惑星圏の制宙 結
俺たちは正規軍の部隊とともに残敵掃討と警邏を行い、任務を終えて第三要塞の空母へ帰還した。
格納庫へ戻ると、整備士たちが機体の誘導に走り回っていた。着艦した機体から、焦げた外装の匂いが漂う。損傷機が一機入るたび、整備士が駆け寄り、操縦席から出てきた隊員の身体を確かめていた。
俺が機体から降りた時、レンナがこちらへ駆けてきた。
周りには整備士も、戻ってきた隊員たちもいた。それでも彼女は人目を気にせず、俺に抱きついた。
「戻ってきてくれてよかった」
「ああ。ただいま」
「本当に、よかった……」
レンナの腕に力がこもる。彼女の身体が震えているのに気づいて、俺は背中に手を回した。
彼女もモニターで戦闘を見ていたらしい。味方のいる宙域に、後方から砲撃が次々に撃ち込まれる。砲撃が撃ち込まれた射線は光に包まれ、そのたびに敵も味方も併せて全てが消えていく。あの光景は、異常としか思えなかったという。
「あなたたちが飛んでいると思ったら、生きた心地がしなかった」
「画面では、どの機体が誰なのか分からない時もあった。赤い区域が出るたび、そこにあなたがいないか探してた」
「俺の機体は、そんなに目立たないだろ」
「目立つかどうかの話じゃないの」
レンナは胸元に顔を押しつけたまま、すぐには離れなかった。
その時、整備士たちが機体の損傷確認に動き始めた。レンナは周囲を見て我に返り、慌てて俺から離れた。
「ごめん。仕事に戻る」
「ああ」
「あとで、ちゃんと話を聞かせて」
「分かった」
レンナは一度だけ俺を振り返り、それから整備区画へ戻っていった。
いつの間にか近くにいたイリヤが、真顔で言った。
「妬けるな」
「だろ」
「その返事、少し腹が立つな」
「お前が言い出したんだろ」
イリヤは小さく笑った。だが、すぐに表情を戻すと、俺の肩に手を置いた。
「全員、帰ってきたか」
「俺の小隊は全員いる」
「そうか」
彼は俺の後ろを見た。そこには、戻ってきた隊員たちが疲れた顔で立っていた。ケンドレの姿はない。
イリヤは何も言わず、俺の肩から手を離した。
*
今回の作戦で、飛行隊が受けた被害は甚大だった。
ケンドレ小隊は全滅。ほかにも未帰還機が複数あり、負傷者は医療区画へ運ばれていた。機体が戻ってきても、操縦席に人がいないものがあった。格納庫の係員が、空の機体を所定の位置へ運んでいく。
俺の小隊は全機が生還した。今回の戦闘を考えれば、奇跡としか呼べなかった。
仲間たちは、それぞれ悲しみを抑えながら、俺に戦闘時の報告を済ませていった。
マレクは、機体の損傷箇所を説明した後、少し間を置いた。
「隊長。ケンドレ小隊は……」
「ああ」
「俺たちの前を通すために、最後まで敵を引きつけていました」
「見ていた」
マレクはそれ以上、言葉を続けなかった。唇を結び、視線を落とす。
ネッサは報告を終えても、しばらくそこに立っていた。
「ケンドレは、最後まで他の隊を先に行かせてた」
「そうだな」
「生きて帰れって、いつも言っていたのに」
彼女の声が少し掠れた。俺は返す言葉を見つけられなかった。
リンは腕を組み、格納庫の奥を見ていた。
「敵の隊形を崩すのには成功した。けれど、あの砲撃の中じゃ、崩した先にも逃げ道がなかった」
「全員が見ていた。お前たちの動きは、他の隊が抜ける時間を作った」
リンは答えず、短くうなずいた。
報告は続いた。損傷の状況、誰がどこで援護に入ったか、どの時点で隊列が崩れたか。必要なことだけが並ぶ。誰もが仕事のように話そうとしていたが、時折、言葉が途切れた。
最後に、イリヤが全員を見回した。
「報告は終わりだ。医療区画で検査を受けろ。機体のことは整備班に任せて、今は休め」
「お前もだ」
俺が言うと、イリヤは肩をすくめた。
「分かってる」
「本当に?」
「隊長みたいなことを言うな」
彼はそう言いながら、医療区画へ向かって歩き出した。俺たちもその後に続いた。
*
検査を終えると、俺たちは食堂へ向かった。
食事の品質は、もう普段どおりに戻っていた。皿には、いつもの人工肉と野菜が載っている。出撃前に並んでいた穀物粥もフルーツミックスも、もうない。
食堂は、空席が目立っていた。
出撃前にはほぼ満席だったテーブルに、今は人がまばらに座っている。空いた椅子を見ないようにしている者もいた。食事を受け取ったまま、立ち尽くしている者もいる。
「……今日くらいは美味いもん食わせてくれよ」
近くのテーブルから声がした。誰の声かは分からない。嘆きにも、冗談にも聞こえた。
「ほんとだよな。あの朝食を出せるなら、普段から少しはまともにできるだろ」
別の隊員が返したが、笑いは起きなかった。
俺たちは、空いているテーブルに集まった。マレク、ネッサ、リン、イリヤ。エリサ、マーカス、ルイスなど飛行隊の生き残り達が同じ席につく。
誰も、すぐには食べ始めなかった。
「食べないのか」
俺が聞くと、ルイスがスプーンを持ったまま答えた。
「食べます。でも、何を話せばいいか分からなくて」
「話さなくてもいい」
エリサはそう言って、皿に手を伸ばした。マーカスも黙って食べ始める。俺たちは、少し遅れて食事を口に運んだ。
人工肉は、いつもどおりの味だった。食べ慣れた、脂っぽくて、少し塩気の強い味。普段なら文句を言うところだが、その日は誰も味について話さなかった。
ネッサが、空席を見ながら言った。
「ケンドレ、甘いものが出た時は誰より先に取ってたのに」
「取り合いになった時、二つ隠してたな」
イリヤが言う。
「自分の分だって言い張ってた」
「結局、誰かに食われてたけどね」
リンが短く言った。
ほんの少しだけ、テーブルに笑いが生まれた。すぐに消えたが、その一瞬だけ、皆の顔が緩んだ。
マレクは箸を置いた。
「俺が命令を無視した時も、ケンドレさんは話を聞いてくれました。怒るんじゃなくて、次は戻ってこいって」
「そういう奴だった」
イリヤが答えた。
「戻ってこいって言う本人が、戻ってこなかった」
誰も返事をしなかった。
食堂の壁面モニターでは、今回の作戦の戦果が報告されていた。
第八要塞のエースが敵大型戦艦を無力化したとして、第一等戦功に選ばれている。続いて、参加者の名前、所属部隊、戦功の詳細を記したリストが、エンドロールのように順番に流れていた。
俺は、自分の名前を探そうとは思えなかった。
「戦果の一覧だってさ」
マーカスがモニターを見た。
「俺たちの名前も出るのかな」
ルイスが言った。
「出るだろうな。生き残ったから」
エリサは皿を見つめたまま答えた。
その言葉の後、誰も続けなかった。
正規軍の軍艦や空母では、勝利を祝っているのだろう。だが、地獄に直結するような戦場へ送られた身としては、まず酒と女とベッドに向かいたい。それでも、全員が食事を終えるまで席を立つ者はいなかった。
空席の多い食堂に、食器の触れ合う音だけが残っていた。
*
その夜、レンナが俺の部屋を訪ねてきた。
彼女は入ってくるなり、扉を閉め、少しの間そこに立っていた。
「疲れてる?」
「まあな」
「横になってて」
「話があるんだろ」
レンナは、俺の向かいの椅子に座った。膝の上で指を組み、しばらく何も言わなかった。
「帰ってくるまで、生きた心地がしなかった」
「格納庫で言ってたな」
「モニターを見ていても、どれがあなたの機体か分からない時があった。通信も多すぎて、誰がどこにいるのか把握できなかった。帰還報告も要塞単位だったから、あなたが戻ったかどうか、実際に空母へ帰ってくるまで分からなかった」
「俺も、戦闘中に自分がどこへ戻るのか考える余裕はなかった」
「味方の砲撃が始まった時、あなたたちもあの範囲にいたの?」
「ああ。安全圏へ逃げるのに必死だった」
俺は、今回の戦いについて話した。
敵艦隊と交戦する最中に、後方から味方の艦砲射撃が来たこと。戦術図に表示される危険区域を避けながら、敵機や艦艇と戦わなければならなかったこと。逃げ道は細く、戦況に合わせて変わっていく。味方の砲撃を避けた先に敵がいたり、敵から逃げた先が砲撃区域になったりした。
レンナは、途中で口を挟まず聞いていた。
「ケンドレ小隊も、その中にいたの?」
「ああ。敵を引きつけて、他の隊が抜ける時間を作っていた」
「どうなったの」
「最初に一機が被弾して、脱出ポッドが出た。ポッドは宙域の端へ流れていった。砲撃の範囲に入ったはずだ」
レンナの指が、膝の上で強く組まれた。
「残った機体も、一機ずつ落ちた。最後はケンドレ一人だった。あいつは通路が塞がれても、最後まで敵を止めていた」
「……そう」
「ケンドレは、仲間を先に行かせた」
レンナはうつむいた。
俺は、マレクたちの報告で聞いたことも話した。ケンドレが敵の砲塔を引きつけ、味方艦が通るための時間を作ったこと。最後の僚機をかばい、砲撃区域に残ったこと。通信で聞いたイリヤの呼びかけに、ケンドレが最後まで応じていたこと。
「勇敢な最後だった」
「それが救いになるの?」
「分からない」
レンナは、俺の椅子のそばまで来て、床に膝をついた。彼女は俺の手を取って、指先に頬を寄せる。
「あなたまで、ああなっていたかもしれない」
「そうだな」
「帰ってきたから、こうして話せる。帰ってこなかったら、私はずっと格納庫で貴方を待つところだった」
俺は何も答えられなかった。
「怖かった」
レンナが言った。
「俺も怖かった」
彼女は顔を上げた。俺がそう答えたことが意外だったのか、少し目を見開いていた。
「あなたも?」
「俺は死なないわけじゃない」
「そうよね」
「今回も、帰るために飛んだ。敵を倒すためだけじゃない。お前のところへ戻るために飛んだ」
レンナは、握った手に額を押し当てた。
「それを、もっと早く言って」
「今言った」
「そういうことじゃない」
彼女は小さく息を吐き、俺の隣に腰を下ろした。ベッドの端に座り、静かに背中から抱きつく。
「あなたが無事でよかった」
「俺も、帰ってこられてよかった」
しばらく、二人とも話さなかった。
レンナの呼吸が背中に伝わる。俺の肩に回った腕は、離れる気配がない。
「二度とごめんだ」
俺が言うと、レンナは背中に頬を寄せた。
「なにが?」
「あんな戦いは二度としたくない」
「でも、また命令されたら行くんでしょう」
「ああ」
「首輪があるから?」
「それもある。けど、俺が行かなければ、別の誰かが行く。俺の隊もいる」
「そういうところが嫌い」
「知ってる」
「でも、そういうところを知ってるから、帰ってきてほしいの」
レンナは背中にしがみついたまま、言葉を続けた。
「帰ってきたら、何もなかったみたいに格納庫へ来て。機体のことを聞いて。私が文句を言ったら、黙って聞いて」
「分かった」
「食事にも付き合って」
「分かった」
「買い物も」
「それは、残高と相談だな」
「帰ってきたら考える」
彼女は少しだけ笑った。俺も、短く息を吐く。
話が終わると、レンナは俺の肩に顔を埋めた。
「今日は離れたくない」
「こんなに甘えるなんて珍しいな」
「離れたくないの」
「俺も離れたくないな」
「あなたが無事だって、近くで確かめたいの」
俺は振り返り、彼女の頬に触れた。レンナは目を閉じ、手のひらへ頬を寄せる。
俺は疲れていた。それでも、生きて帰ってきたことを確かめるように、彼女の事を求めた。
その夜は、戦場の音が頭から消えるまで、彼女を離さなかった。




