英雄的存在
俺たちは、同じ銀河の外れにある訓練施設コロニーへ到着した。
先方の希望で、俺たち戦闘員はそれぞれ愛機を持ち込んでいる。格納庫へ入ると、整備士たちがすぐに機体の受け入れと状態確認を始めた。レンナだけは、整備に使う機材と一緒に別の小型船で来ていた。
「機体の確認は、こちらで順番に進めます。」
レンナは整備士たちへ指示を出しながら、俺にも目を向けた。
「あなたの機体は後で確認するから、勝手に触らないでね」
「俺は触らないよ」
「この間もそう言って、自分で点検してたでしょう」
「確認しただけだ」
「それを触ったって言うの」
俺が返す前に、イリヤが横から口を挟んだ。
「言い合うのは後にしろ。ここの整備班を待たせるな」
レンナは「分かってる」と答え、整備士たちへ的確な指示をしていた。
格納庫では、ガレス教官とスーツ姿の若い女性が俺たちを待っていた。眼鏡をかけ、髪をきちんとまとめた真面目そうな人だ。姿勢まで硬く見える。
「こっちはエレナ・ヴァイス。今回から訓練施設の教官を務めている」
ガレスが紹介した。
「エレナ・ヴァイスです。皆さんの案内と、施設内の調整を担当します。よろしくお願いいたします」
彼女は丁寧に頭を下げた。
「よろしく。こっちは第三要塞の飛行隊だ」
俺が答えると、イリヤたちも順に名乗った。
ネッサは丁寧に挨拶し、リンは相手の様子を静かに見ていた。マレクは少し緊張した面持ちで頭を下げ、エリサとマーカスも続く。ルイスは名乗るタイミングを逃しかけて、最後に慌てて声を出した。
「ルイス・パクです。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします、ルイスさん」
ガレスは、俺たちの挨拶が終わるのを待たずに踵を返した。
「俺は訓練生のところへ戻る。説明は彼女から聞け」
「教官、もう少し一緒にいてもいいんじゃないですか」
「俺がいても邪魔だろう」
そう言い残し、ガレスはさっさと格納庫を出ていった。相変わらずの態度だった。
「教官は昔からあんな感じなんですか?」
ルイスが小声で聞く。
「昔からだ」
「安心しました」
「何がだ」
「自分が怒られた時も、あれが通常運転なんだと思えます」
「怒られないようにすればいい」
マレクがそう言うと、ルイスは小さくうなずいた。
エレナに案内され、俺たちは居住エリアへ向かった。
訓練生の男子棟、女子棟とは別に、教員や職員が使うエリアが設けられていた。そういえば、俺が若い頃も夜間巡回は警備ロボットや屋外のドローンが担当していた。記憶は薄れているが、教員が交代で宿直をしていたはずだ。それでも、教員と共同生活をした記憶はない。考えてみれば、当然のことだった。
飛行隊ごとにフロアが割り当てられ、俺と小隊長たち、レンナには個室が用意されているという。
俺は嬉しさのあまり、皆に見えないようレンナの尻を軽く叩いて合図した。
レンナはすぐに俺を睨んだ。ものすごい顔だった。さらに、新しく揃えたロケットペンダントを服の中へしまい込んでしまった。
悪気はなかったのだが、どうも変なふうに伝わったらしい。
「今のは何の合図だったんです?」
リンが尋ねる。
「何でもない」
「何でもない顔じゃなかったけど」
「リン、あまり聞かない方がいいよ。後で教える。」
ネッサが苦笑して話を切り上げた。レンナは何も言わず、先を歩いていた。
若手たちは教員個室ではなく、訓練生と同じエリアで寝起きするそうだ。訓練生と共同生活を送り、毎朝五時には起床ラッパが鳴る。
五時十分から点呼。その後、廊下やトイレなど、フロア全体を手分けして掃除する。六時からは広場で十キロのランニングと体操。七時から七時半までに汗を流し、歯を磨き、身支度を整える。
朝の整頓で、同室の誰か一人でも不十分だと判断されると、部屋の中を無作為にひっくり返されることがあるらしい。訓練生たちはそれを「嵐」と呼んでいた。床に出されたものも、七時半までに片付けなければならない。
七時半から七時五十分までは生徒食堂で朝食。八時十五分までに、各自の予定に合わせて教室や訓練場へ向かう。
八時十五分から十七時十五分までの九時間は、昼食や休憩を挟みながら訓練や座学に取り組む。十七時半から十九時までは、希望した部活動の時間だ。陸上、水泳、射撃、格闘術。野球やアメリカンフットボールのようなチームスポーツもあれば、飛行機整備や車両整備の部もある。
ただし、文芸部はない。
随分と偏った活動内容だが、俺にとっては懐かしい母校の生活そのものだった。
十九時から二十二時までは自由時間。ただし、シャワーを使える時間は順番に決められている。二十二時には消灯、就寝。
説明を聞き終えた若手たちは、揃って絶望の表情を浮かべていた。
「五時起きで十キロですか……」
ルイスが呟く。
「休みはないんですか?」
「毎日です。」
エレナが答えた。
「嵐というのは、どれくらいの頻度で起きるんですか?」
マーカスが尋ねた。
「決まっていません。日課を守っていても、抜き打ちで行われることがあります」
「それは、部屋をきれいにしていても?」
「はい」
エリサがルイスの方を見た。
「運が悪いと、片付けた直後にまた全部広げられるのね」
「そういうことみたいです」
ルイスは、すでに疲れたような顔をしていた。
マレクも教員枠ではあるが、小隊長ではない。そのため朝の日課をこなし、訓練生たちと同じエリアで共同生活を送ることになっている。
「マレクも一緒なんだな」
「はい。訓練生たちと生活することになるそうです」
「大変だな」
「隊長、少し楽しそうですね」
「気のせいだ」
「そういうことにしておきます」
マレクは困ったように笑った。
続いて、教員と職員が使うエリアを案内された。
訓練生の居住区や訓練施設が並ぶ広間の奥に、ID認証で開く扉がある。扉を抜けると大きな広間があり、壁面に施設全体の地図が表示されていた。
右側が居住エリア。左側は娯楽エリアだ。
さらに驚いたことに、広間から各エリアへ向かう通路には、自動で動く床が敷かれていた。その上に乗るだけで、立ったまま目的地まで運ばれていく。途中にはいくつも分岐があり、目的の場所へ向かう時は、その地点で床を降りる仕組みらしい。
「通路まで自動なんですね」
ネッサが感心したように言った。
「施設全体が広いため、移動の負担を減らす目的で導入されています」
エレナが説明する。
「俺たちの区画にもあるのか?」
イリヤが聞く。
「はい。居住エリアと娯楽エリアを結ぶ通路にもあります」
「随分と豪勢な設備だな」
リンは案内図を見ながら、施設の広さを確認していた。
娯楽エリアには酒場や食事処、買い物のできる場所、映画館などが集まっている。似た種類の店舗ごとにまとまっていて、ひとつの街のようだった。
その中に、花街のようなエリアの表記もあった。
俺は無意識に、マップをじっと見ていたらしい。
イリヤに肩を叩かれ、そちらを見ると、彼はレンナの方を見ろと目で合図していた。
レンナは呆れたような表情をしていた。
何も考えずに見ていた自分を、俺は少し後悔した。今回の期間中は、こっそり行くことにする。
*
居住エリアに着いた。
ここは本来、世帯ごとに使うよう設計されているらしい。独身者向けから大家族向けまで、用途に応じた部屋が用意されていた。今回は大家族用の5LDKが割り当てられている。
各個室には鍵がついていて、プライバシーへの配慮も行き届いていた。
それだけではない。このフロアにはバスルームがあり、全自動調理機も、トイレもついている。
今まで、シャワーもトイレも共同のものしか使ったことがない俺からすれば、驚くほどの待遇だった。
「ここを、俺たちが使っていいのか?」
「はい。皆さんが滞在している間は、専用フロアとしてお使いいただけます」
エレナが答える。
「地下には、教職員や施設職員の子供たちが通う学校や病院施設など公共施設があります。そちらへ降りるにはID認証式です」
俺たちが暮らすフロアから地下へ降りるには、IDをかざして動くエレベーターがある。その先には、訓練生の居住区とは別に、職員や教官の子供たち専用の学校施設があるという。
同じコロニーの中で、子供たちの待遇にはここまで違いがある。俺たちが使うフロアには湯船も個室もあり、食べたいものを選べる調理機まで備わっている。職員や教官の子供たちは、ID認証された扉の奥にある学校へ通う。一方で、訓練生たちは男子棟と女子棟に分かれた共同生活を送り、決められた日課に従う。
ここで生活できることは、素直に嬉しかった。だが、選ぶ自由を持たない子供たちのことを思うと、胸の中に別の感情も湧いてくる。過去の自分への感情も、その中に含まれているのだろう。
簡単な施設の説明を受けた後、エレナから娯楽エリアについて注意があった。
「皆さんは、娯楽エリアを利用できません」
「立ち入り禁止ですか?」
マレクが尋ねる。
「いえ、決済に使われる通貨が異なります。皆さんが普段受け取っている通貨では、施設内の店舗で支払いができません。混乱を避けるため、利用は控えてください」
「酒場や食事処は使えないってことか」
「はい。ただし、全自動調理機は自由にお使いいただけます。酒類も、希望があれば居住フロアへ届けるよう手配できます」
俺は、さっき案内図で見つけた花街エリアのことを思い出した。せっかく見つけたのに、行けないらしい。
隣で聞いていたレンナが、意地悪そうに俺を見る。
「花街エリアにも行けないね」
「……そうだな」
「残念?」
「別に」
「ふうん」
レンナは、服の上からロケットペンダントを押さえた。俺はそれ以上、何も言わなかった。
それでも、要塞での待遇とは比べものにならない。俺たちは礼を言い、その日の予定を終えた。
明日は、朝八時の迎えが来るという。
若手たちは、不満を隠そうともしなかった。食堂の行き先も、寝る場所も、訓練生たちと一緒だ。彼らは渋々、訓練生と同じ居住エリアへ向かった。
「本当に五時起きなんですね」
ルイスが確認するように聞く。
「説明されたとおりだ」
「自主訓練期間より、ずっと早いです」
「そのぶん、生活の仕方も見てこい」
俺が言うと、ルイスは肩を落とした。
「はい、隊長……」
マレクは一度、俺とイリヤの方を見てから、訓練生たちのいる方へ歩き出した。
「隊長、明日の朝は起床ラッパで起こされるそうです」
「頑張れ」
「はい」
彼もまた、絶望を隠しきれていなかった。
*
翌朝、俺たちは各自の時間に合わせて朝食をとった。
前の晩にも思ったことだが、食事の質は要塞とは比べものにならなかった。
卵は半熟に仕上がっていて、ソースも好きなものを選べる。ハンバーガーのパンはぱさつかず、中の肉は肉汁を保っていた。要塞でも金を払えば、それなりに美味いものは食べられる。だが、ここでは調理機のリストから選ぶだけで、それ以上の料理が出てくる。
リンは、メニューを一通り試すつもりらしかった。
「ここにいる間に、全部食べるわ」
「何日かかるんだ?」
ネッサが聞いた。
「全部食べ終わるまでよ」
リンは真剣な顔で、次に選ぶ料理を探していた。
レンナは食事を急いでいた。食べ終わると、整備士たちとの確認があると言って席を立つ。
「機体の状態は、まとめて報告するわ」
「頼む」
「あなたの機体も、後日見るから」
「分かった」
「勝手に点検しないでね」
「しない」
「本当に?じゃあ、また後で」
レンナは疑いの目を向けたまま、部屋を出ていった。
朝八時、迎えが来た。居住フロアの出口で、俺たちは他の要塞から来たエースたちと合流した。
先日に顔を合わせたレオニード、バスティアン、サミラ、リュドミラ、テオの姿もあった。ほかにも、見覚えのないエースたちが何人かいる。彼らの飛行連隊から来た小隊長たちも、同じ場所に集まっていた。
レオニード・ヴァレンティン。第八要塞のエース。
彼が外部から志願して、この戦争に参加したことは以前の放送で見たことがあった。金を稼ぎ、人気を得て、英雄になるために戦場へ来た男。そういう意味では、彼こそ本物の英雄なのかもしれない。
彼の小隊編成も、独特だった。
五機のうち二機は武器を捨て、装甲を厚くした物理的な盾役。残る二機は装甲を薄くし機動性に特化させていた。敵の軌道を変えながらレオニードを援護するための編隊だった。
レオニードのための、レオニードによる小隊。
彼の個人技はずば抜けている。エースとして注目を集め、人気があることにも納得できた。だが、ガレスが俺を指名した時に言っていた「生き残ることを教えられる」という言葉を思い出すと、レオニードがここへ教官として呼ばれたのは不思議だった。彼の戦い方は、俺がガレスから教わったものとはまるで違う。あの小隊で訓練生たちに何を教えるのだろう。
俺は、その疑問を胸の中にしまった。
「レン、久しぶりだね」
レオニードが、こちらへ歩いてきた。
「ついこの間も会っただろ」
「その時は挨拶だけだった。今日は同じ教壇に立つ仲間として、改めてよろしく頼むよ」
彼は大げさに手を差し出した。
「よろしく」
俺が握手に応じると、レオニードは周囲の小隊長たちにも笑顔を向けた。
「君たちも、子供たちを導く大切な役目を担うんだ。共に頑張ろう」
言い方も仕草も、観客の前に立つ時と変わらないようだった。
イリヤはレオニードの小隊長たちを一瞥し、それから本人に視線を戻した。
「小隊の組み方も、お前らしいみたいだな」
「そうかな。各自の役目をはっきりさせただけさ」
「そのやり方を訓練生にも教えるのか?」
「もちろん。自分の役割を理解すれば、隊の力は何倍にもなる」
レオニードは自信に満ちた笑顔で答えた。
イリヤはそれ以上、何も言わなかった。俺も、さっき浮かんだ疑問を口にはしなかった。
*
迎えの案内で広場に出ると、そこには数千人に及ぶ訓練生たちが並んでいた。
一番左端には、俺たちの飛行隊から来た若手たちもいる。彼らは訓練生に混じって整列していた。寝不足の顔をしている者もいれば、周囲の子供たちに挟まれ、居心地悪そうにしている者もいた。
「ルイス、顔が死んでるぞ」
俺が声をかけると、彼は背筋を伸ばした。
「大丈夫です、隊長。起きられました」
「それならいい」
「ただ、起床ラッパで部屋の全員が一斉に飛び起きるのは、思ったより心臓に悪かったです」
隣のマレクも、眠そうな目をこすっていた。
「点呼も掃除も、休む暇がなかったそうです」
「嵐は?」
「今朝はありませんでした」
「運がよかったな」
「はい。明日が怖いです」
少し先では、マーカスが訓練生たちに囲まれていた。何を聞かれているのかと思えば、惑星軌道上の戦闘について質問されているようだった。
「本当に味方の艦砲射撃が後ろから来たんですか?」
「ああ」
「それでも戦ったんですか?」
「戦うしかなかった」
マーカスは短く答えた。子供たちは、それ以上を聞いていいのか迷っている様子だった。
エリサは、近くにいた訓練生の襟元を整えてやっている。整列の列から飛び出した制服の端を、指先で直していた。
「これで大丈夫。前を向いて」
「ありがとうございます」
ネッサは若手たちの並びを確かめ、無理に笑顔を作っている者がいないか見ていた。リンは少し離れたところで、訓練生たちの顔をじっと観察している。
訓練生たちの前には高台が設けられていた。
俺たちは飛行連隊ごとに横一列に並び、エースたちは代表として名前と所属要塞を紹介されることになった。
名前が読み上げられるたびに、歓声や拍手が起こる。
訓練生たちは、画面の中で見ていたエースを目の前にして、目を輝かせていた。小さく「おお」と声が漏れ、隣同士で何かを囁き合う声も聞こえる。
レオニードの名前が紹介されると、ひときわ大きな歓声が上がった。
彼は笑顔で大きく手を振り、歓声に応える。客席の歓声を受け止めることにも、見られることにも慣れているようだった。
俺の名前が呼ばれた時も、負けず劣らずの歓迎があった。
こんなふうに、生の声を浴びるとは思っていなかった。俺は片手を上げ、訓練生たちに応えた。
胸の中に湧いたのは、誇らしさだけではない。
数千人の目が、俺たちを英雄として見ている。けれど、俺たちはその目に映るような理由で戦ってきたわけではなかった。
全員の紹介が終わると、俺たちエースがそれぞれクラスを受け持ち、専門の担任になると説明された。クラス分けは朝食後に掲示される。訓練生たちは、発表を確認して各教室へ向かうことになる。
続いて、臨時教員として同行する隊員や整備士たちも紹介された。
いつの間にか一緒に並んでいたレンナも整備士主任としてだけでなく、臨時教員として俺のクラスを担当する。さらに、整備士科の生徒たちにも機体整備を教えることになっていた。
彼女の名前と担当が読み上げられると、訓練生たちの視線が集まった。レンナは少し緊張した面持ちで一礼する。
「俺のクラスと、整備士科の両方を見るのか」
「そうよ。飛行隊と整備班の連携も含めて、教えることになってる」
「大変そうだな」
「あなたのクラスの様子も見られるから、ちょうどいいわ」
レンナは担当表を確認しながら答えた。
最後に、俺たちの飛行隊から来た若手たちも紹介された。彼らが訓練生と共に生活し、訓練を受けることも説明される。
ルイスは、少し戸惑いながらも頭を下げた。マレクも訓練生たちへ軽く会釈する。マーカスは落ち着いた表情で立ち、エリサは緊張している子供たちに向けて小さく笑った。
本日から、訓練生たちへの教育が始まる。
この中の何人が、将来、味方になるのか。あるいは敵として出会うことになるのか。俺には分からない。
だが、できることなら、皆が少しでも長く生きられるように教えたい。
彼らが三か月後、興行の舞台へ送り出される。その事実は変えられないのだから。




