偽りの凱旋
空母は、第三要塞へ向けて帰還していた。
整備士たちは、戻ってきた機体の修理や調整に追われている。格納庫では工具の音が絶えず、損傷箇所の報告や部品の手配が続いていた。一方、俺たち戦闘員には、報告を済ませてしまえば特にやることがない。俺は身体を休め、傷や疲労が抜けるのを待っていた。
訓練用のシミュレーターは使えたが、空母に積まれている台数は少ない。要塞にいた頃と比べると、訓練の頻度も内容も足りていなかった。
イリヤは、シミュレーターの順番待ちを眺めて不機嫌そうに言った。
「変なところでケチりやがる」
「ルーキーに優先して使わせてるんだ。仕方ないだろ」
「だからって、これだけしか積んでないのはおかしい」
シミュレーターは、基本的にルーキーたちに使わせていた。俺は報告関係を終えてしまったので、本格的に暇を持て余すことになった。
共用モニターでは、今回の侵攻作戦は放送されていなかった。代わりに、過去の名勝負や、歴代エースの感動的な場面が流れている。戦死者が仲間を救った場面には、重々しい音楽と字幕がついていた。
ほかの戦闘員たちも、空いた時間をそれぞれに使っている。飛行連隊に割り当てられたジムで身体を動かす者もいれば、ブリーフィングルームに集まってカードや雑談を楽しむ者もいた。眠っている者も多い。
レンナは整備主任として、忙しく働き続けていた。
あの日の夜を一緒に過ごしてから、あまり構ってくれない。格納庫で近くにいただけなのに、「仕事の邪魔」と怒られたこともあった。
「忙しいのは分かってる」
「分かってるなら、そこでずっと立ってないで」
「機体の様子を見てた」
「機体なら、そこじゃなくて整備台で見て」
その言葉に従って場所を移したものの、彼女はすぐに別の作業へ向かってしまった。
そんな日々を過ごすうちに、侵攻戦から一週間が過ぎた。第三要塞へ戻るまで、あと五日ほどの予定だった。
その日、空母の進路が急きょ変更されたと放送が入った。
目的地は第三要塞ではない。俺たちの銀河で戦争を運営している会社の、本社コロニーだという。
何をしに行くのかと思っていたところ、俺は空母の作戦指導室へ呼び出された。
室内のモニターには、クロイツが映っていた。今回は通信がつながっているらしい。
「レン君、よく来てくれた。前回の戦いでは、君の部隊が大変活躍してくれたそうだ。大義である」
「ありがとうございます。それで、何の用ですか」
クロイツは本題に入った。
本社コロニーで、今回の侵攻作戦について記者会見を開く。その場に、俺を含めて大きな戦功を挙げた人気エースたちが同席するという。
「何も話す必要はない。受け答えはこちらで全て済ませる。君たちは会場にいてくれればいい」
「なぜ、本社まで行く必要があるんです?」
「作戦の成果を世間へ示すためだ。君たちは、その象徴として出席する」
客寄せの飾りにする、ということらしい。
「俺たちに拒否権はあるんですか」
クロイツはすぐには答えなかった。
「では、よろしく頼む」
通信が切れた。
*
俺はブリーフィングルームに戻り、今回の予定を仲間たちへ伝えた。
「空母は本社コロニーへ向かう。俺はそこで開かれる記者会見に出席するらしい。戦功を挙げた人気エースを集めて、侵攻作戦の説明に使うそうだ」
「使うって、つまり看板ってことか」
イリヤが言った。
「そういうことだろうな。俺たちは何も話さなくていい。受け答えは運営側がやるそうだ」
「それなら、隊長を呼ぶ必要もないと思うのですが」
マーカスが腕を組んだ。
「顔を見せる必要があるんだろう。英雄たちが自分たちの作戦を認めている、と見せたいんだ」
ネッサは、納得できない様子で俺を見た。
「作戦の中身は説明しないんだね。後ろから味方の艦砲射撃を受けたことも?」
「さあな。少なくとも、クロイツは何も話さなくていいと言っていた」
「何も話さなくていい、か」
イリヤが、さっきよりも低い声で繰り返した。
「余計なことを聞かれる前に、こっちの口を塞いでおきたいんだろう」
「そう考えるのが自然だな」
誰も、それ以上は明るい話をしなかった。
*
本社コロニーの近くに到着すると、空母をコロニーへ直接つけるのではなく、迎えの船に乗り換えると知らされた。
空母は俺の帰還を待たず、先に第三要塞へ向けて出発する。俺は記者会見に出席した後、別の船で要塞へ戻るという。
格納庫でその説明を聞いたレンナは、何も言わなかった。
ただ、俺の手を握った。
「すぐ戻る」
「分かってる」
「2週間しない位の予定だ」
「それも分かってる」
彼女はうなずいたが、手を離すまで少し間があった。最近は、前より甘えるようになった気がする。悪い気はしなかった。
「帰ったら、ちゃんと話を聞かせて」
「ああ」
俺はレンナの手を離し、迎えの船へ向かった。
*
迎えの船に乗るは、俺が最後みたいだ。
船内には、ほかの要塞から呼ばれたエースが九人いた。
最初に挨拶をしてきたのは、第八要塞のエースだった。レオニード・ヴァレンティン。三十六歳。背が高く、整った黒髪を後ろへ流し、仕立てのいい制服を隙なく着こなしている。配信で何度も見た顔だった。表情や仕草に余裕があり、カメラの前でどう見えるかをよく分かっているようだった。
「レン・タチバナ君だね。配信でよく見ているよ」
「そうですか」
「自分のことは分かるよね? 第八要塞のレオニード・ヴァレンティンだ」
「知っています。大型戦艦を無力化したエースでしょう」
「そう。あの戦果は、会見でも大きく紹介されるだろうね」
彼は、俺の返事を待たずに笑った。俺は当たり障りのない言葉だけ返した。
船内には、ほかにも見知った顔があった。戦域映像や興行で見たことのあるエースたちだ。
第二要塞のナディア・ケストナーは三十四歳。短い金髪の女性で、軍服の襟をきっちり留めている。左腕には、今回の戦闘で受けたらしい包帯が巻かれていた。
第四要塞のバスティアン・ロシュは四十一歳。白髪交じりの髪と深い皺が目立つ、古参の操縦士だった。表情は険しく、会話を好まないように見える。
第五要塞のサミラ・ナジールは二十九歳。褐色の肌に黒い巻き髪。落ち着いた目つきで、誰と話す時も相手の様子をよく見ていた。
第六要塞のオスカー・ベルクは三十三歳。大柄で、丸刈りに近い髪型をしている。疲れた顔で座り、俺に一度だけ会釈した。
第七要塞のエミリア・ヴォスは三十歳。赤毛を後ろでまとめ、袖口に戦闘で焦げた跡が残っていた。隣の席には、同じ要塞のヨナス・フリードがいた。二十七歳。細身で、視線を合わせるのが苦手そうな男だった。
第一要塞からは、リュドミラ・セレブリャコワが来ていた。三十八歳。灰色の髪を短く整え、表情の変化が少ない。彼女の隣には、二十六歳のテオ・マルケスが座っていた。軽く日に焼けた肌と、まだ若さの残る顔つきが印象的だった。
年齢も出身も、戦い方も違う九人。だが、全員がエースとして戦場に出され、今回の作戦を生き延びていた。
レオニードは向かいの席に座り、軽く足を組んだ。
「本社では、何を聞かれても余計なことは話さない方がいい。あちらが用意した筋書きに乗っておけばいいんだ」
「経験者の言葉ですか」
「経験というより、処世術だね」
ナディアが、包帯を巻いた腕を押さえながら言った。
「会見に出る時点で、何を話すかは決まってるんでしょう。質問に答えないなら、何のために呼ぶのかしら」
「写真に撮らせるためさ」
レオニードは笑った。
「英雄が並んでいれば、それだけで話は作れる」
俺は返事をしなかった。
*
三日後、船は本社コロニーへ到着した。
コロニーは、ただただ巨大だった。ここは軍の施設なのかと疑うほど、周囲を護衛艦が巡回している。コロニーそのものにも粒子砲らしき兵器がいくつも設置されていた。
先ほどまで戦った惑星の基地よりも、ずっと難攻不落に見えた。
俺たちを乗せた船が、コロニーの格納庫へ着艦する。船の出口を出た瞬間、フラッシュの嵐にさらされた。
目の前には大勢の人間がいた。カメラを構えた記者たちが、一斉に俺たちへ質問を浴びせてくる。
「レン・タチバナさん、今回の作戦をどう評価しますか!」
「正規軍の砲撃によって味方機が巻き込まれたという話は本当ですか!」
「惑星への攻撃は必要だったのでしょうか!」
「レオニード・ヴァレンティンさん、第八要塞の戦果について一言お願いします!」
俺たちは運営から、何も答えないように指示されていた。
俺は足を止めず、本社コロニーの入口へ進んだ。レオニードも笑顔を崩さずに歩いている。ほかのエースたちも、誰一人として質問には答えなかった。
背後では、アナウンスと記者たちの声が続いていた。
「機密事項に触れる可能性があります。戦士への個人的な質問はおやめください」
その言葉に従う者はいない。質問だけが、俺たちの背中に投げつけられ続けた。
*
コロニーの中は、豪華絢爛という言葉だけでは表せない空間だった。
床の石材は鏡のように磨かれ、歩くたびに靴音が広く響く。フロアの中央には、見たこともない最新型らしい機体が展示されていた。壁には、会社の会長だろうか、偉そうな老人の肖像画が飾られている。
花、壺、銅像、絵画。通路のあちこちに、高価そうなものが並んでいた。
「ここ、軍の施設じゃないんだよな」
オスカーが小声で言った。
「少なくとも、俺たちの居住区とは違うわね」
エミリアが答えた。
俺たちはそのまま別室へ通された。アンドロイドが待機しており、男はスーツに、女性は露出の多いドレスに着替えさせられる。
「これを着るの?」
サミラがドレスを持ち上げた。
「着用をお願いします」
アンドロイドは機械の声で答える。
「戦闘服なら、慣れてるんだけど」
ナディアが肩をすくめた。
女性陣は、こんな服を着るのかと恥ずかしがっていた。俺も、慣れないスーツの窮屈さに居心地の悪さを感じていた。
だが、女性陣の姿には目を奪われた。華やかなドレスは、それぞれの雰囲気を際立たせている。俺は、レンナに一着持って帰れないかと本気で考えた。
*
記者会見の会場では、俺たちエースが会社のお偉いさんと、作戦説明をしていた勲章だらけの軍服の男を挟むように並ばされた。
白いテーブルの前に、順番に座る。
お偉いさんは、今回の侵攻作戦について説明を始めた。
「あの惑星への作戦は、必要な措置だった。非人道的な攻撃などではない」
彼の言葉に合わせ、モニターには惑星の資料が映し出された。
惑星では核兵器を含む違法兵器が製造されていた。貴重な自然資源も豊富で、外へ侵攻するための継戦能力も高い。会社は、我々やほかの会社への侵攻計画が浮上していることを独自に察知し、先手を打ったのだという。
「これらの兵器が使用されていれば、多くの人命が失われ、惑星の環境も長期にわたって汚染されていた。作戦によって、その悲劇を未然に防ぐことができた」
資料には、一発で何百人、何千人を殺傷できる兵器や、大地に打ち込めば何百年も土地を汚染し、使用不能にする兵器の画像が並んでいた。
俺には、資料の真偽を確かめる術がない。
「危険を顧みず、作戦へ志願した英雄たちの働きにより、脅威を排除できた」
そう紹介され、俺たちは今回の作戦で危険な艦砲射撃を背中から受けることも覚悟の上で志願した、ということになっていた。
俺は、志願などしていない。
勲章をつけた軍服の男が、資料に沿って作戦の説明を続ける。お偉いさんは、その横で正当性を語った。
その後、エースたちは一人ずつ名前を呼ばれ、今回の戦功を紹介された。大半は目立った反応を示さなかった。レオニードだけは、仰々しく礼をして、カメラに向かって手を振っていた。
「今回の作戦を記録した映像作品も発売する予定だ。現在編集中で、全五巻になる」
お偉いさんが告げる。
「英雄たちの勇姿を、ぜひご覧いただきたい」
記者会見は、その言葉で締めくくられた。
*
会見が終わると、俺たちは休憩もなく帰還用の小型船へ案内された。エースたちは、それぞれの要塞へ向かう船に分けられる。
第八要塞のレオニードが、俺のところへ歩いてきた。
「戦いの場では、お互い遠慮せずにやろう」
「そうですね」
「君も、僕の名誉にしてあげる。光栄だろう?」
俺は返事をしなかった。
レオニードは笑みを残し、小型船へ乗り込んでいった。
ほかのエースたちも、各要塞行きの船へ移っていく。ナディアは腕の包帯を直し、オスカーは最後まで会釈をしなかった。サミラは、何か言いたそうに俺を見たが、結局何も言わずに船へ向かった。
今回の記者会見が真実なのか、嘘なのか。俺には分からない。
俺が思っていることは一つだった。
志願などした覚えはない。生まれてから一度だって、出撃したくて戦場へ出たことはない。
正義は、勝った方が決める。真実も、強い者が決めるのだろう。
船に乗り込む前、俺は運営スタッフを呼び止めた。
「さっき女性陣が着ていたドレスを、一着持ち帰りたい」
スタッフは手元の端末から顔を上げた。
「衣装は会社の備品です。出演者への貸与品ですので、持ち出しは原則として認めておりません」
「買い取る形でも駄目か?」
「衣装ごとに管理番号があり、私個人の権限では譲渡は……」
スタッフの言葉が終わる前に、俺は続けた。
「俺の女に渡したい。身長はこれくらいで、体格は――」
口にしながら、彼女の肩幅や腰回りを思い浮かべる。整備服姿なら見慣れているが、会見で着せられていたドレスは、普段の彼女とは別人のように見えるであろう。
スタッフは端末を操作し、衣装の一覧を確認した。
「サイズが合うものが残っているか、確認が必要です。それに、返却時の状態も記録されています。持ち出しとなれば、追加の承認を取らなければなりません」
「時間はかかるか?」
「手配できるとしても、本日の船には間に合わない可能性があります」
「船は待たない。別便で構わない」
スタッフは困ったように眉を寄せた。俺は、会見で着ていたドレスの色と形を伝え、レンナの身長や体格に近いサイズを探してもらった。
「本人のために、ですか」
「そうだ」
「贈り物なら、もう少し一般的なものもあると思いますが」
「俺があれを気に入ったんだ」
スタッフは一瞬、返答に詰まった。
「……分かりました。衣装担当へ確認します。個人への譲渡ではなく、広報撮影用の貸与品を再手配する形なら、通るかもしれません」
「助かる」
「ただし、汚損や破損があった場合は、修繕費をご負担いただきます」
「分かった、俺が着てたスーツも一緒に送ってもらえると助かる」
「お届け先は?」
「第三要塞。レンナ宛てにしてくれ」
スタッフは端末に宛先を入力し、最後にもう一度、サイズを確認した。
「ご希望の品とサイズが一致する保証はありません。候補が決まり次第、改めてご連絡します」
「頼む」
その場では、まだ確約とはならなかった。
俺は帰還用の小型船に乗り込んだ後も、あのドレスが本当に届くのか気になっていた。レンナが受け取ったら、喜ぶだろうか。それとも、こんなものをどこで手に入れたのかと呆れるだろうか。
どちらにしても、渡した時の顔を見るのが楽しみだった。




