで戦場を飛び抜けられると思うな」
一人が、反論しようと口を開いた。
「ですが、特練生は一般の訓練生より高度な――」
「文句があるなら、他のクラスに移してやる。それこそレオニードに教わればいい」
その名前が出ると、教室の何人かが反応した。
「命を捨てても、格好よく見える飛び方を教えてくれるかもしれないぞ」
俺は少しだけ皮肉を込めて言った。
「こっちは、仲間と帰ってくるための訓練をする。どちらがいいか、自分で決めろ、俺が後押ししてやる」
教室は静まり返った。
俺は、今いる訓練生たちに組分けを任せた。
小隊単位でまとまるよう声をかけると、大部分はすぐに動き出した。特練生たちも一般の訓練生たちも、それぞれの組へ加わっていく。
だが、重練隊の訓練生たちは、どこからも声をかけられなかった。
彼らは教室の隅に固まったままだった。三十人。周囲の者たちは、そこに彼らがいないかのように組を作っていく。
「隊長、あの子たち……」
マレクが小声で言った。
「分かってる」
俺は重練隊の生徒たちに声をかけた。
「まだ組が決まっていないだろう。誰か一緒に――」
俺の言葉を聞いても、他の訓練生たちは互いに顔を見合わせるだけだった。誰も動こうとしない。重練隊の生徒たちも、期待するのを諦めたように目を伏せている。
俺は、教室にいる三十人を見た。
この様子では、ほかのクラスにいる重練隊の訓練生たちも、同じように仲間外れにされているのだろう。人数が少なければ、なおさら目立たず、置き去りにされているかもしれない。
「よし。重練隊は俺が面倒を見る」
俺は教室を出て端末を開き、ガレスへ連絡した。
「この教室にいる重練隊の三十人は、どの組にも入れてもらえませんでした。俺が声をかけても、他の訓練生は動こうとしません」
『……そうか』
ガレスの声が少し低くなる。
「ほかのクラスにいる重練隊も、同じように仲間外れにされているかもしれません。人数が少ないなら、なおさらです。重練隊は俺がまとめて面倒を見ます。全員、こちらに集めてもらえませんか」
ガレスはすぐには答えなかった。向こうで誰かに確認しているような間があった。
『分かった。エレーナを向かわせる。こちらでも各クラスの状況を確認する』
「お願いします」
通信を切ると、俺はイリヤに指示を出した。
「今決まっている組を六つから五つに分け直してくれ。重練隊は全員、俺のクラスで見る」
「了解した」
イリヤは組分けの調整を始めた。
しばらくして、エレーナがほかの教室にいた重練隊の訓練生たちを連れてきた。胸には全員、赤い記章がついている。最初からこの教室にいた三十人と合わせて、六十五人だった。
エレーナは彼らを俺の前に並ばせた。
「これで全員だよ」
「ありがとう」
「ありがとう、任せたからね」
エレーナは小声で俺にそう言ってから教室を出ていった。
俺は、赤い記章をつけた六十五人を見渡した。
「お前たちは、今日から俺のクラスで訓練する。落ちこぼれ扱いから抜けさせてやる。まずは席につけ。これから一緒にやっていく」
彼らは、すぐには答えなかった。
それでも、何人かが顔を上げた。赤い記章を指で触っていた少年も、胸元から手を離した。
「席につけ。今日から訓練を始める」
俺が言うと、六十五人は一人ずつ机へ向かった。
レンナが、俺の隣で静かに資料を受け取る。
「整備の授業でも、この子たちを見ておくわ」
「ああ。頼む」
イリヤは新しい組分けをまとめ、ネッサは他の隊員たちと担当を確認していた。リンは訓練生たちの様子を見ながら、必要な席を調整している。エリサとマーカスは、すでに各組で何を教えるか相談を始めていた。ルイスは緊張した様子で、訓練生の一人に声をかけている。
「まず、機体のことを教えてください。どこが一番分かりづらいですか?」
訓練生は、少し迷ってから答えた。
「速度の変え方です。説明を聞いても、いつ減速するのか分からなくて」
「じゃあ、そこから一緒に確認しましょう」
俺は教室を見渡した。
操縦技術が上手いから勝つ、強い機体に乗っているから勝つ。そんなことは決してない。
どれだけ強いエースでも、味方の援護がなければ飛び続けられない。どれだけ腕があっても、複数の敵に囲まれれば落とされる。
生き残るために、負けないために、どうすれば勝てるのか。
それを、こいつらに教える。それが近い未来で俺の首を絞める結末になろうとも




