人手不足
記者会見を終え、俺は第三要塞へ戻ってきた。
格納庫へ向かい、飛行隊の皆に顔を見せるつもりだった。だが、要塞内を歩いていると、会見の映像を見た顔見知りに次々と声をかけられた。
「英雄様のお帰りだ」
「志願して艦砲射撃の中へ飛び込んだ感想は?」
「スーツ、似合ってたぞ。次は勲章でもつけて帰ってくるか?」
笑っている者もいれば、皮肉と分かる口調で言う者もいた。俺は適当に返事をしながら、格納庫へ向かった。
飛行隊の仲間たちも、俺のスーツ姿を見て一通りからかってきた。
「思ったより似合ってましたよ、隊長」
「記者会見で黙って座っているだけなら、俺にもできそうです。」
「その役目はお前には無理だろ。顔に全部出る」
そんなやり取りの後、話題はやはり会見の内容へ移った。
「前にも話したけど、志願したって話、あれは何なんだ?」
マレクが聞いた。
「俺たちは志願なんかしていない」
「だよな。後ろから味方の砲撃を受けることまで承知して志願した、なんて言われてもな」
エリサが静かに言った。マーカスも、ルイスも、納得していない様子だった。
「何も喋るなと言われてた理由は分かった。こっちが何か言えば、あの説明に水を差すことになる」
「事実を話されたら困るもんね」
リンがそう言い、ネッサが苦い顔でうなずいた。
俺たちは、それ以上会見の話を続けなかった。誰が見ても、あれは俺たちの言葉を伝える場ではなかった。
*
要塞へ戻ってから、訓練と小隊の人員補充に関する書類作りをしていた。
今回の作戦は、やはり過酷だったのだろう。要塞の中を歩いていても、人が少ない。いつもなら順番待ちになるシミュレータールームや射撃訓練場も、比較的すぐ使えた。食堂も、空席の割合が目に見えて増えている。
ある日の食事中、イリヤが周囲を見渡して言った。
「若手がかなり減った」
「そこまで分かるのか」
「正確な数字じゃない。大体の割合だ。以前は、ベテランが二割、中堅が三割、若手が五割くらいだった。今はベテランが二割、中堅が四割、若手が四割。若手の数が目に見えて減ってる」
イリヤは、空いた席に視線を向けた。
「要塞全体で見ても、戦闘員の四割ほどが帰ってきていない。人手不足は、誰の目にも明らかだ」
「補充はどうなる?」
「一般飛行連隊をいくつか解体して、残った人員を振り分けるらしい。生き残りの数や、戦闘意欲を評価して再編するそうだ」
一般飛行連隊の再編に先立ち、各連隊の隊長や副隊長が集められ、訓練宙域で模擬戦を行うという。参加する各隊の隊長は人間で、隊員は操縦技量を同じ条件に揃えられたアンドロイド戦闘員たちだ。個性や戦い方には違いがあるが、指揮能力や連携の作り方を確認し、再編後の配置を決めるための模擬戦らしい。
イリヤにも参加通達が届いていた。三日後の予定だという。
「また面倒なのに呼ばれたな」
「俺達にもともと拒否権はないんだ。今さら面倒も何もない」
イリヤはそう言いながら、食事を続けた。
数日後、俺にも運営から呼び出しがあった。
指定された運営区画へ行くと、興行企画課の社員と、昔世話になった訓練科の教官が待っていた。
懐かしい顔だった。
ガレス・ハロウェイ。六十二歳。白髪交じりの短髪で、頬には古い裂傷の跡がある。痩せ型だが背筋は伸びていて、腕を組んで立つ姿は昔とほとんど変わらなかった。
「久しぶりだな、レン」
「お久しぶりです、教官」
「よく生きてるな」
「おかげさまで」
「俺のおかげかは知らん」
教官は、興行企画課の社員をちらりと見た。社員は資料を開き、用件を説明する。
要約すると、新人不足を受けて、要塞生まれの子供たちが通う訓練施設で特別訓練を実施するという話だった。その訓練を受ける者たちを指導するため、施設を履修した経験のある有望なエースが臨時教官として招かれ、訓練を担当する。今回、その役目に俺が選ばれたらしい。
本来、訓練生は十歳から十六歳までの六年間を施設で過ごす。だが今回は訓練内容を見直し、十五歳と十六歳の人材を、三か月後には各要塞へ配属する計画らしい。
「会社の軍隊があるんだろう。そこから人員を補充すればいいじゃないか。どうして子供をこんなところへ送り込む」
ガレスは、企画課の社員に向かって遠慮なく言った。
社員は資料を確認するふりをして、聞こえなかったように話を進める。
「期間は履修が完了するまでの三か月を予定しています。教官には、レン・タチバナを推薦したいとの要望が出ています」
ガレスは俺のほうを見た。
「俺がお前を指名した。エースの中で、子供に教えるならお前がいい」
「俺でいいんですか」
「お前は、生き残ることを教えられる。撃墜数を稼ぐ方法じゃなくな」
俺は返事に迷った。
この教官には、昔ずいぶん殴られた。遅刻、寝坊、着陸手順の間違い、機体の扱いの雑さ。どれも俺が悪かったのは分かっているが、殴られるのは怖かった。
その一方で、今の俺の戦い方――生き残ることを優先し、仲間と連携する戦い方の基礎を叩き込んでくれたのも、この人だった。
興行そのものを否定し、運営に対しても、子供たちの扱いについて何度も文句を言っていた。昔と変わらない姿が、少し嬉しかった。
出発は、イリヤの模擬戦が終わった二日後。今日から数えて五日後だ。
俺の飛行連隊からは、小隊長全員が臨時講師の助手として同行するという。さらに同行させたい人員がいれば相談してほしいと言われた。
俺はマレクとレンナの名前を挙げた。
「俺たちが生き残れたのは、整備士との連携や日々の機体管理があったからです。レンナにも同行してもらいたい」
レンナは整備士として、機体の整備や管理を教えることができる。
「マレクは今、俺の小隊で一番近くにいます。俺の戦い方を見ているし、自分の失敗から立て直そうとしている。訓練生に教える側に回るのも、本人のためになると思います」
企画課の社員は、その場で記録に加えた。
飛行隊へ戻り、決まった内容を伝えた。
小隊長たちが三か月も要塞を離れると聞いて、若手たちは少し浮き立っていた。俺たちがいない間は自主訓練になる。監督役が減るぶん、普段よりのびのび過ごせると思ったのだろう。
「鬼の居ぬ間に洗濯ってやつだな」
誰かが言うと、若手たちの間に笑いが広がった。
「自主訓練なら、少しは自分たちのペースでできそうですね」
ルイスが、期待を隠しきれない顔で言った。
「小隊長が全員いないなら、訓練の記録を細かく見られることもないでしょう」
マーカスの言葉に、エリサが小さく肩をすくめる。
「少なくとも、毎回その場でやり直しを命じられることは減りそうね」
「そういうことを言っていると、聞かれてるぞ」
マレクが笑いながら言ったが、若手たちは気にしていないようだった。
俺は若手たちを眺めてから言った。
「お前たちも連れていく」
笑い声が止まった。
「えっ。俺たちは要塞に残る予定では……」
ルイスが固まった。
「予定は変わった。訓練生と一緒に訓練してもらう」
「教官の助手としてですか?」
「訓練生に教えるだけじゃない。お前たち自身も訓練する」
若手たちの表情が一斉に曇った。
イリヤは、当然だと言わんばかりにうなずいた。
「当然だな。小隊長がいない間に、自主訓練だけで済ませる理由はない」
「イリヤさんまで……」
「訓練生に教えるなら、お前たちにも得るものがある。自分の動きを言葉にして説明するのは、いい訓練になる」
「でも、せっかく自主訓練で……」
「予定は変わった」
イリヤは淡々と言った。
リンは若手たちの落胆した顔を見て、楽しそうに笑った。
「さっきまで、ずいぶん嬉しそうだったのに。残念ね」
「リン小隊長は行く側だから、余裕ですね」
「ええ。あなたたちの顔を見ているだけでも、来る甲斐がありそう」
俺は若手たちの目の前で端末を開き、運営へ同行者の追加を申請した。
「今、連絡してるんですか?」
マレクが尋ねた。
「ああ。小隊長たちと一緒に若手も連れていく。訓練生と訓練させると伝えている」
「本当に連れていくんですね……」
端末に送信完了の表示が出た。
「これで決まりだ。準備しておけ」
若手たちは、揃って肩を落とした。
その表情を見て、俺は少しだけ愉悦に浸った。
レンナにも話を伝えると、彼女は快諾した。
「整備士主任として行くのね」
「ああ。子供たちに機体整備も教えてほしい」
「分かった。準備しておく」
レンナは少し考えるようにしてから、いたずらっぽく笑った。
「施設は男子棟と女子棟が分かれてるんだって。あなた、女の子を部屋に連れ込めなくて残念ね」
「別に、そんなつもりはない」
「そう? じゃあ、女子棟にも行く用事はなさそうね」
「……行けないのか」
「ほら、やっぱり気にしてる」
レンナはケタケタと楽しそうに少し嬉しそうに笑っていた。
俺は、この五日以内にベッドの上でやり返してやろうと心に決めた。
*
三日後、俺はイリヤの模擬戦を見学した。
模擬戦に参加するのは、各一般飛行連隊の隊長や副隊長だった。各隊の隊長だけが人間で、隊員はアンドロイド戦闘員。アンドロイドたちにはそれぞれ個性や戦い方の違いがあるが、操縦技量は同じ条件に調整されている。
隊長の指揮と、部隊としての連携を見るための模擬戦だった。
イリヤはブリーフィング室で、率いるアンドロイドたちと向かい合っていた。隊員たちは整列し、誰一人として口を挟まない。イリヤが話し始めると、視線を向けて聞いていた。
「今回の模擬戦では、撃墜数を追う必要はない。相手の隊長機を落とせば終わりだ。全員が勝手に敵を追えば、相手の思うつぼになる」
イリヤは戦術図を表示させ、宙域の中央を指した。
「相手は同程度の操縦技量だ。機体の性能差にも頼れない。だから、相手の動きを見てから動く。誰かが追われたら、近い者が射線を切る。隊列を崩さず、相手の隊長機を孤立させる」
アンドロイドたちは無言のまま、指示を記録していく。
「個々の判断が必要な場面は出る。だが、指示が聞こえているなら、まず応答しろ。沈黙したまま動くな。分かったか」
「了解」
アンドロイドたちが一斉に答えた。
ブリーフィングに、イリヤ以外の人間の声はなかった。
訓練宙域には、イリヤの小隊と相手側の飛行連隊が待機していた。相手の隊長も人間で、その隊員は全員アンドロイドだった。編成の規模は同数。操縦技量も揃えられている。
模擬戦が始まると、相手側は広く散開した。左右へ展開し、イリヤ隊を包むように動く。隊長が指示を出し、アンドロイドたちがそれに従って少しずつ包囲網を縮めていった。
イリヤは正面の敵へ突っ込まなかった。
「左翼を一段下げろ。追わせるな。右の二機は距離を保って、射線だけ作れ」
部下たちが応じる。左翼がわずかに後退し、相手側の一部を誘い込む。敵機が追ってきたところで、イリヤは小隊を内側へ折り返した。
追撃してきた機体の進路が重なる。
「今だ。射線を通せ」
僚機が短く撃つ。模擬弾が敵機を捉え、一機目の撃墜判定が出た。
相手の隊長はすぐに陣形を組み直した。包囲を解かず、攻撃の角度を変えてくる。イリヤ隊の逃げ道を塞ぎながら、隊列を崩そうとしていた。
「右へ抜けるように見せろ。二番機、俺の後ろを取らせるな」
イリヤは敵の射線をぎりぎりで受け流しながら、相手を予定した位置へ誘導した。追い込まれたように見えたその瞬間、彼は機体を反転させる。
敵機が進路を変えようとしたが、わずかに遅れた。イリヤの僚機が二機を射線に捉える。
二機目、三機目。
相手側のアンドロイドたちも、隊長の指示に従って即座に隊形を変えてくる。だが、イリヤはその変化を読み、次の指示を重ねた。
「二番機はそのまま敵隊長を引きつけろ。三番機、右から回れ。残りは間隔を保て」
隊員たちは無言で動いた。イリヤが指示を出すたび、必要な機体が必要な位置へ移る。敵機が一機を追えば、別の僚機が進路を塞ぐ。味方が狙われれば、すぐに射線を切る。
相手の隊長機が前に出て、イリヤの注意を引きつけた。その隙に左右の機体が回り込もうとする。
「隊長機を追うな。左右の二機を分断しろ」
イリヤは全体を見て指示を出した。相手の動きに合わせて隊列を保ち、包囲の外側へ抜ける。僚機の一機が敵隊長機へ照準を合わせ、模擬弾を命中させた。
撃墜判定が続く。
相手側は、隊長機を守るために機体を集めた。イリヤはそこへ正面から突っ込まず、左右に分けて圧力をかける。アンドロイドたちは無駄な動きをせず、指示された位置で射線を重ねていった。
やがて、最後に相手側の隊長機が撃墜判定を受けた。
模擬戦終了の合図が鳴る。
戦果表示には、イリヤ隊の残機十四。相手側は残機ゼロと出ていた。
周囲からどよめきが起きた。
操縦技量は同じ条件に揃えられている。隊員の数も大きくは違わない。イリヤ隊にも撃墜判定は出た。それでも最後まで隊列を保ち、指揮に従って連携したイリヤ隊が圧倒した。
イリヤは機体を降りても、勝ち誇る様子はなかった。相手側の隊長に、どこで判断を誤ったかを淡々と説明している。
俺は彼が説明を終えるのを待ってから、近づいた。
「見事だった」
「隊員たちがよく動いてくれた」
「それでも、残機十四対ゼロだ。お前の指揮があってこその結果だろ」
イリヤは少しだけ笑った。
「今さらだけど、礼を言わせてくれ。お前がいたから、俺は自分の小隊に集中できた」
イリヤは、少し驚いた顔をした。
「急にどうした」
「模擬戦を見て、改めて思った。俺がエースとして自分の小隊に集中できたのは、お前が飛行隊全体を見てくれていたからだ。ずっと支えてもらってたんだな」
イリヤはしばらく黙ってから、肩をすくめた。
「今さら気づいたのか」
「今さらだよ」
「なら、酒場で返せ」
「分かった。今度な」
イリヤは短く笑った。俺もつられて笑った。模擬戦の見事な指揮を見たからこそ、長年当たり前のように受け取っていた支えの大きさが、ようやく胸に落ちてきた。
*
五日後、俺たちは訓練施設へ向かう輸送船に乗り込んだ。
小隊長たちは臨時講師の助手として、マレクも訓練生の指導に参加する。レンナは整備の指導を担当する。若手たちは訓練生と一緒に訓練を受けることになった。
「せっかく出撃がないのに、結局訓練ですか」
ルイスがぼやいた。
「子供たちの前で、情けないところを見せるなよ」
マーカスが言う。
「マーカスは余裕そうだな」
「俺は最初から訓練のつもりでいた」
「俺もそういうことにしておきます」
マレクは窓の外を眺めていた。しばらくして、俺に視線を向ける。
「俺が教える側に立っていいんでしょうか」
「自分が失敗したことを、どうすれば防げるか教えればいい」
「同じ失敗をするな、と?」
「それだけじゃ足りない。なぜ命令を聞くのか、なぜ仲間の位置を見るのか。自分の言葉で話せ」
マレクは小さくうなずいた。
船が動き出す。レンナは整備士たちと、訓練施設へ運び込む機材の確認をしていた。
若手たちは、さっきまで訓練施設での生活について軽口を叩いていた。だが、配属予定者の名簿と年齢を記した資料が配られると実感が湧いたのであろう、少しずつ声が止んでいった。そこに並ぶのは、十五歳と十六歳の子供たちの名前だった。三か月後には、彼らを各要塞へ送り出す。戦闘員として、興行の舞台へ。
「俺たち、この子たちを教えに行くんですよね」
ルイスが、資料から目を上げずに言った。
「教えるだけじゃない。送り出すところまでだ」
マレクの返事は静かだった。
誰も、すぐには言葉を返さなかった。いつもと違う環境を楽しみにしていた若手たちも、もう笑ってはいなかった。俺たちが向かうのは、子供たちを守るための場所ではない。彼らが戦場で生き残れるように仕込み、三か月後にはそこへ送り出すための場所だ。
若手たちは、自分たちが何を手伝いに行くのか、ようやく実感し始めていた。




